第3話「下がり続ける数字」
## 前回のあらすじ
王都アルヴァニアの冒険者ギルドで、レベル999という規格外のステータスを確認されたアキラ。しかし、モンスターを倒すとレベルが下がるという前代未聞の現象に、ギルドマスターのセリアも困惑。リーナを監視役として、アキラの冒険者登録が完了した――
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「それじゃあ、まずは簡単な依頼から始めましょう」
リーナが依頼ボードの前で、いくつかの紙を眺めている。
「薬草採取、五件。迷子の猫探し、三件。畑を荒らすゴブリン退治、二件……」
「ゴブリン退治! それやろうぜ!」
「却下」
即答だった。
「なんでだよ!」
「アキラ、あんた今Fランクなのよ。ゴブリンはEランク推奨。それに、レベルが下がる現象を調査するのが目的でしょ」
「そうだけど……」
「だから、まずは安全な依頼で様子を見るの。薬草採取とか」
「薬草採取って、戦闘ないじゃん」
「そうよ。だから安全なの」
リーナはにっこり笑った。
「いやいやいや、それじゃ意味ないだろ! モンスター倒さないとレベルの変化がわからないし!」
「う……そ、それもそうね」
リーナは少し考え込んだ。
「じゃあ、これは? 『森の見回り』。ギルド職員が定期的に行う森のパトロール。モンスターと遭遇することもあるけど、基本は逃げればいいって内容よ」
「それって、リーナの仕事じゃないの?」
「そうよ。だから一緒に行きましょうってこと」
「なるほど……って、ちょっと待て」
俺は気づいた。
「リーナ、もしかして俺を監視しながら仕事もこなすつもり?」
「当たり前じゃない。私だって忙しいんだから」
「効率いいな、おい」
「褒めてる?」
「褒めてるよ」
リーナは満足そうに頷いた。
「じゃあ決まり。森の見回り、受けてくるわ」
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十分後。
俺たちは再び王都の門を出て、森へと向かっていた。
「なあ、リーナ」
「何?」
「森の見回りって、具体的に何するの?」
「モンスターの数を確認したり、異常がないかチェックしたり。あと、薬草の生育状態とか」
「地味だな」
「失礼ね。これでも重要な仕事なのよ」
リーナはむくれた。
「森のモンスターが異常繁殖してたら、街に被害が出るかもしれないでしょ。だから定期的に見回って、バランスを保つの」
「へえ、そういうもんなんだ」
「そうよ。冒険者の仕事は、モンスター退治だけじゃないの」
リーナは得意げに胸を張った。
その時、茂みがガサリと揺れた。
「!」
リーナが杖を構える。
茂みから飛び出してきたのは――
「スライムか」
青い半透明のゼリー状の生物。直径30センチほどの、いかにも「雑魚モンスター」といった風貌だ。
「アキラ、どうする?」
「どうするって……倒すに決まってるだろ」
「でも、レベルが下がるわよ?」
「それを確認するのが目的じゃん」
俺は拳を構えた。
スライムがぷるぷると震えながら、こっちに向かってくる。
「せいやっ!」
拳を振り下ろすと、スライムは文字通り粉砕された。
青い破片が飛び散り、地面に小さな魔石が転がる。
『経験値を獲得しました』
脳内に、システムメッセージが響いた。
「ステータス確認」
俺は自分のステータスウィンドウを開く。
```
【ステータス】
名前: 桜井アキラ
レベル: 995
HP: 995,000/995,000
MP: 995,000/995,000
攻撃力: 995,000
防御力: 995,000
魔力: 995,000
敏捷性: 995,000
```
「……やっぱり下がった」
「レベル996から995に……」
リーナが俺の肩越しにステータスを覗き込む。
「ねえ、アキラ」
「ん?」
「ステータスの数値、全部レベルと連動してるわね」
「あ、ホントだ」
