第二話 美麗なる剣士
このギルドには何度も通った。
ほとんどの中級者パーティが利用するギルドで、ここで階級を上げるための特別クエストを受けることができる。
俺はウェスタン風の両開きドアを開けてギルドに入った。
木材を使ったインテリアが多く置かれた広々とした空間。
左壁沿いに木で作られた長テーブルといくつかのスツール、右には大きな掲示板、奥には受付カウンターというのは他のギルドと変わりない。
中には長いテーブルに着いた数人のプレイヤーが談笑していた。
俺の姿を見るなり、手を上げて挨拶する。
彼らとはコミニュティは違えど顔見知りだった。
ずっとこのフィールドから出れずにいる古参プレイヤーなのだ。
自然と口元が緩む。
お前らはこの先ずっと出れないかもしれないが、俺は違う。
今日をもって遂に次のフィールドへと旅立つことができるんだ。
俺は彼ら座る場所から少しと離れたスツールへと腰を下ろす。
少し早く来過ぎたかな。
それにしても後輩である美羽……いや、"コムギ"が来てないなんて珍しい。
今まで彼女は遅刻どころか誰よりも早く来て笑顔で迎えてきた。
「もしかして寝坊か?」
俺が首を傾げたと同時くらいにギルドのドアが開かれる音がした。
最初に反応したのは他の男性プレイヤーたちだったのだが何やら感嘆の声を上げている。
気になって俺もギルドの入り口へと視線を向けた。
「う、美しい……」
入ってきたのは女性プレイヤーだった。
長い金色の髪を高い位置で結ったポニーテール。
上半身には豊満な胸元だけガードするパールホワイトのヘソ出し鎧、下半身には白の短いバッスルスカートを着用する。
腕には白銀のガンドレット、足にも同じように太ももまである白銀のヒール型アーマーブーツを履いており、どちらにも躍動感のあるドラゴンの模様が刻まれていた。
見た目に反して左腰に差したのは"漆黒の細剣"。
この武器は歪な形をしており、さらに禍々しい紫色のオーラが放たれているように見える。
全体的に見たこともない装備だった。
明らかにこの周辺のダンジョンでドロップするような装備ではない。
何よりも、この女性プレイヤー全体から放たれる美のオーラに心を奪われて言葉を失う。
自分だけではない、この空間にいた男性プレイヤー全員が息を呑んだ。
彼女は金色の髪を掻き上げながら、ギルド内を見渡す。
そして俺に視点を合わせると笑みを浮かべた。
白銀のヒール型アーマーブーツをカツカツと上品に響かせてこちらに歩いてくる。
まるでファッションモデルがランウェイを歩く様に似ている気がした。
「どうも初めまして。ユリムさん……で合ってますよね?」
「え、あ、は、はい……俺がユリムです!」
緊張のあまり声が裏返る。
俺はすぐに立ち上がり、笑みを浮かべている美女剣士に向かい合った。
やばい、目のやりどころに困る。
顔は女優並みに整っていて、視線を下げると胸元が強調されたヘソ出しの鎧を身に纏っているし、さらに下はミニスカ絶対領域だ。
俺は冷静な判断ができずにいた。
「ずっとメール頂いていたのに返事できなくてごめんなさいね。ちょっと攻略に忙しくて」
「え……じゃあ、あなたが?」
「はい。あ、申し遅れました私は……」
「だ、大丈夫です!存じ上げております!」
流石に一年以上も"キングスレイバース"をプレイしてきた者が、この女性プレイヤーを知らぬはずはない。
SNSなどでも、このゲームを検索すれば必ずと言っていいほどセットで出てくる。
「今回は無理なお願いを聞いて頂いてありがとうございます」
「いえいえ、今は高難度ダンジョンもバグのせいで入りづらくなってますし、ほとんど攻略してしまったので息抜きです」
彼女の笑顔が眩しかった。
綺麗なプレイヤーとは聞いていたが、ここまでとは。
上級者フィールドにいるプレイヤーは配信者以外のアバターはほぼ知られていない。
それに上級者がわざわざ中級者フィールドに戻ってきてプレイするなどもあまり聞かない話だ。
自ずと彼女のアバターがどんなものなのかを知る者は中級者にはいないと言っていい。
しかし、ここまで綺麗なアバターが設定されるとなればリアルも相当な美人なのだろう。
俺は勇気を出して口を開いた。
「不躾だと思ったんですが、昨日お礼のメールも送らせてもらいました。見ていただけましたか?」
「へ?……ええ、見ましたよ。返事かえせなくてごめんなさい」
「いえいえ!助っ人をして頂けるだけでも光栄です!」
そんな他愛もないやり取りをしていると、またギルドに入ってくる者がいた。
今度は2人。
1人は見覚えのある青色のショートボブでブラウンのローブと長い杖を持った女子。
俺のコミニュティメンバーの"コムギ"だ。
もう1人は男性プレイヤーだが……誰だろう?
初期装備の次とかだったか、あの布の服一式。
かなり貧弱な装備だ。
2人は俺の方まで近づく。
どちらもぺこぺこと頭を下げていた。
「すいません遅れてしまいました」
と言ったのはコムギだ。
そして隣に立った細っそりとした長身の男性プレイヤーが自己紹介する。
「僕は"コブトリ"っていいます。農業系の配信をしてます。よろしく」
俺はその発言を聞いて暫く沈黙した。
『いや、お前どう見てもノッポだろ』と言いかけたがグッと堪える。
「もしかして、こちらが?」
俺は恐る恐る聞いた。
このノッポ……いやコブトリという男性プレイヤーが彼女のコミニュティメンバーなのだろうか?
明らかにコムギよりも弱そうに見える。
「ええ。コミニュティで今日たまたま空いていたのは彼だけだったので。でも偶然なんですけどコムギちゃんとも知り合いだったみたいなんですよ」
「へー」
まさか"あの有名プレイヤー"がリーダーを務めているコミニュティにコムギの知り合いがいたなんて……
いや、だがコブトリというプレイヤーの格好を見る限り初心者にちょっと毛が生えた程度の身なりだ。
多分、最近始めたリーダーのリア友か何かなのだろう。
そこに偶然にもコムギが接点を持ったと勝手に解釈した。
「じゃあ、早速行きましょうか」
「はい!改めてよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
俺とコムギが挨拶すると彼女は笑みを溢して頷いた。
唖然としている他の知り合いプレイヤーたちを一瞥した後、俺は3人と共に"脱・中級者ダンジョン"と言われる場所へと向かった。