第11話 魔王討伐【イラスト付き】
「……は?」
「魔王討伐!それがカイト君の最終目的だよっ」
「ま、魔王……俺が?」
「そ! 君が手に入れたその力、《大結界》。これこそが、人類が逆転勝利するための唯一の鍵なんだから!」
天使がこほんと咳をした。
「説明するね! 《大結界》はね、半径500キロメートルっていう、とんでもなく広い範囲に、魔獣とか魔王の手下を永久に入れさせない『聖域』を作っちゃうスキルなんだよ!」
「ご、500キロ!?そんな広範囲を、永久に!?」
思わず裏返った声が出てしまった。
街一つなんてレベルじゃない。
国が丸ごと一つスッポリ入る規模だ。
「うん!一度発動しちゃえば、維持するのに魔力はいらなーい。ただね、その結界を設置する『台座』と、さっきのイルレみたいな魔王軍幹部級の『魔石』が必要なの?」
『台座』と『魔石』ってなんだ?
それはあとでサラに聞いておこう。
しかし……すごすぎる。
本当にそんなものもらっていいのか?
「この大陸にある、大きな七つの都市。ここを拠点にして、カイト君が順番に《大結界》を置いていくの。点を繋げば道ができて、面になれば、それは人類を守る最強の盾になる。少しずつ東に進んで、みんなの住む場所を取り戻しながら……最後は魔王をガツーンとやっつけちゃって!」
あまりにも壮大な計画。
大陸全土を巻き込んだ、人類の生き残りをかけた大反攻作戦。
それを、俺ひとりにやれと言うのか。
俺は後ずさり、無意識に首を横に振っていた。
「……無理です」
拒絶の言葉が、震えながら漏れる。
「俺には、出来ません」
「カイト君?」
「俺は……勇者なんかじゃない。さっきだって、本当にまぐれだったんです。ただ、サラやみんなを守りたくて、無我夢中で……」
手の震えが止まらない。
幹部との戦いは、偶然勝てただけかもしれない。
次も運良く勝てる保証なんて、どこにもない。
「俺に世界の運命なんて背負えません! 俺はただの何の取り柄もない空っぽな男で……こっちに来る前だって、なんの取り柄もない、ただの……」
ただの、モブだったんだ。
そうだ。思い出せ。
俺は、カイトという人間は、どんな奴だった?
……とっさには思いつかないが、本当に空っぽな人生だった。
何もやってこなかった、何の情熱もない人生だった。
そんな、背景の一部みたいな人生。
空っぽの生き様。
それが俺のすべてだったはずだ。
それなのに、魔王を倒せ?
世界を救え?
冗談じゃない。
そんな大役、俺ごときに務まるわけがないんだ。
「……他の、もっとすごい人に頼んでください。俺なんかより、もっと勇者にふさわしい人が……」
俺は視線を落とし、逃げるようにそう呟いた。
真っ白な空間に、重い沈黙が落ちる。
隣で、サラが何か言いたげに口を開き、でも何も言えずに拳を握りしめる気配がした。
ふわり。
甘い、花の蜜のような香りが鼻先をかすめる。
「カイト君」
顔を上げると、天使が俺の目の前で膝をつき、下から覗き込んでいた。
あの可愛らしくて、天真爛漫な天使が、慈愛に満ちた瞳で俺を見つめている。
「君はさっき言ったよね?『みんなを守りたくて、必死だった』って」
「……はい」
「それが、全部だよ」
天使ちゃんは俺の手を優しく取ると、自分の豊かな胸元へと引き寄せた。
白いレース越しに伝わってくる、驚くほど柔らかい感触。
そして、ドクンドクンと速く、力強く打つ心臓の鼓動。
「『選ばれた勇者』だから戦うんじゃないよ。守りたいものがあるから、人は強くなれるんだもん」
胸の感触にドキドキする。
「……で、でも、俺は……」
「前のカイト君がどうだったかなんて、あたしは知らない。でも、今のカイト君は知ってるよ。君は逃げなかった。怖くて足が震えてたのに、一歩前に出た。そして、誰も死なせなかった」
天使の言葉が、じわりと胸の奥に染み渡る。
「カイト君はもう、背景なんかじゃないよ。君は、あたしが選んだ、たった一人の勇者なんだから!」
――勇者。
その言葉が、胸の奥で燻っていた火種に油を注いだ。
走馬灯のように、記憶が巡る。
元の世界での、退屈で灰色の毎日。
理不尽に異世界へ飛ばされた日。
モブだと罵られた屈辱。
けれど。
俺は、あの幹部を倒した。
サラを守れた。
あの女の子たちも守れた。
あの時、俺の背中に隠れていた彼女たちの、震えが止まった瞬間の顔。
俺を見るサラの、熱い信頼に満ちた瞳。
サラの声。
『カイト……すごい……』
物語の主人公に、憧れていなかったと言えば嘘になる。
誰かのために傷つき、誰かのために剣を振るう。
そんな「特別」な強さが、ずっと欲しかったんじゃなかったのか。
