第5話「出会いは命懸け」
前回のあらすじ
「誰も倒せないスライム」の依頼を受けたアキラとリーナ。物理・魔法が効かない謎のスライムを森に帰し、無事に依頼を完了。だが、この世界の謎は深まるばかりで――
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「アキラああああ! 何やってんのよ!」
リーナの絶叫が、ギルドのホールに響き渡った。
「いや、だって面白そうだったし」
「面白そうだったじゃないわよ! これ、Bランク推奨の依頼なのよ!?」
リーナが俺の襟首を掴んで揺さぶる。
事の発端は、五分前。
俺が何気なく依頼ボードを眺めていた時のことだ。
「『ワイバーン討伐。報酬:金貨十枚。ただし、Bランク以上の冒険者に限る』……へえ、ワイバーンって何?」
「ドラゴンの亜種よ。翼竜みたいなやつ」
リーナが横から覗き込んで答えた。
「へえ、ドラゴン! かっこいいな!」
「かっこいいけど、めちゃくちゃ強いわよ。火を吐くし、空飛ぶし」
「マジで! やばいじゃん!」
「やばいから、Bランク推奨なのよ」
「なるほどなあ……」
俺は依頼書をじっと見つめた。
そして、何を思ったか――
依頼書を剥がして、受付に持って行った。
「すみません、この依頼受けます」
「ええっ!?」
リーナが飛び上がった。
マリアも目を丸くする。
「アキラくん、これBランク推奨よ? あなた、まだFランクでしょ?」
「でも、ステータスは高いし、大丈夫だと思います」
「そういう問題じゃなくて……」
マリアが困った顔をする。
「規定では、推奨ランクより二つ下までは受注可能なんだけど……FランクだとDランクまでなのよね」
「じゃあダメですか?」
「うーん……」
その時、奥から声がした。
「許可する」
振り返ると、ギルドマスターのセリアが立っていた。
「ギルドマスター!」
「アキラのステータスなら、ワイバーンくらい倒せるだろう。むしろ、いいデータが取れる」
「データって……」
リーナが呆れる。
「ただし、条件がある」
セリアは俺を見た。
「リーナを同行させろ。それと、戦闘の一部始終を記録すること」
「了解です!」
「ちょっと待ってください! 私、聞いてないんですけど!」
リーナが抗議する。
「お前が監視役だろう」
「監視は監視でも、Bランク依頼まで付き合う契約じゃないです!」
「報酬は折半でいい」
「……金貨五枚?」
リーナの目が輝いた。
「わかりました、行きます」
「お前、現金だな」
セリアが呆れたように言う。
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というわけで、現在。
俺たちは王都の西門を出て、ワイバーンの目撃地点へ向かっていた。
「ねえ、アキラ」
「ん?」
「あんた、ワイバーンがどれだけ危険か、わかってる?」
「ドラゴンの亜種なんでしょ?」
「そうよ。普通、パーティー五人以上で挑むモンスターなのよ」
「へえ」
「『へえ』じゃないわよ! 私たち二人だけなのよ!?」
「リーナ、強いじゃん」
「強いって……私、まだCランクよ? Bランクモンスター相手は荷が重いわ」
「大丈夫大丈夫。俺がなんとかするって」
「その根拠のない自信、どっから来るのよ……」
リーナは溜息をついた。
「まあ、いいわ。でも、ちゃんと作戦立てるわよ」
「作戦?」
「当たり前でしょ。ワイバーンは空を飛ぶから、まず地上に引きずり下ろす必要があるの」
「どうやって?」
「私の魔法で翼を狙う。氷結魔法で動きを止めて、落とすわ」
「なるほど」
「で、地上に落ちたら、アキラが接近戦で仕留める。いい?」
「わかった」
「本当にわかってる?」
「わかってるって」
