含み
夢は度々見た。毎日でなかったのは幸いなのか。見る度、体力的にも精神的にもひどく消耗する夢だった。内容はいつも同じだ。弟を殺し、その後何事もなく日常生活を送る。周囲の人間は弟がいないことを―――――死んだことを知っているのかいないのか、そもそも存在しないことになっているのかは分からないが―――――気にしていない。しかし、私は自分が弟を殺した事を覚えている。弟の存在を最も疎んじ、憎んでいたはずの私が最も弟の死を気にかけているのは皮肉以外のなんでもない。
間違いなく自分の願望が現れたものでありながら、いや、だからこそ、それは悪夢に他ならなかった。私の中のもっとも醜いところを見せつけられといるようなものだったからだ。誰が好き好んで自身のそんなところを直視したがるだろうか。何より、名前を付けずに飲み込んだあの感情は恐ろしく不快だ。
その一方で、夢のように弟を殺してしまえば、父の関心を買う弟がいない、いつだか、私にとって理想的だと思ったあの世界が、あの名前を与えていない感情に耐えるだけで手に入るのではないか、と思うことが増えた。そう思うときは、あの感情は不快だが、耐えられないこともないような気がするのだ。あり得ないと知りつつ、それは恐ろしくも甘美な空想、いや、妄想だった。
弟と接していると、時折、夢の中で弟を殺した感触がよみがえる。そういったときはその衝動のまま、腕に残る感触を現実のものにしてしまいたくなる。夢と現実の境界がやけに曖昧なような気がして、ふとした瞬間にこれが夢なのではないかと思い、夢なのならば、この殺意を実行してもかまわないような気がしてくる。ふわふわとして、現実がひどく薄っぺらく、夢の方がよほど存在感があった。
その状態のまま一カ月が過ぎ、再び彼女が遊びに来た。
縁側に並んで座ると、妙にほっとする。夢には出てこなかった彼女と共に居ることで、ようやく現実にいるという実感がわいた。弟は先ごろ、友達と遊びに出て行った。私が弟と外で遊んでいたのは、弟が小学校中学年になるまでだった。一緒に家にいるときは、最近は遊ぶことよりも勉強を教えたり、それぞれ本を読んでいたりすることが多い。弟は年の割にはよく本を読む方だ。成績も主席でこそないが上位だ。尤も、弟の学年は割りと優秀なものが多いらしく、試験の度に主席が入れ替わっているようだ。
話はいつも通り、雑談から私の愚痴に移行していく。主な内容はやはりあの夢だ。ある程度話したところで、珍しく彼女が口を挟んできた。普段、彼女は愚痴を聞く時だけはほとんど口を挟まず、相槌を打つだけだった。だからこそ、決して味方ではないと思いながらも、愚痴を彼女に話していた。
「で、その夢が私のせいだって?」
「少なくともきっかけではある気がするが?」
実際、弟を殺す場面については、一月前に彼女と話してから見るようになった。
「でももともとあなたの願望でしょう? その責任を私に押し付けられてもね?」
やれやれ、とでも言いたげに溜息を吐かれた。確かに、あの話を彼女から聞かなくても、いずれ似たような夢を見ていただろう。その可能性は認めたが、彼女の物言いに腹が立ち、言い返そうと口を開きかけ、
「それにしても……つまらない」
という言葉で遮られた。意味が分からず聞き返した。
「別に。弟が嫌いなくせに、弟殺すのが悪夢なのはなんでかなって思っただけ」
やはり意味が分からなかった。