第9話「洞窟の奥に潜むもの」
前回のあらすじ
ギルドランク昇格試験に挑んだアキラ。筆記試験は一夜漬けで何とか合格点、実技試験ではDランク冒険者ダリウスを圧倒し、見事Eランクに昇格! そして新たな依頼「洞窟探索」を受けることになり――
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「着いた! これが例の洞窟か!」
王都から徒歩一時間。俺たちは目的の洞窟の前に立っていた。
「思ったより大きいですね……」
リーナが洞窟の入口を見上げる。
確かに、入口は高さ5メートルくらいありそうだ。中は真っ暗で、何も見えない。
「よし、入るぞ!」
「ちょっと待ってください」
リーナが俺を止める。
「まず準備です。洞窟内は暗いので、明かりの魔法を使います」
「おお、便利!」
「それから、地図を確認して――」
「地図?」
「はい。依頼書に添付されてた簡易地図です。ほら」
リーナが地図を広げる。
「……あれ? アキラさん、この地図見ましたか?」
「え? いや、見てない」
「だから依頼書をちゃんと読めって……」
リーナがため息をつく。
「まあ、リーナがいるから大丈夫だろ」
ガルドが笑う。
「ガルドさんまで適当に……」
「冗談だ。俺も地図は確認した。入口から真っ直ぐ進んで、三つ目の分岐を右。そこから少し進むと宝箱がある部屋に着く」
「さすがガルド!」
「当たり前だ。冒険者の基本だからな」
「……アキラさんも見習ってください」
「は、はい……」
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「それじゃあ、行きましょう。ライトボール!」
リーナが魔法を唱えると、手のひらサイズの光る球体が浮かび上がった。
「おお! すごい!」
「これで洞窟内も見えますね」
「便利だなー」
俺たちは洞窟に入った。
中はひんやりとしていて、足元は少し湿っている。壁には苔が生えていて、独特の匂いがする。
「気をつけろ。足元が滑りやすい」
「了解!」
ガルドの注意に従って、慎重に進む。
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五分ほど歩いたところで、最初の分岐に到着した。
「えっと、地図によると……ここは真っ直ぐですね」
「オッケー!」
俺たちは真っ直ぐ進む。
さらに十分。
「次の分岐だ」
「ここも真っ直ぐです」
「了解!」
そしてさらに十分。
「三つ目の分岐だな」
「はい。ここを右に――」
「待った」
ガルドが突然立ち止まった。
「どうしたの?」
「……何か、いる」
「えっ?」
ガルドが剣を抜く。
「魔物か?」
「ああ。気配がする。かなり大きい」
その瞬間――
「ガルルルル……」
右の通路から、低い唸り声が聞こえてきた。
「うわっ、マジで!?」
「来るぞ!」
ガルドが構える。
そして――
ドシン、ドシン、ドシン――
重い足音が近づいてくる。
「何が来るんですか!?」
リーナが怯える。
「分からん。だが、デカい!」
次の瞬間、右の通路から巨大な影が現れた。
「――熊!?」
俺は叫んだ。
いや、普通の熊じゃない。体長3メートルはありそうな、巨大な熊だ。
「ケイブベアだ!」
ガルドが叫ぶ。
「ケイブベア!?」
「洞窟に生息する熊型の魔物だ! Dランク相当だぞ!」
「Dランク!?」
「ガオオオオオ!」
ケイブベアが咆哮する。
「うわああああ!」
俺たちは慌てて後退した。
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「リーナ、魔法で援護を!」
「は、はい! ファイアボール!」
リーナの火球がケイブベアに命中する。
「ガオッ!」
ケイブベアがひるむ。
「今だ、アキラ!」
「お、おう!」
俺は拳を構える。
「せいっ!」
ケイブベアの腹にパンチ。
「ガオオオ!」
ケイブベアが吹き飛んだ。
「やった!」
「油断するな! まだだ!」
ガルドの言う通り、ケイブベアはすぐに立ち上がった。
「タフだな……」
「ケイブベアは防御力が高いんだ。何度も攻撃しないと倒せない」
「マジか……」
ケイブベアが再び襲ってくる。
「うわっ!」
俺は横に飛んで回避。
「ガルド、頼む!」
「任せろ!」
