第7話「依頼書を読まない男」
前回のあらすじ
新たな仲間ガルドによる特訓が始まった。素振り1000回、走り込み100周、実戦100本勝負――地獄のような訓練メニューに悲鳴を上げるアキラとリーナ。だが一週間後、アキラは剣術の基礎を習得し、魔法の使い方も学び始めて――
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## 第7話本編
「よし、今日から依頼再開だ!」
朝のギルドで、俺は張り切って依頼掲示板に向かった。
「アキラさん、今度こそちゃんと依頼書を読んでくださいね?」
リーナが念を押してくる。
「分かってるって! 今度は大丈夫!」
「……本当に?」
「本当だって! この一週間で成長したんだから!」
俺は胸を張った。ガルドの特訓で、俺は立派な冒険者になったはずだ。
「じゃあ、これなんてどうだ?」
ガルドが一枚の依頼書を指差す。
「えっと……」
俺は依頼書を手に取った。
――『古代遺跡の調査』
「遺跡の調査か。面白そう!」
「いやいやいや、ちょっと待ってください!」
リーナが慌てて依頼書を奪い取る。
「これ、Bランク依頼ですよ!? しかも報酬が金貨50枚!」
「金貨50枚!? すごい!」
「すごいじゃないです! それだけ危険ってことです!」
リーナが必死に説明する。
「古代遺跡には強力な魔物や罠が仕掛けられてることが多いんです。Fランクのアキラさんには無理です!」
「でも、俺レベル976だよ?」
「それは関係ないです! ギルドのランクはちゃんと守らないと!」
リーナが頭を抱える。
「まあまあ、リーナ。俺もいるし、大丈夫だろ」
ガルドが笑う。
「ガルドさんまで!」
「冗談だ。確かにこれは厳しいな。もっと簡単な依頼から始めよう」
「そうですよ! アキラさん、もっと下の方を見てください」
リーナが依頼掲示板の下の方を指差す。
「えっと……」
俺は下の方の依頼書を見た。
――『薬草採取』Fランク、報酬:銀貨10枚
――『荷物運搬』Fランク、報酬:銀貨15枚
――『スライム退治』Fランク、報酬:銀貨20枚
「……地味だな」
「地味って! これが普通なんです!」
「でも、特訓頑張ったのに、スライムはなあ……」
俺はちょっと不満だった。
「アキラの気持ちも分からんでもないが、まずは基礎からだ」
ガルドが肩を叩く。
「基礎って言っても、スライムは倒したことあるし……」
「じゃあ、これはどうだ?」
ガルドが別の依頼書を指差す。
――『ゴブリンの巣の調査』Dランク、報酬:銀貨80枚
「ゴブリンか。これなら……」
「ダメです! Dランクもまだ早いです!」
リーナが即座に却下する。
「えー……」
「えーじゃないです! 順番に慣れていくんです!」
リーナが説教モードに入りかけた時だった。
「おや、君たち。いい依頼を探しているのかい?」
背後から声がした。
振り返ると、眼鏡をかけた中年の男性が立っていた。立派な服を着ていて、お金持ちっぽい。
「はい、そうですけど……」
「それなら、ちょうどいい。私の依頼を受けてくれないかね?」
「依頼?」
「ああ。実は、私の屋敷の倉庫に魔物が住み着いてしまってね。退治してほしいんだ」
「魔物ですか? どんな?」
リーナが警戒しながら聞く。
「ネズミだよ。大きなネズミが何匹か」
「ネズミ……ですか」
「ああ。普通のネズミじゃない。魔物のネズミでね。少し厄介なんだ」
男性が困ったように笑う。
「報酬は銀貨50枚。どうかね?」
「銀貨50枚!?」
俺とリーナが同時に驚いた。
「ネズミ退治で50枚は高すぎませんか?」
「まあね。だが、早く片付けたいんだ。倉庫に大事な荷物があってね」
男性が財布をチラつかせる。
「……どうする、アキラ?」
ガルドが俺を見る。
「うーん……」
ネズミなら簡単そうだし、報酬もいい。でも、何か引っかかる。
「あの、依頼書は――」
「ああ、正式な依頼書はこれから作る。とりあえず口約束でどうかね?」
「口約束……」
リーナが眉をひそめる。
「ギルドを通さない依頼は規約違反ですよ」
「まあまあ、堅いことは言わないでくれ。ちゃんと後で依頼書も出すから」
男性がヘラヘラと笑う。
「……怪しいな」
ガルドが小声で呟いた。
「だよな」
俺も同じことを思った。
「すみません、やっぱり正式な依頼書を出してからにしてください」
リーナがきっぱりと断る。
「そ、そうか。残念だな……」
男性は肩を落として去っていった。
「……何だったんだ、今の」
「詐欺の可能性がありますね。口約束で仕事させて、報酬を払わないパターンです」
「マジで!?」
「ああ。冒険者を騙そうとする奴は結構いるんだ」
ガルドが腕を組む。
「こえー……」
俺は背筋が寒くなった。
「だから、ちゃんとギルドを通した依頼しか受けちゃダメなんです」
