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規矩準縄  作者: 木の枝
7/12

 その夜、夢に若干の変化があった。


 内容自体は変わらない。ただ、そこに登場人物が一人増えた。自分自身、だ。夢の中に、私が二人いる。弟を殺そうとする私と、止めようとする私。どちらにも、私自身の意識がある。ただ、行動は全く思い通りにならない。


 そのくせ、何をしようとしているのかはよくわかる。自分が分裂しているようで気持ち悪い。おまけに妙な違和感がある。どちらか片方の私は私ではない。そんな気がする。顔は同じ。身長も、体型も、おそらく体重も同じ、歩幅も同じ、癖も同じ。違うのは行動のみ。なのに、片方は違う。違うのが分かる。だが、それがどちらなのかが分からない。そして、もう一人の自分が誰なのかが分からない。気味が、悪い。


 寝起きの気分も当然良いはずがなく、寝汗で額に張り付いた髪の毛を払いながら、昨日の彼女との会話を反芻する。私には彼女との会話が夢に影響を与えているとしか思えなかった。しかし、その会話の中のどの部分が影響を与えているのかが分からない。分からないことが多すぎてうんざりする。


 平日の朝にいつまでも考え込んでいるわけにもいかず、思考を切り替え学校へ行く支度を始める。一月もの間、毎日ではないとはいえ悪夢を見続け、良くも悪くも慣れてしまったいつもの行動だ。考え事をしながら同時進行で何かできるほど私は器用ではない。


 顔を洗い、制服に着替える頃には思考の切り替えもほぼ完全にできていた。制服を着た後、姿見の前で自分の姿を確認する。制服のボタン、校章の位置、髪の長さ等、進学校であることも相まって、校則は厳しい。後ろの髪がもうすぐ襟につきそうだ。そろそろ切らなければならないだろうが、急ぐほどでもない。今週末くらいでいいだろう。そう考えながら鏡の前から離れようとした時。視界の端で、鏡の中に映る自分が、こちらを見て笑った気がした。






 夢の中で、弟を殺そうとする私と、止めようとする私の勝敗は五分と言ったところだ。やはり、どちらの自分にも私の意識があり、だが、どちらかは自分ではない気がする。いまだにどちらがそうなのか分からないが、それが分かればこの夢も終わる気がした。


 そして同時に、部屋の姿見がやけに気にかかる。気のせいかもしれないが、時折、妙な光を発しているように見えることがある。鏡から視線を外そうとした時、私はすでに横を向いているはずだというのに、鏡に映る私は鏡を正面から見ている。あわてて見直したところで、どこからどう見ても何の変哲もない鏡なのだが。


 叔母が嫁いだ家と、我が家はずいぶん昔から交流があるらしく、叔母などはいまでもかなり頻繁に実家であるこの家を訪れてくる。母と随分ウマが合うらしく、よく他愛のないおしゃべりをしていたり、お互いにおすそ分けをしあったりしている。特に最近は、三年程前に生まれた男の子―――――つまり“彼女”の弟。年は十以上離れているが――――――の子育ての相談に来る。男の子と女の子では少し違いがあるらしく、男兄弟二人の親である母は格好の相談相手らしい。


 今私が使っている部屋はもともとその叔母が使っていた。当然、姿見も叔母のものだった。今の部屋に移る際、叔母にも一応許可を取ってから部屋を移った。


 叔母ならば、あの姿見について知っているかもしれないと思い訊いてみたが、大した収穫は得られなかった。ただ、姿見を購入した店については奇妙な店だったと言っていた。紹介したのは叔母の旦那―――――私にとっては叔父―――――らしい。もちろん結婚前だ。もう三十年近く前になるらしく、記憶もだいぶ曖昧になっているようだった。一応、話を聞く限りでは姿見を購入してから奇妙なことが起きた、等と言うことはなさそうだった。


 叔父にも話を聞くべきか、とも思うが、私は彼が彼の娘と同じくらい苦手だ。娘の様な醒めた目はしていないが、向い合っていると何もかも見透かされるような、なんとも落ち着かない気分にさせられるところは、流石に親子とでも言うべきか、よく似ている。尤も、娘の方は父親をどうやら嫌っているようなので似ているなどと言えば盛大に嫌がるだろうが。娘の方とは奇妙な仲間意識があるが、それがない分だけ、彼の方がより苦手と言えるかもしれない。あの親子仲を鑑みるに、あまり期待はできないが、彼に訊くのは先に彼女に訊いてみてからにしよう。運が良ければ彼女が何か知っているかもしれない。


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