40話 ぽこと大屋根山の主③
突然白く光る獣が宙に現れた。
「ソレちょうだイ」
ぽこの前にふぅわりと浮かんだのは、ふわふわとした白い毛皮に覆われて、どこからどこまでが頭かはっきりしない獣だった。
地面に降りると、胴体に巻いている仔牛が首につけているような鐘鈴がカロンと鳴った。
樺の若木の杖を持ち、逆手をぽこに突き出してあんずをねだる。
「これですか? あげたら、代わりに何をくれますか?」
笑顔のぽこが、掌のあんずを見せると、白いのは首を傾げた。
「代わりっテ?」
「私があなたにあんずをあげるなら、あなたも私に何かくれるってこと」
「オデ何もなイ」
「何もないなら、あげられませんよ」
ん? と、ぽこは優しく微笑み、白いのは困ったように身体を震わせる。鐘鈴が動きに合わせて鳴る。
男五人は、目の前に現れた白いのに対応しきれない。
若手四人が「こいつは何だ?」と俺を見たが、俺とて、こんな生き物を見たことはない。
ただ、樺の杖が気になった。
イエティも樺の木を捩って一つにまとめたものを杖にしている。
白いのは、あんずが欲しいのに交換するものがないらしい。ぽこはあんずの匂いを嗅いで、「あぁ、いい香り」と煽り、とうとう、白いのがぐずり出した。
この状況下で、ぽこは何を企んでいるのやら?
「働かざる者食うべからずです」
なるほど。
前にも聞いた話だが、自然界に生きてきたぽこの主義なのかもしれない。
「ここから出る方法を教えてくれたら、あげます」
四人が、小さな声で大喜びする。
「何ダ、そんなことカ」
白いのが、短い腕を振り上げて、ここから出た後を身振り手振りで教えてくれるのを、全員聞き漏らすまいとする。
全部終わったら、ぽこは約束通り、自分のあんずを白いのにやった。
毛の間にあんずが消え、白いのが躍るように宙を泳ぐ。
動きに合わせて鐘鈴が鳴る。
白いのは、小さな欠片を時間をかけてねぶっているらしい。
機嫌よく独り言を言い始めた。
「オデ、兄弟できル。ガマン多イ」
兄弟?
「兄弟ができると、我慢が多いのはわかるな」
盾役の返事に、白いのが頷く。
ここから脱出する道がわかり、僅かばかりの希望が口を軽くする。
「お兄ちゃんになるんだからって言われるよなぁ」
魔術師も共感した。
「オデ、外遊びたイ。ノームすぐ駄目言ウ」
ノームがこの白いのの世話をしてるっていうのか?
イエティと同じ樺の木の杖、白いのは、もしかして、イエティの幼獣ってわけか?
「お前、生まれていくつになる?」
「これ見る分かル」
白いのが、白樺の杖の切り口を俺に見せた。
薄い年輪をカンテラの灯りで数えると九つある。
信じられず、もう一度数えようとしたら、ひったくられた。
「あの時、イエティは繁殖期だったってことか?」
白いのに言わせれば、ノームはイエティの世話をするらしい。
世話の対象が繁殖期に入れば、ノームの数が急増するのは当たり前だ。
ノームが群れを成せば、彼らの必需品である武器とカンテラを灯す獣脂が足りなくなる。
ノームは、それを近くの街や村で補充する。
武装する魔獣を人は恐れて、ノームの討伐を行う。
「繁殖期の獣は、より狂暴になりますね」
治癒士の声は興奮のために上ずっている。
「何もかも辻妻が合うな」
「待てよ。じゃあ、世話係のノームを討伐するなんて」
「絶対やっちゃいけないやつだ」
「そんなこと、誰にもわからねぇよ!」
息の合った四人の会話が続き、何故、俺たちが大屋根山の主に見つかったのかわかった。
「でも、今ごろそんなことがわかっても……」
「待てよ。世話係ってことは、今ノームは近くにいるんじゃないのか⁉」
警戒がぐっと引きあがる。
しかし、イエティの幼獣は、あんずを食べ終えたのに、ぽこの背中にかじりついていた。
甘えた様子に閃く。
「さては、お前、はぐれたな?」
イエティの幼獣の身体が揺れた。
図星だ。はぐれて長いから腹を減らしているのだろう。
取り合えず、近くにノームはいないとわかり、盾役と暗殺者が武器から手を離した。
「オデがいるとこがオデの場所、いないノーム、駄目ノーム」
「寂しいんですね?」
ぽこの優しい声に、イエティの幼獣が黙り込んだ。
「こいつを脅して、外に出してもらおう」
魔術師の言葉に、イエティの幼獣が息を吸い込もうとするの見て、暗殺者が慌てて前に出る。
「外に出してくれたら、山ほどあんずをやるよ!」
幼獣イエティの動きが止まった。考えてから、首を振った。
「沢山いナなイ」
盾役が、魔術師と暗殺者に「黙っておけ」とくぎを刺す。
さすがに二人は口を閉ざした。
「これをあげます」
ぽこが、巾着から二枚貝を出した。
獣脂が入った貝殻は、ノームを釣るのに使ったやつと同じ物だ。
「ここから離れたところで、開けてください。すぐにお迎えがきますよ」
ぽこの掌にイエティの幼獣が近づき、次の瞬間には貝殻ごと消えていた。
鐘鈴の音が遠ざかっていく。
「道も分かったことだし、俺たちも出発しよう」
盾役の言葉に、暗殺者がよしきたと、穴から首を突き出して、外を伺った。
「すげぇ。別世界みたいだ」
四人が押し合いへし合いしながら、小さな穴から出て行く隙間から、外を見る。
先刻、俺たちが隠れながら進んだ氷柱に、垂直に新しい氷柱がついている。
どこもかしこもが氷だらけだ。
ブリザードブレスの威力に身震いする。
「ブレスに当たってたら、俺たちも氷の仲間入りだったな」
「一発で氷像だ」
軽口を叩いて士気を維持しようとする若手たちに、影が落ちた。
「逃げろ‼」
咄嗟に避けたところで、地面を打つ衝撃に身体が飛ぶ。
転んだ先にぽこが吹っ飛んできた。
「ぽこ、走れ!」
足元で見慣れた煙が立ち上り、一匹のたぬきが数歩先を走って行った。