ガルドが剣を振るう。ケイブベアの前足を斬りつける。
「ガオッ!」
「よし、効いてる! アキラ、もう一発!」
「おう!」
俺は再びパンチを繰り出す。
「おりゃああああ!」
ケイブベアの顔面に命中。
「ガオオオ……」
ケイブベアが倒れた。
「……やった」
「お疲れ様です!」
リーナが駆け寄ってくる。
「いやー、久しぶりに強敵だったな」
「Dランクの魔物、伊達じゃないですね……」
俺は息を整える。
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「しかし、何でケイブベアがこんなところに?」
ガルドが首を傾げる。
「依頼書には、魔物がいる可能性ありって書いてあっただけですよね?」
「ああ。まさかDランクの魔物がいるとは……」
「……ねえ、もしかして」
俺は嫌な予感がした。
「もしかして、依頼書に詳しく書いてあった?」
「え? ええと……」
リーナが依頼書を取り出す。
「『洞窟内には魔物が生息している可能性あり。過去にケイブベアの目撃情報あり。十分に注意すること』……って書いてありますね」
「書いてあるじゃん!」
「だから読めって言ったじゃないですか!」
リーナのツッコミが炸裂した。
「ご、ごめん……」
「ごめんじゃないです! 事前に知ってたら、もっと準備できたのに!」
「反省してます……」
「本当ですか?」
「本当です……」
ガルドが笑っている。
「まあ、無事倒せたからいいだろ」
「良くないです!」
リーナがガルドにもツッコむ。
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「……それにしても」
ガルドがケイブベアの死骸を見る。
「こいつ、なんでこんなところにいたんだ?」
「縄張りとか?」
「いや、ケイブベアは普通、もっと奥に巣を作る。入口近くにいるのは不自然だ」
「確かに……」
リーナも不思議そうにする。
「もしかして、何かに追われて逃げてきたとか?」
俺が適当に言ってみる。
「追われて? ケイブベアを追い払うほどの魔物なんて……」
ガルドが言いかけた時――
「――ギャアアアアア!」
洞窟の奥から、凄まじい悲鳴が聞こえた。
「今の!?」
「人の声か!?」
「誰かいるんですか!?」
俺たちは顔を見合わせた。
「……行くぞ」
ガルドが走り出す。
「待って!」
俺たちも後を追った。
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右の通路を進むと、広い空間に出た。
そこには――
「う、うわあああああ!」
三人組の冒険者が、巨大な蜘蛛に襲われていた。
「ジャイアントスパイダー!」
ガルドが叫ぶ。
「ジャイアントスパイダー!?」
「Cランクの魔物だ!」
「Cランク!? さっきよりヤバいじゃん!」
「助けないと!」
リーナが魔法を唱える。
「ファイアボール!」
火球がジャイアントスパイダーに命中。
「ギシャアアアア!」
蜘蛛が悲鳴を上げる。
「今だ、逃げろ!」
ガルドが三人組に叫ぶ。
「あ、ありがとうございます!」
三人組が逃げていく。
「さて、どうする?」
ガルドが剣を構える。
「やるしかないでしょ!」
「だな!」
俺も拳を構えた。
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「アキラ、正面から! 俺は側面を狙う!」
「了解!」
俺はジャイアントスパイダーに突進する。
「おりゃああああ!」
パンチを繰り出す。
「ギシャッ!」
だが、蜘蛛の外殻が硬い。手応えが薄い。
「硬っ!」
「蜘蛛は外殻が硬いんだ! 腹を狙え!」
「腹!?」
「ひっくり返せ!」
「ひっくり返すって……どうやって!?」
「力づくだ!」
「力づく!?」
いやいやいや、無茶言うなよ!
「ギシャアアアア!」
蜘蛛が糸を吐いてくる。
「うわっ!」
俺は横に飛んで回避。
「あぶねえ!」
「アキラさん、気をつけてください! 蜘蛛の糸に捕まると動けなくなります!」
「了解!」
俺は蜘蛛の足元に潜り込む。
「よし、ここなら――」
そして、蜘蛛の腹を見上げる。
「……えっと、どうやってひっくり返そう?」
「持ち上げろ!」
「持ち上げる!?」
ガルド、お前本気か!?
