表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たぬきの嫁入り  作者: 藍色 紺
第4章 穴に入り狸を得よ
42/44

42話 ぽこと大屋根山の主④

待ち伏せていやがったのか!


 繁殖期に一度ならず二度までも襲ってきた人間を許すわけはない。そういうことか。


 一先ず穴に五人で退避するが、入り口に衝撃が入り、壁にひびが入り始めた。


「場所を知られちまってるぞ!」


「こんな袋小路にブリザードブレスでも吹き込まれたら、逃げ場はねぇ!」


「穴から出ても、狙い撃ちされるだけだ!」


「畜生! 戻るんじゃなかった!」


 治癒士の顔色を見ると、他の三人も同じように治癒士を見たところだった。

 中で犬死するより、狙い撃ち覚悟で出るしかないと、意見は一致しているということだ。


「大丈夫だ。走れる」


「上等」


 盾役の声に、全員の顔が引き締まった。


「ぽこちゃんは⁉」


 魔術師の声に、今度は俺に注目が集まる。


「あいつは助けを呼びに走らせた」


「そうか、これで少しは気楽になったぜ」

若手四人の内、誰もぽこだけが助かる可能性を責めてこない。

自分たちが巻き込んだと思っているのだろう。


こういうヤツらだからこそ、俺はこいつらを生きてここから出してやりたい。

 最後かもしれず、覚悟はとっくにできている。


 話している間も、入り口にはイエティの攻撃が続けられて、天井から小石が落ちて来る。


「お前ら、鎧を脱げ」


 指示を出しながら、俺も鎧を脱ぎ、肩当て脛当てを取り去る。


「イエティはでかい、逃げ切るためには機動力が必要になる」


 慌てて四人が重い装備を解いている間に、爆竹を用意する。

 揃って入り口に移動し、衝撃が来た瞬間に爆竹を出て左に投げた。


 イエティの向こう側で爆竹が破裂し、衝撃が止む。

 空気が動き、イエティが動いた瞬間、右へ飛び出した。

 一番先を行くのは暗殺者、氷柱の裏に俺たちが着いたときには、先にいたはぐれノームを始末していた。


 爆破音がただの囮だったとわかったイエティが、怒りの咆哮を上げる。

 迷宮全体が震え、轟音に失神しそうになる。


 音が止んだ後も、残響が頭に響き、目の前が回る。


「ご立腹だぞ」


 盾役が青い顔をして、舌なめずりした。


 とうとう穴の入り口は破壊され、中から氷の塊が突き出ているのが見えた。

 つい先刻までいた場所の惨状に、身震いする。

 氷像どころか、一時に氷で閉じ込めるつもりだったってことになる。


「あいつは?」


 怒りを顕わにし、暴れていたイエティの気配がない。

 大きすぎて居場所もわからず、足元だけの僅かな光では正確な位置は互いにわからない。


「今の内に行こう」


 幼獣に教えられた道を静かに辿る。

 程なくして、地面に血の足跡を見つけた。


「これ、ぽこちゃんの血じゃない?」


「怪我してるぜ」


 治癒士と魔術師が口々に心配そうに言う言葉に、俺は見向きもしないで先に進む。


「あいつも丸薬を持っているはずだ」


 それだけしか言えない。


 ぽこが自分で治せるのなら治しただろうし、治せなくても、今の俺ができることは何もないのだから。


 短い返事だったが、心の声は冒険者のこいつらには言わずともわかるのだろう。仲間想いなこいつらだからこそ、重苦しい雰囲気になった。


 足跡は、明らかな獣のもので、それを指摘されるかと思ったが、何も言われない。


「行き止まりだ」


 先頭を務めていた暗殺者が、壁を調べ始める。

 盾と魔術師も同じように残った三面を調べるが、抜け穴すらない。


「引き返した足跡はなかったぞ」


「下でもないってことは、上?」


 見上げると、足場がほのかに光る壁伝いに歯抜けに並んでいる。


「これを登ったっていうのか?」


「どうやって……」


 一段ずつが離れすぎている。そして、高い。

 落ちるの前提で飛ばねばならず、落ちて無事でいられぬ高さがある。


 救いなのは、怪我したぽこがいないことだろう。


「俺たちにゃ、無理だ」


「あんの白い野郎!」


 ひそひそ声で口々に言い、絶望に負けまいと己を奮い立たせる。


「戻るしかない」


「倒すことはできないか?」


「ノーム相手じゃないんだぞ。山のようなでかさに歯が立つとは思えねぇ」


「だが! こうもやられっぱなしじゃ!」


 上から注ぐ光が遮られ、大きな影が落とされる。


 息を殺し、見えない位置まで下がる。


 急につむじ風が起こり、今度は逆方向に風に吹き飛ばされそうになる。


 鼻息だ。

 大きすぎてわかりにくいが、イエティが匂いを嗅いでいる。


 暗殺者が先になって、来た道を走り出した。

 遠ざかる匂いに、イエティがまた吠える。


 咆哮を聞きつけて現れたノームが、行く手を阻む。

 盾役と暗殺者、俺が攻撃に回り、治癒士が治癒術をかけてくれる。打ち漏らしは魔術師が蹴り飛ばして治癒士を守る。


「ノームだけなら、こうやって前進はできるのに!」


 魔術師の声に暗殺者が応える。


「俺が囮になるから、二手に分かれよう。片方だけでも生き残りゃ、お互いに本望だろ」


「駄目だ。今のバランスだから戦えているんだ。分かれたらノーム相手でさえジリ貧になるぞ」


 盾役の言葉に暗殺者が唾を吐いた。

 成す術がない。

 今でも十分にジリ貧だ。


 食料もなく、武器もなく、迷宮から出る道も分からない。


「なぁに、何とかなるさ。俺らは四人で青い鷹隊だ!」


 苦し紛れに盾役が笑った瞬間、盾役が見えなくなった。

 盾役がいたところには、薄汚れた灰色の毛に包まれた手が見える。


 壁に激突した盾役が床に落ちた。


 目の前で起きたことが信じられず立ち尽くす魔術師が、次に消えた。

 治癒術を唱える最中に、治癒士が消える。


 俺と暗殺者だけが、近くの岩陰に隠れた。

 腕が伸びてきて、岩が握られる。

 俺が腕を伸ばしても半分も抱きかかえられない岩が、パンか何かのように脆く崩れる。

 無慈悲な神の裁きだと感じるほど、あっという間の出来事だった。


「くそ! いっそ、死んだほうがマシだ」


 暗殺者が前に出るために体重移動するのが見える。

 止めるために腕を伸ばす。

 一瞬の出来事なのに、魔術がかかったようにゆっくり見える。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読みいただきありがとうございます

おいしい食べ物を通して、人と人の反応が生まれる瞬間――
そんな場面を書くのが好きです。
あなたの楽しみになるよう、更新していきます!


jq7qlwr6lv5uhtie2rbp8uho30kr_zjl_2bc_1jk_5lz4.jpg
『たぬきの嫁入り2』へ



〇 更新情報はX(旧Twitter)にて

▶https://x.com/aiiro_kon_



〇 ご感想・一言メッセージをどうぞ

→ マシュマロ(匿名)
https://marshmallow-qa.com/ck8tstp673ef0e6



〇 新しい話の更新をお届け

こちら ↓ で、『お気に入りユーザ登録』お願いします。
(非公開設定でも大丈夫です)
▶▷▶ 藍色 紺のマイページ ◀◁◀




いいねや反応を伝えてもらえると、
新しい物語の活力になります☺️


本日もお読みいただき、ありがとうございました。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