第2話「これって不具合?」
前回のあらすじ
異世界転移したアキラは、レベル999という規格外のステータスを持っていた。しかし、モンスターを倒すたびにレベルが「下がる」という謎の現象に遭遇。森で出会った冒険者ギルド職員のリーナに、レベルが下がる異常事態を伝え、彼女の案内で王都アルヴァニアへ向かうことに――
「うわあああ……すっごい!」
王都アルヴァニアの城門をくぐった瞬間、俺は思わず声を上げていた。
石畳の大通りには、ファンタジーRPGそのままの光景が広がっている。剣や盾を背負った冒険者、ローブを纏った魔法使い風の人々、露店で野菜や武器を売る商人たち。空には二つの太陽が並んで輝き、遠くには尖塔のある城が見える。
「初めて見る景色なんだから、そりゃ驚くわよね」
リーナが苦笑しながら俺の袖を引っ張る。栗色のポニーテールが揺れた。
「アキラ、キョロキョロしすぎ。田舎者丸出しよ」
「いやだって! 本物のファンタジー世界だぜ? テンション上がるって!」
「はいはい。でも、立ち止まってると邪魔になるから。冒険者ギルドはこっち」
リーナに促されて歩き出す。人混みをすり抜けながら、俺は改めて自分の状況を思い返していた。
異世界転移――チート能力――レベル999。
ここまでは完璧な展開だ。問題は、その先。
「なあ、リーナ」
「ん?」
「やっぱりさ、レベルが下がるっておかしいよな?」
「……そうね」
リーナは少し考え込むような表情を浮かべた。
森で出会った時、俺は彼女にレベルが下がる現象を伝えていた。最初は「冗談でしょ?」と笑っていたリーナも、俺の真剣な様子を見て、とりあえずギルドで相談しようということになったのだ。
「普通、モンスターを倒せば経験値が入って、レベルが上がる。それが冒険者の常識。レベルが下がるなんて話、私も聞いたことない」
「だよなあ……」
「でも、アキラのステータス、本当にレベル996だったし」
リーナは横目でちらりと俺を見る。
「スライム一体でレベル1減って、オーガ二体でさらにレベル2減ったって言ってたわよね。それが本当なら……」
「本当だって。嘘つく理由ないし」
「わかってるわよ。だからこそ、ギルドで確認してもらうの」
そう言って、リーナは大通りの角を曲がった。
目の前に現れたのは、どっしりとした石造りの建物。入り口には剣と杖が交差したマークが掲げられている。
「着いたわ。アルヴァニア冒険者ギルド本部」
「おおお……」
扉を開けると、中は想像以上に賑やかだった。
広いホールには、受付カウンターがずらりと並び、壁一面には依頼書が貼られたボードがある。テーブル席では冒険者たちが酒を飲みながら談笑し、奥のほうでは武器や防具を売る店まで併設されているようだ。
「リーナ! おかえり!」
受付カウンターから、眼鏡をかけた女性職員が手を振った。
「ただいま、マリア。森の調査、終わったわ」
「お疲れ様。報告書は後でいいから――って、その子は?」
マリアと呼ばれた職員が、俺を見て首を傾げる。
「新人さん?」
「そう。異世界から来たって言ってるの」
「ええっ!? 召喚勇者!?」
マリアの声が跳ね上がり、周囲の冒険者たちが一斉にこっちを向いた。
「ちょ、ちょっとマリア! 声大きい!」
リーナが慌てて手を振る。
「す、すみません……でも、リーナ、本当なの?」
「本人がそう言ってるのよ。で、もっと大事な話があるんだけど」
リーナはカウンターに身を乗り出し、声をひそめた。
「この子、レベルが『下がる』の」
「……は?」
マリアが固まる。
「だから、モンスターを倒すとレベルが減るって言ってるのよ。信じられないでしょうけど」
「ちょ、ちょっと待って。それって……システムエラー?」
「わからない。だから、ギルドマスターに相談したいんだけど」
「ギルドマスターは今、会議中で……あ、でも、この件なら緊急案件かも」
マリアは慌てて奥の扉を指差した。
「リーナ、ギルドマスターの部屋に案内して。私、記録係を呼んでくるから」
「わかった」
リーナは俺の腕を掴んで、ホールの奥へ進んだ。
「なあ、リーナ」
「何?」
「ギルドマスターって、偉い人?」
「このギルドのトップよ。Sランク冒険者で、元勇者パーティーの一員だったって噂もあるわ」
「マジで!?」
「緊張した?」
「いや、むしろワクワクしてきた!」
リーナは呆れたように肩をすくめた。
「アキラって、本当に変わってるわね」
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ギルドマスターの部屋は、重厚な木のドアの奥にあった。
リーナがノックすると、中から低い声が響く。
「入れ」
ドアを開けると、そこには予想外の人物がいた。
「……子ども?」
思わず呟いた俺に、その人物――いや、少女が、鋭い目を向けた。
「子どもで悪かったな」
銀髪のショートカット、赤い瞳。年齢は十代半ばくらいに見える。だが、その目には年齢不相応な鋭さがあった。
「ギルドマスターのセリア・ヴァルトハイムだ。用件は?」
「あ、すみません! 俺、桜井アキラって言います!」
慌てて頭を下げる。
「リーナから聞いた。異世界転移者で、レベルが下がるんだって?」
「はい……」
「ステータスを見せろ」
セリアは手をかざした。すると、俺の目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がる。
```
【ステータス】
名前: 桜井アキラ
レベル: 996
HP: 996,000/996,000
MP: 996,000/996,000
