第6話「特訓という名の地獄」
前回のあらすじ
依頼書を読まずにBランク依頼「ワイバーン討伐」を受けてしまったアキラ。空中からワイバーンを殴り落とし、ゴブリンの群れも瞬殺。負傷していたBランク冒険者ガルドを救い、新たな仲間を得た。だが、戦い方を知らないアキラに、ガルドは特訓を提案して――
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「よし、じゃあ明日から特訓だ!」
ギルドの食堂で、ガルドが拳をテーブルに叩きつけた。
「特訓?」
俺は首を傾げる。横でリーナが「あっ……」と小さく声を漏らした。
「ああ。お前、戦い方を全く知らないだろう? あのワイバーン戦を見て確信した。お前は強い。とんでもなく強い。だが――」
ガルドは真剣な顔で続けた。
「戦士としての基礎が何一つできてない。剣の構え方も、魔法の使い方も、パーティー戦闘の連携も、全部ゼロだ」
「う、うん。まあ、そうかも……」
図星すぎて何も言い返せない。
「だから俺が教える。Bランクまで生き残ってきた経験、全部叩き込んでやる!」
「おお! ありがとう、ガルド!」
俺は素直に嬉しくなった。確かに、戦い方なんて全然分からないし、教えてもらえるなら助かる。
「……アキラ」
リーナが不安そうに声をかけてきた。
「ガルドさんの特訓って、噂だと結構……その、厳しいらしいですよ?」
「え、そうなの?」
「ああ」ガルドがニヤリと笑った。「俺の特訓は地獄だぞ。覚悟しとけ」
「大丈夫大丈夫! 俺、頑張るから!」
リーナが何か言いたそうな顔をしていたけど、俺は気にしなかった。
――この時の俺は、まだ何も分かっていなかった。
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翌朝、王都の外れにある訓練場。
「よし、まずは基本的な剣の振り方からだ!」
ガルドが木剣を俺に手渡す。
「剣? 使ったことないけど……」
「だから教えるんだろうが。いいか、構えはこうだ」
ガルドが実演してくれる。足を開いて、腰を落として、剣を構えて――
「こんな感じ?」
俺も真似してみる。
「うん、まあ悪くない。じゃあ、その構えから素振り1000回!」
「せ、1000回!?」
「基礎中の基礎だ。文句言うな」
いやいやいや、1000回って!
「ガルドさん、それ初心者には厳しすぎませんか……?」
リーナが心配そうに言う。
「甘やかしても意味がない。さあ、始めろ!」
「う、うん……」
俺は木剣を振り始めた。
一振り、二振り、三振り――
「フォームが崩れてる! 腰が入ってない!」
「ひぃっ!」
「もっと腕に力を入れろ! だがガチガチになるな!」
「どっちだよ!」
ガルドの指導は容赦がなかった。
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30分後。
「はぁ……はぁ……」
「まだ300回だぞ。残り700回」
「嘘だろ……」
腕が既にパンパンだ。いや、でも不思議なことに、体力的にはまだ余裕がある。レベル976の身体能力ってすごいんだな。
「よし、休憩なしで続けろ!」
「休憩なし!?」
「戦場に休憩はない!」
「いや、これ訓練場だから!」
「同じことだ!」
理不尽すぎる……。
リーナが水筒を持って近づいてきた。
「アキラさん、少しは水分を……」
「リーナ! 甘やかすな!」
「ひっ!」
リーナが怯えて後ずさる。ガルド、怖すぎるって。
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さらに1時間後。
「よし、素振り終了! 次は走り込みだ!」
「まだあるの!?」
「当たり前だろ。この訓練場を100周!」
「100周!?」
訓練場を見渡す。一周が大体200メートルくらい? ってことは20キロ?
