第四話 アイテム盗難事件
俺の目の前を歩く女騎士のブーツのヒール音は青白く光る洞窟内に反響していた。
その歩みには余裕がある。
聞くところによれば、この先は戦闘も落ち着いてボス部屋一直線なのだとか。
ここまで来ればもうクリアしたも同然。
なにせ噂に名高い彼女の剣捌きは、このダンジョンに出現するあらゆるモンスターの弱点を知り尽くしているようだったからだ。
やはり有名プレイヤーは違う。
もうすぐ"中級者フィールド"ともおさらばだ。
そう思って口元を緩ませた時、不意に先頭を歩く彼女から話しかけられた。
「そういえば、なんでコミニュティなのに二人しかいないのですか?」
「それは……」
「ごめんなさい。デリケートな質問だったかしら」
「いえ、そんなことはないです」
俺はもうすぐ終わるダンジョン攻略が名残惜しくなって、"あの事件"のことを彼女に自然と話していた。
彼女と会話できるのも、これが最後かもしれないと思ったのだ。
「実はコミニュティの仲間内の間でアイテム盗難がありまして」
「それは大変ですね。犯人は見つかったんですか?」
「いえ、見つかりませんでした。当時いた五人のメンバーのうち誰かだろうって全員が疑心暗鬼になってコミニュティはバラバラになってしまったんです。それで結局、俺とコムギだけになってしまって」
「なるほど。ということは犯人は引退した誰かの可能性がありますね」
「ええ。そうなんですよ。でも全員リア友なんでこれ以上の追求はしなかったです」
「でも……残った人の可能性もありますよね?」
「え?」
俺の心臓が飛び跳ねる。
彼女は何を言っているのか?
そんなはずはないだろう。
どう考えたって引退してゲームから逃げていった"3人"が怪しいに決まっている。
「そうは言ってもこのゲームの設定上、アイテムを誰が持ち去ったのか確認することはできないですから、真相は闇の中ですね」
そう。
このゲームは各個人の所持品は見えない。
未だに"個人のアイテムボックス"というのが存在しないせいか持てる所持品の量は他のゲームと違ってとても多い。
それが便利と言う人もいれば、個人ボックスくらい作れと言う人もいる。
ただアイテム欄の設定が充実しすぎていて文句の方は少ない気がする。
とにかく今まで貯め込んだアイテムをメンバーの誰かがコミニュティ共有アイテムボックスから全て抜き取ったとしても余裕で持てるのだ。
「え、ええ。そうなんですよ。運営も少しアイテム管理のことを考えてほしいですよね。いくら共有といっても一度に引き出す数に制限を掛けるとか、持てる所持品の量を少なくするとか何かあると思いますけどね。アイテムは数千単位で持てますから」
「へー。"一度に引き出す量に制限は無い"のですね。それに"所持品がそんなに持てる"なんて私は知りませんでした」
俺はすぐに思考を重ねた。
そして咄嗟に答える。
「確かどこかの攻略サイトに載ってたような気がしますよ」
「攻略は見ないのでは?」
「あ……いや、友達から聞いたんだったかな。ちょっと曖昧です」
「そうですか」
彼女の首を傾げるような仕草に息を呑む。
いや、バレるはずなんてない。
だって証拠は何も無いのだから。
しばらく無言のまま進むと先頭を歩いていた彼女が声を上げた。
「ああ、ようやく辿り着きましたね」
「こ、ここがボス部屋……」
開かれた巨大な両扉。
青い炎が灯る松明が至る所に設置してある。
中に入るには光のベールを通る必要があるが、このを通ったら後戻りできない。
「中に入ったら扉が閉まって出られなくなります。"転移の羽"も使えませんので、極力下がっていてください。私が前衛をやるので」
「は、はい」
「ああ、でも最初はパーティリーダーから入った方がいいと思います。今日の主役ですからね」
彼女がニコリと笑って言った。
俺もつられて笑みを浮かべた後、すぐに扉に視線を移す。
ようやくここまで来れた。
これで中級者フィールドともお別れだ。
俺は歩みを進める。
光のベールを通ると広い部屋の奥に佇むボスと目が合う。
それは巨大なマンモスのようなモンスターだった。
恐ることはない。
なにせパーティには最前線を戦い抜く有名プレイヤーがいるのだから。
俺が中央付近まで進むと後方から轟音を上げて扉が閉まる音がした。
「改めてよろしくお願いします」
そう言って俺は振り返る。
……え?