攻撃力: 996,000
防御力: 996,000
魔力: 996,000
敏捷性: 996,000
```
「……は?」
セリアの目が見開かれた。
「レベル996で、全ステータスが99万超え……?」
「そうなんです。最初はレベル999だったんですけど」
「待て。最初は999だったのか?」
「はい。でも、スライムを倒したら998になって、オーガを二体倒したら996に」
セリアは額に手を当てた。
「……意味がわからん」
「ですよね」
「いや、まず前提がおかしい。レベル999なんて、伝説の勇者でも到達してない領域だ。それが異世界転移者の初期ステータスだと?」
「チート能力ってやつですかね」
「チート……?」
セリアは首を傾げる。
「あ、こっちの世界にはない概念かも。えっと、要するに、異世界転移者には特別な力が与えられるっていう……」
「それは知ってる。召喚勇者の話は聞いたことがある。だが、レベル999は異常だ」
セリアは腕を組んで考え込んだ。
「しかも、レベルが下がる……これは前例がない」
「やっぱり、おかしいですよね?」
「おかしいどころの話じゃない。これは、システムの根幹に関わる問題かもしれない」
「システム?」
「ああ。この世界のレベルシステムは、古代魔法文明が作り出したものだと言われている。それが正常に機能していないとなれば……」
セリアは立ち上がり、窓の外を見た。
「リーナ、記録係は?」
「マリアが呼びに行ってます」
「そうか。アキラ、お前にはしばらくギルドで待機してもらう。レベルが下がる現象を詳しく調査する必要がある」
「あの、でも……」
「何だ?」
「俺、冒険者登録ってできますか?」
セリアは驚いたように俺を見た。
「……お前、状況わかってるのか?」
「わかってますけど、せっかく異世界に来たんだし、冒険してみたいなって」
「レベルが下がり続けるかもしれないんだぞ?」
「それはそれで、面白そうじゃないですか」
セリアは呆れたように溜息をついた。
「……変わった奴だな」
「よく言われます」
「まあいい。冒険者登録は許可する。ただし、条件付きだ」
「条件?」
「レベルが下がる現象について、詳細に報告すること。モンスターを倒すたび、ステータスの変化を記録してもらう」
「了解です!」
「それと、リーナ」
「はい」
「お前がアキラの監視役をやれ」
「ええっ!?」
リーナが驚いて声を上げた。
「なんで私が!?」
「お前が見つけてきたんだろう。責任を取れ」
「そんな……」
「嫌なら、アキラの冒険者登録は却下だ」
「うっ……」
リーナは俺を見て、それから溜息をついた。
「……わかりました。やります」
「よし。じゃあ、アキラ、登録手続きを進めろ。リーナ、お前が案内しろ」
「はい……」
リーナは肩を落として部屋を出た。俺も慌てて後を追う。
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廊下に出ると、リーナが壁にもたれて溜息をついていた。
「災難だったな、リーナ」
「……アキラのせいよ」
「ごめん」
「謝らなくていいわよ。どうせ、私も気になってたし」
リーナは顔を上げて、少し笑った。
「レベルが下がるなんて、前代未聞でしょ。魔法使いとして、この現象には興味があるわ」
「そっか。じゃあ、よろしく頼むよ、パートナー」
「パ、パートナー!?」
リーナの顔が赤くなる。
「ちょっと、勝手に決めないでよ!」
「だって、監視役なんでしょ?」
「それはそうだけど……まあ、いいわ。とりあえず、登録手続きを済ませましょう」
リーナは再びホールへ向かって歩き出した。
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受付カウンターで、マリアが書類を準備していた。
「リーナ、お疲れ様。アキラくんね、こっちに名前を書いて」
「はい」
俺は用紙に名前を書き込んだ。
「初期ランクはFランクね。依頼をこなしてランクを上げていくシステムよ」
「わかりました」
「それと、これが冒険者証」
マリアが小さなカードを手渡してくれた。そこには俺の名前と、顔写真のような映像が浮かんでいる。
「すげえ、魔法のカードだ」
「ギルドカードって呼ばれてるわ。これがあれば、どこのギルドでも依頼を受けられるの」
「便利だな」
「じゃあ、早速依頼を受ける?」
マリアが依頼ボードを指差す。
「Fランクだと、スライム退治とか、薬草採取とかね」
「スライム退治……」
俺は少し考えた。
スライムを倒すと、レベルが下がる。それは確認済みだ。
でも、だからといって戦わないわけにもいかない。
「よし、やってみます」
「本当に大丈夫?」
リーナが心配そうに尋ねる。
「大丈夫。レベルが下がる理由を探るためにも、データが必要だし」
「……相変わらず、前向きね」
「それが俺の取り柄だから」
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こうして、俺の冒険者生活が始まった。
レベルが下がるという、前代未聞の異常を抱えたまま。
でも、不思議と不安はなかった。
むしろ、これから何が起こるのか、ワクワクしていた。
「さて、次はどこまでレベルが下がるかな」
俺は冒険者証を握りしめて、笑った。
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## 次回予告
Fランク依頼でスライム退治に挑むアキラ。しかし、レベル減少の謎はさらに深まる――。次回、第3話「下がり続ける数字」。乞うご期待!