「いやいやいや、無理無理!」
「お前、ワイバーン殴り落としたんだろ? できるできる」
「あれとこれは違うから!」
「同じだ! さあ、走れ!」
ガルドが背中を押してくる。
「うわああああ!」
俺は走り出した。
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10周目。
「はぁ……はぁ……まだ……90周も……」
「ペースが落ちてるぞ! もっと速く!」
「無理……」
「ワイバーンから逃げる時はもっと速かっただろ!」
「逃げてねえよ!」
「アキラさん、頑張ってください……!」
リーナが遠くから応援してくれる。優しい……。
「リーナ! お前も走れ!」
「えっ!?」
「魔法使いだって体力は必要だ! 50周!」
「そんな!?」
リーナも巻き込まれた。
「うわああああん!」
二人で泣きながら走る羽目になった。
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昼過ぎ。
「よし、走り込み終了。次は実戦形式の訓練だ」
「まだやるの……?」
俺とリーナは完全にへばっていた。
「当たり前だろ。実戦こそが最高の訓練だ。さあ、俺と戦え!」
「えっ、ガルドと!?」
「ああ。手加減はしない。本気で来い」
「いやいや、本気とか無理だから!」
「無理じゃない。お前ならできる」
ガルドが剣を構える。
「……本当に手加減なし?」
「ああ。俺を倒してみろ」
俺も木剣を構えた。
「じゃあ……行くぞ!」
俺はガルドに向かって走り出した。
「甘い!」
ガルドの剣が一閃。俺の木剣が弾き飛ばされる。
「うわっ!」
「隙だらけだ!」
ガルドの剣が俺の脇腹に命中。
「痛っ!」
「死んだな。次!」
「次って……」
「100本勝負だ!」
「100本!?」
こうして、地獄の実戦訓練が始まった。
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夕方。
「はぁ……はぁ……もう……無理……」
俺は地面に倒れ込んでいた。リーナも隣で同じように倒れている。
「よし、今日はここまでだ」
ガルドがようやく訓練終了を告げた。
「やっと……終わった……」
「明日も同じメニューだからな」
「嘘だろ!?」
「冗談だ。明日はもっとハードにする」
「もっと!?」
リーナが悲鳴を上げた。
「お前たち、ちゃんと成長してるぞ。特にアキラ、最初の10本と最後の10本、動きが全然違った」
「……そう?」
「ああ。お前は飲み込みが早い。才能があるんだ」
ガルドが珍しく褒めてくれた。
「へへ……ありがと」
疲れたけど、ちょっと嬉しくなった。
「だからこそ、もっと鍛える価値がある。明日も頑張れよ」
「う、うん……」
俺とリーナは顔を見合わせた。
――これ、本当に続けられるのか……?
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その夜、ギルドの宿舎。
「アキラさん、大丈夫ですか……?」
リーナが心配そうに声をかけてくる。
「うん、まあ……なんとか」
全身が筋肉痛だ。いや、正確には筋肉痛になりかけている感じ? 不思議と回復が早い気がする。
「ガルドさんの特訓、噂以上に厳しかったですね……」
「だな。でも、なんか楽しかったかも」
「えっ?」
リーナが驚いた顔をする。
「いや、確かにキツかったけどさ。ガルド、真剣に教えてくれてるじゃん? 俺のこと、ちゃんと見ててくれてるっていうか」
「……そうですね」
リーナが微笑んだ。
「ガルドさん、厳しいけど優しい人ですよね」
「うん。いい仲間に出会えたな」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
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翌日。
「よし、今日は昨日の倍のメニューだ!」
「倍!?」
「素振り2000回、走り込み200周、実戦200本!」
「無理無理無理!」
こうして、地獄の特訓は続いていく――
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一週間後。
「はあっ!」
俺の木剣がガルドの剣を弾く。
「おっ、いい動きだ!」
ガルドが笑う。
「でも、まだまだ!」
俺は連続で剣を振るう。一撃、二撃、三撃――
「よし、そのリズムだ!」
ガルドが俺の攻撃を受け流す。でも、最初の頃と違って、俺の攻撃が当たりそうになってる。
「せいっ!」
俺の剣がガルドの肩を掠めた。
「おお! 初めて当てたな!」
「マジで!?」
俺は嬉しくなって飛び跳ねた。
「だが、まだまだ甘いぞ!」
ガルドの反撃が飛んでくる。
「うわっ!」
俺は咄嗟に剣で受け止める。体が勝手に動いた。
「……アキラ、お前、本当に成長が早いな」
ガルドが感心したように言った。
「一週間前は素人同然だったのに、もう基本的な剣術を身につけてる」
「そう?」
