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たぬきの嫁入り  作者: 藍色 紺
第3章 近づいて離れて
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28話 ぽこの狸寝入り①

 日のある内に、家の近くの川で水浴びをして、湯を張った桶に浸かる。

 仕事を終えた後のひとっ風呂は最高だ。

 身体に染みる温もりに歯の隙間から呻き声が漏れる。


「いひー! 冷てっ!」


 相変わらず騒がしいやつだ。


 川で水浴びをするジョアンの声に苦笑いしながら、空中に上がる火の粉を眺めると、知らぬ間に長いため息が出た。


 あぁ、疲れた。



 グリズリーを倒した後、結局、学者は朝までぐっすり寝た。

 そして、翌朝から、何事もなかったかのように俺たちをこきつかって生態調査を再開し、終わらせた。


 ぽこはグリズリーを風呂敷リュックで背負って山を下りた。

 来るときに持っていた大量の荷は殆どが木の葉になったとはいえ、何度目の当たりにしても、信じられぬ力持ちぶりだ。


 クエスト屋で報酬をもらい、次回からの生態調査も俺とぽこに任せたいとお墨付きを頂いた。

 その上、グリズリーの買取金額は、俺とぽこで山分けだ。


「これはいただけません! 倒したのは旦那様ですから」


 ぽこはそう言って辞退しようとした。


「俺一人なら、グリズリーを丸ごと運ぶことはできていない。これは荷運び人としての正当な対価だ」


 最終的に、解体までする俺が三、運んだぽこが二枚の金貨を取り分にした。


「よかった、これで冬備えができます」


 余程借金を気にしていたのだろうと思うと、初々しさが可愛い。



 桶から湯をすくって、昼間の出来事を思い出して緩む顔を洗う。


「冷たっ!」


 背中に浴びせられた冷水に驚き、振り向くと、川から上がったジョアンが腹を抱えて笑っている。

 俺に川の水をかけたらしい。


「本当にお前はっ!」


 湯桶から勢いよく出て、逃げるジョアンを追いかける。

 捕まえて、嫌がって手足をばたつかせて暴れるのを無理やり抱き上げる。


「裸のおっさんに抱かれても! どうせならぽこがいい!」


 腕を振り子のようにしてジョアンを川に投げ入れようとしたら、大声で拒絶された。


「ちょっと待った! それはやばい!」


 遠慮なく投げ入れ、叫ぶジョアンをほおって、着替え始める。

 下履きに片足を突っ込んだとき、冷たい身体に抱き上げられた。


「湯上りに川はまずいだろう⁉」


 ジョアンは止まる気配がなく、ついには取っ組み合いが始まる。重さによろめいていたジョアンが道ずれとばかりに、俺ごと川に転落した。


 川辺で、大騒ぎしながらもう一度湯で温まり、騒がしいジョアンをあしらいながら、やっと家に着いた。

 扉を開けると、ぽこが暖炉の前の椅子に座っていた。


 いつもなら、どこにいても反応があるのに、今日はない。

 静かにしろとジョアンに身振りで伝え、近寄れば、ぽこの身体が呼吸に合わせてゆったり前後に揺れていた。


 ジョアンの前で裸にするわけにいかず、ぽこだけ室内で湯あみさせたのだが、俺たちを待っている間に寝てしまったらしい。手に玉ねぎを持っているから、夕食の支度をするつもりだったのだろう。


 起こさぬように注意して抱え上げ、二階のベッドに寝かせ、キルトを被せる。

寝顔を見てから、一階へ降りた。


「色々あったから疲れてるんだろうよ」


 ジョアンが気のない返事をして、二階を見上げた。


 ぽこが握っていた玉ねぎの皮を剥き、塩漬け豚、出る前に買っておいたパンを適当な大きさに切る。

 大きな鍋に全部入れて暖炉の火にかける。

 豚肉の脂で玉ねぎが透明に変わり始めたら、水とレンズ豆を入れた。


「おっさん、料理もできるのか」


「面倒だがなぁ」


 顎鬚を撫でながら、味の調和を考える。

 その辺に吊るして乾燥させたハーブ類をむしって、手で揉み砕いて入れる。

 チーズの塊を、削っていると、見学していたジョアンが交替を申し出てくれた。


「おっさんはさぁ」


「うん?」


 鍋を掻きまわしながら、背後のジョアンに返事する。


「料理もできて、グリズリーより強くて、面倒見も良くてよぉ。それで、ぽこに好かれてさ」


 ジョアンが鼻を鳴らした。


「あんたにぽこの何がわかる? あいつの家のこと、兄弟のこと、背負ってることを理解してるのか?」


「何も知らんな」


「俺は小さいときから、あいつを見てきた。ぽこのこと、たぬきだからって、本気にしてないだろう? 本気なら気になるもんだよな?」


「さぁてね」


 ジョアンから削ったチーズを受け取って、スープの中に入れる。

 チーズが溶け広がりはじめ、木杓子にまとわりつくのを観察する。


 相手の全てを知りたいなんて、そんな感情は失ってしまった。

 全てを知り、過去も未来も全てが欲しいってのは、若者の特権だろう。


「俺が失ったモンをお前さんは、まだ持ってるだろう。お前さんが褒めてくれるのは、搾りかすみたいなもんさ。誰でも、そればっかりやってりゃ、それなりにはなる」


 木杓子ですくったスープを味見して、暖炉の脇に鍋を避けた。

 これで、ぽこが起きたらいつでも食べられる。


「どうして、俺じゃなくて、おっさんなんだよ!」


 大声を出したジョアンが、二階に目をやって、声を小さくした。


「おっさんなんか、まだノエルってやつが好きなんだろ?」


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