第13話 港町・アクアリア【イラスト付き】
森の騒乱から数日。
俺とサラ、そして救出した女子生徒たちは、帝国西部最大の港湾都市『アクアリア』へと到着し、翌日サラと落ち合った。
「わあ……すごいな」
改めて昼のアクアリアを高いところから見下ろした時、俺は思わず声を上げた。
視界に飛び込んできたのは、目が痛くなるほどの蒼と白のコントラストだ。
斜面に沿って幾重にも重なる建物は、すべて真っ白な漆喰壁。
その屋根は、南国の海を閉じ込めたようなクリスタルブルーで統一されている。
地中海のサントリーニ島を彷彿とさせるその美しさは、街全体が巨大な宝石のようだった。
夜空ほどではないが、昼間の空にうっすら光って見えるこの惑星の二本の『リング』が、この街にはよく似合っていた。
「ふふ、驚いた? ここが水の都アクアリアよ」
街の至る所を網の目のように運河が走り、透明な海水がキラキラと光を反射している。
移動手段は小舟が主らしく、水のせせらぎと、潮風に乗って届く花の香りが、戦いの血生臭さを綺麗に洗い流してくれるようだった。
「……すごいな。あんな大量の水が、なんで空に浮いてるんだ? 」
見上げた先にあるのは、宙に浮いた水路った。重力を無視して空中に固定された数条の運河が、街の建物の間を縫うように、そして遥か高層の建物へと向かって伸びている。
「驚くのも無理はないわ。あれこそがアクアリアの血管――『アクア・ハイウェイ』よ。初めて見た者は皆、カイトと同じ顔をするの」
サラはカイトの反応に少し満足そうに口角を上げた。
「……カイト、どうかしたの? 私の服に何か付いてる?」
隣から、鈴を転がすような涼やかな声がした。
視線を下した俺は、サラのその姿から目が離せなかった。
そこにいたのは、戦場で見せた勇ましい(?)甲冑を脱ぎ捨てた、一人の「女の子」だった。
いや、腰にはいつものように剣が帯刀されている。
しかし、羽織っているのは、清潔感のある淡いブルーのカーディガン。
そして、清楚な膝丈の白いワンピース。
風に揺れる裾からは、眩しいほど白く、形の良い太ももが覗いている。
「サ、サラ……その格好……」
「な、なによ。変かしら? 騎士団の非番の時は、いつもこういう服なんだけど……」
サラは少し顔を赤らめて、金髪の毛先を指で弄った。
甲冑を外した彼女からは、微かな石鹸の香りと、日向のような甘い体温が伝わってくる。
ワンピースの生地を押し上げている豊かな胸の膨らみが、歩くたびに柔らかく揺れる。 あまりの可愛さに、俺は返事に詰まってしまった。
かわいい……。
「……いや、すごく似合ってる。綺麗だ」
「そ、そう……。ありがとう。さあ、案内するわ。アクアリアは美味しいお店も多いんだから」
サラは自分の気持ちを隠すように、笑いながら、話題を変えた。
運河の水面には、あいかわらず頭部のない影が浮かんでいた。
それを見るたびに俺は奇妙な感覚に襲われる。
まだ俺だけがこの世界に馴染んでいないように思われたからだった。
はたまた……お前は空っぽだと世界は言いたいのだろうか。
機会があったら女神様に聞いておくか……
運河に浮かぶゴンドラを眺めながら、サラはこの世界の「強さ」の根源について話し始めた。
「カイト、あんたは当たり前のように使ってるけど……この世界には、絶対に越えられない『壁』があるのよ」
人々の雑踏に染まる街の中、サラが不意に足を止めて振り返る。
逆光に透ける彼女の柔らかな髪が、微風に揺れて甘い花の香りを俺の鼻腔に運んできた。
「壁? 物理的な障壁のことか?」
「いいえ。もっと根源的な……『魔法』と『武器』の論理的干渉よ」
サラはいたずらっぽく、それでいて真剣な眼差しで俺を見つめる。
「いい、まずは【魔法】。これはね、『演算型』の力なの」
彼女は白く細い指を一本立て、空中に青白い光の幾何学模様を描いた。
「魂の中にある《魔力回路》っていう精密な演算。そこに魔力を通して、世界の現象を強制的に書き換える……。イメージは、精密機器を動かすための『電流』よ。だから、負荷はすべて脳にかかる。複雑な式を解くほど高度な並列処理が必要で、『静止と集中』が求められるの」
サラの指先が、今度は俺の胸元にそっと触れる。 布越しでもわかる彼女の指の温かさと、真剣な瞳に、心臓が少しだけ跳ねた。
「一方で、【武器】のワザ……つまり《駆力》は全く別の生き物。性質は『燃焼型』よ」
駆力――それは体に流れる力のエネルギー。
それによって筋力や耐久が向上する。
彼女は自分の腕を軽く叩いて見せた。
「体に流れる『駆力』を細胞単位で爆発させる。イメージはエンジンを突き動かす『圧力』。負荷は肉体そのものに関わるわ。力を滞らせないための絶え間ない『流動と力み』が必要なのよ。スキルで使われる『剣技』は駆力によってしか引き出せない」
「静止を求める魔法と、流動を求める武器の技能……。なるほど、真逆なんだな」
「そう。脳が『止まれ』と命じ、体が『動け』と叫ぶ。本来、魔法を編みながら剣を振るうなんて、回路が焼き切れるか肉体が崩壊するかのどっちか。この世界に『魔法剣士』なんて存在は、論理的にあり得ないの」
