表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たぬきの嫁入り  作者: 藍色 紺
第3章 近づいて離れて
29/44

29話 ぽこの狸寝入り②

「おっさんなんか、まだノエルってやつが好きなんだろ?」


 いじけたような声だが、聞き捨てならない。


「どこでその名を?」


「墓参り、ぽこと俺で後を付けたのさ。それに、これも見つけた」


 ジョアンが、階段梯子近くの腰壁から、小さい瓶を取った。

 二階が気になるのか、また見上げる。


 手渡された瓶は、埃と油まみれの古い香水瓶だった。


「なるほど、これか」


 親指程度の大きさのくせに、一丁前に硝子細工が入ってやがるから、目をひんむく程高かった。

 ぽこが突然情緒不安定になったのは、これを見つけたからか?


「売れば、そこそこの金になると思うが、いるか?」


 ジョアンに返すと、目が血走った。


「なぜ、お前さんが怒るのかね」


「俺は! 俺は、ぽこを諦めなきゃならないなら、おっさんにぽこを幸せにしてやって欲しい! 他の女に気があるのなら、ぽこを返してくれよ!」


 肩を掴まれて揺さぶられる。その腕を握り返して、正面から顔を合わせる。


「それのどこにぽこの意思があるっていうんだ? えぇ?」


 ジョアンは首を激しく振った。


 俺は、お前さんが聞きたい言葉を言えない。

 だが、それじゃ、納得は――、しないだろうな。


 息を吸って、止める。

 ジョアンの腕を握った掌に不思議と力がこもる。


「誰かのことで、心かき乱される感覚が新鮮でね。若いころより、より強く感じるくらいだ」


 握力により血流が止まり、ジョアンの腕の血管が浮き出た。

 己の心の奥底にある激しい情動に気づいて、手の力を緩める。


「少なくとも、お前さんが来てから、ぽこはよく泣いてるぞ。あまりいじめてくれるな」


 自分の感情に素直なジョアンと顔を合わせられず、背を向けて、用もないのに鍋をまた掻きまわした。



 沈黙を埋める薪が爆ぜる音しかしない中、階段梯子が軋む音がした。


 ぽこだった。


「いつの間にか、寝ちゃってました」


 目が潤んでいるが、頬が赤い。


「あ! ご飯作らないと!」


 ジョアンの前を走り抜け、暖炉の鍋の中を見た。


「わぁ! 美味しそうです! これ、旦那様が?」


「ぽこの料理が旨いから、いつも甘えちまってるからな」


 大したモンでもないのに、大仰に褒められれば、こっちの顔まで赤くならぁ。



 俺とぽこのやり取りを見ているジョアンを、真っ直ぐ見据える。


 俺を焚きつけたのは、お前さんだぞ。


 心の声だが、ジョアンの切れ長の目が広がった。


「起こしちまって悪かったな」


 スープ椀を用意するぽこと鍋の間に身体を割り込ませて、動きを止めさせた


「大丈夫です。今起きたところで……」

「香水瓶のせいで、いらぬ誤解を招いたようだ。申し訳なかった」


 最後まで嘘を言わせるつもりはない。


「捨てなくてもへっちゃらです」


 やはり、途中で起きていたようだな。


「俺にとって、かつての仲間ってのは、消えない染みみたいなもんだ。そのくせ、意識しないと、その染みがあいつらのことか自分のことなのかすら、判断できねぇ」


 ぽこのまん丸な瞳がみるみるうちに潤み、堪えきれなくなった涙が溢れる。


 ぽこを泣かしてるのは俺の方なのかね。


「俺の心の中に、誰かいるかって聞いたな? あいつらを、俺は忘れられねぇ」


「――さい。ごめんなさい」


「何故ぽこが謝る?」


 親指の腹で、ぽこの目の端を拭いてやる。

 今日は、血はつかなかった。


 ぽこには笑っていて欲しい。


 自然体を受け入れていると言いながら、ぽこに笑顔を求めるなんて、やはり俺も身勝手な男だ。


「旦那様は時間が欲しいって言ってくれました。なのに、私は一人でやきもきして、旦那様の大事な人にこんな気持ちを抱くなんて、申し訳なくって……。私は醜いなぁって」


 より一層涙が出てくる。

 こんなに我慢させてると分かれば、ジョアンにせっつかれるのも、仕方ないとさえ思える。


「お前さんは生きてるからな」


 いつものように頭を撫で、身を屈めて、見上げるぽこの額に額をくっつける。

 泣いているぽこの額は、汗ばんでいた。それすら生きている証のように思えて、心を締め付ける。

 目の前の黒い目が澄んでいて、吸い込まれそうだ。


「今、俺と一緒にいるのはぽこだろ?」


髪をくしゃくしゃにして、急いで視線を離した。


 純粋なモンを汚せるほど、俺は汚れちゃいない。


 ぽこから奪ったお椀にスープを注ぐ。



「けっ!」


 ジョアンが心底嫌そうに音を立てて椅子に座った。


「やってられるかよ! 飯食ったら、もう里に帰る!」


「本当?」


 ぽこの尻尾が生えた。


「なんで喜ぶんだよ! 寂しくなるとか言えよ!」


「せいせいするって感じ!」


 ジョアンが笑った。


「里の皆には、お前が男と幸せにやってるって報告するけど、相手が人間だなんて俺は言えないからな。認めて欲しけりゃ、自分で説明しろよな!」


 ジョアンにスープ椀を渡すと、三人分揃ってないのに、かき込んだ。


「言っとくけど、俺はまだ諦めてないからな」


 肩をすくめてぽこが俺の顔を見た。

 スープ椀をぽこに手渡す。


「熱いから気をつけろよ。猫舌だろ」


 ぽこの頭から、耳が生えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読みいただきありがとうございます

おいしい食べ物を通して、人と人の反応が生まれる瞬間――
そんな場面を書くのが好きです。
あなたの楽しみになるよう、更新していきます!


jq7qlwr6lv5uhtie2rbp8uho30kr_zjl_2bc_1jk_5lz4.jpg
『たぬきの嫁入り2』へ



〇 更新情報はX(旧Twitter)にて

▶https://x.com/aiiro_kon_



〇 ご感想・一言メッセージをどうぞ

→ マシュマロ(匿名)
https://marshmallow-qa.com/ck8tstp673ef0e6



〇 新しい話の更新をお届け

こちら ↓ で、『お気に入りユーザ登録』お願いします。
(非公開設定でも大丈夫です)
▶▷▶ 藍色 紺のマイページ ◀◁◀




いいねや反応を伝えてもらえると、
新しい物語の活力になります☺️


本日もお読みいただき、ありがとうございました。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