「う、うん。気をつける……」
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「よし、じゃあこれにしよう!」
俺は別の依頼書を手に取った。
――『森の見回り』Fランク、報酬:銀貨25枚
「見回りなら安全ですね。いいと思います」
リーナが頷く。
「よし、これで決まりだな」
ガルドも賛成してくれた。
「じゃあ、受付に――」
「待った!」
突然、後ろから声がした。
振り返ると、筋肉ムキムキの大男が立っていた。
「な、何ですか?」
「その依頼、俺が受ける!」
「えっ?」
「森の見回りは俺の縄張りだ! 新人は引っ込んでろ!」
大男が依頼書を奪い取ろうとする。
「ちょっと! これ俺が先に取ったんだけど!」
「うるせえ! Fランクの小僧が生意気言うな!」
大男が俺を睨みつける。
「なんだよ、その言い方!」
「アキラ、落ち着け」
ガルドが俺を止める。
「でも!」
「……君、名前は?」
ガルドが大男に聞く。
「ダリウスだ。Dランク冒険者だ!」
「Dランクが、Fランクの依頼を横取りするのか?」
「何が悪い! 依頼は早い者勝ちだろ!」
ダリウスが開き直る。
「いや、アキラが先に手に取ってますけど……」
リーナが呆れた顔で言う。
「知るか! とにかく、その依頼は俺のものだ!」
ダリウスが依頼書を掴む。
「離せよ!」
「お前が離せ!」
俺たちは依頼書を引っ張り合った。
「いい加減にしろ、お前たち!」
ギルドの受付から、マリアさんが怒鳴ってきた。
「あ、すみません……」
俺たちは慌てて手を離す。
「ダリウス、また新人いじめか?」
「い、いじめじゃねえ! 正当な権利の主張だ!」
「屁理屈言うな。その依頼はアキラたちのものだ」
「なんでだよ!」
「先に取ったのはアキラたちだからだ。当たり前だろ」
マリアさんがジト目で睨む。
「ちっ……覚えてろよ、新人」
ダリウスは舌打ちして去っていった。
「……何なんだ、あいつ」
「ダリウスは昔からああなんです。気にしないでください」
マリアさんが苦笑する。
「はあ……」
なんか疲れた。
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「よし、気を取り直して、依頼を受けよう!」
俺は受付にカウンターに向かった。
「はい、森の見回りですね。受理します」
マリアさんが依頼書を受け取る。
「よろしくお願いします!」
「それと、アキラさん」
「はい?」
「依頼書、ちゃんと読みましたか?」
「え? あ、うん……」
俺は慌てて依頼書を見る。
――『森の見回り。期間:三日間。東の森を巡回し、異常がないか確認すること』
「三日間!?」
「今気づいたんですか!?」
リーナのツッコミが炸裂した。
「いや、だって……」
「だってじゃないです! だから依頼書をちゃんと読めって言ったじゃないですか!」
「ご、ごめん……」
「まあ、三日間くらいなら大丈夫だろ」
ガルドが笑う。
「そうですけど……」
リーナがため息をついた。
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こうして、俺たちは東の森へと向かった。
「それにしても、三日間か。久しぶりの野宿だな」
ガルドが楽しそうに言う。
「野宿!?」
「ああ。森の見回りは基本的に泊まり込みだ」
「マジで!?」
俺は焦った。
「だから依頼書を読めって……」
リーナが呆れている。
「で、でも、テントとか寝袋とか、何も持ってきてないよ!?」
「大丈夫だ。俺が全部持ってる」
ガルドが大きなリュックを見せる。
「さすがBランク……」
「お前も冒険者なら、こういう準備はちゃんとしとけよ」
「う、うん……」
反省した。
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森に入って数時間。
「今のところ、異常はないな」
ガルドが周囲を見回す。
「スライムも、ゴブリンもいませんね」
「平和だな」
俺はのんびりと歩いていた。
その時だった。
「――ギャアアアア!」
遠くから悲鳴が聞こえた。
「今の!?」
「誰かが襲われてる! 急ぐぞ!」
ガルドが走り出す。
「待って!」
俺たちも後を追った。
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悲鳴の方向に向かうと、木に登って震えている男性がいた。
「た、助けてくれ!」
「何があったんですか!?」
「お、オーガだ! オーガが出た!」
「オーガ!?」
リーナが驚く。
「どこに!?」
「あ、あっちに――」
男性が指差した方向から、巨大な影が現れた。
――オーガだ。
いや、普通のオーガじゃない。体が一回り大きい。
「……あれは、オーガキングか」
ガルドが剣を抜く。