俺は笑った。
リーナは不安そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
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目撃地点は、王都から西へ二時間ほど歩いた岩山の麓だった。
「この辺りで目撃されたって情報ね」
リーナが周囲を見回す。
「痕跡とかある?」
「うーん……」
リーナが地面を調べていると、俺は空を見上げた。
青い空に、二つの太陽が輝いている。
「いい天気だなあ」
「アキラ、呑気にしてないで手伝って」
「はいはい」
俺も地面を見る。
すると、大きな爪痕のようなものが見えた。
「リーナ、これ」
「あ、本当。これ、ワイバーンの足跡かも」
「でかいな……」
足跡は、人間の手のひらの三倍くらいある。
「足跡が続いてるわね。追ってみましょう」
俺たちは足跡を辿って、岩山の中腹まで登った。
すると――
「いた」
リーナが小声で言った。
岩陰から覗くと、そこには巨大な翼竜がいた。
体長は五メートルほど。灰色の鱗に覆われ、背中には大きな翼がある。鋭い牙と爪を持ち、いかにも「強敵」といった風貌だ。
「うわあ、デカい」
「静かに! 気づかれるわよ!」
リーナが俺の口を塞ぐ。
ワイバーンは岩の上で眠っているようだった。
「どうする? 寝てるうちに攻撃する?」
「それは卑怯でしょ」
「モンスター相手に卑怯もなにもないわよ……まあ、でも、起こしてから戦うなら、準備が必要ね」
リーナは杖を構えた。
「いい? 私が氷結魔法で翼を狙う。アキラは、ワイバーンが地上に落ちたら突撃。わかった?」
「わかった」
「じゃあ、いくわよ――」
その時、俺の足元で小石が転がった。
カラカラカラ……
「あ」
小石はワイバーンの方へ転がっていく。
そして、ワイバーンの頭にコツンと当たった。
「……」
ワイバーンの目が開いた。
「アキラああああ!」
リーナの悲鳴と同時に、ワイバーンが咆哮した。
「グルアアアアアッ!」
「ご、ごめん!」
「謝ってる場合じゃないわよ! 来るわよ!」
ワイバーンが翼を広げ、飛び上がった。
そして、俺たちに向かって急降下してくる。
「うわああ、マジで来た!」
「アキラ、避けて!」
俺は反射的に横に飛んだ。
ワイバーンの爪が、さっきまで俺がいた場所を抉る。
「アイスランス!」
リーナが氷の槍を放つ。
氷槍はワイバーンの翼に命中――したかに見えたが、鱗に弾かれた。
「硬い!」
「リーナ、大丈夫か!?」
「大丈夫じゃないわよ! こっち来るわよ!」
ワイバーンが再び急降下してくる。
今度は、口を開けている。
炎が見えた。
「火、吐くぞ!」
「知ってるわよ! だから言ったじゃない!」
リーナが防御魔法を展開する。
「アイスウォール!」
氷の壁が出現した。
ワイバーンが炎を吐く。
ゴオオオオッ!
炎が氷の壁に激突し、蒸気が立ち上った。
「持ちこたえて……!」
リーナが必死に魔力を注ぐ。
だが、氷の壁が溶け始めている。
「やばい、このままじゃ……!」
その時、俺は思いついた。
「リーナ、壁の上に乗っていい!?」
「は!? 何言って――」
返事を待たずに、俺は氷の壁に飛び乗った。
そして、壁の上から――
ワイバーンに向かって、ジャンプした。
「アキラ!? バカ! 何やってんのよ!」
リーナの叫びが聞こえる。
だが、俺はもう空中だ。
ワイバーンが驚いたように動きを止める。
よし、このまま――
拳を振りかぶった。
「せいやああああっ!」
拳がワイバーンの頭部に直撃した。
ゴンッ!
鈍い音がして、ワイバーンの巨体が傾いた。
そして――
地面に墜落した。
ドゴオオオンッ!
