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たぬきの嫁入り  作者: 藍色 紺
第3章 近づいて離れて
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27話 ぽこと岩鳴り山⑤

 グリズリーがぽこに狙いをつける。


 こいつ、雌の味を知ってやがる。


 万一、獣が人の味を知ってしまったら、被害が増える前に殺らねばならない。

 ヤツらは、襲えば美味いもんにありつけると学習する。それだけでなく、より美味い女子供だけを狙うようになる。


 狙いを俺に向けないと。


 グリズリーから視線を離さず、腰につけた道具入れからお目当てのもんを取り出す。

 口に含む僅かな隙をついてジョアンがグリズリーの前に立ちはだかった。


「おい、おっさん! 逃げろ! 俺とぽこなら逃げられる!」


 煙を上げ、ジョアンはグリズリーに化けた。

 同じ獣なら、対抗できるとふんだのだろう。


 グリズリーは、偽グリズリーを見て、身体の大きさを示すために後ろ足で立ち上がった。

 俺よりやや背の高いグリズリーだが、腕はより長い。そして、横幅はもっとある。

 ジョアンも同じように立ち上がるが、迫力がまるで違う。

 凶暴な壁が、前脚でジョアンを引っ掻ける。


 大きな煙が立ち、たぬき姿になったジョアンが宙を飛んだ。


「あっぶね!」


 空中で回転し、今度は人型で着地する。


 木の葉でうまく力を逃がしたのか。なかなかやる。

 ――――、だが。


 グリズリーは、何度も姿を変化させるジョアンから、視線をぽこに戻した。

 ジョアンは邪魔者ではなくなったということだ。


「カマラ先生! 立ってください!」


 悲鳴にも似たぽこの声に、学者は返事もできない。気を失ったらしい。

 女の声にグリズリーが興奮したように息を荒げ、涎が飛ぶ。


「お前の相手は俺だ」


 獲物との間に割り込んだ俺に、グリズリーが邪魔をするなと威嚇する。

 その隙に、背後で固まっていたぽこの背をジョアンへ押した。


 あいつの狙いはぽこだ。

 気を失っている学者を相手にするのは最後だろう。


 不思議と頭の中は冴えている。

 冬の冷たい空気が、肺を満たす。


 体重を右脚にかけ、左にずらす。

 次には、グリズリーの胸元に入った。

 首筋を狙って何度も鉈をふるう。


 手ごたえの瞬間、衝撃と共に目の前が真っ白になった。

 反射的に、奥歯に含んだ治癒の効能がある丸薬を噛む。


 身体の位置を戻す力で、そのまま巨体にもう一撃食らわせた。


 グリズリーは、大きく後退して雄叫びを上げた。

 ヤツの中にあるのは、獲物を遮られた苛立ち、反撃を食らった怒り、倒れるはずの俺が攻撃してくることへの恐怖だろう。


 鉈を振って、ヤツの血を払うと、警戒したように、また、二、三歩大きく後退した。


相手は筋肉の塊みたいなもんだ。

 俊敏に動き、打ちおろされる前脚の一撃が当たれば、こっちの筋肉が剝がれちまう。


 奥歯の丸薬が消えた。


 まずいな。予想より消費が激しい。


咄嗟に、爆竹に着火する。

離れた位置でこちらを伺っているグリズリーへ投げつけた。

破裂音を嫌がって、グリズリーが巨体を揺らしながら姿を消した。

その僅かな間に新しいのを口に含む。


「あいつ逃げたぜ!」

「未だだ! すぐに帰ってくる」


 液体の治癒薬を取り出して、顔にぶっかける。

 治りきってなかった裂傷が、再生されていくのを、ぽことジョアンが顔をしかめて見ている。


「今の内に逃げようぜ」

「ここで仕留めにゃならん」


「なんでさ⁉」

「女子供の味を知ってる手負いのグリズリー? はんっ 生かしてはおけねえだろ?」


 短く息を吐いて、滾る闘志を吐き出す。


「あんなの相手したら死んでしまいます」