何かの冗談なのか。
そこには誰の姿も見当たらない。
コムギもいない、コブトリもいない。
あの美麗な女騎士もいなかった。
「なんで……なんで?……おかしいだろぉぉぉぉ!!」
俺は叫んだ。
しかし無慈悲にもボスとの戦闘開始までの残り秒数が表示された。
残り60秒と。
すぐに扉へと走る。
勢いよく固く閉ざされた扉にぶつかるが、びくともしない。
「おいおいおいおい!!冗談だろ!!なんで、お前までいないんだよコムギィィィィ!!」
叩こうとも、叫ぼうとも扉の向こう側からの反応はない。
俺は気が動転していた。
「そうだ!転移の、転移の羽を……ステータス!!ステータスを表示しろぉ!!」
"使えない"なんて頭はもうない。
とにかくここから出なければ。
開かれたステータス画面の冒頭には、"メッセージがあります"とのお知らせがあった。
これはこの洞窟に入る前に送られてきたものだ。
今はどうでもいいと思ったが、焦りで指が震え、その新着メッセージを開いてしまった。
「……はぁ?」
俺はメッセージを読んで唖然とした。
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メッセージを送るのが遅れて申し訳ありません。
今日の傭兵依頼の件、行けそうにありません。
日取りや時間まで設定してしまってから、このようなメールを送ることになってしまったのは大変心苦しいです。
まだ海外にいますので戻り次第、連絡を差し上げようと思っておりました。
もう一度、機会を頂けるというのであればメッセージを下さい。
いつでも……というわけにはいきませんが、できるだけ対応したいと思います。
では、これで失礼。
Radia Riser より
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行けない?
いやいや、おかしいだろ。
頭の回転が追いつかない。
だって……だって……
「さっきまで一緒にいたじゃねぇかぁぁぁぁ!!」
あんなに綺麗で、装備も凄くて、マップも把握していて、モンスターの弱点も、剣捌きも……どう考えたってドラゴン・ナイツのリーダー・"ラディア"だろうが!!
「じゃあ、さっきのは誰だったんだよぉぉぉぉぉ!!」
俺の叫びはボス部屋全体に広がった。
戦闘開始の合図と共に巨大なマンモス型のモンスターは勢いよく走りだす。
そして扉に突進すると俺の体を簡単に押し潰した。
こうして俺のHPバーがゼロになると同時に所持品内にあった数千を超えるアイテムは全てロストした。
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洞窟を出た3人は顔を見合わせる。
そして白い砂浜を背に全員で腹を抱えて大笑いした。
一気に気が抜けた金髪ポニーテールの女騎士はよろめいて洞窟の岩に手をつき口を開く。
「あー緊張したー。私の演技どうだった?」
「完璧だった。ラディアそっくりだったよ」
答えたのはコブトリだ。
そしてその隣にいるコムギが頭を下げる。
「お二方、この度はありがとうございました」
「いいのよ。それにしてもダンジョンに入る前にメールが届くなんて……焦っちゃったわ」
「ラディアがミスしたんだ。彼女のせいってことで」
コブトリはそう言ってステータス画面から、さらに配信画面へと飛ぶと、肩の上にステルス状態が解除された球体型カメラが出現する。
そして四角い青色の画面も空中に表示され、配信のコメント欄がどんどん更新されていくのが見えた。
"お疲れ様ー、めちゃくちゃ面白かった"
"最後にあのアホの吠え面が見れなくて残念だ"
"なんか断末魔は聞こえた気がしたなwww"
"レナ様、完璧な演技!!"
"壮大な復讐計画だった"
"MVPは間違いなくレナ"
"女騎士レナに惚れた"
……とコメントは様々だったが、ほとんどは"レナ"を賞賛するものだった。
「みんな、ありがと。頑張った甲斐があったわ」
「これで配信を終わるよ」
コブトリの発言に反応するように100人ほどの視聴者が皆"お疲れ様"とコメントする。
こうしてアイテム盗難事件の犯人をハメるための"ざまぁ系配信"は終わった。
そう、実はコメントの中にもあったように、この配信まで至る計画は、もうすでに二週間ほど前から始まっていた。