「やるしかないだろ!」
「うわああああ、分かったよ!」
俺は蜘蛛の腹に手を当てる。
「せええええの!」
全力で持ち上げる。
「――っ!」
蜘蛛が浮いた。
「マジで持ち上がった!?」
「アキラさん、すごい!」
リーナが驚いている。
「うおおおおお!」
俺は蜘蛛をひっくり返した。
「ギシャアアアア!」
蜘蛛がバタバタと足を動かす。
「今だ、ガルド!」
「任せろ!」
ガルドが蜘蛛の腹に剣を突き刺す。
「ギシャ……」
蜘蛛が動かなくなった。
「やった……」
俺は地面に座り込んだ。
「お疲れ様です!」
「いやー、疲れた……」
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「あの、ありがとうございました!」
さっきの三人組が戻ってきた。
「いえいえ、大丈夫ですか?」
「はい! おかげさまで!」
「良かった……」
リーナがホッとする。
「それにしても、何でこんなところに?」
ガルドが聞く。
「実は、俺たちも宝箱を取りに来てたんです」
「宝箱?」
「はい。同じ依頼を受けてたんですけど……蜘蛛に襲われて」
「えっ、同じ依頼!?」
俺は驚いた。
「ああ。複数のパーティーが同時に受けられる依頼だったんだ」
「マジで!?」
「……アキラさん、それも依頼書に書いてありましたよ」
リーナがジト目で見てくる。
「ご、ごめん……」
「もういいです……」
リーナが諦めた顔をした。
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「それで、宝箱はどこに?」
「奥の部屋です。でも、もう取らなくていいです……怖すぎて」
「そっか……」
三人組は逃げるように去っていった。
「じゃあ、俺たちが取りに行くか」
「そうですね」
俺たちは奥の部屋に向かった。
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奥の部屋は、意外と広かった。
そして、部屋の中央に――
「あった! 宝箱!」
小さな宝箱が置いてあった。
「やった! これで依頼完了だな!」
俺は宝箱に駆け寄る。
「ちょっと待って!」
リーナが止める。
「罠があるかもしれません!」
「罠?」
「はい。宝箱には罠が仕掛けられてることが多いんです」
「マジで!?」
「ああ。俺が確認する」
ガルドが慎重に宝箱を調べる。
「……大丈夫そうだな。罠はない」
「よし、じゃあ開けよう!」
俺は宝箱を開けた。
中には――
「……手紙?」
一通の手紙が入っていた。
「手紙? 宝じゃないのか?」
「えっと、何て書いてあるんだろう……」
リーナが手紙を読む。
「『この手紙を読んでいる冒険者へ。おめでとう。君はこの試練を乗り越えた。真の宝は、この洞窟の最深部にある。さあ、勇気ある者よ、進むがいい』……だそうです」
「はあ!?」
俺は叫んだ。
「最深部!? ここじゃないの!?」
「……依頼書、もう一度確認しましょう」
リーナが依頼書を見る。
「『洞窟を探索し、奥にある宝箱を回収すること』……あれ? どっちの宝箱だろう」
「そんな曖昧な!」
「いや、待て」
ガルドが考え込む。
「依頼主は、この手紙のことを知らなかったんじゃないか?」
「え?」
「つまり、依頼主はこの宝箱のことを指してた。でも、実際には別の宝箱が最深部にある」
「あー、なるほど……」
「じゃあ、どうする?」
リーナが聞く。
「……行こうぜ、最深部!」
俺は拳を握った。
「えっ!?」
「だって、気になるじゃん! 真の宝って何だろう!」
「いやいやいや、もう十分戦いましたよ!?」
「でも、せっかくここまで来たんだし!」
「アキラさん……」
リーナが頭を抱える。
「……俺は賛成だ」
ガルドが笑う。
「冒険者なら、最後まで行かないとな」
「ガルドさんまで!」
「大丈夫だ。俺たちなら何とかなる」
「何とかなるって……」
「リーナ、お前も本当は気になってるだろ?」
「……まあ、そうですけど」
リーナが観念した。
「じゃあ、決まりだな!」
「よし、行こう!」
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さらに奥へと進む。
通路は徐々に狭くなり、湿度も上がってくる。
「何か、嫌な感じだな……」
「そうですね……」
十分ほど歩くと、また広い空間に出た。
そして、部屋の中央には――
「……デカい宝箱」
人間の背丈ほどある、巨大な宝箱が置いてあった。
「すごい……」
「でも、何か怪しくないか?」
ガルドが警戒する。
「怪しいですよね……」
「でも、ここまで来たんだし、開けようぜ!」
俺は宝箱に近づく。
「アキラさん、慎重に……」
「分かってる分かってる」
俺は宝箱に手をかける。
そして――
「開けるぞ!」
宝箱を開けた瞬間――
「――ガアアアアアア!」
宝箱の中から、何かが飛び出してきた。
「うわああああ!」
俺は後ろに飛んだ。
「ミミックだ!」
ガルドが叫ぶ。
「ミミック!?」
「宝箱に擬態する魔物だ!」
「そんなのいるの!?」
「ガアアアアア!」
ミミックが襲ってくる。