「ああ。このペースなら、一ヶ月後にはCランク相当の実力になるぞ」
「おお!」
リーナが拍手してくれる。
「アキラさん、すごいです!」
「へへ、ありがと!」
俺は照れながら頭をかいた。
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「よし、じゃあ次は魔法の訓練だ」
ガルドが言った。
「魔法? でも俺、魔法使えないよ?」
「いや、ステータスを見る限り、魔力は十分にある。あとは使い方の問題だ」
「そうなんだ……」
「リーナ、お前が教えろ」
「えっ、私がですか!?」
リーナが驚く。
「ああ。お前はCランクの魔法使いだろ? 魔法ならお前が一番詳しい」
「そ、それはそうですけど……」
リーナが恥ずかしそうに俺を見る。
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「は、はい! 頑張ります!」
リーナが気合を入れる。
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「魔法の基本は、魔力をイメージすることです」
リーナが説明してくれる。
「魔力は体の中に流れているエネルギー。それを外に出して、形にするんです」
「ふむふむ」
「まずは簡単な火の魔法から。手のひらに意識を集中して、火のイメージを――」
リーナが手を翳すと、小さな炎が浮かび上がった。
「おお!」
「こんな感じで、イメージを具現化するんです。アキラさんもやってみてください」
「よし、やってみる!」
俺は手のひらに意識を集中させた。
火、火、火――
「……あれ? 何も起きない」
「イメージが弱いんだと思います。もっと具体的に想像してください。炎の色、温度、形――」
「えっと、赤くて、熱くて、ゆらゆらしてて――」
その瞬間。
ボッ!
「うわああああ!」
俺の手のひらから巨大な火柱が噴き出した。
「きゃああああ!」
リーナが慌てて水の魔法で消火する。
「ちょ、ちょっと! 強すぎます!」
「ご、ごめん! 加減が分からなくて!」
「魔力が強すぎるんです! もっと絞って、少しずつ出してください!」
「う、うん……」
俺はもう一度挑戦する。今度は優しく、少しだけ――
ボゴォォォ!
「だから強いって言ってるじゃないですか!」
リーナのツッコミが炸裂した。
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こうして、俺の魔法訓練も始まった。
剣術、体術、魔法――
ガルドとリーナに教えてもらいながら、俺は少しずつ、でも確実に強くなっていく。
いや、正確には「戦い方を学んでいる」という感じか。
元々の身体能力は規格外だから、あとは技術を身につけるだけ。
「アキラ、次は防御の訓練だ!」
「まだあるの!?」
「当たり前だろ。攻撃だけじゃ意味がない」
「うわああああ!」
特訓は、まだまだ続く――
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その夜、ギルドの食堂。
「お疲れ様です、アキラさん」
リーナが温かいスープを持ってきてくれた。
「ありがと、リーナ」
「一週間、よく頑張りましたね」
「うん。正直、最初は無理だと思ったけど……なんとかなったな」
「ガルドさんの指導、厳しいですけど的確ですよね」
「だな。おかげで、ちょっとは冒険者らしくなれた気がする」
俺はスープを一口飲んだ。温かくて、疲れた体に染み渡る。
「そういえば、レベルは?」
「ああ、確認してなかったな」
俺はギルドカードを取り出す。
――レベル976。
「あれ? 変わってない」
「そうですね。この一週間、モンスターを倒してませんから」
「ああ、そっか」
訓練ばかりで、依頼は全く受けてなかった。
「明日から、また依頼を受けようか」
「そうですね。でも、アキラさん、依頼書はちゃんと読んでくださいね?」
「う、うん。気をつける……」
リーナがジト目で見てくる。
「本当ですか?」
「本当本当!」
――まあ、多分。
「ははは、アキラらしいな」
ガルドが笑いながらやってきた。
「明日から、また冒険だ。俺もお前たちと一緒に行く」
「本当!?」
「ああ。お前たちのパーティー、面白そうだからな」
ガルドがニヤリと笑った。
「じゃあ、明日からまたよろしくな!」
「おう!」
俺たちは拳を合わせた。
新しい仲間と、新しい冒険。
レベルは下がり続けるけど、俺の冒険は、まだまだ始まったばかりだ――!
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## 次回予告
第7話「依頼書を読まない男」
特訓を終えたアキラたちは、再び依頼を受けることに。だが、アキラはまたしても依頼書を読まずに受注してしまい――今度の依頼は、とんでもない大物が相手で!?
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