終章
操作を間違えて投稿したつもりが投稿できていませんでした。すみません。
この章で完結です。
あのあとは可能な限り何事もなかったかのように振る舞い、弟と遊んだ。弟や、友人、その兄弟たちと大勢で遊んでいたのはついこの前のような気がするのに、やたらと懐かしかった。そのせいだろう。なんだか泣きたくなったのは。それでも、弟と遊ぶのは楽しかった。心底、弟が死ななくて良かったと思った。
弟と遊んだこと以外にも、様々な理由で疲れた体を引きずって部屋に戻ると、あの姿見が割れていた。あれだけ悩まされたというのに、やけに寂しい気がした。きっと最後の最後に、私の本当の理想とも言うべき姿を見せられたからだ。部屋の畳に散らばった破片が夕日を反射して輝いていた。後にも先にも、物が壊れた姿にあれほどの美しさを感じたことはない。
後に思ったのは、あれは最初から私の本当の望みを知っていたのではないかということだ。もし最初からそれを見せたとしても、私はそれに反発しただろう。あの状況だったからこそ、私は私の本音を認めたのだ。彼女もそれには同意見だった。
元々、弟のことはさして嫌いではなかったのだろう。それがどうしてあそこまで歪むに至ったのか、今はもう分からない。ただ、自分で思うより当時の自分はずっと子供だったのだろう。
もしかしたら、自分の位置が以前と違うことに気づいた直後は本当に憎んでいたのかもしれない。ただ、それでもずっと憎みきることはできなかった。良くも悪くも弟は鈍感極まりなかったのだ。こちらの暗い思いになどまるで気付くことなく、無邪気に懐いて後ろを着いてくる弟から、目減りしたと感じていたものを、種類こそ異なるが、減ったと感じた以上のものを知らず知らずに受け取っていた。
妙に清々しい気分でそう話した私に、彼女は病院のベッドの上で「ヤコブとエサウね」と答えた。彼女はあの日、家の階段から落ちる、というらしくない失敗をして病院に担ぎ込まれていたそうだ。落ちたときには家にだれもおらず、叔母さんに見つかった時には意識不明で結構危険なところまで行ったらしい。
ヤコブとエサウというのは、やはり聖書の登場人物だ。二人は双子で、ヤコブが弟で、エサウが兄。細かい経緯は割愛するが、この二人の場合も、兄は弟を殺そうとする。ヤコブが、エサウが受けるはずであった祝福を横取りしたからだ。しかし、その前にヤコブは母の勧めによって逃げてしまう。ヤコブは逃げた先で、何度も騙されながらも財産を作り、妻をめとった。そして、二〇年たって故郷に戻る。エサウはまだヤコブを許しておらず、手勢を率いて待ち構えているのだが、ヤコブはそのエサウに、これまで苦労して得た財産の中から贈物をし、兄を立てて礼をとる。その結果として、エサウはヤコブを許し、その帰郷を歓迎したのだ。
―――――つかえめとその子供たちをまっ先に置き、レアとその子供たちを次に置き、ラケルとヨセフを最後において、みずから彼らの前に進み、七たび身を地に屈めて、兄に近づいた。
するとエサウは走ってきて迎え、彼を抱き、そのくびを抱えて口づけし、共に泣いた。―――――
(創世記第三三章 三・四)
この話を聞いた時には思わず苦笑がわいた。自分の考えそのままのような話だったのだ。人というのは今も昔も大きな違いはないらしい。その他にも彼女はいろいろと語ってくれたのだが、流石にもう覚えていない。もう一度彼女の話を聴きたいと思うこともあるが―――――。
彼女が「蛇になり損ねた」と言っていたのは事実で、見舞いにも行ったが、雰囲気はあの日、家に来た彼女と同じものだった。お互いに憑きものでも落ちたかのようで、まさか彼女とごく普通に談笑できる日が来るとは思わなかった。ついでに言うならば、このときでも私が彼女に恋をするなど微塵も想像できなかった。まして、この年になってもいまだに引きずるほど重症になるなど。
私達は、自分達の知らないうちに、お互いの両親公認の仲にまでなっていたらしい。よく二人だけでこそこそと話していたせいだろう。お互いの母親との間ではすっかり約束が出来上がっていたようだ。だがそれが実現することはなかった。
傍から見れば些細な理由だったのかもしれない。私の無精子症など。それでも、私にとっては重要な問題だった。どういう経緯で発覚に至ったのかはもうよく覚えていない。原因はどうやら、子供の時の高熱らしい。……弟が生まれた年の、あの風邪だろう。
人間嫌悪が治った後の彼女はそれまでが信じられないほどごく自然な優しさを見せた。特に、子供の世話をするのが好きだった。その彼女が、自分の子供を欲しがらないはずがないと思った。だから、身を引いた。
その選択が正しかったのかどうかは分からない。彼女は他の人と結婚し、出産して……亡くなった。夫になった人と共に。事故だった。葬式には参列したが、衝撃に呆然としてしまい、泣けなかった。気付けば四十九日も終えていた。そして、残された子供を、無理を言って私が引き取った。子供は男の子だったが、彼女によく似ていた。
私自身は結婚しないまま、もうすぐで六十になる。弟の方は、結婚こそ少々遅かったが、ごく普通の家庭を築いている。はずだ。あまり連絡してこないうえに、親族間の行事でもなければ帰ってこないから現状がどうなっているのかよく分からない。
そう言えば、弟の方も私を含めた実家がどうなっているのかを知らないはずだ。もしかすれば、私が結婚もしなかったくせに子供を引き取った理由も知らないかもしれない。流石に、養子縁組を組んだことくらいは知っているだろうが。
今回は特に行事があるわけでもないし、用事が終わればさっさと帰ってしまっていたいつもと違って少しはのんびりしていくのだろう。これを機会に、お互いのことをいろいろ話すのもいいかもしれない。今なら、当時にはとても話せなかったことも笑い話にしてしまえるはずだ。父のことも、家を出てからの行動から察するに、いまだに誤解しているだろう。そちらの方も少々強引でも話をさせよう。
懐の袱紗袋の中身が意識される。……あの姿見の破片だ。少しずつひび割れ、欠けて、消えていった私の姿を思い出す。私は、あの私と同じ表情ができるようになっただろうか。あの姿見は、理想の自分を見せることで、人に目標を意識させるのが本来の目的であり、用途だったのだろう。常に目標を意識できる人間は成功する。
弟が帰ってきたときの目標は、何十年か越しの親子の和解だ。弟が帰ってくるのはもう少し先だが、今から楽しみでしょうがない。年甲斐もないが、構わないだろう。自分の好きな家族が仲良くしているのを見て、嬉しくない人間はいないだろうから。
なんというかいろいろすみませんでした。
やっとネットを繋ぎ直したのでこれからまた少しずつ何か上げていくと思います。
こうして時間がたってから読み直すと小説からの引用って痛いですね。
読んでくださった方ありがとうございます。
一応、「未来への懐古」の主人公の兄ちゃんの話でした。
あまりつながってないですけど。
これからも精進させていただきます。