 ぽこの声は抑えられていた。自分の声がグリズリーをより興奮させると理解している。


「ただの熊だ。魔獣じゃあない」


 一般人にとって、熊は脅威だが、冒険者にとっては手ごわい獣の一種だ。

 何しろ、冒険者には魔術師や治癒士がいる。

 飛び道具や魔術で遠距離攻撃ができ、相手から受ける傷は治癒魔術で治せる。

 判断さえ間違わなければ、仕留められる。


 だが、今の俺は一人。

 丸薬でどこまでやれるかが勝負の分かれ道となる。


 油断なく周囲に視線を向ける。

 先刻、女を助けた時とは比べ物にならないほど、五感を研ぎ澄ませる。


 ヤツは、必ず帰ってくる。

 俺を仕留めて、ぽこを喰うために。


 やけに静かだ。

 川のせせらぎしか聞こえない。

 川?


 異変に気付いたのと、グリズリーの怒号が同時だった。

 背後の川から、グリズリーが全力で突進し、俺を跳ね飛ばす。

 受け身を取った直後、目の前にグリズリーの牙が迫った!


 喉元に噛みつこうとするのを躱すが、肩に牙が入った。

 激しく左右に首を振られ、俺の身体が宙に浮いては、地面に打ち付けられる。

 肩の骨が、軋む音が聞こえる。


 ひっくり返され、背中を噛まれ、前脚で巨体の体重を乗せられる。

 肺の空気が押し出され、吸うこともできない。

 すぐ頭の上でうるさい位グリズリーの息遣いが聞こえる。

 顔の脇に、血が落ちて来る。

 俺も重症だが、ヤツも傷が痛むらしい。

 やり返された痛みによって最高潮だった怒りが、出血により一時緩んだ。


 チカチカ光る視界。

 身体に乗せられていた前脚が外され、ようやく息ができるようになった。

息を吸う僅かな合間に、奥歯を噛みしめ、すり減った丸薬を噛み潰す。


 ぽこが息を吸う音がした。

 グリズリーが、俺を仕留めたつもりで、今度はぽこを狙っている。


 ぽこが危ない。


 渾身の力を込め、地面にくっついたかと思うほど重い身体を、どうにか引きはがす。

 グリズリーの前には、ジョアンの背中に匿われたぽこの姿があった。


「かっこ悪ぃとこ見せちまったな」


 立ち上がりながら、声をかける。

 ぽこにゆっくり近づくグリズリーの動きが止まった。


 唾を吐けば、いつの間にか積もりだした雪が赤く染まった。


「久しぶりのやり取りに、武者震いするねぇ」


「旦那様、逃げて!」


 最後の丸薬を腫れた唇の間に押し込む。

 一気に間合いを詰め、飛び上がってグリズリーの背中に鉈を降ろす。


 グリズリーは、長い咆哮を上げながら、立ち上がり、激しく身体を揺さぶって、俺を振り落とした。


 リーチはあちらに有利、力も機動力も上だろう。

 となれば、俺に残された道は一つしかない。


 内へ! 内へ入れ‼


 こちらに向き直しながら、振り下ろされる両腕の腕を屈んで躱す。

 鉈から小型ナイフに持ち変え、下から首を一突きすれば、手に熱い液体がかかった。

 傷口を広げるように、力いっぱい掻き切る。


 雪の上に、鮮血がほとばしった。


 荒い呼吸音は、俺とグリズリーの両方のもの。


 グリズリーは、俺を見下ろした後、そのまま前へ崩れた。


口元から白く長い息を噴出し、戦意と興奮を治めていく。


「旦那様! 旦那様!」


 ぽこが泣きながら、俺に抱き着き、恐怖で青い頬に血が付いた。

 指で血をすくおうとして、却って、ぽこの頬に血の線が入った。

 茫然とそれを見て、俺の手が血だらけだと気づく。


「大丈夫だ」


 何か声をかけてやりたいが、興奮のためか、言葉が続かない。


 ジョアンが、学者の無事を確かめて、俺へ向いた。


「なるほど、ベテランさんってのは伊達じゃないな」


「俺ぁ、その呼び方は嫌いだ」


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