「……くっ」
俺は拳を強く握りしめた。
爪が手のひらに食い込む。
震えは、もう止まっていた。
ここで逃げ出せば、俺はまたあの「空っぽの人生」に戻る。
世界が滅びるのを、ただ指をくわえて見ているだけの存在に。
そんなのは、もう御免だ。
俺は顔を上げ、天使の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「……わかりました」
腹の底から、しっかりと声を出した。
「受けます。その使命」
「カイト君……!」
「俺がやります。この力で、みんなを守る盾になります。……そして、魔王をぶっ倒して、この世界の絶望を終わらせます」
俺の言葉に、天使は太陽が昇ったみたいにパァァッと微笑んだ。
それは、どんな宝石よりもキラキラしていて、見ているだけで力が湧いてくるような笑顔だった。
そしてサラも。
心配そうに歪めていた眉を上げ、かつてないほど真剣な、でもどこか嬉しそうな眼差しで俺を見つめてくる。
「覚悟は決まったみたいね、カイト」
サラが俺の隣に並び立ち、その肩を俺の肩に預けてきた。
「あんたが世界を救うっていうなら、私も最後まで付き合ってあげる。……あんたの背中は、この私が、命に代えても守り抜いてあげるから! それに……」
サラはしっかりと俺の目を見てこう言った。
「あんた、私が居なかったらなんにも分からない迷子の子供なんだから……」
サラは微笑んだ。
「ああ……頼りにしてるよ、サラ」
二人の決意に応えるように、真っ白な空間が徐々に薄れていく。
元の世界、あの戦いの残火が燻る、過酷で愛おしい現実へ戻る時間が来たようだ。
「期待してるよ、あたしの勇者様! ……にひひ、ご褒美が足りなくなったら、またいつでも呼んでね?」
最後に、とんでもない爆弾発言と、とろけるようなウインクを残して、天使ちゃんの姿は光の粒となって消えていった。
俺たちの本当の冒険は、ここから始まる。
最強の盾、《大結界》をこの手に携えて。
もう、誰も死なせない。
俺は俺自身の足で、この世界の主役として歩いていくんだ。
光の粒子がパチンとはじけて、真っ白な世界が霧のように消えていく。
視界がふっと暗くなったかと思えば、そこはさっきまで戦っていた、焦げ臭い森の荒野だった。
「……あれ?」
急な重力の感覚に戸惑っていると、隣にいたサラが、糸の切れた人形みたいにカクンと膝を折った。
「おっと、危ない……!」
倒れそうになった彼女の体を、俺は咄嗟に横から抱きしめるように受け止める。
あの特殊な空間に行っていた反動だろうか。
サラの体は驚くほど熱を持っていて、鎧越しでも彼女の体温が伝わってくる。
「むにゃ……もう食べられない……」
なんて可愛らしい寝言を漏らしながら、俺の腕の中で完全に脱力してしまっている。
いつもは凛々しい騎士の彼女が、無防備に俺の胸に顔を埋めている。
「あははっ!騎士のお姉さん、ちょっと頑張りすぎちゃったかなー?」
頭上から、コロコロと転がるような楽しげな声が降ってきた。
見上げると、まだ完全に消え去っていない天使の幻影が、空中にぷかぷかと浮いている。
「て、天使様……!?」
「本物の天使様だわ……なんて可愛らしい方なの……!」
生徒たちが、信じられないものを見るような目でざわめき立つ。
天使は彼女たちに向かって、キラキラした――それでいて、最高に確信犯的な笑みを浮かべた。
「みんな、聞いて聞いてー!大事なお話があるんだよ!」
天使ちゃんの声は、まるでお菓子の国から届いた招待状みたいに甘く、彼女たちの心に直接響いた。
不安で顔を強張らせていた女子生徒たちが、一斉に背筋を伸ばし、食い入るように空中の天使を見つめる。
「カイト君はね、今《幸運の印》っていう世界を救う『最強の盾』を手に入れたんだ! でもね、その力をバッチリ使ってみんなを守るためには、君たちの協力が必要なんだよー!」
「私たちの……協力ですか?」
銀髪を揺らしたエリーが、不安そうに、でもどこか期待を込めて問いかける。
天使ちゃんは、パチンと大きなウインクを飛ばした。
「そ!カイト君と『契約』を結んでほしいんだ! そうすれば、みんなはカイト君の加護をもらって、魔物になんて絶対に負けない『ラッキー』を手に入れられるんだよ!」
「ど、どうすれば……その契約ができるのですか?」
「えへへ、簡単だよー? 粘膜接触――つまり、カイト君と愛を込めて、ちゅーするだけ!」
しーん、と場が静まり返る。
俺の背中を、冷たい汗がダラダラと流れ落ちた。
言った。この破廉恥な天使ちゃん、こんなに大勢の女の子たちの前で、なんてことをさらっと言い放ちやがったんだ!
