9話 ぽこと武器選び
納屋から仕事用の服を取って来て着替えていると、ぽこが不思議そうに首を傾げた。
「どうして人間は着替えるの?」
言葉の意味を理解するのに、暫し時間がかかった。
そういえば、ぽこは、スライム退治のときも、普段着だった。そもそも荷運び人ではないから、冒険者らしくない装備なのも不思議ではない。
実際は、たぬきが人間に化けているだけで、ぽこに服の概念がないのは当たり前だ。
「用途で使い分けてるのさ。たぬきでいう冬毛と夏毛みたいなもんだな」
「つまり、仕事用とそれ以外の二種類ですね」
「俺ぁ、洒落もんじゃないからな。使えりゃ何でもいいのさ」
鎧の内側に着る服を、仕事なら鎧なしでも着る。何しろ、酷い汚れ仕事のことがあるんでね。
納屋に行って、鎧やブーツを身体にあててみせると、ぽこは「なるほど」と手を打った。
「長袖、長首の上服は露出を減らす為で、ズボンの裾が細いのはブーツを履く為なんですねぇ」
「そうだ。昨日みたいに戦闘はなくて、やたら汚れることがわかってりゃ、重い鎧を装備する気にはならんな」
このへんは家を持ってる特権だ。旅が基本の冒険者なら、荷物はいつも全て持つ。そこに、荷物持ちの意義があるというものだ。
「ぽこも、使い分けた方がいいですか?」
改めてぽこの服を見れば、袖の短い上着と短いスカートの上に、カーディガンを着ているだけで、いかにも寒そうだ。
「そうさね。仕事のときには、ズボンがいいかもしれん」
ぽこが、頬を膨らませれば、煙と共にスカートの下に脚の形を拾ったズボンが現れた。
「寒くないか?」
ぽこは困ったように巾着を叩いた。空気が抜けて、ぺたんこになってしまう。
「木の葉が切れてしまったので、防寒着までは無理でした」
なるほど。化け術には木の葉が基本なのか。
壁に掛けたままの防寒具から、一番温かいのをぽこに渡す。
「使うといい」
ぽこは、大喜びで袖を通したが、俺とぽこでは体格差がありすぎる。
袖をまくって埋もれた手を、どうにか出し、嬉しそうに俺を見上げる。
「ふわふわでとっても温かいです! 何の毛ですか?」
「羊の毛皮だ」
「羊!」
たぬきに羊の毛皮を着せようだなんて、我ながら馬鹿なことを考えたものだ。
「ベッドに暖炉、羊の毛皮と、人間の生活は温かくっていいですね。化け術で出した服は基本的に木の葉の性質しかなくって」
「あの風呂敷は?」
「あれは秘伝の術なんです! 凄いですよね!」
襟元を合わせ、顔を羊毛にうずめるぽこを見ていると、羊皮の防寒具が、本当に俺の物だったのか疑わしくなるほど、よく似合っている。
一つ咳払いして、続きを話す。
「今日は、薬草摘みに行くつもりだ。お前さんは、木の葉を補充するといい」
インマーグには、緑屋敷という魔術研究所の出先機関があり、薬草を買い取って貰える。
暇な時間でできるいい収入源だ。
「クエストじゃないんですか?」
「そうさね。今日は新人も来てないようだしな」
インマーグに来る新人パーティーは、大抵が前日入りして、翌朝クエスト屋に来るから、引率の仕事が入るかどうかは、予想がつくことが多い。
「旦那様は、私が仕事について行くのを駄目って言いませんね?」
「自分の身は自分で守れるんだろう?」
確か、昨日そう言っていたはずだ。俺の周りの女性は、基本的に冒険者だ。冒険者になる者には男女の区別は殆どない。
自分の面倒をみられない者は死ぬしかない。皆痛い思いをして、引き際を学ぶ。
魔獣は自然の一部で、同じく一部でしかない我々は、自然を駆逐することはできない。
俺にとっては当たり前の返事に、ぽこは目を丸くして、大きく頷いた。
「そうです! 私だってできます!」
あまりのはしゃぎっぷりに、意地の悪いことを思いついてしまった。
「だがなぁ、先日、狼に囲まれていたのは誰だったかね?」
「おっ狼だけは駄目なんです!」
慌てるぽこに、大笑いしてしまう。
「だがね、いざという時のために攻撃手段はあった方が安心だ」
納屋に置いてある武器を端からぽこに見せていく。
「どれも古いが、それなりの手入れはしてあるつもりだ」
小ぶりな剣を持ち上げ、手渡そうとすると、ぽこは首を横に振った。
力持ちだから、斧もいけるかと思ったが、丈がぽこの胸まであって断念する。
「お前さんはチビだからな」
弓を張ろうとしたら、ぽこが何か細長い布を見つけてきた。
「これ! これはどうですか?」
羊毛を編んだ手製のスリングを見て、知らず知らず目を細めてしまう。
かつての仲間の初期装備には、思い出が多い。
「よし、試してみるか」
スリングは、遠心力を利用して石などを投げる武器だ。単純な構造で、特別訓練もいらないのに、攻撃力はある。
納屋から出て、すぐの木に、ナイフで×印を入れて、離れる。
ぽこは、二度何も入れずにスリングを振り回した後、足元の石を試し打ちした。
空を切るスリングの音の後、鈍い音がして、命中した。
「ほぉ。いいコントロールしてるな」
顎鬚を撫でながら、感心すると、ぽこは小さくガッツポーズした。
「スリングは、里の兄たちと一緒によくやりましたから!」
スリング遊びをするたぬきは想像できないが、まぁ、いいだろう。
「さて、じゃあ、出かけるか」