第二話 クエストを受けよう
私とレモンママは始まりの町である"カーバント"で簡単なクエストを受けることにした。
この世界は千を超える町やダンジョンがあるようで、広さでいえば東京ドーム約50個分らしい。
……といっても、いまいち想像できないので考えないようにしよう。
とにかく、それくらい大きな世界を自らの体で冒険できるというのがVRMMOの醍醐味とのこと。
下手に海外旅行などに行くよりも安上がりだ。
私たちは町の中央にある噴水から少し離れた冒険者ギルドに移動した。
ほかに町を歩くのはプレイヤーもそうだがNPCと呼ばれるプレイヤーではないキャラクターともすれ違うことがあった。
物珍しそうに振り返って見る私にレモンママは"恥ずかしいからやめて"なんて言ってきた。
こうして、しばらく歩くと冒険者ギルドという施設に到着する。
やはり他の家屋と一緒でレンガ作りの二階建て建造物。
"冒険者ギルド"なんて日本語は書かれていないが剣と盾が組み合わさったような、かっこいいデザインの看板が目印だそうだ。
ウェスタン風の両開きドアを開けると、内部は木材を使ったインテリアが多く置かれた広々とした空間だった。
左壁沿いに木で作られた長テーブルといくつかのスツール、右には大きな掲示板、奥には受付カウンターとわかりやすい形だ。
「わぁ、綺麗だね」
「こんなのに感動してたらフィールドに出るなり失神しちゃうんじゃない?」
「もしかして馬鹿にしてる?」
私の感動に水をさすレモンママのセリフには些か子供じみた揶揄いを感じた。
「じゃあ、クエスト受けてみましょうか」
「無視するなー」
ニヤニヤと気味の悪い笑顔が余計に腹立たしいが、フィールドとやらに出ても何も反応しなければいいだけの話だ。
レモンママは奥の受付カウンターへと向かい、NPCと思われる受付嬢に話しかける。
「レベル1の採取クエストを受けます」
「かしこましました!このギルドでは"カンリスの実採取"が受けられます。現在二名のプレイヤーが待機中になっておりますが、ご一緒されますか?」
「え、こんなクエスト受ける人まだいたの?しかも二人もなんて珍しいわね」
「まぁ、でも私たちも受けてるくらいだから、他にいても不思議じゃないと思うけど」
「確かにそうね。赤の他人だけど何かの縁だと思って一緒に行ってみますか」
「え?」
「こういうのもVRMMOの楽しみ方の一つなのよ。知らない人と一緒に会話しながらクエストをするってのもね」
私はあまり気乗りしなかった。
初めて会う見ず知らずの人と一緒にゲームをするなんて。
しかし、そんな私の緊張に一切構わずレモンママは4人でいく簡単な採取クエストを受けた。
程なくして2人の男性プレイヤーが遠慮しがちに私たちに近づく。
先に挨拶したのは"燃えるような赤い短髪"が特徴的な男性だ。
「どうも。初めまして」
見るからに好青年。
格好は明らかに初心者とは程遠く、赤を基調とし、金色の模様が所々に入った鎧を纏う。
黒いマントを羽織り、背中には身長ほどありそうな大剣を背負っていた。
「よろしくお願いします」
もう1人の男性がペコペコと頭を下げながら歩いてきた。
こちらは赤髪の男性とは対極とあると言っていい。
ほっそりとした痩せ型で背が高い。
私たちよりも少しだけ上等な布の服を着ており、背中には大きな革のバッグを背負っている。
見たところ最近このゲームを始めた、という格好をしている。
先に自己紹介したのはレモンママだ。
軽く挨拶して私のことも紹介した。
次に赤髪の青年が口を開く。
「俺はヴォルフ。よろしく頼むよ」
「え!?」
驚く声を上げたのはレモンママだ。
一体、なぜ驚いたのか私にはわからなかった。
レモンママは目を輝かせてヴォルフに近寄った。
「もしかして"ドラゴン・ナイツ"の?このゲームのコミニュティで一位の攻略パーティですよね!」
「元だけどね。知ってるの?」
「もちろん!……でもまさか"ヴォルフ"って」
「ああ、サブリーダーだったんだ。今は攻略に疲れちゃって前線から退いてるけどね。最近はこうやって始めたばかりのプレイヤーを助けてるんだ」
ヴォルフは苦笑いを浮かべながら頭を掻く。
なにやら凄いプレイヤーだということだけはわかる。
私は耳打ちするようにレモンママに聞いた。
「何が凄いの?」
「有名プレイヤーよ!このゲームにはPvPっていうプレイヤー同士の対戦ができるシステムがあるんだけど、そのトップランカー。確か今も"世界一位"のはずよ」
「へー」
「まさか"瞬雷のヴォルフ"に会えるなんて!」
私は詳しく説明されてもイマイチよくわからなかった。
レモンママはさらに続けて、
「それにドラゴン・ナイツはダンジョン攻略も凄くて、リーダーの"ラディア"っていうプレイヤーとサブリーダーの"ヴォルフ"は2人ともレジェンドウェポンの所持者なの」
「なにそれ?」
「高難度ダンジョンを最初にクリアした人だけがドロップする装備よ。このゲームが発売してから何年か経つけど、まだ所持している人は五人くらいしかいないっていう激レア装備なの!」
鼻息荒く語るレモンママに圧倒されつつ、私は再び赤髪の青年のヴォルフを見た。
確かに何か独特な雰囲気を感じる……そんな気がした。
ある程度、ヴォルフについての話が終わると自己紹介はその隣に立つ男性に移った。
「僕は"コブトリ"っていいます。農業系の配信をしてます。よろしく」
その名前を聞いた瞬間、みなが暫く沈黙した。
『いや、お前どう見てもノッポだろ』というツッコミがしたくてたまらないレモンママの表情が何故か面白かった。
ノッポ……いやコブトリの簡単な自己紹介が終わるとヴォルフが笑顔で言った。
「じゃあ早速、行こうか。向かうのは北の森だね」
「そうですね」
「あ、そうだ。俺の方からお願いがあるんだけどいいかな?」
思い出したようにヴォルフは苦笑いを浮かべて言った。
「俺、最近になって配信をはじめてさ。よかったら今回のクエストを配信してもいいかなと思って」
「え……」
最初に声が出たのは私だった。
会って間もない人と一緒にゲームをプレイするのも緊張するのに、さらに誰かの目に晒されるというのは耐えられない。
「あんまりリスナーはいないんだよ。ほんとに最近はじめたばかりだからさ。初心者と一緒にクエストを楽しむ配信ができれば新規のプレイヤーも増えると思ってるんだ」
恥ずかしそうに鼻を掻きながら語るヴォルフはまるで少年のようだ。
新規参入のお手伝いという真っ当な理由のようだったので、渋々ではあったが私は了承した。
こうして思いもかけず4人パーティを組んでの採取クエストとなった。
内容は"カンリスの実の採取"というもの。
初心者プレイヤーが一番最初に受けるクエストなのだそうだ。
北の森までフィールドを歩き向かう。
あれほど馬鹿にされるから驚かないと決めていた私だったが、その広大さに圧倒され、結局はレモンママに笑われるのだった。