第4話「最弱モンスターの逆襲」
前回のあらすじ
森の見回り依頼で、合計17体のモンスターを倒したアキラ。レベルは999から978まで下がったが、本人は相変わらずマイペース。リーナと夕食を共にし、異世界での冒険を楽しんでいた――
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「緊急依頼が入ったわよ!」
翌朝、ギルドに顔を出すと、マリアが慌てた様子で俺たちを呼び止めた。
「緊急依頼?」
「ええ。街の北にある村から、助けを求める伝書鳩が届いたの」
マリアが一枚の紙を差し出す。
「『誰も倒せないスライムが現れた。至急、冒険者の派遣を希望する』……ですって」
「……は?」
リーナと俺は、同時に首を傾げた。
「誰も倒せないスライムって、どういうこと?」
「わからないわ。でも、村人たちが困ってるのは確かみたい」
「スライムでしょ? 雑魚モンスターの代表格じゃん」
俺が言うと、マリアは困ったように笑った。
「普通はそうなんだけどね……村人が嘘をつく理由もないし」
「で、その依頼、誰が受けるの?」
リーナが尋ねると、マリアは俺たちを見た。
「あなたたちにお願いしたいんだけど」
「え、俺たち?」
「ええ。アキラくんなら、もし本当に強力なモンスターだったとしても対処できるでしょうし」
「まあ、ステータスは高いけど……」
「それに、村まで徒歩で半日。ちょうど良い調査の機会じゃない?」
マリアがにっこり笑う。
「報酬は金貨三枚よ」
「マジで!?」
俺は飛びついた。
「やります! やらせてください!」
「アキラ、即決すぎでしょ……」
リーナが溜息をつく。
「でも、まあ、私も気になるわ。誰も倒せないスライムって」
「決まりね。じゃあ、準備ができたら出発して」
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一時間後。
俺たちは王都の北門を出て、村への道を歩いていた。
「なあ、リーナ」
「何?」
「誰も倒せないスライムって、どんなスライムだと思う?」
「さあ……普通のスライムなら、村人でも倒せるはずなのよね」
「じゃあ、特別なスライムってこと?」
「かもしれないわね。キングスライムとか、メタルスライムとか」
「キングスライム! めっちゃ強そう!」
「でも、それならそう書くと思うのよね……」
リーナは腕を組んで考え込んだ。
「もしかして、スライムじゃないものをスライムだと勘違いしてるとか」
「ありえるな。村人、モンスターに詳しくないかもしれないし」
「そうよね。実はゼラチナスドラゴンとか」
「ゼラチナス……なにそれ」
「今、適当に作ったわ」
「おい」
俺たちは笑いながら、のんびりと道を進んだ。
街道沿いには畑が広がり、遠くには風車が回っている。平和な光景だ。
「いい天気だな」
「ええ。このまま何事もなく着けばいいんだけど」
「フラグ立てるなよ」
「フラグ?」
「あ、こっちの言葉。えっと、不吉な予言みたいな……」
その時、前方から悲鳴が聞こえた。
「きゃああああ!」
「ほら、フラグ回収した」
「アキラのせいじゃないわよ!」
俺たちは走り出した。
悲鳴の方向へ向かうと、街道の真ん中で、一人の女性が尻餅をついていた。
「大丈夫ですか!?」
リーナが駆け寄る。
「た、助けて……スライムが……」
女性が震える手で指差す先には――
いた。
青い、半透明の、ぷるぷる震える、直径30センチほどの――
「普通のスライムじゃん」
俺は拍子抜けした。
どこからどう見ても、昨日倒したスライムと同じだ。
「ちょっと待ってください。なんでスライム一体で悲鳴を?」
リーナが尋ねると、女性は涙目で答えた。
「だ、だって……あれ、倒せないんです!」
「倒せない?」
「ええ! 何度攻撃しても、全然効かなくて……」
「はあ?」
俺は首を傾げた。
「いや、スライムですよ? 棒で叩けば倒せるでしょ」
「やってみたんです! でも、全然ダメで……」
女性は本気で怯えている様子だ。
「……リーナ、ちょっと試してみていい?」
「どうぞ」
俺はスライムに近づいた。
スライムはぷるぷると震えながら、こっちに向かってくる。
「せいやっ!」
軽く拳を振るう。
――次の瞬間。
「え?」
拳が、スライムを素通りした。
「……は?」
もう一度、拳を振るう。
やっぱり、素通りする。
スライムの体に触れているはずなのに、まるで空気を殴っているかのように、何の抵抗もない。
「なにこれ」
「アキラ、どうしたの?」
「いや、攻撃が当たらない……っていうか、通り抜ける」
「え?」
リーナが杖を構えた。
「ファイアボルト!」
小さな火球がスライムに向かって飛ぶ。
だが、火球もスライムを素通りして、地面に着弾した。
「……嘘でしょ」
