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たぬきの嫁入り  作者: 藍色 紺
第4章 穴に入り狸を得よ
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37話 ぽこと氷窟⑤

「上だよ」


 妙にしおらしい声を辿れば、雪に突き刺さった木の枝に、服の背がひっかかっていた。


「降りてこられるか?」


「腕をやっちまった」


 なるほど。自力で降りてこられないほどの怪我なのだろう。


 魔術師が魔術を使おうとして取り出した杖は、折れていた。


「嘘だろ、おい」


 魔術を使う者にとって、魔力を術に変換する相棒というのは大変重要であるという。

  相性があり、魔術書、長杖、短杖、カードに宝飾品と実に様々な種類がある中から、最も自分の魔力と相性がいいものを選ぶ。 常日頃から、魔力を流し込み、相棒を育ててやっと自在に使えるものだと聞いている。


 折れた杖を、何度もくっつけようとして、その度に直らない事実に、青ざめていく。


「どら」


 ベルトに通していた小型斧を取り出して、暗殺者が引っ掛かっている枝へ投げようとしたら、今度は暗殺者が叫んだ。


「待ってくれよ! 当たったらどーする?」


「当たらないから心配するな」


「ちょっと待っ」


 待ってと言わさぬ内に、小型斧を投げる。

 小型斧は宙を回転しながら、枝をへし折った。

落ちてきた暗殺者を盾役が受け止める。


 治癒士と同じように治癒薬を支えて飲ませてやると、暗殺者は、指を動かした。

 問題なく動くようになったのを見て、盾役が、空になった薬瓶を捨てた。

 目で確認できる盾役の治癒薬は残り二つだ。

 転がっていく薬瓶を暗殺者が目で追った後、項垂れる。いつものような調子は出ないらしい。


「悪ぃ。俺が縄張りに入ったばっかりに」


 盾役と魔術師が顔を合わせてから、俺を見上げた。


「それより、どうやってここから上がるかだ」


 全員でもう一度出口を見上げる。


「綱でもなければ、上がれないだろうな」


「あんな高さから落ちて、全員が生きてる方が奇跡だぜ」


 魔術師の言葉に、盾役が雪を踏む。


「雪崩で、大量の雪が先に落下していてくれたおかげだろうな」


「クッションになったってことですね」


 目が覚めたぽこが話に参加して、今度はぽこを囲んだ。

 真っ白だった顔色が、マシになっていて、胸を撫でおろす。


 ぽこが、上半身を起こしたのを見て、また脱出の話になった。


「綱なら、荷物に入れたはずだ」


「それがあれば、魔術で上に……できないな。あれがないとコントロールが悪すぎる」


 魔術師の言葉に、全員が黙る。


「綱じゃなくとも、荷物は探さないとな」


「俺は盾も長剣もない」


「ないない尽くしだな。何としても探さないと」


 それぞれが背負っていたはずのリュックを探すが、すぐには見つからない。

 薄暗い中では、視界が効かないが、カンテラもどこかに行ってしまった。


 雪山で過ごすための念入りな準備をしてきたが、それらは全てリュックの中にある。


 荷物は生命線だ。


 治癒士の状態が悪いのなら、ここから先の怪我は治療薬だけで対応していかねばならない。


「あ!」


 雪に挟まったリュックのベルトを見つけて、掘り起こすが、ベルトの端切れだ。

 一つでも見つからないかと誰しもが焦っている中、小さな希望が落胆に変わる。


「ここは?」


 治癒士が気づいたらしい。

四方に散っていたのが今度は、治癒士に集まった。

ぽこも、ゆっくりと歩いてきた。

血色もよくなり、目もしゃんとしている。これなら、動けるだろう。


「ここは、大屋根山の氷窟の深層だ」


 黙っていても仕方ないので、答える。

 治癒士が回復するまで明かせなかったのは、絶望に拍車をかけたくなかったからだ。

 言い出す前に十分時間が取れたからか、ちゃんと声に出た。


「どうしてそれがわかる?」


 盾役が訝しげに片目を細める。


「ここは、俺が仲間を失った場所でね」


 また全員が沈黙した。

 何一つ朗報はなく、状況を確かめる度に、窮地に立たされていると思い知らされるばかり。


「だから、ベテランさんはヤツらの縄張りに入るなって言ったのか」


 納得するのは、盾役と治癒士。


「畜生! なら、最初から言ってくれよ!」


 悪態をついたのは暗殺者と魔術師だ。


 逆境で人は、本性を表してしまうというが、無理からぬことだ。

 だが、この状況下で言われっぱなしでいるわけにはいかない。

 生死がかかっているのだ。誤解されたままではこちらの身が危ない。


「優秀なはずのお前たちに、俺があてがわれた時点でおかしいとは思わなかったのか?」


「それは、雪山には案内人が必要かと」


「クエスト屋が俺をあてがったのは、お前たちを同じ目に合わせたくなかったからだ」


 気まずい沈黙が流れる。

 理解して納得するのは若手の彼らの方だ。

 そう時間がかからず、盾役が小さく息を吐き、空気が緩んだ。


「荷物を探しに戻ろうぜ」


 盾役の声かけで、治癒士から皆が離れようと踵を返す。

 その瞬間、一斉にカンテラの灯りが灯った。


 いつの間にか、俺たちをぐるりと取り囲むノームたちは、興味津々にぎょろついた目で俺たちを観察している。


 上で起こった騒ぎを、こいつらはまだ知らないのか?


 距離で考えればあり得る話だ。


 群れの中から、好奇心旺盛な一匹が恐る恐る近づいてきた。

 右手に持ったフォークの先で、一番近い魔術師が手に持ったままの折れた杖の先を突こうとする。


「やめろ!」


 盾役が止めた瞬間、魔術師はノームをボールのように蹴っ飛ばした。

群れを巻き込んで、壁に激突し、地面にべしゃりと落ちる。


「こいつらのせいだ! 畜生!」


 蹴り飛ばした後、魔術師が地団駄を踏んだ。


 蹴っ飛ばされたノームと、巻き込まれたノームたちが起き上がる。

 凶悪で憎悪に満ちた目、歯をむき出しにする。


「逃げろ!」


 盾役と魔術師が治癒士を立たせて、肩に腕を回して運ぶ。


「荷物は⁉」


「命の方が大事だ!」


 若手の中で唯一自前のナイフを持った暗殺者がしんがりを務め、俺が小型斧で道を切り開く。

 ぽこはうまいことノームからカンテラを奪い、俺の後ろについた。




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