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たぬきの嫁入り  作者: 藍色 紺
序章 手を差し伸べるのなら最後まで
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3話 ぽこと初仕事①

 二杯目のきのこ汁を時間をかけて堪能し、椀を食卓に置く。


「美味かった。ありがとよ」


 おかげで身体も温まり、残っていた酒も消えた。

 そもそも朝から温かい食事を食べたのは、何年ぶりだろうか。

 前回が思い出せない。

 何とも満ち足りた気分だ。


 食事を終えたたぬき娘は、嬉しそうに耳を震わせた。この娘の耳は存外感情を拾いやすいらしい。


「これで気が済んだだろう? 悪いもんに見つかる前に帰りな」


 向かい側に座るたぬき娘の頭を撫でてやる。頭まで小さいのか、肉厚の丸い耳を手で潰してしまう。

 たぬき娘は即座に耳を両手で隠した。顔は真っ赤で、目には涙が薄く溜まっている。


「もうぽこはお嫁に行けません!」


 衝撃的な言葉に、こちらまでうろたえてしまう。


 何を言っているのやら。嫁入りしたいと言ったその口で、嫁に行けないとはどういうことか。


 俺に向けた背が小さく震えていて、ピンと来る。

 獣人にとって耳や尻尾は、人間の胸や尻みたいなもんだと酒の席で聞いたことがある。

 獣人ではなく、純粋な獣であるたぬきであっても、同じのようだ。


 厄介なことになっちまったぞ。


 こんなとき、どうすればいいのか皆目見当がつかない。

 顎鬚を撫でて、思案してしまう。


「責任取ってくださいね」


 俺を見上げながら、か細い声でそんなことを言われ、ますます言葉に詰まる。


 頬を指で掻きながら、言葉をひねり出す。


「仕事行ってくるわ」


 三十六計逃げるに如かず。

 たぬき娘を部屋に残したまま、納屋で装備を整える。今日の武装は帯剣だけでいいはずだ。


 正直な話、人化したたぬき娘はかわいい。年の差があるとか、相手がたぬきだとかいう壁を忘れさせる破壊力がある。俺があと十歳も若ければほだされていたやもしれぬ。


 だが、俺はいい年のおっさんだ。ましてや相手はたぬき。断じて流されるわけにはいかぬ。


 鍵はかけないから、気が済んだら出て行ってくれるだろう。


 さりとて、こちらの思惑とは別に、たぬき娘は仕事へ向かう俺の後をついてきた。



  ❄



 クエスト屋では、昨日とは違う新人パーティーが俺を待っていた。


「こちらが先程お話したベテランさんです」


 新人三人が俺を品定めするような目で見る。慣れたもので、取り繕いもせず、クエスト屋受付に、挨拶の代わりに右手を軽く上げた。


「ベテランさん、おはようございます。今日のお仕事はスライム退治です」


 新人三人と一緒に、クエスト屋が広げた周辺の地図を覗き込む。


「北の洞窟はここです。真冬になる前の恒例討伐ですので、何か困ったらベテランさんを頼ってくださいね」


 新人三人の内、前衛の男が俺を鬱陶しそうに一瞥し、攻撃役の女が「すごーい」と気持ちのこもっていない声を上げる。残る治癒士の女が俺の隣を見ている。


「ところで、そちらのお若い方は?」


 クエスト屋も俺の隣を見た。俺の腕にしがみついていたたぬき娘が一歩前に出る。


「私は妻です!」


 堂々とした言いように対し、俺は額に手を当てて頭痛を隠せない。


「え……。ベテランさん、ご結婚されたのですか?」


「あ、いいや。そうではない」


 クエスト屋の問いかけに、うまく返事ができない。


「へぇ、女連れで引率ってわけ? もてるぅ」


 攻撃役の女が、鼻で笑ったのを見て、たぬき娘が言葉を重ねる。


「私は荷物持ちなのです」


 妻という誤情報は訂正されぬまま、新しい情報が上書きされていく。


「荷物持ち……ですか? 失礼ですが、その華奢な身体で荷物持ちが勤まるようには拝見出来かねます」


 クエスト屋の受付を、頼もしいと感じたことは、今以上にないだろう。


「私は!」


 たぬき娘が、ずっと斜め掛けにしている巾着から、勢いよく大きな布を取り出した。

 広げてみせた布は、背丈より長く、正方形だ。


「この布に包めるだけの荷物が持てます!」


「それは力持ちですね。冒険者登録証はお持ちですか?」


 納得したように見せかけて、クエスト屋受付の次の一手が出される。

 穏やかな声色、澱みのない話しっぷりに騙されて、面倒くさい仕事を請け負ってしまう冒険者もいるほどだ。


 クエストに一枚噛むためには、冒険者登録証が必要だ。

たぬき娘が付いて来るのを許したのは、ここで追い払える目論見があったから。


「冒険者登録証?」


「はい。このような」


 受付が見本を見せると、たぬき娘はまた巾着に手を入れた。

 巾着が急激に膨らみ、煙と共にたぬき娘の手が引き出される。


 たぬき娘は、受付に冒険者登録証を見せた。


 あれは木の葉の偽物に違いない。


 魔獣が化けるっていうのは、いくつか種類があるらしい。

 催眠術のように相手の認識を狂わせて化けるもの。

 自らの姿に幻術や薬品を用いて、幻影で上書きするもの。

 己の姿形そのものを一時的に作り替えて別の形にしたものが有名なところだ。

 たぬき娘の化け術がどれに相当するかはわからないが、いずれにせよ、獣が人間を化かすってのは、よからぬことに違いない。


「確かに拝見しました。今回のクエストに荷物持ちとして参加可能です。リーダーさん、ぽこさんを雇われますか?」


 偽造登録証は見破られなかった。そればかりか、たぬき娘がパーティーに加わる話になっちまっている。

 前衛の男が、たぬき娘を見て鼻の下を伸ばし、治癒士の女が肘で突いた。


「荷物持ちって?」


「自分達だけで運べない荷物を代わりに運んでもらう人のことですよ」


 立て板に水を流すような受付の言葉が続く。


「普通、スライム退治にはついてきてくれませんが、いてくれたら、儲けが増えますよ」


「なら、雇うよ」


 クエスト屋はたぬき娘にも同行を確認する。どうやら、本気で付いて来るらしい。

 ここに来る道すがら、たぬき娘は「自分の身は自分で守れる」と言っていた。


「どんな形態で雇われますか?」


「形態?」


 新人三人とたぬき娘が声を揃える。


「個人契約の場合は、報酬は依頼人が払います。この場合は細かく条件指定ができます。パーティー契約の場合は、クエスト報酬とスライムの売価を頭割りですね」


「ちっ! 案内人を雇った上に、荷物持ちかよ」


「初心者の内は仕方ありませんよ。早く一人前になって、自分たちだけで仕事ができるようになりましょう!」


 クエスト屋は、俺の顔をちらっと見て申し訳なさそうな顔をしたが、格段何も感じていない。

 案内人はいた方が楽に仕事ができるが、失敗して初めて一人前とも言える。


 結局、たぬき娘はパーティーとして契約を結んだ。


「じゃ、出発しよう」


 かくして、当初の目論見は外れて、どういうわけだかたぬき娘を連れてスライム退治に出ることになってしまった。


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