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たぬきの嫁入り  作者: 藍色 紺
第4章 穴に入り狸を得よ
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39話 ぽこと大屋根山の主②

 穴の中は、俺たち六人が入るに十分な広さがあった。

 乳白色の岩壁に手持ちのカンテラの光が反射して、互いの様子がよく分かる。

 奥に続いているらしいが、奥の床は光っておらず暗闇だ。


 外のブリザードブレスが止み、あいつの気配がすっかり消えてしまうまで、誰一人身動きできなかった。


「あれは何だ?」


 盾役が俺に聞いて来る。


「イエティだ」


「イエティ? イエティって言えば、雪男のことだろ? いくらなんでも、ありゃでかすぎる」


 一般的に伝えられているイエティより断然大きいのは確かだ。

 俺だって、全容を見たのは、つい最近だ。

 近距離で見ても、大きすぎて部分的にしか見えない。


「あれは、大屋根山の主です」


 ぽこの言葉にしっくり来たのは、俺だけじゃなかったらしく、全員が黙った。


「俺たちは山の主を怒らせちまったってことか」


 魔術師が、腰を抜かしたように座り込んだ。

 支えらえていた治癒士がバランスを崩して、隣に座り込み、釣られて全員がカンテラを中心に円座する。


「ベテランさんよぉ」


 盾役が、珍しく苦い声色を出す。


「ベテランさんが仲間を失った理由って、あのイエティなのか?」


「そうだ」


「おかしいと思ったぜ。あんたならノームごときでやられやしないだろうからな」


 ふっと短くため息をつかれる。

 暫し沈黙が流れ、誰もが神経を休める。


 イエティを恐れ、ノームが逃げたのは幸いした。

 だが、俺たちが大屋根山の深層にいるのは知られてしまっている。

 ここにいるのがバレるのも時間の問題だろう。


 盾役と魔術師は、治癒士をここまで引っ張ってくるので精一杯だったらしく、ぐったりしている。治癒士は意識こそはっきりしているが、これも無理して歩いたのだろう、体力の消耗が激しそうだ。となれば、戦えるのは依然、俺と暗殺者だけになる。


「荷物がないから、食料もない。武器もない」


 盾役が静寂を破った。


「これでどうやって外に出るんだ?」


 頭を抱える盾役の肩を治癒士が慰めるように叩く。


「俺のせいだ。俺がやけになってノームを蹴らなければ」


 魔術師が折れた杖を床に叩きつけようとして振り上げ、できずに、振り下ろす。


「いや、最初に俺が注意を聞いていればよかった」


「治癒役の俺が足手まといになったせいだ。俺をここに置いて逃げるべきだ」


 最初はぽつぽつとした独白だったが、若手四人の反省会が始まった。

 それを聞きながら、隣に座っているぽこに身を寄せる。


「脚はどうだ?」


「問題ありません」


「そうか。見せてみろ」


 身体をさらに近づけて、ぽこの太ももを確かめるフリをしながら、ぽこの耳に口を寄せる。


「ぽこ。この後、敵が来たら、お前さん、元の姿に戻って逃げろ」


 ぽこが俺の顔をまじまじと見る。


「こっちを見るな」


 ぽこが視線を逸らし「あいたたた」と痛がってみせた。


「主が憎んでいるのは人間だ。元のぽこなら見逃してもらえる」


 大屋根山の主を人間嫌いにしたのは、昔の俺たちだ。

 若かった俺たちは、ノーム狩りと称して、実際にはイエティに挑んだ。

 噂でしか聞いたことのないイエティで、しかもあの大きさ。

 倒して功名になると息まいた俺たちは、浅はかだった。

 前回は俺だけが助かってしまった。今度こそ見逃しては貰えないだろう。


 妙に落ち着いた気分だ。

 死に損なったチャンスを再び与えられたようだと思った。

 心にかかるのは、罪のないぽこのこと。それに、未来のある若手四人のこと。

 なんとかして逃してやりたい。


 ぽこは首を振って否定する。


「情けないことに、ぽこにしか頼めんのだ。街に戻って、助けを呼んできて欲しい」


 ぽこを逃がすための嘘だが、こうでも言わなければ逃げてくれないはずだ。


「俺のために」


「旦那様のために?」


 そこだけは真実だ。

 もう俺を一人にしてくれるな。ぽこの最後を見るのは嫌だ。

 そう言いたかった。


「そうだ。俺のために、走ってくれるか?」


 ぽこの瞳が潤む。

 フードの中に手を差し込み、ふわふわの髪をくしゃくしゃにする。

 耳は出たままだ。


「怖い思いをさせちまってすまん」


「大丈夫です」


 ぽこが両手で俺の手を包んで、冷たい頬をつけた。


「道に迷ったときは、新鮮な空気を辿れ」


 多くを話せなかったが、互いの言葉の裏に何を含んでいるのか理解しあえているような気がした。

 おっさんの幻想かもしれんが、そう思いたい。



「巻き込んじまって悪かった」


 盾役が俺とぽこに頭を下げ、三人が後に続く。

 誰かを置いていくとか、誰が悪いとか、そういう話は終わり、また四人が結託したと察せられる動きだった。


 こいつらは、腕がいいだけでなく、こっちをその気にさせる気持ちよさがある。

 最後に組むのにいい相手に恵まれたようだ。


「ベテランさん、俺たちに何ができる?」


 暗殺者の言葉に頷いて、顎髭を撫でて思案する。


「そうさね。まずは何が残ってるか確認しようや」


 俺が腰元の道具入れから、ナイフ一本、丸薬六個と半分、液体の治癒薬を三本、干したあんず三切れを出して、カンテラの横に置いた。

 それぞれが続いて荷物を出してくる。

 ぽこは、いつもつけている巾着から恥ずかしそうに骨を一本出した。


「それは……いらねぇから、取っときなよ」


 治癒士がやんわり断ると、ぽこが澄ました顔で骨を巾着にしまった。


 あれは、この間食べた熊の骨なのだろうか。持ち歩くほど嬉しかったのか。


 暗殺者が俺の顔をちらっと見てきた。


 食べた骨を後生大事に持ち歩く妙な女を連れていると言いたいのだろう。

 残念ながら、ぽこはたぬきだ。


 膨らんだままの巾着を見て、家で並べた木の葉の量を思い出した。

 あの量をこの中に入れているのだから、凄いもんだ。


 そういえば、ぽこは見たことがある物なら精巧な偽物を作られる。

 武器を作れば……。

 いや、駄目だ。木の葉でできた偽物には、木の葉以上の能力はないと言っていた。

 所詮は目くらましに過ぎない。


「想像以上に何もないな」


 武器は俺の小型斧、暗殺者の短剣、ナイフは盾役が持つことになった。

 液体の治癒薬は一人一本ずつ。丸薬は説明して一人一粒ずつになった。


「ぽこは、この半分で十分ですから、私の分は旦那様に」


 皆を見る。


「ベテランさんには盾と攻撃の両方をしてもらうことになるだろう。だから、ぽこちゃんの言うのは尤もだ」


 これで俺の取り分は、二粒になった。


「これだけの物資で、どう乗り切るかだ」


 盾役が干しあんずを六等分して皆に回す。

 一人半粒ずつ口に含み、水袋から水を飲んだ。


 そういえば、水だって残りこれっぽっちだ。


 全員が同じことを考えているらしく、再び沈黙が降りる。


 ぽこが掌にあんずを乗せたまま、じっと見ている。


 そこに、突然白く光る獣が宙に現れた。


「ソレちょうだイ」


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