表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たぬきの嫁入り  作者: 藍色 紺
第4章 穴に入り狸を得よ
34/44

34話 ぽこと氷窟②

 学者と岩鳴り山に登ったのは、つい数日前。

素人でも登れたのは、あれがギリギリ最後だったのだろう。


同じルートで岩鳴り山を登るが、雪をかいて進むのに時間がかかる。

装備はしっかり整えてきている。雪に脚が埋もれないようにするための輪を防水ブーツにつけ、両手には杖、防寒具もぬかりはない。

一つずつは大した重さではないが、こう集まればそれなりの重さになり、着こんでいる上に雪中歩くというのは、体力を消耗させる。


「さて、再出発だ」


 こまめに休憩を挟むことを、最初は文句を言っていた若手たちだったが、もう文句も出ない。

 再出発することに文句が出ないあたりが、野心家の彼ららしい。


 最後尾を務めるぽこの顔色をチェックするが、問題ないようで安心する。


 屈強な男でも口数が減る状況だが、ついこの間まで山で暮らしていたから、ある程度慣れているのかもしれない。



「さて、ここからが大屋根山だ」


雪ヶ岳連峰は、その名の通り、いくつかの山が連なってできている。


「えー! 今までのは?」


「大屋根山の隣の岩鳴り山だな」


 大屋根山は迷宮のある山なのだから、それなりに山深い。素人がほいほい入れる場所ではない。


 ちょうどいいタイミングでぽこが隣に来たから、二枚貝の入れ物を手渡した。


「必要なときに使うといい」


 ぽこが不思議そうに俺を見上げたが、こっちは次の準備に忙しい。

 ここからが山登りの正念場だ。


 背中のリュックにつけていた小さな瓢箪(ひょうたん)を取り出し、中からローズマリーの小さな枝を取り出した。


 ローズマリーの枝をを使って、道に白ワインの雫を飛ばす。

 最初は真ん中、次に左、最後に右だ。

 最後に自分に向かって同じようにした。


「それ何してるんっスか?」


「いや何、古い因習でね。俺の爺さんが山に入るときにしてたのさ。山を汚さぬように、己の身を清めるのさ」


 追いついた若手四人とぽこが、ローズマリーの入った瓢箪をしげしげと見る。


「狩りに行くのに?」


「だからこそ、だ」


 山の生き物たちも、互いに食うと食われるの関係にある。だから、人間が狩りをするのも自然の一部と言える。

 だから、俺は必要以上に殺さないことを心掛けている。

 仕事で請け負う討伐だけは、せざるを得ないが、加減が難しい。


「なるほど、俺にもしてくれ」

「ずっりぃ、俺も!」


 てっきり俺の仲間や他の新人たちのように、気に留めないとか馬鹿にするのだと思っていたのに、こいつらははしゃぎながらも、真剣な面持ちで横一列に並ぶ。


 盾役、暗殺者、魔術師、治癒士、ぽこの順でお清めをしてから、大屋根山に踏み込んだ。


 左側が岩肌、右に崖という状況で後ろを振り返る。


「いいか? ここを登っていくわけだが――。まぁ、見てろ」


 人幅よりやや右側の地面を、杖で突くと、深く刺さった後がひび割れし、周りの雪を道づれにして崖へ落ちて行った。


「とまぁ、こんな感じで、どこまで足場があるのか見た目だけじゃわからん状態だ。注意しろよ」


「ベテランさんが踏んだ跡を踏むぜ」


 治癒士の言葉に、全員が頷く。


 疲れている上に、神経を使いながら登っていく。

 集中力を欠いて判断を誤れば、一気に崖下行き。


「ぽこちゃんは、どんな男が好み?」


 魔術師が突然話始めた内容が、本当にろくでもない。

 途切れかけた集中力が、馬鹿過ぎる話で休まる。


「は⁉ へっ⁉」


 言われた方も驚いて、返事ができない。

 くすりと誰かが笑った。


「俺なんかどうよ?」