リーナが呆然とする。
「物理攻撃も魔法攻撃も効かないって……これ、本当にスライム?」
「見た目は完全にスライムなんだけどな……」
俺はスライムをまじまじと観察した。
青い半透明のボディ。ぷるぷる震える動き。特に変わったところは見当たらない。
「ねえ、アキラ」
「ん?」
「もしかして、これ……ゴーストスライム?」
「ゴーストスライム?」
「幽霊タイプのモンスターよ。物理攻撃が効かないって聞いたことある」
「じゃあ、魔法で倒せるってこと?」
「普通はそうなんだけど……私の魔法も効かなかったわよね」
「詰んでない?」
「詰んでるわね」
俺たちは顔を見合わせた。
スライムは相変わらず、ぷるぷると震えながらこっちに向かってくる。
「ねえ、このスライム、攻撃してくる気配ないんだけど」
「そうね……ただ近づいてくるだけ」
「もしかして、敵じゃない?」
「でも、村人は怯えてたわよ」
リーナが振り返ると、さっきの女性はすでに逃げ去っていた。
「逃げられてるし」
「まあ、安全確保できたからいいんじゃない」
俺はスライムをしゃがんで見つめた。
スライムも俺を見つめている。
「……可愛いな」
「は?」
「いや、よく見ると可愛くない? このぷるぷる感」
「アキラ、敵モンスターに対してそういう感想やめなさい」
「だって、攻撃してこないし」
俺は試しに手を伸ばしてみた。
スライムの体に触れようとすると――
すり抜けた。
「やっぱり触れない」
「完全に非物質化してるのね……」
リーナがメモを取り出す。
「これ、報告しないと。物理・魔法の両方が無効なスライムなんて、聞いたことないわ」
「でも、倒せないなら、依頼達成できなくない?」
「そうなのよね……困ったわ」
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それから十分ほど、俺たちはスライムと睨めっこしていた。
「……動かないな」
「こっちも何もしてないからじゃない?」
「じゃあ、ちょっと動いてみるか」
俺は立ち上がって、少し離れた場所に移動した。
スライムがついてくる。
「おお、ついてきた」
もう一度移動する。
またついてくる。
「完全に俺を追いかけてるな」
「なんで?」
「さあ……好かれてるとか?」
「スライムに好かれるって、どういう状況よ」
リーナが呆れる。
「でも、これ、もしかして……」
リーナは何か考え込んだ。
「何か思いついた?」
「ええ。もしかしたら、このスライム、アキラに『何か』を感じてるのかも」
「何かって?」
「わからないけど……アキラ、レベルが下がるっていう特殊な状態でしょ。もしかしたら、それに反応してるとか」
「なるほど……でも、それがわかったところで、どうすればいいんだ?」
「うーん……」
リーナが悩んでいると、背後から声がした。
「おお、冒険者さんか!」
振り返ると、初老の男性が駆け寄ってきた。
「あんたたち、ギルドから来てくれたのかい?」
「はい、そうです」
リーナが答える。
「スライムの件で依頼を受けました」
「おお、ありがたい! あのスライムには困ってたんじゃ」
「あの、このスライム、いつ頃から現れたんですか?」
「三日前じゃな。突然、村の近くに現れて、誰が攻撃しても倒せないんじゃ」
「やっぱり、村人も倒せなかったんですね」
「ああ。最初は村の若い衆が棒で叩いたんじゃが、全く効かなくてな。それで、ギルドに助けを求めたんじゃ」
男性はスライムを見て、眉をひそめた。
「しかも、このスライム、ずっと村の周りをうろついとるんじゃ。畑に入ってきたり、井戸の近くにいたり……」
「被害は出てるんですか?」
「いや、攻撃はしてこないんじゃが……気味が悪くてな。みんな怖がっとる」
「そりゃそうですよね……」
俺は頷いた。
「あの、このスライム、何か特別なことしてました?」
「特別なこと?」
「例えば、何かを探してるとか、特定の場所に行こうとしてるとか」
「うーん……そういえば、このスライム、ずっと同じ方向を向いとったような」
「同じ方向?」
「ああ。村の東側、森のほうじゃ」
「森……」
リーナと俺は顔を見合わせた。
「もしかして、このスライム、森に帰りたいとか?」
「帰りたいって、スライムに意思あるの?」
「わからないけど……試してみる価値はあるんじゃない?」
「確かに」
俺はスライムに向かって言った。
「おい、スライム。森に帰りたいのか?」
スライムがぷるぷると震えた。
「……反応した?」
「気のせいじゃない?」
「いや、今、確実に震えたぞ」
俺は立ち上がって、森の方向を指差した。
「こっちだろ? 森」
すると、スライムが動き出した。
俺が指差した方向に、ゆっくりと進んでいく。
「おお、マジで反応してる」
「本当に意思があるのかも……」
