第三話 愚行の配信者
私とレモンママ、そして一緒にクエストを受けたヴォルフとコブトリは北の森に到着した。
ゲーム内時間は昼頃か。
雲一つない空に太陽が光り、それが暑さの源だ。
森の中は一本だけ獣道があるだけでダンジョンというような難解さなどはない。
ヴォルフに森のマップを見せてもらったが少しだけ湾曲した道がただ丘の上まで続いており、横道の森林地帯にも入れる構造のようだ。
レモンママが言うには簡単な初心者マップだそう。
ヴォルフは"今から配信を始めるよ"と笑顔で言った。
すると野球ボールくらいの大きさの丸い機械が宙に浮き、ちょうどヴォルフの肩の上あたりで止まる。
「リスナーからのコメントとかは俺にしか見えないし、君たちの本当のネームは見えない。フレンドにならないと実際のプレイヤーネームはわからないようなになってるんだ」
このゲームの人口は世界で2000万人もいるとのことで、まず特定の人物を探し出すことは困難。
特に有名プレイヤーとなると"ゲーム内コミニュティ"か"単独"で動くことが多いので会うことはまずないとヴォルフが補足した。
「リラックスして気軽に行こう」
「は、はい」
私はぎこちない返事で苦笑いする。
これも、どこだかわからない人に見られているのだろうか……
レモンママは緊張した様子の私の肩を叩く。
「大丈夫よ。他の人の配信なんて気にしない気にしない。丘の上にある木からカンリスの実を採取して帰るだけだから、ゆっくり行っても15分は掛からないわ」
それを聞いて少しだけ安心できた気がした。
15分なんて大した時間ではない。
ある程度、進むに連れて自然と隊列は決まったように思える。
先頭にヴォルフ。
次にレモンママ。
そして私とコブトリが並んで歩く。
私は森林を見回すように進んだ。
正直、"ゲームだから"と思って少し馬鹿にしていたのを恥じる思いになった。
自分を覆い隠すように長い木々が立ち並び、生暖かい風、葉っぱの擦れる音、鳥の囀りと何もかもが現実世界のようだ。
リアルにある全てを忘れて、ただ何もない森の一本道を歩く。
心にあるのは感動なのかな?
確かにこれならゲーマーが没頭するのもわかる気がした。
「もしかして今日が初めてなんですか?」
言ったのは隣で一緒に歩くコブトリだった。
こうして見るとやはり背が高い。
バレーボールとかバスケ選手並みかな?
「は、はい、そうです」
「そうなんですか」
「コブトリさんも最近はじめたんですか?」
これは私の偏見が混ざっていた。
前を歩くヴォルフとは対照的な装備の薄さ。
いや、これはこれで高価なものなのかもしれない……と思ったが、
「わかります?この装備、レナさんの装備の次に買うような服なんですよ」
コブトリは笑みを浮かべながら言った。
やはり私の見立ては間違ってなかったようだ。
この男性はヴォルフと違ってガツガツとしたものは感じられない。
でも、さっき確か"配信してる"とか言ってた気がした。
「そういえばコブトリさんもゲーム配信を?」
「ええ。ヴォルフさんと同じで最近はじめたばかりなんですけどね」
「ヴォルフさんとは知り合いなんですか?」
「いえ、今日が初めてです」
「そうですよね。有名プレイヤーだなんてよくわからないな。でも凄い人と会ったのかな」
「僕をこのゲームに誘ってくれたのも有名プレイヤーなんですけど、あんまり関わらない方がいいですよ」
「え?」
「とてもめんどくさいので」
ははは、と緊張感もなく笑うコブトリに首を傾げる。
そうして私たちは前を進むヴォルフとレモンママを追うように歩く。
レモンママは私とは違い、ヴォルフに対して質問攻めのようだ。
あれだと迷惑プレイヤーなんて言われてしまうんじゃないだろうか?