よく見ると、HPも攻撃力も、全部「995,000」になっている。
「つまり、レベルが1下がると、全ステータスも1,000ずつ下がるってこと」
「そういうことか……」
「これ、ある意味すごくわかりやすいわね」
リーナはメモ帳を取り出して、何か書き込んでいる。
「何書いてんの?」
「調査記録よ。スライム一体撃破でレベル1減少。ステータスは全項目1,000減少。これを報告書にまとめるの」
「マジメだな」
「当たり前でしょ。これギルドマスターの命令なんだから」
リーナはペンを走らせながら、ふと顔を上げた。
「でも、不思議ね」
「何が?」
「普通、レベルが下がるって、デスペナルティとかでしょ。死んだ時にレベルが下がるっていう。でも、アキラの場合、モンスターを倒すと下がる」
「真逆だよな」
「ええ。まるで、システムが反転してるみたい」
「反転……」
その言葉に、何か引っかかるものを感じた。
でも、それが何なのかはわからない。
「とりあえず、もっとデータを集めましょう」
リーナがメモ帳を仕舞う。
「次のモンスターを探すわよ」
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それから一時間。
俺たちは森を歩き回り、合計でスライム五体、ホーネット三体を倒した。
「ステータス確認」
```
【ステータス】
名前: 桜井アキラ
レベル: 987
HP: 987,000/987,000
MP: 987,000/987,000
攻撃力: 987,000
防御力: 987,000
魔力: 987,000
敏捷性: 987,000
```
「レベル987……一気に減ったな」
「スライム五体で5レベル、ホーネット三体で3レベル。やっぱり、一体倒すごとにレベルが1ずつ減ってるわね」
リーナは真剣な顔でメモを取っている。
「でも、おかしいわ」
「何が?」
「普通、経験値って、モンスターの強さによって変わるのよ。スライムなら10ポイント、ホーネットなら30ポイントとか」
「へえ」
「でも、アキラの場合、どのモンスターでも一体につきレベル1減少。これって、経験値システムを完全に無視してる」
「つまり?」
「つまり……アキラのレベルシステムは、この世界の通常ルールとは別のものが働いてるってこと」
リーナは腕を組んで唸った。
「ますます謎だわ……」
「まあ、異世界転移者だし、特別仕様なんじゃない?」
「そういう問題?」
「そういう問題だと思うけどなあ」
俺はのんきに笑った。
その時、背後で大きな音がした。
ドスン、ドスン、ドスン。
「……何、この音?」
リーナが振り返る。
木々の間から現れたのは、巨大な影。
身長3メートルはある、筋骨隆々の人型モンスター。灰色の肌に、鋭い牙。手には丸太のような棍棒を握っている。
「オーガ!?」
リーナが叫んだ。
「なんでこんなところに! この森、Fランク推奨エリアのはずなのに!」
「いや、俺、昨日もオーガ倒したけど」
「昨日もって……アキラ、あんた何してたのよ!?」
「いや、森で出会っただけで……」
オーガがこちらに気づき、雄叫びを上げた。
「グオオオオオッ!」
「アキラ、逃げるわよ!」
「え、戦わないの?」
「当たり前でしょ! オーガはCランクモンスターよ! Fランク冒険者が勝てるわけないじゃない!」
「でも、俺レベル987だよ?」
「数値が高くても、戦闘経験がないでしょ! それに――」
リーナの言葉が途切れた。
オーガが棍棒を振り上げ、地面を叩きつける。
ドゴォン!
衝撃で木々が揺れた。
「うわっ!」
俺は反射的に横に飛ぶ。
オーガが再び棍棒を振り上げる。
「アキラ、危ない!」
リーナが叫ぶ。
だが、その瞬間――
俺の体が、勝手に動いた。
スキル『回避行動LvMAX』が発動したのだ。
棍棒が振り下ろされる前に、俺はオーガの懐に潜り込んでいた。
「せいっ!」
拳を腹部に叩き込む。
ドゴッ!