土煙が上がる。
俺も地面に着地――しようとしたが、バランスを崩して転んだ。
「いてて……」
「アキラ! 大丈夫!?」
リーナが駆け寄ってくる。
「大丈夫大丈夫。ちょっと転んだだけ」
「転んだだけって……あんた、今、ワイバーンを殴り落としたのよ!?」
「うん」
「『うん』じゃないわよ! 普通、空中でそんなこと考える!?」
「いや、なんとなく」
「なんとなくで成功するな!」
リーナが頭を抱える。
その時、背後でワイバーンが起き上がる音がした。
「グルル……」
「あ、まだ生きてる」
「当たり前でしょ! あんたの一撃で倒せるわけ――」
リーナの言葉が途切れた。
ワイバーンが、よろよろと立ち上がり――
そのまま、逃げ出した。
「え?」
俺とリーナは呆然とする。
ワイバーンは翼を羽ばたかせ、ふらふらと空へ飛び去っていった。
「……逃げた?」
「逃げたわね……」
リーナが呆然と呟く。
「あの、これって……」
「倒してはないけど、追い払ったことにはなるわよね」
「そっか。じゃあ依頼達成?」
「……まあ、そうなるのかしら」
リーナは溜息をついた。
「アキラ、あんた本当に規格外ね」
「そうかな」
「そうよ。Bランクモンスターを一撃で怯ませるなんて……」
「でも、倒せなかったし」
「倒す必要ないのよ。討伐依頼じゃなくて、『追い払う』が目的だったんだから」
「あ、そうだったの?」
「依頼書、ちゃんと読んでなかったでしょ」
「てへへ」
俺が頭を掻くと、リーナはジト目で睨んできた。
「次からちゃんと読みなさいよ」
「はーい」
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帰り道、俺たちは談笑しながら歩いていた。
「しっかし、ワイバーン、意外と弱かったな」
「弱くないわよ。アキラが強すぎるの」
「そうかなあ」
「そうよ。レベル978でも、全ステータス97万超えなんだから」
「でも、レベルはどんどん下がってるしな」
俺はステータスを確認した。
```
【ステータス】
名前: 桜井アキラ
レベル: 976
HP: 976,000/976,000
MP: 976,000/976,000
攻撃力: 976,000
防御力: 976,000
魔力: 976,000
敏捷性: 976,000
```
「ワイバーンでレベル2減か……まあ、予想通りだな」
「オーガと同じね。Bランクモンスターでもレベル2減少」
リーナがメモを取る。
「ということは、もっと強いモンスターなら、もっと減るかもね」
「Sランクとか?」
「そうね。でも、Sランクモンスターなんて、そうそう遭遇しないわよ」
「残念」
「残念って……あんた、強いモンスターと戦いたいの?」
「だって、面白そうじゃん」
「面白いけど、命懸けよ?」
「命懸けの方が燃えるって」
「……変わってるわね、本当に」
リーナは呆れたように笑った。
その時、前方から悲鳴が聞こえた。
「助けてくれ!」
「ん?」
俺たちは走り出した。
街道の先で、一人の男が倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
リーナが駆け寄る。
男は三十代半ばくらい。筋骨隆々で、傷だらけの鎧を着ている。冒険者だろうか。
「く……ゴブリンの群れに……やられた……」
男が苦しそうに言う。
「ゴブリン? どこに?」
「あっちだ……十体以上いる……逃げろ……」
男が指差す方向を見ると、確かに緑色の小さな影が見えた。
ゴブリンの群れだ。
「リーナ、この人を治療して」
「わかった。アキラは?」
「ゴブリン、片付けてくる」
「一人で!?」
「大丈夫だって」
俺は走り出した。
ゴブリンの群れに近づくと、彼らは俺に気づいて武器を構えた。
「ギャギャギャ!」
「悪いけど、まとめてかかってきてくれ」
俺は拳を構えた。
ゴブリンたちが一斉に襲いかかってくる。
「せいやっ!」
拳を振るう。
一匹、二匹、三匹――
次々とゴブリンが吹き飛んでいく。
十秒後。
ゴブリンは全滅していた。
「よし、終わり」
俺は何事もなかったかのように、リーナのもとへ戻った。