「く、口づけ……」
「キス……カイト様と……」
生徒たちの顔が、一斉に真っ赤な林檎みたいにボッ!と赤くなる。
でも、不思議と誰一人として嫌がっている様子はない。
むしろ、その潤んだ瞳には、熱っぽい期待と、隠しきれない興奮がゆらゆらと揺らめいている。
「それじゃカイト君、あとはよろしくねっ!……にひひ、お腹いっぱい堪能しちゃいなよー?」
天使ちゃんは最後に、俺の耳元で吐息を吹きかけるような艶っぽい囁きを残すと、キラキラした光の粒になって完全に消えてしまった。
……あとに残されたのは、意識を失って俺の腕に預けられたサラと、期待に満ちた視線を俺に向けてくる、頬を赤らめた大勢の女の子たち。
「え、えーっと……これは、どういう状況だ……?」
俺の心臓は、さっきの魔族幹部との戦いよりも激しく、うるさく鳴り響いていた。
残されたのは、気絶したサラを抱えた俺と。頬を染め、潤んだ瞳で俺を見つめる7人の美少女たち。
「……あの、カイト様」
沈黙を破ったのは、やはりエリーだった。
彼女は一歩、俺に近づいてきた。
「女神様のお言葉……本当ですよね?」
「あ、ああ。まあ、そうらしい……」
「なら……私、契約したいです。もっと強くなって、カイト様の役に立ちたいから」
彼女の言葉を合図に、堰を切ったように他の生徒たちも声を上げた。
「ず、ずるい!私もです!」
「私も契約します!カイト様にお守りいただきたいです!」
彼女たちが、わらわらと俺の前に整列し始めた。
まるでアイドルの握手会――いや、キスの順番待ち列だ。
全員がスカートの短い制服姿で、もじもじと内股になりながら並んでいる光景は、あまりにも壮観すぎた。
俺の心臓は、早鐘を通り越して爆発寸前だ。
だが、ここで逃げるわけにはいかない。これは儀式だ。
彼女たちを守るための、神聖な契約なんだ(と、自分に言い聞かせる)。
そ、そう、これは彼女たちのためであって、決して欲情なんかではない。
ホントだぞ!
俺はサラをそっと地面に寝かせ、立ち上がった。
「……じゃあ、いくぞ」
最初の一人は、もちろんエリーだ。
彼女は俺の前に立つと、ゆっくりと瞳を閉じた。
長い銀色の睫毛が震えている。
俺は覚悟を決めて、彼女の顔を両手で包み込んだ。
唇が重なる。柔らかい。
「んっ……」
エリーが艶っぽい声を漏らし、俺の腰にしがみついてきた。
パーカー越しに、彼女の豊かな胸がぐにゅりと押し付けられる。
唇を離すと、彼女はとろんとした目で俺を見つめ、ふにゃりと笑った。
「……あまかったです……カイト様」
その破壊力抜群の笑顔に、俺の理性が揺らぐ。
だが、列はまだ続いている。
「つ、次は私です……!」
二番手は、黒髪の少女、アヤだ。
「背伸びしなくていいよ」
俺は屈み込み、彼女の目線に合わせる。
「……んぅっ!」
彼女は小動物のように俺の首に腕を回し、自分から唇を押し付けてきた。
一生懸命で、ひたむきなキス。
俺の赤髪のチナツも、眼鏡のクレアも、次々に俺の前に立つ。
「あの……お礼は、身体で返します……」
「こ、これは論理的な魔力譲渡のプロセスですから……!んっ……!」
一人と唇を重ねるたびに、異なる甘い味と香りが俺を満たす。
柔らかい感触。熱い吐息。恥じらいながらも、舌先で求めてくるような大胆な仕草。
四方八方から漂う、女の子特有のいい匂い。
視界の端に映る、並んでいる彼女たちのミニスカートから伸びる白い脚。
俺の脳みそは、もうぐちゃぐちゃだった。
(これが……英雄の特権なのか……!?)
