本音と共感
そんな状態でも、弟との仲は決して悪くなかった。―――――表向きは。弟はなぜか、父や母よりも私に懐いた。歩けるようになったくらいの時期には、気付けば私の後ろをとことこついてきていて、そのせいか、弟と接する時間は私が一番長く、当然、面倒を見ることも多かった。正直、嫌でたまらなかった。
しかし、だからといって幼い弟に嫌がらせをしたり、放置をしたり、ということができるほど、無責任な性格ではなかったし、傍から見て、私が弟を嫌っていても仕方がない、と思えるような材料が何もないことを理解できる程度には理性があった。年齢に似つかわしくない賢しらな子どもだったのだ。優等生を演じるに当たり、己の行動が他人にどう映るかを良く知っていた。何より、父は私と弟が仲良くしているのを見ているのが好きだったらしく、私と弟が遊んでいるのを眺めて嬉しそうにしていたから、自分の本心を見せることはできなかった。
傍目には良い兄だったらしい。しかし、内心は最悪といってよかったと思う。弟がいなければ、と思ったことなど、一度や二度ではない。殺してやろうか、と思ったことも多々ある。
例えば、共に遊びに行ったとき。遊びに使う道具を、手が滑ったふりをして弟に思い切りぶつけてやろうか、と思う。その帰り道、私より歩みの遅い弟に合わせてゆっくりと歩きながら、このままどこか知らない場所に連れて行って、置き去りにしてやろうか、と思う。橋に差し掛かり、ここから川に落としてやろうか、と思う。車が通りかかり、その前に突き飛ばしてやろうか、と思う。
例えば、弟が風邪をひいたとき。母に頼まれて食事を運びながら、その中に何か毒になるようなものを入れてやろうか、と思う。夜中に、弟の様子がおかしいのに気がついて―――――私が高校に入るまで、同じ部屋で過ごしていた―――――このまま朝まで放置してやろうか、と思う。具合の悪そうな弟を看ながら、周囲に誰もいないのを見て取って、首を絞めてやろうか、と思う。
それらを実行に移すことこそなかったものの、考えていたのは何をどう言い繕っても最低だとしか言いようのないものだった。
―――――そこで主はカインに言われた、「なぜあなたは憤るのですか、なぜ顔を伏せるのですか。正しい事をしているのでしたら、顔をあげたらよいでしょう。もし正しい事をしていないのでしたら、罪が門口に待ち伏せています。それはあなたを慕い求めますが、あなたはそれを治めなければなりません」。―――――
(創世記第四章 六・七)
しかも、腹の底で最低なことを思っていながらも、表面上はごく普通の弟思いの兄を演じていた。それは私が思う以上に巧妙であったらしく、周囲の者は私の暗く、どろどろとした、それでいて攻撃的なその感情に気付かなかった。唯一知っていた人物といえば、叔母の娘―――――要は従姉妹―――――くらいのものだ。
一つ年下の彼女が私は元々苦手だった。私と同様優等生だったが、それに加えて謙虚で人当たりが良く社交的で、目上への礼儀もわきまえている。歳の割に大人びすぎていて、それを可愛げのなさととる者もいたかもしれないが、それ以外に欠点らしい欠点などなかった。しかし、私は彼女の目にどこか醒めたものを感じ、それが私自身を思い起こさせた。要は同属嫌悪だ。おまけに、その醒めた目は何もかも見透かすかのような、居心地の悪さも感じさせるのだ。
実際、それは単なる気のせいではなく、ある日唐突に「本当は弟のこと、キライでしょう?」と言われた。一瞬呆けた後、あわてて否定したが、その必死すぎる否定はかえって肯定を意味してしまっていた。ただ、彼女は私の内心を知っていても決して軽蔑することはなく、笑って―――――決して朗らかなものなどではなく、どこか暗いものを感じさせる笑みだった―――――「仲間だね」と言ってのけた。彼女は人間が嫌いだと言った。そう言う割に、人当たりは悪くなく、むしろ愛想は良かった。最も嫌いであるはずの対象と、表面上は仲良くして見せるその態度は同じで、確かに仲間といえた。
その日以来、苦手だったはずの彼女は、唯一私が本音を言える相手にもなった。
その彼女は例外だったが、私と弟は、どこから見ても普通の、割と仲の良い兄弟だったらしい。強いておかしいことを挙げるとすれば、兄弟喧嘩がやけに少ないことくらいだ。私は喧嘩などしてしまえば、これまでため続けた物を吐き出してしまうのではないかと恐れていた。何をしてしまうか、わかったものではない。弟への感情が大きくなればなるほど、自分自身への嫌悪と恐怖の感情も、確実に育っていたのだ。可能な限り、弟との諍いは避けた。
弟に、常に嫉妬と、憎悪、ときには―――――というには頻繁だったが―――――殺意さえ抱いていながら、ごく普通に家族として、兄として弟に接する。父の関心を引きたいがためだけに、醜い本心を押し隠し、優等生を演じる。周囲から高評価を得るたび、自己嫌悪の念は深まった。私はそんなにできた人間ではない、むしろ、中身は誰よりも醜悪だ。それでも、僅かながらに得られる、不器用な態度で示される、私を誇りに思っている、という父からの感情を捨てることはできなくて、兄を演じることも、優等生を演じることも、やめることはできなかった。父が弟に、兄を見習え、というたびに、少しだけ溜飲を下げ、父が見習え、といったその姿が、本当の私ではないことに、ひそかに奥歯をかみしめた。
私と弟は、能力の面ではそんなに差はなかったように思う。もちろん、年齢による差は如何ともし難いが、それが分からないほど父は愚かではなかった。それでも父が弟に対して「兄を見習え」と言うのは、大抵が性格についてだった。弟の、自己主張をあまりせず、優柔不断で、人の顔色―――――特に父の―――――をうかがうような態度を父は心配していた。だが実際のところ、弟は私や、仲のいい友人の前では社交的とまではいえなくともごく普通なのだ。にもかかわらず、父の前ではやたらと委縮する。私にはその態度が父の関心を買おうとする姑息な手段のように見えて腹立たしかった。