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たぬきの嫁入り  作者: 藍色 紺
序章 手を差し伸べるのなら最後まで
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6話 ぽこと水浴び

 スライム退治で、全身悪臭を放ちながら、ぽこと並んで家まで帰った。

 部屋には入らず、軒下に積んである薪を数本と、納屋のもんを取って、裏手の林をしばし進むと川に出る。


 河原に焚火台を敷き、薪を組んだ。ぽこに持たせた鍋に水を汲んできてもらう間に松葉と松かさで着火した。


「それどうやって、火を起こしてるんです?」


 薪の上の台に鍋を置こうとすると、ぽこが俺の指輪を覗き込んだ。

 飾り気のない太目の指輪はいつも左手の人差し指につけてある。


「あぁ、こいつは魔術道具だ」


「魔術道具?」


「魔力を込めたら、特定の動きをする道具だ。こいつの場合は、火を出せるんだが、俺程度の魔力だと火口程度だ」


 仲間に魔術師がいたり、火口箱を持ち歩けば不要なのだが、手軽さが便利で手放せないでいる。


「ふぅん」


「なんだね」


「珍しくって」


 なるほど。火を怖がりはしないが、やはり獣らしい。


 スライムの粘液がついた服を脱ぐと、乾いてかぴかぴになった服から、くだけた粉が落ちる。


「日が沈んじまう前に、川で身体を洗わんとな」


「ふぎゃ?」


 真っ裸になって川に足をつければ、予想外に冷たくて歯が鳴る。


 あぁ、くそ!


 腕を両手で擦りながら、深いとこに屈み、頭まで川に浸かる。乾いていたスライムの粘液がぬめりを取り戻したのを、手で擦り洗う。

 温泉でもあれば、こんな冷たい思いをせずに済むのだが、仕方ない。


 一通り洗い終わり、震えながら川岸に上がると、ぽこはまだ先刻のままだった。

 顔を手で覆って、こっちを見ないようにしている。


 初心なのか?


「向こう行ってる間に、さっさと入っちまえよ」


 裸のままで自宅の納屋に向かえるのは、街外れの一軒家ならではだろう。

 人が入れる大きなタライと布を持ってきて、湧いた湯を移す。そこへ入れば、冷えきった身体が痛いくらいだ。身体の端からじわじわ温まる。


 ゆっくりしたいところだが……。


「おぉい。ぽこ。もういいか?」


 川から返事の代わりにくしゃみが聞こえた。

 湯から上がって、布で身体を手早く拭き、一緒に持ってきた服に着替える。


 タライの湯に新しい湯をつぎ足そうとしたら、身体を震わせる音と共に、水の飛沫が飛んできた。

 すぐ背後にぽこがいるらしい。尻尾でも震わせたのだろう。


「あっち向いてるから、ちゃんと温まれよ」


 恥ずかしいらしく返事をしないが、タライに入る水音がした。


 ぽこに背を向けて、今日着ていた仕事着を川の水で洗ってしまう。スライムの粘液は気持ち悪いが、汚れを落とす性質があるらしく、水洗いすれば、服が新品の色を取り戻す。


「これ、何ですか?」


 服を洗い終わって焚火まで戻ったら、ぽこが話しかけてきた。


「これって?」


 ぽこの方を見ないようにしているから、何のことだかわからない。


「こっち向いても大丈夫ですよ」


 ゆっくり振り向いたら、ぽこはたらいにうつ伏せに身体を沈めていた。湯から僅かに尻が出て、そこから尻尾が丸見えだが、何も言わずに、ぽこが差し出すもんを受け取る。


「あぁ、これは南国の果物の皮だ」


「とってもいい香り!」


「だろう? この辺りでは入手できんのだが、たまに知り合いがくれてね。食った後に干しておくのさ」


 贅沢品だから、しょっちゅうは湯あみに使えない。今日みたいに染み付いてしまった悪臭を取るのにも適しているから、ほんの一切れ入れた。


 ぽこは、俺が返した皮を小さな鼻に近づけ、匂いを胸いっぱいに嗅ぐ。

 湯気に僅かに香りが移り、俺まで届く。

 たらいに浸かり、鼻歌を歌い出すぽこ。白い肌がピンク色に染まり、どうしても尻に視線が向いてしまう。


 これ以上、ここにいるわけにはいかん。見たのがバレる前に引き上げにゃ。


 洗った服で、焚火台を掴み持ち上げた。


「湯冷めせん内に上がれよ。たらいは持って帰ってきてくれ」


 返事を待たず、家に戻り、焚火台で燃える薪を暖炉に移した。

 暖炉のスタンドの上には、今朝ぽこが作ったきのこ汁の残りがある。

 それが温まったころ、ぽこが帰ってきた。


「たらいは納屋に片づけておいてくれ。洗った服を干すところは納屋まで行きゃあわかる」


 再び外に出るぽこを見送って、俺は再び食糧庫を覗き込んだ。顎鬚を撫でる。


 一人ならクエストの褒賞で、飲みに出ている。買い置きの食料は乏しい。

 小麦粉が二すくいに、干し肉がほんの少し。

何を作ればいいのか。何が作れるのか。


「旦那様、何悩んでるんですか?」


 俺の脇から、ぽこが食糧庫の中を覗き込む。背が足らぬらしく、つま先立ちだ。

 残った材料を出すと、ぽこは笑顔になった。


「大丈夫ですよ。お任せください」


 ぽこは、干し肉を湯で戻し、細かく刻んできのこ汁に入れた。小麦粉に塩とぬるま湯を入れて練り、ひとまとめにする。今度はそれを、手で一口サイズの団子に千切った。きのこ汁に入れて煮る。


 ぷかぷかと白いのが浮いてきたら、ぽこはそれを椀に注いだ。


もうできたのか。


 団子を入れただけで、とても腹の足しになるとは思えないが、食糧を切らした俺が悪い。ぽこに申し訳ない気持ちのまま、きのこ汁を啜る。


 今朝のきのこ汁も美味かったが、こいつも美味い。

 団子は、外側はきのこ汁に溶けてやわやわで、うま味がからみついている。中はつるつるモチモチしていて、温かく、食いでがある。


「うまい」


 俺の言葉にぽこが微笑む。


「寒かったですね」


「これからの季節、水浴びせにゃならん仕事は勘弁して欲しいもんだ」


「汚れる仕事って多いですか?」


「そうさなぁ」


 仕事終わりに労苦を共にした仲間と、喋りながら食う。

 俺みたいなのが、街外れのあばら家とは言え、家を持っているのは、かつてこの家に集う仲間がいたからだ。

 一階の広いスペースでわいわいとやったことを思い出したが、今までのようにそこに哀傷はない。


 残り少なかったきのこ汁だが、全部食べ終わったら、満腹になった。


「今日は、よく頑張ったな。助かった」


 食器や鍋を洗うぽこに礼を言うと、こちらを見て笑顔をくれた。

 まるで、そこだけ春のように明るい気がする。


「飯もうまかった。ありがとよ」


 暖炉に新しく薪をくべてから、ぽこの頭を撫でる。無論耳を触らぬように。


 ぽこは、褒められた子供のように笑った。



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