「アキラ、早すぎない!?」
「ゴブリンだし」
「ゴブリンだしって……十体以上いたのよ!?」
「まあね」
リーナは呆れた顔で、傷ついた男に治療魔法をかけていた。
「ヒール」
緑色の光が男を包み、傷が癒えていく。
「お、おお……ありがとう……」
男は起き上がり、俺たちを見た。
「あんたたち、冒険者か?」
「はい。アルヴァニアのギルドに所属してます」
リーナが答える。
「そうか……助かった。俺はガルド。Bランク冒険者だ」
「Bランク!」
俺は目を輝かせた。
「すごいじゃないですか!」
「いや、情けないところを見られちまったが……」
ガルドは苦笑した。
「ゴブリンの群れに奇襲されて、不覚を取っちまった」
「大丈夫ですよ。誰にでもあります」
「ありがとう。ところで、あんた、さっき一人でゴブリンの群れを倒したのか?」
「はい」
「……何ランクだ?」
「Fランクです」
「は?」
ガルドが固まった。
「F、Fランクだと……?」
「そうですけど」
「嘘だろ……Fランクが、あんな戦い方できるわけが……」
「あの、この人、特殊なんです」
リーナが説明を始める。
「レベル976で、全ステータスが97万超えなんです」
「レベル976!?」
ガルドの目が見開かれた。
「そんなレベル、聞いたことないぞ!」
「ですよね。しかも、モンスターを倒すとレベルが下がるんです」
「下がる……?」
ガルドは混乱した様子だ。
「すまん、ちょっと整理させてくれ……」
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十分後。
ガルドは全てを聞いて、呆然としていた。
「つまり、異世界転移者で、レベル999からスタートして、モンスターを倒すたびにレベルが下がる……と」
「そうです」
「信じられん話だが……さっきの戦いを見る限り、嘘じゃなさそうだな」
ガルドは立ち上がった。
「アキラ、リーナ。助けてくれて、本当にありがとう」
「いえいえ」
「礼と言ってはなんだが、一つ頼みがある」
「頼み?」
「俺と、パーティーを組まないか」
「え?」
俺とリーナは顔を見合わせた。
「パーティー……ですか?」
「ああ。俺、今まで一人で活動してたんだが……さっきみたいに不覚を取ることもある。仲間がいれば、助け合える」
ガルドは真剣な目で俺を見た。
「それに、アキラ。あんたの力、まだ未熟だ」
「未熟……」
「ああ。ステータスは高いが、戦い方が雑だ。もっと効率的に戦えるはずだ」
「確かに……」
「俺が戦い方を教える。その代わり、一緒に冒険しよう」
ガルドが手を差し出した。
「どうだ?」
俺は少し考えて――
手を握った。
「よろしくお願いします、ガルドさん」
「おう、よろしくな」
ガルドが笑う。
リーナも笑顔で頷いた。
「じゃあ、私たち三人でパーティーね」
「ああ。これからよろしく頼む」
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こうして、俺たちのパーティーが結成された。
Fランク冒険者のアキラ。
Cランク魔法使いのリーナ。
Bランク戦士のガルド。
ちぐはぐなメンバーだけど、なんだか楽しくなりそうだ。
「よし、じゃあ早速、王都に戻って祝杯だ!」
ガルドが拳を上げる。
「祝杯! いいですね!」
「アキラ、あんた未成年でしょ」
「リーナだって16歳じゃん」
「この世界、15歳から酒飲めるのよ」
「マジで! じゃあ俺も飲める!」
「ダメよ。あんた異世界人だから、こっちのルール適用外」
「えー」
俺たちは笑いながら、王都への道を歩いた。
新しい仲間。
新しい冒険。
これから、どんな展開が待ってるんだろう。
楽しみで仕方ない。
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## 次回予告
パーティーを結成したアキラたち。だが、ガルドの特訓は想像以上に厳しかった! さらに、レベル減少の謎を追うリーナが、驚きの発見をする――。次回、第6話「特訓という名の地獄」。乞うご期待!