サラはぐっと顔を近づけてきた。
吐息がかかるほどの至近距離。彼女の大きな瞳に、驚いた顔の俺が映り込んでいる。
「でも、あなたの体には固有スキル《二重回路》が宿っている。脳が二つあるような、異常な並列処理能力……。あの日、あなたがケルベロスを倒した時、私には二本の奔流が見えたわ」
――そうだ。
あの時、俺の意識は二つに分かれていた。
魔力は魔法だけだけ。
駆力は剣技(などの武器の技)だけ。
「あんたのそれは、世界で唯一許された、神様からのズルみたいなものよ」
サラは少しだけ嫉妬深そうに、でも誇らしげに微笑むと、俺の胸に置いた手にぐっと力を込めた。
「はあぁ……」
サラが深いため息をつきながら、俺の胸から手を離した。
嫉妬のような、でも少し呆れたような、複雑な表情。
陽に照らされた彼女の横顔は、彫刻のように整っていて、思わず見惚れてしまいそうになる。
「いいわね、カイト。剣も魔法も使い放題なんて、本当に羨ましいわ。それだけあれば、一人で何でもできちゃうじゃない」
彼女は少しだけ唇を尖らせて、拗ねたようにそっぽを向いた。
その仕草が、まるで子供が宝物を欲しがっているみたいで、たまらなく愛らしい。
「いや……そうでもないぞ。万能に見えるかもしれないけど、これにも欠陥はあるんだ」
「欠陥? 何よそれ。完璧超人のくせに」
「自分に対して、治療(聖魔法)が使えないんだ」
「……え?」
サラが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まった。
大きな瞳をさらに見開いて、俺の顔をまじまじと見つめてくる。
「ちょっと待って。あなた、他人の傷は治せるわよね? 前にエリーの傷を魔法で治してたじゃない」
「ああ。他人はいいんだ。でも、自分だけはダメなんだよ。何度やっても回路が弾かれる。ちょっと前に試したけど、やっぱり無理だった」
俺は苦笑いしながら、自分の左手に意識を集中させた。
《二重回路》の論理。
俺の脳内では、常に「魔法」という神秘のエネルギーと、「駆力」というアナログな圧力が、完全に分離された並列状態で流れている。
この「分離」こそが、俺が魔法剣士として動ける絶対条件だ。
だが、自己治療魔法――聖魔法を自分にかけようとすると、致命的なエラーが起きる。
魔法回路から出力された『修復』のプログラムが、俺自身の『肉体(駆力)』に干渉しようとした瞬間、俺の脳内にある隔壁がそれを拒絶してしまうんだ。
脳が『魔法』として放ったエネルギーを、肉体が異物として弾いてしまう。
二つの川を混ぜないようにしているからこそ、自分の魔法で自分を書き換えることができない……
つまり、俺の体は「自分自身」という対象に対してだけは、魔法と物理の壁を越えられないようにロックがかかっている。
「……じゃあ、もしあんたが戦いで大怪我を負ったら? 腕を斬られたり、深い傷を負ったりしたらどうするのよ」
「その時は……まあ、誰かに治してもらうか、自然治癒を待つしかないな」
俺がさらっと言うと、サラの顔がみるみるうちに青ざめていった。
彼女はガシッと俺の両肩を掴む。
ぐい、と顔を近づけられる。彼女の鼻先が触れそうなほどの距離。
必死な表情の彼女から、甘い香りと、少しだけ早くなった鼓動の熱が伝わってきた。
「笑い事じゃないわよ、バカイト! あんた、自分がどれだけ無茶な戦い方してるか分かってんの!?」
「サラ……近いって」
「うるさい! 自分が治せないなら、無敵なんかじゃないじゃない! ……もう、信じられない。あんたって人は、一番肝心なところが抜けてるんだから!」
サラは睨み飛ばしながら俺を叱り飛ばした。
その声は震えていて、俺のことを心底心配してくれているのが痛いほど伝わる。
「いい? カイト。あんたが自分を治せないなら、聖魔法を使える魔術師を探すしかないわ。もし魔王を倒す旅に出るのならね。」
サラが指摘した「自己治療不可」という欠陥は、俺という存在の危うさを鋭く突きつけてきた。
一歩間違えれば、その超越した力ゆえに、自分自身を焼き切って終わる。
魔王という、世界の限界を超えた強者に挑むのであれば、そのたった一つの欠陥が、致命的な敗北を招くことになるだろう。
……そうか。俺一人じゃ、ダメなんだな
俺は視線を上げ、遠くそびえる魔王城が座すであろう西の空を見つめた。
最強の矛を持っていても、折れればそれまで。
自分を修復できない俺には、隣に並び、背中を預けられる仲間が……俺の欠落を埋めてくれる存在が不可欠だ。
もし俺が死んだら、誰がサラを守るんだ。
というか、サラもかなり魔王討伐に乗り気になってくれている。
結構考えてくれてるんだな。
「サラ。その魔法使いを、旅の仲間に入れよう」
「……そうね。だとしたらこの街なら、近くの教会にシスターが居たわね」
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