36話 ぽこと氷窟④
目を開けると、最初に見えたのは薄暗い中、握りこぶし程度の大きさの光だった。
そこから雪がパラパラと落ちてきて、ようやく状況を把握する。
大屋根山の氷窟に入り、ノームの坑道崩しにあった。
そのせいで、雪崩が起き、地表に空いた穴に落ちたのだ。
ということは、あの光は地表の出口か。
よくあんな高さから落ちて、死ななかったものだ。
‼
「ぽこ!」
勢いよく上体を起こし、辺りを見回す。
すぐ脇に倒れていたぽこを見つけて、にじり寄り、全身を確かめる。
左太ももに、折れた木の枝が刺さっている。
喉に苦いもんがこみ上げてくるのを、奥歯を噛んで耐える。
腰の道具入れから、丸薬を取り出して、歯で割り、一欠片分だけ取った。
「ぽこ、ぽこ」
震える声で呼びかけるが、ぽこの意識はない。
唇に手をかざし、呼吸の有無を確かめる。
よかった。息はある。
一欠片の丸薬を噛み、粉々に砕いてから、僅かな水と一緒に、口移しで飲ませる。
上下する喉元を見てから、ぽこの太ももに集中した。
丸薬の治療効果が効いている内に、枝を引き抜かなきゃな。
ぽこの身体を横たわらせて、大きく張った腰に身体を寄せて固定する。
枝を掴んで、大きく深呼吸した。
でかい血管を傷つけていなけりゃいいが。
治療薬で傷は治せるが、失った血は戻せない。
万一に備えて、少しでも早く回復させるために先に服用させたが、どのくらい出血するかはわからない。
枝を引き抜こうと力を込めると、ぽこが痛みに呻いた。
一気にやるぞ!
腹をくくって、太ももに食い込んだ枝を引き抜いた。
洞窟内に、ぽこの悲鳴が響く。
懸念していた大きな出血はなかった。
傷口から溢れる出血を、綺麗な布で押さえながら、治癒を見るのももどかしい。
液体の治癒薬をぶっかけたいが、丸薬の強い効き目を知っているだけに、併用は避けたい。
少しずつ傷口が治っていくのを見守り、最後に星型の傷跡が残った。
腹の底から長い息が出る。
その場で尻をついて座り込み、頭から顎を撫でおろした。
見えない身体の内側の損傷も気になるが、治療薬が効いてくれるだろう。
起こして声が聴きたい。
いつものように、俺を呼んで欲しい。
身勝手な希望を抑える。
落下と怪我のダメージは、治癒薬だけでは拭い去れないはずだ。
自然に起きるまでそっとしておき、身体が自然に癒えるのを待つべきだ。
頭ではわかっていても、身体が自然に動いてしまう。
横たわったぽこの額に額をつける。
冷たい額が死を連想させた。
ぽこがうっすら目を開けた。
優しくて温かな瞳を至近距離で見つめる。
何と声をかければいいのかわからない内に、ぽこはまた目を閉じた。
雪崩に巻き込まれる前に、確かにこの胸に抱き寄せたのに――。
自然の前に、命が零れ落ちるのは、何と容易いことか。
己の無力さに吐き気がし、これではいかんと頭を振った。
それでも、ぽこは助かった。
助かったのだから、何が何でも、ここから脱出せねばならない。
意識を切り替える。
散り散りになっていた、闘志をかき集めて、周りを見た。
「あいつらは?」
若手四人を探す。
「ここにいるゼぇ」
魔術師の声が上がり、無事を確かめると、次に雪の中から腕が飛び出した。
駆け寄って、生き埋めになった盾役を掘り起こす。
空気を求めて喘ぎ、雪の上で大の字になって寝ているが大丈夫そうだ。
次に見つかったのが治癒士、脚が妙な方向へ曲がっていて、声を出せぬほど苦しんでいる。
「治癒薬を飲ませる前に、骨を元の位置に戻すぞ」
魔術師が、治癒士が舌を噛まないように木の枝を噛ませて、腕を羽交い絞めにする。
盾役と声を掛け合って、一気に骨の位置を戻す。
苦悶の声が響き渡り、治癒に当たる俺たちも焦る。
治癒士を失うというのは、こういうことだ。意識がある内は自分自身に治癒魔術をかけることもできるが、こうなっては苦痛が伴う。
「暫く安静にさせておけ」
盾役が腰に付けていた治癒薬を飲ませ、そのまま雪の上に横たえておく。
「もう一人はどこだ?」
「ここだ」
声が妙なところから聞こえる。
「上だよ」