オーガの巨体が浮き上がった。
「……え?」
リーナが呆然としている。
オーガは地面に倒れ、そのまま動かなくなった。
『経験値を獲得しました』
「ステータス確認」
```
【ステータス】
名前: 桜井アキラ
レベル: 985
HP: 985,000/985,000
MP: 985,000/985,000
攻撃力: 985,000
防御力: 985,000
魔力: 985,000
敏捷性: 985,000
```
「レベル2減った……オーガは2レベル分か」
「ちょ、ちょっと待って」
リーナが俺の肩を掴んだ。
「アキラ、あんた今、オーガをワンパンで倒したわよね?」
「ワンパン?」
「一撃で倒したってこと!」
「そうだけど……ダメだった?」
「ダメだったじゃなくて! オーガって、普通はパーティー組んで倒すモンスターなのよ!? それを素手で一撃って!」
「いや、でもステータス98万あるし」
「数値の問題じゃなくて……」
リーナは頭を抱えた。
「もう、わけわかんない……」
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その後、俺たちは森の見回りを続けた。
途中、ゴブリンの群れと遭遇したり、毒キノコを踏んだり(毒が効かなかったけど)、迷子になりかけたりしながら、なんとか依頼を完了。
ギルドに戻る頃には、日が傾いていた。
「ただいま戻りました」
リーナが受付に報告する。
「お疲れ様、リーナ。見回りの結果は?」
マリアが尋ねた。
「異常なし……と言いたいところだけど、オーガが一体いたわ」
「オーガ!? あの森に?」
「ええ。でも、アキラが倒したから大丈夫」
「アキラくんが?」
マリアは驚いた顔で俺を見た。
「すごいわね……Fランクでオーガ討伐なんて」
「いや、まあ、ステータスが高かっただけで……」
「謙遜しなくていいのよ。ほら、ギルドカードを見て」
マリアが俺のギルドカードをかざすと、そこに文字が浮かび上がった。
```
【討伐記録】
スライム: 6体
ホーネット: 3体
オーガ: 3体
ゴブリン: 5体
合計: 17体
```
「ゴブリン五体って、いつの間に……」
「森で群れに遭遇したでしょ」
リーナが溜息をつく。
「あんた、無自覚に強すぎるのよ」
「でも、レベルは下がり続けてるけどな」
俺は苦笑した。
「今、レベル978だし」
「17体倒して、レベル18減少……やっぱりモンスター一体につきレベルが1か2減ってるわね」
リーナはメモを取り出した。
「スライム、ホーネット、ゴブリンはレベル1減少。オーガはレベル2減少。もしかして、モンスターのランクによって減少量が変わるのかも」
「なるほど……じゃあ、強いモンスター倒すほど、レベルが大きく下がるってこと?」
「その可能性が高いわね」
「それって、ますます逆転してるよな」
「ええ。普通は逆なのに」
リーナは真剣な顔で俺を見た。
「アキラ、もしこのままレベルが下がり続けたら……」
「どうなるんだろうな」
俺も考えた。
レベル0になったら、どうなる?
さらに下がって、マイナスになる?
それとも、レベル0で止まる?
「わかんないけど、まあ、なるようになるでしょ」
「……アキラって、本当に楽観的よね」
「心配してもしょうがないし」
俺は笑った。
「それより、今日の報酬もらえるの?」
「もちろんよ。見回り依頼の報酬は銀貨五枚。オーガ討伐のボーナスで金貨一枚追加ね」
マリアが報酬を手渡してくれた。
「これが、この世界のお金か……」
銀色と金色に輝くコインを手のひらで転がす。
「ねえ、マリア。この報酬で、美味しいもの食べられる?」
「ええ、十分よ。街の食堂なら、銀貨一枚でお腹いっぱい食べられるわ」
「マジで! じゃあ、リーナ、メシ行こうぜ!」
「は?」
「だって、一日中森歩いて腹減ったし。リーナも付き合ってくれたから、お礼にご馳走するよ」
「べ、別にお礼なんていいわよ……」
「いいじゃん。行こうぜ」
俺はリーナの手を引っ張った。
「ちょ、ちょっと、アキラ!」
「じゃあ、マリア、また明日!」
「はーい、気をつけてね」
マリアが笑顔で手を振る中、俺たちはギルドを後にした。
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夕暮れの王都は、オレンジ色に染まっていた。
二つの太陽が地平線に沈んでいく光景は、幻想的で美しい。
「綺麗だな」
「……そうね」
リーナも、少し照れたように頷いた。
「なあ、リーナ」
「何?」
「この世界、結構気に入ったわ」
「急にどうしたのよ」
「いや、レベルが下がるとか、謎だらけだけどさ。でも、なんか楽しい」
「……変わってるわね、アキラは」
「よく言われる」
俺は笑った。
「でも、これからどうなるか、ワクワクしてるんだ」
「レベルが下がり続けて、最終的にどうなるか……怖くないの?」
「怖いけど、それ以上に面白そうじゃん」
リーナは呆れたように溜息をついて、それから少し笑った。
「まあ、いいわ。アキラがそういう性格なら、私も付き合ってあげる」
「サンキュ、リーナ」
「ただし、無茶はしないでよね」
「わかってるって」
俺たちは並んで、街の食堂へと向かった。
レベルが下がり続ける謎。
それがどこに向かうのか、まだわからない。
でも、今はただ――
この世界での冒険を、楽しもうと思った。
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## 次回予告
レベルが順調に下がり続けるアキラ。そんな中、ギルドに奇妙な依頼が舞い込む――「誰も倒せないスライム」の正体とは? 次回、第4話「最弱モンスターの逆襲」。乞うご期待!




