26話 ぽこと岩鳴り山④
ひぃふぅみぃ
やはり二十四匹だ。
全員が頭に三角帽子を被り、左手にカンテラ、右手には小型斧を持っている。
人間の膝くらいまでの背丈。
悪だくみが染み付いたような中年男の顔がこうも揃っていると、気味が悪い。
「ノームか」
雪ヶ岳連峰で大量のノームに囲まれると、本物の脅威を知らなかった己を思い出してしまう。
「ひぃぃ! ノームの一突きだけは勘弁じゃ!」
学者が、ぽこにしがみついて、さらにしゃがみ込んだ。腰を抜かしたらしい。
助かった。
依頼主である学者の身の安全は最優先で、不測の事態のときには、素人の動きが一番読み難い。
あのまま走って下山しかねない様子だった。山に不慣れなヤツが闇夜の中、走って下山するなどありえない。そんなことすりゃ、遭難するか、崖から落ちるか、どちらにせよ無事ではすまない。
剣を構えてノームの群れと対峙し、背後にはぽこと学者、その後ろには川だ。
数に気おされて後退するわけにはいかない。
押されるより、押せだ。
気合の喝を入れて、大きく横に剣を薙ぎ払えば、ノームの群れが五歩ほど下がった。
己の間合いは広くなり、相手の隊列は崩れた。
要は、あの小型斧で攻撃されなきゃいい。
うん? 小型斧?
皆お揃いの武器を見て、得心する。
「おかしいな。本物のノームには尻尾が生えているはずだが」
首を傾げれば、背後のぽこが「あ!」と声を出す。気が付いたらしい。
本物のノームには尻尾なぞない。ただの揺さぶりだ。
ノームは、俺の顔を見ている。
「ノームってのは、鉱脈を教えてくれたりする気のいいヤツらだが、気難しくてね」
まだノームの群れはぴくりとも動かない。
剣先をぶらさず正面に構えたままで、全ノームにじっくり視線をあわせていく。
「獣脂や食べ物で労わって欲しいくせに、ノームってうっかり口にするだけで、人間にバレたのに気付いて、坑道を崩しちまったり、鉱山を枯らしちまったり、ろくでもない仕返しをする」
そもそもノームは通常なら、こんな大きな群れは成さない。
二、三匹いれば多い方で、山の穴の中にいる。
「そんな繊細なヤツらが、間違った見た目で化けられていると知ったら、どんな仕返しをするやら」
ここで、大きく息を飲み、油断なく視線は外さないまま、首を振って見せる。
「考えたくもないな」
沈黙という静寂が俺たちと、ノームの群れの間に訪れる。
暗闇の中、ノームのカンテラでここらだけが異様に明るく、山の中で目立つ。
「どっ、どんな仕返し?」
一匹が喋った。
ほら見ろ。たぬきだ。ぽことジョアンを観察して分かったのだが、彼らたぬきは、激しい動揺によって化け術を維持できなくなる。
ジョアンは、俺が最も嫌がる魔獣も調べたらしい。
俺を陥れるために、勉強熱心なたぬきだ。
だが、俺が最も出くわしたくない魔獣はノームではない。
「そうさね。怒らせたノームは、地の果てでも追いかけて来ると言われている」
「地の果てでも?」
「そうだ。逃げに逃げたって、相手は魔獣だ。いつかは追いつかれる」
偽ノームたちの喉が鳴った。
「追いつかれたら?」
「追いつかれた瞬間、背後からズブリと一刺しさ」
鋭利な剣先をわざと光らせた後、背後から突くようにして見せる。
小爆発が起きて、一匹のたぬきが転がった。
ジョアンの差し金だろう。
ここは、もう一押し。
「ゆえに、恐怖で死ぬことを『ノームの一刺し』と形容される。さっき学者さんが言ってたのはこれだな」
次々に小爆発と共にたぬきの尻尾が生える。
「あんたたち! 血威無恨暗でしょ!」
「そういえば、若手の頭だったか」
転がり、恐怖に肩で息をする偽ノームの真ん中に、ジョアンが現れた。
「どうしてバレた?」
「簡単なことだ。本当のノームの武器は揃っていない」
さっきのノームの群れは、全部が小型斧だった。
お手本を真似して化けたから、あんな風になったのだろうと予想できた。
「くそぉ! 人に化かされるなんて、こんな屈辱あってたまるか! 皆の者、やっちまえ!」
尻尾丸出しの偽ノームが、仕方ない雰囲気を出しながら、俺に向かって小型斧を突きつける。
身構えた瞬間、後列で激しい爆発が起きた。
煙と共にたぬきが宙を舞う。
煙の中から、激しい鼻息が聞こえる。
想像せぬ位置での突然の出来事に、その場にいる人間もたぬきも全員が驚愕する。
生臭い匂いが鼻腔をかすめた。。
「ぽこ! 気をつけろ!」
嫌な予感に、剣から、鉈に持ち替えた。
お出ましだぞ。
消えゆく煙の中から、現れたのは、俺より大きいグリズリーだった。
熊の中では、最も狂暴だとされている。
グリズリーが、腹に響く声で叫び、興奮を吐き出した。
偽ノームたちの化け術が次々と解けて、たぬきたちは蜘蛛の子を散らすように逃げた。
血走った目で、俺を見て、それから、最も近いジョアンを、最後に背後のぽこに視線が釘付けになった。
まずい。こいつは、雌の味を知ってやがる。