「オーガキング?」
「オーガの上位種だ。Bランクの魔物だぞ」
「Bランク!?」
「アキラ、お前は下がってろ!」
「で、でも!」
「いいから! こいつは俺が――」
その瞬間、オーガキングが吠えた。
「グオオオオオオ!」
すさまじい咆哮。周囲の木々が揺れる。
「うわっ!」
俺は思わず耳を塞いだ。
そして――
オーガキングが、俺に向かって突進してきた。
「アキラ!」
「うわああああ!」
俺は咄嗟に横に飛んだ。ガルドの特訓の成果だ。
「ナイス回避!」
「うわ、マジで避けられた!」
俺自身も驚いた。
「アキラ、そのまま逃げろ!」
「う、うん!」
俺は全力で走り出した。
だが、オーガキングもしつこく追ってくる。
「なんで俺ばっかり!?」
「一番弱そうに見えるからだろ!」
「失礼だな!」
ガルドが追いかけながら叫ぶ。
「リーナ、魔法で援護を!」
「はい! ファイアボール!」
リーナの火球がオーガキングに命中する。
「グオッ!」
オーガキングがひるむ。
「今だ、アキラ! 反撃しろ!」
「えっ、俺が!?」
「お前が一番強いんだろ!」
「そ、そうだけど!」
俺は立ち止まって、オーガキングと向き合った。
「……よし」
俺は拳を構える。ガルドに教わった構えだ。
「来い!」
オーガキングが拳を振り下ろす。
俺は――
横にステップ。
「おりゃ!」
カウンターで腹にパンチ。
「グオッ!?」
オーガキングが吹き飛んだ。
「うおおおお、やった!」
「……アキラ、お前、本当に成長したな」
ガルドが感心している。
「特訓の成果だよ!」
「いや、一週間でここまで成長するのは普通じゃないぞ……」
リーナが呆然としている。
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オーガキングを倒した後、木から降りてきた男性に話を聞いた。
「ありがとう、助かったよ」
「いえいえ。でも、何でこんなところに?」
「実は、薬草を採りに来てたんだ。そしたらオーガキングに遭遇して……」
「薬草……ですか」
リーナが首を傾げる。
「ああ。この辺りには珍しい薬草が生えててね。それを――」
「ちょっと待ってください」
リーナが何かに気づいた顔をする。
「その薬草、もしかして『月光草』ですか?」
「そ、そうだけど……」
「月光草は採取禁止のはずですよ! ギルドの規約で!」
「え、えっと……」
男性が目を逸らす。
「まさか、違法採取?」
「ち、違うよ! その、個人的な趣味で……」
「趣味で採取禁止の薬草を!?」
リーナが詰め寄る。
「あ、あははは……ごめん!」
男性は逃げ出した。
「あっ、待ちなさい!」
リーナが追いかける。
「……なんか、色々あるな」
「だな」
俺とガルドは顔を見合わせて笑った。
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その夜、森の中でキャンプ。
「いやー、疲れた」
俺は焚き火の前で座り込んだ。
「お疲れ様です。はい、スープです」
リーナが温かいスープを渡してくれる。
「ありがと!」
「それにしても、アキラ。お前、本当に強くなったな」
ガルドが嬉しそうに言う。
「オーガキングを一撃とは。Bランクでもそう簡単にはできないぞ」
「へへ、特訓のおかげだよ」
「だが、まだまだ甘い。明日からまた特訓だ」
「えっ、まだやるの!?」
「当たり前だろ。基礎を固めるにはまだ足りない」
「うわああああ……」
リーナが笑っている。
「でも、アキラさん、確かに成長してますよ。最初の頃とは全然違います」
「そう?」
「はい。戦い方も、判断力も、ずっと良くなってます」
「ありがと、リーナ」
俺は照れながら頭をかいた。
「でも」
リーナが真面目な顔になる。
「依頼書は、ちゃんと読んでくださいね?」
「う、うん。次こそは……」
「本当ですか?」
「本当だって! ……多分」
「多分じゃないです!」
リーナのツッコミが夜空に響いた。
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翌朝。
「さあ、起きろアキラ! 朝の特訓だ!」
「うわああああ、まだ寝かせてえええ!」
こうして、俺たちの森の見回りは続く。
依頼書を読まない男、桜井アキラ。
今日も元気に――読まずに突き進む!
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## 次回予告
第8話「ギルドランク昇格試験」
森の見回りを終えたアキラたちに、ギルドマスターのセリアから昇格試験の打診が。Fランクからの脱却を目指すアキラだが、試験内容は予想外の難関で――!?
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