第15話 謎の怪鳥
オレンジ色に染まった港は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
夜の気配が顔を見せ始め、神聖なる『リング』がよく見える様になり始めた。
海から吹き抜ける潮風が、少しだけ温度を下げて私の頬をなでていく。
「ふぅ……」
隣を歩くカイトの体温が、すぐ近くに感じられる。
潮風に混じって、自分でも少し意識してつけてみた石鹸の香りがふわりと漂う。
カイトに届いているかな、なんて考えると、胸の奥が少しだけ熱くなった。
夕日に照らされたカイトの横顔は、いつになく大人びて見えて。
沈黙さえも心地いい、そんな完璧な雰囲気だった。
「……ねえ、サラ」
「なに? カイト」
少し甘えたような声で返す。
ちゃんとカイトを見てみると
結構、かっこいい顔してるよね……。
私とカイトの目が、熱く絡み合う。
私はこう思った。
この人となら、どこまでも行ける気がする、と。
するとカイトは真面目な顔をして、それを口にした。
「ずっと気になってたんだけどさ。なんで戦う時の装備、あんなに……その、露出が多いんだ? 足とか、胸元とかさ」
……前言撤回。
デリカシーないわ、このバカ。
私は一瞬、耳を疑った。
この、最高にロマンチックなシチュエーションで、こいつは何を言い出すわけ。
「なっ、ななな……なによ、いきなり!」
「いや、さっきの女神様の話とか聞いてたら、なんか理由があるのかなって」
デリカシーの欠片もない問いかけに、私の顔は一気に沸騰した。
せっかくの可愛らしいワンピース姿も、これじゃ台無しじゃない!
「……あれは、仕方ないのよ!」
私はワンピースの裾を掴みながら、大声で言い訳を吐き出した。
「これは、私の固有スキル、《駆力炉》のせいなんだから!」
「駆力炉?」
「そうよ! 私が全力を出すとき、体の中で膨大なエネルギーが燃焼されて駆力を生み出すの。その時、とんでもない熱が出るの。それを効率よく外に逃がさないと、自分の熱で体がとんでもなく熱くなっちゃうの! だから、できるだけ肌を露出して排熱しなきゃいけないのよ!」
必死に説明する私を、カイトは感心したように見つめている。
……というか、視線がさっきから私の胸のあたりをうろうろしている気がする。
「だから、騎士としての役割を果たすには、あの格好をするしかないの! わかった!?」
私が大声で怒鳴って、怒りの余韻だけが漂う。
カイトは丸い目をした。
「……つまり、サラが可愛い胸出しミニスカ鎧を履いているのは、みんなを守るのため、ってこと?」
カイトが、真顔でそんな結論を導き出した。
あまりにも真っ当(?)な言い方をされて、私は言葉に詰まる。
「そ、そうよ! 決して私の趣味じゃないんだから! 本当はいやなんだからね! 恥ずかしいんだから!」
「でも、あんなに短いと逆に動きづらかったりしないのか?」
「うるさい! あれは放熱板としての機能も兼ねてるの! これは……これは騎士の誇りなんだからっ!」
叫びながら、自分の顔がリンゴみたいに真っ赤になっているのがわかった。
恥ずかしさと怒りで、体温がスキルを使っていないのにどんどん上がっていく。
対するカイトは、私の剣幕に怯むどころか、柔らかく目を細めて微笑んでいた。
「……なによ、その顔」
「いや、サラはかわいいなって」
さらりと。
夕波の音に紛れるような、でもはっきりと、彼はそう言った。
「っ……!!」
可愛い?
私が?
心臓が跳ねた。
でも、その素直すぎる言葉が、今は無性に腹立たしい。
「……ばっかじゃないの!!」
私は恥ずかしさを誤魔化すように、カイトの無防備なお腹に拳を叩き込んだ。
「ぐふっ!?」
重い衝撃音が港に響く。
サラは心を落ち着かせるように、剣の柄を触りながら、そっぽを向いた。
カイトが「ひ、ひどい……」という顔で膝をつくのを見下ろしながら、私は冷たくなってきたはずの風を頬に受けて、必死に動悸を鎮めるのだった。
港に漂っていた甘酸っぱい空気(?)は、突如として切り裂かれた。
「クアァぁぁぁ!!!!!」
突然頭上から聞こえた、恐ろしい鳥の声。
「――っ!? なに、今の……」
頭上を巨大な影が通り過ぎ、ごうっと鼓動を揺らすような風圧が吹き抜ける。 あまりの衝撃に、私は思わず身をすくめて空を見上げた。
「うそ……、なんでこんなところに」
空にいたのは、全長十メートルはあろうかという漆黒の怪鳥だった。
カラスを醜悪に歪めたような姿。
特筆すべきはその頭部にある、十個の眼球。
数多の眼球が、夕日に染まり始めた空の下で光っている。
魔獣。
それも、このあたりには生息していないはずの大型種だ。
怪鳥は港に見向きもせず、人々が暮らす街の中心部へと真っ直ぐに向かっていく。
「いけない、あっちにはまだ人が……!」
さっきまで赤くなっていた頬が、一気に青ざめるのが自分でもわかった。
騎士としての本能が、私の体を突き動かす。
「カイト、追いかけるわよ! 街に入られたら被害が出る!」
私は駆け出そうとした。
けれど、この格好じゃ満足に戦えない。
カーディガンは邪魔だし、何より『駆力炉』を全開にするには、この清楚なワンピースはあまりにも不向きだ。
「教会の方に向かったわ!」
私は建物の向こう側を指さした。
屋根の上で突出して高い、青銅色の鐘の塔を指さした。
あれが教会だ。
しかし、カイトは突拍子もないことを言った。
「サラ! 走るんじゃ間に合わない、飛んでいくぞ!」
「……え?」
隣で、カイトの声が鋭く響いた。
え、飛ぶ?
何を言って――。
困惑する私を置き去りにして、カイトが力強い足取りで一歩踏み出す。
その瞬間、彼の周囲の空気が「バチッ」と爆ぜたような気がした。
「ちょっと、カイト!? 何を――きゃっ!」
驚く暇もなかった。
カイトの太い腕が、私の細い腰を強引に引き寄せる。
厚い胸板に私の体が押し付けられ、カーディガン越しに彼の体温がダイレクトに伝わってきた。
少し汗の混じった、でも清潔感のある、男の子特有の熱い匂い。
耳元で聞こえる、力強く安定した心音。
不意打ちの密着に、心臓が跳ね上がる。
「しっかり掴まってろ。舌を噛むなよ」
「え、あ、ちょっ……カイト!?」
カイトの目が、鋭く街の屋根を見据える。
「行くぞ」
カイトが低く呟いた。 次の瞬間、私の視界から街の景色が消えた。
ドォォォォン!!
足元の石畳が爆ぜるような轟音。
内臓が浮き上がるような強烈なGに、私は思わずカイトの首にしがみついた。
「ひゃうんっ!?」
先程の甘い空気は跡形もなくなっていた。
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