リーナが驚いたように呟く。
「じゃあ、俺たち、このスライムを森まで連れて行けばいいんじゃない?」
「それで解決するなら、一番平和的ね」
「よし、決まり。おっちゃん、このスライムを森に連れて行きますね」
「お、おお……頼んだぞ」
男性は困惑した様子で頷いた。
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こうして、俺たちはスライムを連れて、森へ向かうことになった。
「なんか、散歩してるみたいだな」
「ペットの散歩じゃないのよ」
リーナが呆れる。
スライムは俺たちの少し後ろを、ぷるぷると揺れながらついてくる。
「でも、可愛いよな」
「可愛いけど、モンスターだからね」
「モンスターでも可愛いものは可愛いだろ」
「まあ、そうだけど……」
リーナは苦笑した。
森に入ると、スライムの動きが少し速くなった。
「お、テンション上がってる?」
「やっぱり森が好きなのかもね」
さらに奥へ進むと、スライムが突然止まった。
「どうした?」
スライムは、目の前の大木を見上げている。
そして――
スライムの体が、ゆっくりと光り始めた。
「え、何これ」
「アキラ、下がって!」
リーナが俺を引っ張る。
光が強くなり、スライムの体が膨れ上がっていく。
「まさか、進化……!?」
リーナが叫んだ。
光が収まると、そこにいたのは――
「……え?」
普通のスライムだった。
「変わってなくない?」
「変わってないわね……」
だが、違う点が一つだけあった。
このスライム、触れる。
俺が手を伸ばすと、ぷにぷにとした感触があった。
「おお、触れた」
「物質化したのね……」
リーナがそっと杖で突いてみる。
スライムはぷるんと揺れた。
「これで倒せるわね」
「倒すの?」
「依頼は『スライムを倒す』だし」
「でも、ここまで案内してくれたのに、倒すのは可哀想じゃない?」
「アキラ、甘いわよ。モンスターはモンスターなんだから」
リーナが杖を構える。
「ファイア――」
その時、スライムが震えた。
そして、俺の足元に転がってきて、ぷるぷると震え続ける。
「……これ、命乞いしてない?」
「そう見えるわね……」
リーナは杖を下ろした。
「どうする、アキラ」
「……見逃そうぜ」
「え?」
「だって、こいつ、何も悪いことしてないし。ただ森に帰りたかっただけでしょ」
「でも、依頼は……」
「依頼は『誰も倒せないスライムを何とかする』だろ。倒すとは書いてなかった気がする」
「……まあ、そうだけど」
リーナは溜息をついた。
「アキラって、優しいのね」
「そうかな」
「そうよ。普通の冒険者なら、躊躇なく倒してるわ」
リーナは笑って、スライムを見た。
「まあ、いいわ。村には『森に帰した』って報告すれば問題ないでしょ」
「サンキュ、リーナ」
俺はスライムに手を振った。
「じゃあな、スライム。元気でな」
スライムはぷるぷると震えて、森の奥へと消えていった。
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村に戻り、報告を済ませると、村長は安心した様子で報酬を支払ってくれた。
「本当にありがとう。これで安心じゃ」
「いえいえ、お役に立てて良かったです」
リーナが丁寧に答える。
「それにしても、不思議なスライムじゃったなあ」
「本当ですね」
俺も頷いた。
あのスライムは、一体何だったんだろう。
なぜ物理・魔法が効かなかったのか。
なぜ森に戻ると物質化したのか。
謎は深まるばかりだ。
「ねえ、アキラ」
帰り道、リーナが言った。
「あのスライム、もしかしたらアキラのレベル減少と関係があるかもしれないわ」
「どういうこと?」
「わからないけど……この世界、何かがおかしい。レベルが下がるアキラ、倒せないスライム……何か繋がってる気がするの」
「繋がってる、か……」
俺は空を見上げた。
二つの太陽が、ゆっくりと沈んでいく。
「まあ、いいや。そのうちわかるでしょ」
「また楽観的ね」
「だって、考えてもわかんないし」
「……それもそうね」
リーナは笑った。
「じゃあ、帰りましょ。今日の報酬で、また美味しいもの食べられるわよ」
「マジで! 何食べる?」
「うーん、肉がいいわね」
「賛成!」
俺たちは笑いながら、王都へと歩いていった。
謎は深まるばかりだけど、まあ、今は気にしないでおこう。
美味しいご飯の方が大事だ。
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## 次回予告
レベル978のアキラに、ギルドから新たな依頼が。それは、Bランク推奨の「ワイバーン討伐」! さらに、謎の戦士ガルドとの出会いが待っていた――。次回、第5話「出会いは命懸け」。乞うご期待!




