35話 ぽこと氷窟③
「静かにしてろよ。奴らを十分引いてから怒らせてやりゃいい」
盾役が、腰元から長剣を抜き、治癒士が防御力を高める補助魔術を唱えて、全員にかけた。
魔術師が杖を構え、暗殺者が鋭利なナイフを光らせる。ぽこも身を守るためにスリングに石を乗せた。
最後に俺が、抜刀した。
灯りを消して、そう待たずして、暗闇にカンテラの灯りが見え始めた。
氷に反射して、数以上に氷窟内が明るくなる。
興奮した様子で騒ぐ音が、こちらへ近づいて来る。
眩しい灯りに照らされて、ノームの隊列がはっきり見えた。
左手にカンテラ、右手には武器。そして、頭には思い思いの帽子を被っている。毛糸の帽子もあれば、手袋や靴下、ナイトキャップまで、彼らは被れる物なら節操なしに被る。
そうだ。これこそがノーム。
先頭のノームが、大きく垂れ下がった鼻をひくつかせはじめる。
人相の悪いぎらついた目で、獣脂を探し、地面に落ちた貝殻を見つけたら、隊列を崩して我先に群がった。
掛け声無しに盾役が飛び出す。
そのタイミングで、炎の魔術とナイフが投げられた。
頭がいいだけでなく、彼らは腕のいい冒険者らしい。
大口を叩き、領主クエストを作ってまで請け負うだけの力がある。
だからこそ、クエスト屋が俺を寄越したってわけだ。
わざと遅れを取った俺が、ぽこの安全を確保してから、阿鼻叫喚となった戦場へ乱入した。
場所を岩場と区切っていても、怒らせたノームの群れは次から次へと湧いて出てくる。
頭に血が上ったヤツらは、狂暴だが、さほど賢くはない。
注意すべきは、膝までの背丈しかないヤツらがすばしっこいことだ。
パニックになったヤツらを、まるで入れ食いのように倒していける。
若手たちに引けを取らない程度に参加し、注意するのは、氷のエリアに踏み込ませないようにすることと、ぽこへ向かうノームを見逃さないことだ。
時間の経過と共に、打ち漏らしが増えてきた。
そろそろ潮時か?
いくら楽な戦いでも、無限に湧いて来られると分が悪くなる。
声をかけようとしたとき、それまで入り口に押し寄せる一方だったノームの群れの動きが、奥への引きに変わった。
素早くヤツらを見れば、真ん中に角兜を被ったノームがいた。
あいつが司令塔ってわけだ。
「釣られるなよ!」
盾役が氷を踏みかけて、留まり。
それを見て、魔術師も後を追うのをやめた。
治癒士は元より、後方支援にとどまっている。
あいつは⁉
ノームのカンテラの灯りに照らされて、暗殺者の影が天井へ映った。
「そこへ入るな‼」
大きく跳躍した暗殺者は、角兜のノームの背後をとった。
首にナイフの刃が当てられたその時、角兜のノームが何か叫んだ。
暗殺者が勝ち誇ったようにノームから角兜を首ごと奪い、俺たちへ投げて寄越す。
あんなにいたノームの群れは、もう影も形も残っていない。
「馬鹿野郎!」
「平ちゃらだぜ」
「出ろ! 早くここから出るんだ!」
俺の怒鳴り声に、ぽこが慌てて外に走り出し、俺がその後を追う。
盾役の声に続いて、背後から足音が聞こえてくるから、若手たちも追いかけてきているのだろう。
すぐそこのはずの出口までの距離が長く感じる。
外気を感じ、ようやく後ろを振り返った。
若手たちの背後で、氷窟が崩れ始めていた。
「崩れるぞ!」
必死に走り出てくる若手たちが、氷窟から出てすぐの崖に落ちないように、受け止める。
最後まで中にいた暗殺者の手前に岩が崩れ落ちてくる。
「跳べぇ!」
盾役の叫び声と、瓦解する氷窟の音が重なる。
それでも、暗殺者はこちらへ向かって跳んだ。
小さな身体を崖すれすれで受け止める。
六人で、氷窟出口すぐそこの岩肌に身体をつけて、地響きを耐える。
「ノームの坑道崩しってわけか」
「そうだ。ヤツらは縄張りを大事にし、人間が感知することを嫌う」
「知られるくらいなら、壊してしまうのな」
若手たちは皆、唇が震え、上手く喋ることができない。それでも、いつもの調子で口笛を吹こうとして、空吹きした。
「あんなに倒したのに、証拠一つ持っちゃいねぇな……」
魔術師の言葉に、治癒士が悪態をついた。
腹に響く音がして、目の前を雪が落ちてくる。
岩鳴り山ら辺で、こんな音がすりゃ、これは!
「岩肌にへばりつけ‼」
咄嗟にそれだけ叫んで、ぽこを手繰り寄せた。
俺の腹側に入れ込んで、上から覆うようにかぶさる。
すぐに雪崩が俺達を襲った。
大屋根山の内部にある氷窟の一部が崩れた衝撃で、上部から雪崩が起き、最近降り積もった新雪が、岩を巻き込んで落ちて来る。
岩肌にくっつき、壁と一体化して、雪崩から身を守る。
若手たちのいる場所が、ここと同じように窪んでいればいいのだが。
衝撃が収まって、目を開けたら、崖下から舞い上がる雪で辺りは真っ白だった。
「無事か⁉」
鈍い声が四つ返ってきた。
「ぽこも大丈夫です」
俺の腹にしがみついたままのぽこからも、弱い返事があり、ほっとする。
「うひょぇ~」
崖下を覗き込んだ暗殺者の声に、誰もが視線の先を辿る。
ぽっかりと黒い穴が開いている。
「あんなところに、地下があるのか……」
「落ちてった岩が地面にぶつかって、穴が開いたってことか」
「おっかねぇ」
空元気を出して、若手たちが渇いた笑い声をあげた。
恐怖がある一定に達すると、人ってのは笑えるものだ。
「足元にひびが‼」
ぽこの叫び声に、足元を確かめた瞬間、俺たちのいた山道が大きく崩れた。
雪と一緒に、第二波の雪崩となって、崖下の穴に吸い込まれるように落下した。





