42話 ぽこと大屋根山の主④
待ち伏せていやがったのか!
繁殖期に一度ならず二度までも襲ってきた人間を許すわけはない。そういうことか。
一先ず穴に五人で退避するが、入り口に衝撃が入り、壁にひびが入り始めた。
「場所を知られちまってるぞ!」
「こんな袋小路にブリザードブレスでも吹き込まれたら、逃げ場はねぇ!」
「穴から出ても、狙い撃ちされるだけだ!」
「畜生! 戻るんじゃなかった!」
治癒士の顔色を見ると、他の三人も同じように治癒士を見たところだった。
中で犬死するより、狙い撃ち覚悟で出るしかないと、意見は一致しているということだ。
「大丈夫だ。走れる」
「上等」
盾役の声に、全員の顔が引き締まった。
「ぽこちゃんは⁉」
魔術師の声に、今度は俺に注目が集まる。
「あいつは助けを呼びに走らせた」
「そうか、これで少しは気楽になったぜ」
若手四人の内、誰もぽこだけが助かる可能性を責めてこない。
自分たちが巻き込んだと思っているのだろう。
こういうヤツらだからこそ、俺はこいつらを生きてここから出してやりたい。
最後かもしれず、覚悟はとっくにできている。
話している間も、入り口にはイエティの攻撃が続けられて、天井から小石が落ちて来る。
「お前ら、鎧を脱げ」
指示を出しながら、俺も鎧を脱ぎ、肩当て脛当てを取り去る。
「イエティはでかい、逃げ切るためには機動力が必要になる」
慌てて四人が重い装備を解いている間に、爆竹を用意する。
揃って入り口に移動し、衝撃が来た瞬間に爆竹を出て左に投げた。
イエティの向こう側で爆竹が破裂し、衝撃が止む。
空気が動き、イエティが動いた瞬間、右へ飛び出した。
一番先を行くのは暗殺者、氷柱の裏に俺たちが着いたときには、先にいたはぐれノームを始末していた。
爆破音がただの囮だったとわかったイエティが、怒りの咆哮を上げる。
迷宮全体が震え、轟音に失神しそうになる。
音が止んだ後も、残響が頭に響き、目の前が回る。
「ご立腹だぞ」
盾役が青い顔をして、舌なめずりした。
とうとう穴の入り口は破壊され、中から氷の塊が突き出ているのが見えた。
つい先刻までいた場所の惨状に、身震いする。
氷像どころか、一時に氷で閉じ込めるつもりだったってことになる。
「あいつは?」
怒りを顕わにし、暴れていたイエティの気配がない。
大きすぎて居場所もわからず、足元だけの僅かな光では正確な位置は互いにわからない。
「今の内に行こう」
幼獣に教えられた道を静かに辿る。
程なくして、地面に血の足跡を見つけた。
「これ、ぽこちゃんの血じゃない?」
「怪我してるぜ」
治癒士と魔術師が口々に心配そうに言う言葉に、俺は見向きもしないで先に進む。
「あいつも丸薬を持っているはずだ」
それだけしか言えない。
ぽこが自分で治せるのなら治しただろうし、治せなくても、今の俺ができることは何もないのだから。
短い返事だったが、心の声は冒険者のこいつらには言わずともわかるのだろう。仲間想いなこいつらだからこそ、重苦しい雰囲気になった。
足跡は、明らかな獣のもので、それを指摘されるかと思ったが、何も言われない。
「行き止まりだ」
先頭を務めていた暗殺者が、壁を調べ始める。
盾と魔術師も同じように残った三面を調べるが、抜け穴すらない。
「引き返した足跡はなかったぞ」
「下でもないってことは、上?」
見上げると、足場がほのかに光る壁伝いに歯抜けに並んでいる。
「これを登ったっていうのか?」
「どうやって……」
一段ずつが離れすぎている。そして、高い。
落ちるの前提で飛ばねばならず、落ちて無事でいられぬ高さがある。
救いなのは、怪我したぽこがいないことだろう。
「俺たちにゃ、無理だ」
「あんの白い野郎!」
ひそひそ声で口々に言い、絶望に負けまいと己を奮い立たせる。
「戻るしかない」
「倒すことはできないか?」
「ノーム相手じゃないんだぞ。山のようなでかさに歯が立つとは思えねぇ」
「だが! こうもやられっぱなしじゃ!」
上から注ぐ光が遮られ、大きな影が落とされる。
息を殺し、見えない位置まで下がる。
急につむじ風が起こり、今度は逆方向に風に吹き飛ばされそうになる。
鼻息だ。
大きすぎてわかりにくいが、イエティが匂いを嗅いでいる。
暗殺者が先になって、来た道を走り出した。
遠ざかる匂いに、イエティがまた吠える。
咆哮を聞きつけて現れたノームが、行く手を阻む。
盾役と暗殺者、俺が攻撃に回り、治癒士が治癒術をかけてくれる。打ち漏らしは魔術師が蹴り飛ばして治癒士を守る。
「ノームだけなら、こうやって前進はできるのに!」
魔術師の声に暗殺者が応える。
「俺が囮になるから、二手に分かれよう。片方だけでも生き残りゃ、お互いに本望だろ」
「駄目だ。今のバランスだから戦えているんだ。分かれたらノーム相手でさえジリ貧になるぞ」
盾役の言葉に暗殺者が唾を吐いた。
成す術がない。
今でも十分にジリ貧だ。
食料もなく、武器もなく、迷宮から出る道も分からない。
「なぁに、何とかなるさ。俺らは四人で青い鷹隊だ!」
苦し紛れに盾役が笑った瞬間、盾役が見えなくなった。
盾役がいたところには、薄汚れた灰色の毛に包まれた手が見える。
壁に激突した盾役が床に落ちた。
目の前で起きたことが信じられず立ち尽くす魔術師が、次に消えた。
治癒術を唱える最中に、治癒士が消える。
俺と暗殺者だけが、近くの岩陰に隠れた。
腕が伸びてきて、岩が握られる。
俺が腕を伸ばしても半分も抱きかかえられない岩が、パンか何かのように脆く崩れる。
無慈悲な神の裁きだと感じるほど、あっという間の出来事だった。
「くそ! いっそ、死んだほうがマシだ」
暗殺者が前に出るために体重移動するのが見える。
止めるために腕を伸ばす。
一瞬の出来事なのに、魔術がかかったようにゆっくり見える。