「うわっ、気持ち悪い!」
ミミックの中身は、巨大な口と無数の牙だけだった。
「アキラ、下がれ!」
「お、おう!」
ガルドが剣を振るう。
「はあっ!」
ミミックの口を斬りつける。
「ガアッ!」
「リーナ!」
「はい! ファイアボール!」
火球がミミックに命中。
「ガアアアア!」
ミミックが燃える。
「よし、俺も!」
俺はミミックに突進する。
「おりゃああああ!」
全力パンチ。
「ガア……」
ミミックが倒れた。
「……やっと終わった」
俺はその場に座り込んだ。
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「お疲れ様です……」
リーナも疲れた顔をしている。
「いやー、まさか宝箱が魔物だとは……」
「ミミックは有名な魔物だぞ。知らなかったのか?」
ガルドが苦笑する。
「知らなかった……」
「……勉強しましょうね、アキラさん」
「はい……」
俺は反省した。
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「で、本物の宝箱は?」
俺は部屋を見回す。
「……ない」
「ないって……」
「もしかして、あのミミックが宝箱だったとか?」
「それ、ひどくない!?」
「いや、でも――」
ガルドが部屋の奥を指差す。
「あそこに何かある」
「え?」
部屋の奥の壁に、小さな穴が開いていた。
「あれ、何だろう……」
リーナが近づく。
「中に何か入ってる……」
リーナが手を入れて、何かを取り出す。
「これ……指輪?」
「指輪!?」
リーナの手には、小さな銀色の指輪があった。
「綺麗……」
「それが真の宝か?」
「みたいですね……」
俺たちは指輪を眺めた。
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洞窟を出て、ギルドに戻る。
「お疲れ様でした! 依頼完了ですね!」
マリアさんが笑顔で迎えてくれる。
「ただいまです!」
「それで、宝箱は?」
「えっと……これです」
リーナが指輪を渡す。
「指輪? あれ、宝箱は?」
「実は、色々ありまして……」
リーナが事情を説明する。
「なるほど……ミミックでしたか」
「はい……」
「でも、指輪を回収できたなら問題ありません。これが依頼主の求めていたものかもしれませんし」
「そうなんですか?」
「ええ。確認してみますね」
マリアさんが奥に引っ込んだ。
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数分後。
「お待たせしました。依頼主に確認したところ、この指輪で間違いないそうです」
「良かった……」
「報酬の銀貨100枚、それから特別ボーナスとして銀貨50枚、合計150枚です」
「150枚!?」
俺は目を輝かせた。
「はい。ケイブベア、ジャイアントスパイダー、ミミックを倒した記録がギルドカードに残っていますので、その討伐報酬も含まれています」
「やったー!」
「良かったですね、アキラさん」
「うん!」
「それと――」
マリアさんが続ける。
「アキラさんのレベル、確認させてもらいますね」
「あ、はい」
マリアさんがギルドカードを確認する。
「えっと……レベル964。ケイブベアで3、ジャイアントスパイダーで4、ミミックで2……合計9減ってますね」
「結構減ったな……」
「でも、順調にレベルが下がってますね」
リーナが複雑そうに言う。
「ああ。この調子なら、レベル0までもうすぐかもな」
ガルドが笑う。
「レベル0……か」
俺は自分のギルドカードを見る。
レベル0になったら、一体どうなるんだろう?
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その夜、宿舎。
「今日も疲れたな……」
「そうですね……」
リーナが疲れた顔をしている。
「でも、いい経験になったな」
「そうですね。色々な魔物と戦えましたし」
「ミミックは驚いたけどな」
「ですよね……」
俺たちは笑い合った。
「それにしても、アキラ」
ガルドが真面目な顔になる。
「次からは、ちゃんと依頼書を読めよ」
「う、うん……」
「本当ですよ! 今回はたまたま上手くいきましたけど、次はどうなるか分かりませんからね!」
リーナも念を押す。
「分かってるって! 次こそは、ちゃんと読むから!」
「……本当に?」
「本当だって!」
――多分。
「多分って言いましたよね!?」
「言ってない言ってない!」
「絶対言いました!」
リーナのツッコミが、今日も冴え渡る。
依頼書を読まない男、桜井アキラ。
明日もきっと――読まずに突き進む!
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## 次回予告
第10話「予想外の再会」
洞窟探索を終えたアキラたちに、新たな依頼が舞い込む。だが、その依頼主は意外な人物で――!? そして、アキラの逆転レベルシステムに新たな動きが!
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