全員との契約が終わる頃には、俺は完全にのぼせ上がっていた。
生徒たちは皆、頬を真っ赤に染め、恍惚とした表情で唇に指を当てたり、互いに顔を見合わせてキャッキャとはしゃいだりしている。
幸福値が上がったせいか、肌艶がさらによくなり、全身からキラキラとしたオーラが出ている気がする。
「う、うぅん……」
その時、足元で呻き声がした。
サラだ。
彼女がゆっくりと目を開け、上体を起こす。
「……カイト?」
彼女は寝ぼけ眼で周囲を見回し、呆然としている。
状況を飲み込めていないようだ。
だが、天使は言っていた。『守りたいと思う大切な人と契約しなさい』と。
ここにいる全員としたのに、サラだけ仲間外れにするわけにはいかない。
それに、これから魔王を倒す旅に出るなら、彼女の強化は必須だ。
俺の思考回路は、興奮と魔力酔いで少しおかしくなっていたのかもしれない。
勢いというやつだ。
「サラ、じっとしてろ」
「え?なに、いきな……」
俺は膝をつき、サラの顔を覗き込むと、問答無用でその唇を奪った。
「――んぐっ!?」
サラの目が、極限まで見開かれる。
俺たちの唇が完全に密着する。
サラの唇は、生徒たちとはまた違う、凛とした柔らかさがあった。
ちゅ、と音を立てて唇を離す。
「……ぷはっ」
俺が息をつくと、サラは石像のように固まっていた。
時が止まったかのようだ。やがて、彼女の真っ白だった肌が、首筋から耳、そして顔全体へと、爆発的な勢いで真っ赤に染まっていく。
「あ……あ、あ……」
サラは震える指で自分の唇に触れた。
「今の……」
彼女の瞳が揺れている。
金髪が乱れ、騎士としての威厳など微塵もない、ただの初心な少女の顔。
「な、なにをやって……!?」
「あ」
やってしまった。
俺はようやく我に返る。
生徒たち相手にはそれを飲み込むための時間があったのに、サラにはほとんど覚悟を決める時間がなかった。
「い、いや、これは女神様の指示で、契約の儀式で……!」
「か……」
「か?」
サラの肩がわなわなと震える。彼女は真っ赤な顔のまま、涙目で俺を睨みつけた。
「カイトの……ばかぁぁぁぁぁッ!!」
サラの絶叫が森に響き渡る。
だが、その拳にはいつものような力はなく、ぽすぽす、と俺の胸を叩くだけだった。
「責任……取りなさいよ……絶対……」
蚊の鳴くような声でそう呟き、彼女は俺の胸に顔を埋めた。
その耳まで真っ赤になっているのを見て、俺の心臓は再び跳ね上がる。
後ろでは、生徒たちが「あらあら」「サラ様も契約完了ですね」「正妻戦争勃発ですわ」と楽しそうに囁き合っている。
最強の力と、最高の仲間たち。
俺の異世界英雄譚は、どうやらとんでもなく甘く、騒がしいものになりそうだ。
サラの俺の胸を叩く手が、ぽす、と止まる。
彼女はまだ茹で上がったように赤い顔をゆっくりと上げ、潤んだ瞳で俺を睨みつけた。
「……言ったわね、カイト」
「え?」
「契約、なんでしょ?私の唇を……奪ったんだから」
サラはごくりと喉を鳴らし、決意を固めたように声を張り上げた。
「き、キスまでした責任は取ってもらうわよ!案内役としてついていくわ!魔王を倒すまで、片時も離れないんだから!」
その宣言に、周囲の生徒たちが「ヒューヒュー!」と囃し立てる。
サラは「うぅ……」と再び恥ずかしさに押しつぶされそうになりながらも、俺の服の裾をぎゅっと掴んで離さない。
その指先が震えているのが伝わってきて、俺は苦笑しつつも、腹を括った。
「わかった。責任は持つ。……頼りにしてるよ、サラ」
「ふ、ふん!当たり前よ! 私がいなきゃ、あんたなんて世間知らずの迷子なんだから!」
サラはツンと顔を背けたが、その頬は赤く染まっていた。
「さて、と」
俺は改めて周囲を見渡した。
魔物の群れは消滅し、ただの荒野が広がる。
ここには、サラと7人の女子生徒たち残されている。
「まずは、みんなを街まで送り届けないとな。このまま放置するわけにはいかない」
「はい! カイト様と一緒なら、地の果てまででも!」
銀髪のエリーが即答し、他の生徒たちもぶんぶんと首を縦に振る。
全員、恐怖の色は完全に消え去り、遠足にでも行くようなウキウキとした表情だ。
「よし、じゃあ出発だ。一番近い街はどっちだ?」
「あちらです、カイト様!」
待っててください、女神様。
あなたと「一つになる」ために、限界突破します。
生徒たちが指差す方角へ、俺は上を向いて歩き出した。
──それは、頭部のない影という、未解決の謎を見ないためだったのかもしれない。
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