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たぬきの嫁入り  作者: 藍色 紺
第4章 穴に入り狸を得よ
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41話 旦那様と大屋根山の主

「ぽこ、走れ!」


 背後に氷柱が倒れる振動を感じながら、ひたすら走る。

 旦那様から離れるのは身を切るようにつらい。


 イエティのブリザードブレスの影響がないと安心できるまで走る。

 その後は、不安な気持ちに急かされるように白いのが教えてくれた道をたどったが、すぐに途切れた。


 足裏に激痛が走り、見てみれば、肉球が砕けた氷で切れている。

 青白い地面に、点々と赤い足跡がついていた。


 旦那様から貰った半分の丸薬を少しだけ齧り、肉球をなめながら、途切れてしまった道を見回す。


 おかしい。道を間違えた⁉


 何度見ても先はない。


 一刻でも早く助けを呼びたいのに!


 心を掻きむしられるように焦り、天を仰ぐ。


 あった!


 ここだけ天井が高く、うっすら発光する壁に沿って突き出した小さな岩が見える。


 幼獣は宙を飛べた。だから、こんな小さな足場でも道だと思うのだろう。


 崖に住まう山羊を思い浮かべて、木の葉を頭に乗せる。


 小爆発の後に、山羊に化ける。毛色が薄いのはどうしようもない。


 メェ~


 出る声が情けないのは、山羊に化けたとしても、上手く登れる自信がないから。


 でも、やらなくっちゃ!


 四、五歩後ろに下がった。軽くジャンプして脚を慣らす。


「外は危険に満ちている」

「ぽこにできるわけがない」


 お兄ちゃんたちの声が脳裏を過ぎり、また一声鳴いた。


 できなくっても、やるの!

 旦那様のために!


 無我夢中で駆け、跳躍する。

 これまでにない高さに到達して、慌てて足場に降りた。

 ぐらぐらする脚を、捨て身の想いで蹴り出す。

 次へ、次へ、いくつの足場を登ったのか分からない。


 気が付いたら、しっかりした平地に着いていた。

 後ろを振り返ると、底が見えない穴だった。

 この高さを跳躍だけで上がってきたんだ。怖い。


 背中が凍るけれど、ぼやぼやしている暇はない。


 走らなくっちゃ!


 幼獣が教えてくれた道は、平たんではなかった。

 上下に飛んでいるのもあれば、土砂崩れで道が切れているのもある。

 どれも決死の覚悟で飛び越える。


 落ちてしまうかもしれないとは考えなかった。

 私は、旦那様の願いを叶えるために走っているのだから、こんなところでへこたれるわけにはいかない。


 私だけ逃げろと言われたとき、旦那様は死ぬ覚悟で私を送り出したのだと思った。

 最後まで傍において欲しいと言いたかったけれど、言えなかった。


 私が初めて旦那様に会ったときから、ずっと旦那様は絶望の穴の中にいる。

 旦那様の心の片隅に、私は突然押しかけた。

 二度と仲間を失うわけにいかないと思っているに違いないのだから、迷惑を顧みずに押しかけた私は、旦那様を傷つけるわけにはいかない。


 旦那様を絶望から救いたくて、その願いを叶えるために逃げている。

 怪我をする怖さよりも、旦那様を絶望させることの方が怖い。



もう! 人間が通れる道じゃないじゃない!


 幼獣のいい加減さに内心文句を言いながら、角を曲がったらノームが二匹いた。


 爆風を上げて、今度はノームに化ける。


「おい! そこのお前!」


 壁に顔をつけて石を観察するフリをする私に、声がかかった。


「はい、何でしょう?」


「今は非常事態だぞ。必ず二人一組になって動くように主様に言われているのを知らんのか」


「えぇぇ⁉」


 焦りの余り出た声を、ノームは勘違いしたらしく、ため息をつかれる。


「仕方ないやつだ。休憩所まで一緒に行ってやるから、相棒を見つけてから動け」


 ノーム二匹の間に入れられて、三列で歩かされる。

 必死に辿っていた幼獣に教えてもらった脳内の地図が、さらに複雑になっていく。


 ノーム二匹が両脇から私に何やら話しかけてくるけれど、それどころではない。

 とうとう、ノームに出くわした道すらわからなくなってきた。


 このままじゃ駄目だ!


 思い切って、たぬきに戻る。

 ノーム二匹が驚いて飛び退る間を走って、元の道を辿るけれど、逆側から通ると、正しいのかどうかわからない。



 焦れば、焦るほど道がわからなくなるのに、ノームの声は背後に迫ってくる。


 えぇと、次はどっちだったっけ?


 左右の分かれ道は単純なのに、もうさっぱりわからない。


「道に迷ったときは、新鮮な空気を辿れ」


 旦那様の言葉を思い出し、空気を匂う。


こっち!


 斜面を登る度にノームの声が遠ざかっていく。

 先に、眩い光が見えた。


 暗雲たる思いの中、一筋の希望に思えたが、たどり着くと、それは人間の拳程度の小さな穴だった。


 こんな小さな穴、どうやって通るの⁉

 ここから出る方法を聞いたってのに! あの白いのめ‼


 悪態をつき、前脚で穴を掘る。

 爪がもげても、掘り続け、ようやく頭が通るほどの大きさになった。


 鼻先を出して、外の空気を嗅ぐ。


 空気が冷たいな……。どこかな?


 鼻の先を、何かがぺろりと舐めた!


 慌てて引っこ抜くと、外からたぬきが顔を入れた。


「ジョアン⁉」


「よぉー! ぽこ何してンだ?」


 ジョアンが、外から穴を広げてくれる。私も中から掻き広げる。


 外に出れば、大屋根山の裾野だった。


「酷い有様だな。怪我してるじゃねーか」


 ジョアンが、鼻で私を突いて、身体の土を取ってくれる。


「俺ぁよ。別にぽこの匂いを辿ったわけじゃ」

「ジョアン! 頼みがあるの!」


 ジョアンの言葉を遮って、食いつくようにお願いする。


「何、藪から棒に。おっさんは?」


「クエスト屋に行って、助けを呼んできて欲しいのよ」


「あぁ、任せておけ。で、お前はどうするんだよ⁉ まさか戻る気か?」


 最後まで聞き終わらない内に、また穴の中に戻った。

 今度は、自分の匂いを辿ればいい。



 旦那様、私は約束を守りました。

 でもね、ぽこは戻らないとは言ってません。


ぽこは、諦めません。

たぬきは一夫一妻制です。

私を幸せにできるのは、旦那様だけです。


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