 確か魔術師の男は、四人の中で一番背が高かったはずだ。他の印象はぼんやりとしか思い出せない。仲間内は名前で呼び合っているが、そもそも俺は名前すら覚える気がない。

 どうでもいい話題と判断して、目の前の道に集中する。


「抜け駆けはズルいぞ。お前より俺の方がいいはずだ」


 治癒士が会話に加わり、その後は、荒い呼吸の合間を縫うように言葉が交わされていく。

 ぽこは、冗談だと判断したのか、最初以外は特に返事しない。


「ベテランさんよぅ」


「なんだ?」


 盾役に喋りかけられて、集中している世界からこちらへ意識が戻る。


「よくこんな道に、自分の女を連れて来る気になるねぇ」


 呆れたような声に、冗談ではないのだろうと察した。

 否定する労力が惜しくて、諦める。


「安全ではないが、死ぬことはないだろうからな」


 タカをくくれるのは、ぽこがたぬきだからだ。


 大きく開いた横穴に身体を滑り込ませて、中を伺い、顔だけ出す。


「まぁ、それもお前たち次第だがね」


 いよいよ迷宮の入り口に着いたとわかり、五人がなだれ込むように後に続いて入ってきた。


 持ってきたカンテラに火を灯すと、奥に乳白色の岩肌が見えた。


「ここが大屋根山の氷窟⁉」


 声が洞窟内に響いていき、治癒士が口を押えた。

 五人の頬に赤味が差し、目が輝く。

 くだらない冗談を言っている時とは違って、活き活きしている。


「こりゃ、奥にだいぶ広いぜ」


「そりゃそうだ。なんつったって迷宮だぞ⁉」


 くつくつと声を押さえて笑うのが収まってから、声をかける。


「いいか、ここは岩場だが、奥に一段下がった場所がある。そこからは氷になってる」


 今度は声を出さずに頷いた。


「氷のとこからが、彼らの縄張りになる。入るな。そして、不要に傷つけるな」


「そりゃ無理っしょ」

「ノーム討伐に来てるンだし?」


 暗殺者と魔術師の返事に、腕を組んで見下ろす。


「守れないなら、ノームを釣る方法は教えない」


「何言ってやがる。ここまで来たンだから、釣るってのがわからなくても、やったるぜ」


 腰元のナイフへ手を伸ばすと、四人の視線が追いかけてきた。


「まぁまぁ。氷んとこに入らなくても十分狩れるんだろ⁉」


「そういうことだ」


「守りますって!」


 口々に誓うのを聞いて、懐から二枚貝の貝殻を出す。

先刻、ぽこにやったやつと同じもんだ。貝殻の中には、獣脂が詰めてある。


 獣脂は、人肌で温まり、いい具合にとろけている。

 それを、地面が氷と岩の境になっているところへ置き、カンテラの灯りを消す。


「静かにしてろよ。奴らを十分引いてから怒らせてやりゃいい」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読みいただきありがとうございます

おいしい食べ物を通して、人と人の反応が生まれる瞬間――
そんな場面を書くのが好きです。
あなたの楽しみになるよう、更新していきます!


jq7qlwr6lv5uhtie2rbp8uho30kr_zjl_2bc_1jk_5lz4.jpg
『たぬきの嫁入り2』へ



〇 更新情報はX(旧Twitter)にて

▶https://x.com/aiiro_kon_



〇 ご感想・一言メッセージをどうぞ

→ マシュマロ(匿名)
https://marshmallow-qa.com/ck8tstp673ef0e6



〇 新しい話の更新をお届け

こちら ↓ で、『お気に入りユーザ登録』お願いします。
(非公開設定でも大丈夫です)
▶▷▶ 藍色 紺のマイページ ◀◁◀




いいねや反応を伝えてもらえると、
新しい物語の活力になります☺️


本日もお読みいただき、ありがとうございました。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