私たちには見えていないが、彼のリスナーにどんなコメントされているか知れたものではない。
彼女の声は大きく、こちらまで聞こえてきている。
「あとでフレンド登録お願いしてもいいですか?」
「ああ。いいよ」
「このゲームで有名プレイヤーに会えるなんて初めてだわ」
「まぁ、このゲームは世界が広いからね」
「そういえば、その背中の武器がレジェンドウェポンなんですか?」
「……いや、違うよ」
私は数メートル後ろでヴォルフとレモンママの会話を聞きいていたが、明らかに雰囲気が変わったのがわかった。
ほら、やっぱり。
ずっと質問攻めにしたら相手を不快にさせる言葉が出るのも不思議じゃないでしょ。
それでもレモンママは止まることを知らない。
「使わないんですか?」
「あんなのをここで使うのはなぁ。今度見せてあげるよ」
「わーい」
レモンママは丸々とした体型でピョンと跳ねて嬉しさを表現していた。
まったく……相手が有名人となると周りが見えなくなる系女子だったか。
まぁ確かにイケメンアイドルとかが自分の前に現れて窮地を救ってくれる、なんてシュチュエーションがあったなら私も心を奪われてしまうかもしれない。
だが、私とレモンママが住んでいる地域を考えたらそれは何百年経っても訪れることのない奇跡と言える。
その時、先頭を歩いていたヴォルフが突然止まった。
やっぱり怒らせたか。
そう思った瞬間、背中にあった大剣を勢いよく引き抜き振り向く。
「そろそろいいよなぁ」
振り上げられた大剣はレモンママの頭上に直撃すると、そのまま一刀両断した。
「……へ?」
わけもわからず立ち尽くしていたレモンママの体は半分に割れ、そのまま光の粒子となって消えていった。
「な、なに?」
私は何が起こったのかさっぱりわからなかった。
なぜ仲間同士なのに攻撃を加えたのだろうか?
レモンママはどこへ行ったのか?
焦りの中にも思考が駆け巡る。
そんな私にヴォルフはゆっくりと歩いて近づいてきた。
「ほんとにうるせぇ。初心者だけだと思ったのによぉ。ヴォルフを知ってるプレイヤーがいるのは想定してたが、ここまでウゼェと俺も我慢ならねぇぜ。なぁみんな?」
私は眉を顰めた。
誰と話をしているんだろう。
ここには私と隣に立っているコブトリしかいない。
そこで私はハッとして、ヴォルフの肩の上に浮く丸い機械を見る。
「おお!視聴者数500人超えたな。やっぱりPvEよりもPvPだよな。それも一方的なさ」
「な、なんなの?」
「何回か配信してたけど君みたいな綺麗な初心者は初めてだ。これはバズるぞぉ」
ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべるヴォルフに息を呑む。
「とりあえず先にやることがある!!」
そう言ってヴォルフは地面を蹴って凄まじいスピードで前進した。
現実世界ではありえないほどの速さだ。
大剣の突き攻撃だった。
瞬間に私は怖さで目を閉じていたが、何も異常を感じない。
ゆっくりと目を開ける。
隣に立っていたコブトリがいない。
すぐに後ろを振り向くと数メートル先に仰向けでコブトリが倒れていた。
「これで邪魔者は消えたな。さてとゲームの性質上、服は脱がせられないから両手、両足切断してから、あとは……俺のリスナーにコメントで質問タイムといこうかな」
「そ、そんな……」
「大丈夫、ゲームなんだ。痛みはないから」
「だ、誰か……助けて……」
「無駄だ。初心者は"転移の羽"も持ってないだろうし、フレンドだってさっきのデブだけだろ?それに初心者用ダンジョンと言っても、ここではログアウト不可能なんだ」
私は体の震えを抑えられなかった。
誰も助けは来ない。
逃げることもできない。
ただ一方的な陵辱的行為を受けるだけなのだ。
しかもこの行為は配信されている。
「さてと。こんな可愛い子を痛ぶれるなんて興奮するよな。みんなもそう思うだろ?」
どんな顔をしているのか、どこにいるかもわからないリスナーたちに静かに語るヴォルフ。
そして斜め下に構えた大剣を一気に振り上げるようにして斬撃を放つ。
「きゃあ!」
それは私には当たらず、ただ空を切るだけだった。
しかし勢いによって後方に倒れ込んだ。
「わかってるねぇ」
ニヤリと笑うヴォルフが大剣を振り上げて構える。
「まずは逃げられないように足からいこうか!」
私はまた目を閉じて何かに耐えようとした。
痛みはないとは言っても人間は恐怖の前では本能が出る。
そしてヴォルフの攻撃は無慈悲にも振り下ろされた……かに見えた。
瞬間、ドン!という轟音が目の前で聞こえたのだ。
恐る恐る目を開ける。
私の前に立っていたのは、なんと吹き飛ばされて倒れていたはずの"コブトリ"だった。
ヴォルフは何らかの衝撃によって数メートル離れたとのろまで後退させられていた。
「おいおいおい……なんだてめぇは!!雑魚は寝てろよ!!」
「雑魚とはまた失礼だな。これでも僕は、このゲームではなかなか強い方だと思っていたけど」
「なんだと!?」
コブトリは腰に付けていた小袋から"何か"を取り出した。
それを自分の目の高さまで持ってくると、すぐに手を離して落とす。
するとパリン!と割れるような音がした。
私は視線を下へと移動させる。
割れたのは手鏡のような形のアイテムだ。
「君にはお仕置きが必要なようだ。僕の"雷爆刀"で斬り捨てる」
その瞬間、雷が落ちたような轟音が響き渡り、地面の四方八方に無数の歪な"雷閃"が走った。