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たぬきの嫁入り  作者: 藍色 紺
第3章 近づいて離れて
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25話 ぽこと岩鳴り山③


「誰かぁ!」


 川下から、女の悲鳴が聞こえた。

 腰元の剣を抜刀する。今日は念のために全身フル装備だ。


 金髪の背の高い女が、転げるように走ってくる。


「熊っ! 熊が!」


「くっ熊⁉」


 学者がうろたえ、すぐ近くにいたぽこの後ろに隠れた。


 女は、俺の首にしがみついた。

 肉感的な感触が、鎧を通しても分かる。

 無理やり引きはがして、女が来た方向に集中する。


 右? 左か?


 熊は、あのずんぐりした身体で、驚異的な速さで走る。黒い毛は、森に一体化しやすい。


 十分すぎるほどの時間をかけた後、危険性はないと判断して納刀する。

 学者がぽこから離れるが、女は俺に近寄ろうとして、顔をしかめて足首を押さえた。どこか痛めたらしい。


 腰までの長い髪を緩く編み、しゃがんだ反動でうなじが露わになった。


「痛めたみたいですわ」


 困ったように、顔に手をあてる。

 男なら誰しもが喉を鳴らす容姿で、声をかけるのも躊躇う美人だ。口元のほくろが、かえって色気を感じさせる。

 若い頃の俺の好みそのものだ。


「あ、痛っ」


 わざとらしく、痛がって、俺の様子を伺ってくるのを見て、ため息を一つつく。


「どら? 見せてみな」


 肩を貸して、岩に座らせ、靴や靴下を脱がしてやる。

 柔らかい脚の感触、控え目にたくし上げたスカートの裾から、膝小僧が覗く。


 男を誘うに十分すぎるほど。


 膝の上に乗せていた細い足首を強引に上げて、腕を引き、無理やり岩の上へ押し倒す。


「あっ、嫌ン」


 岩と俺の間に女を腕で囲んで、逃げ道を奪う。

 官能的に俺を見上げ、腕がまた首に巻きついた。


 顔を女の耳元へ近づける。


「ジョアン、ぽこはお冠だぞ」


「へっ⁉」


 耳を捻り上げて立ち上がると、悲鳴を上げながら男姿のジョアンが遅れて立ち上がった。


「ほらよ。学者さん。道具代を返して貰えばいい」


 学者は、突然現れたジョアンに驚き、女が男になったことより、先刻道具が木の葉になってしまった怒りを次に思い出したらしい。


「君ぃ! どういうことかね⁉ 説明したまへ!」


 ジョアンが学者に詰め寄られている間に、ぽこを探す。


 ぽこは、顔を手で覆って、後ろを向いていた。

 そっと近づいて、肩に手を置くと、びくんっと身体が動いた。


「嫌なもん見せちまったな」


 両手で顔を覆ったまま、左右に首を振る。


「最初から、ジョアンの仕業かと警戒してたもんでな」


 勢いよくぽこが俺を振り向いた。さっきの女のように俺の首にしがみつこうとするが、いかんせん背丈が違いすぎるから、首に腕が届かない。

 しゃがんでやると、ぶつかるように首に腕を回した。苦しいくらいにしがみつく。

 首元に、熱い息がかかる。


 嫌がられるか警戒しながら、背中に手を這わせると、首に回した腕に力がこもった。

 ゆっくり背中を撫でて、ぽこが落ち着くのを待つ。


「ぽこぉ、悪かったよ」


 学者に返金したジョアンが謝るが、ぽこは聞く耳を持たない。


 そうこうする内に、すっかり日が落ち、辺りは暗闇に包まれた。

 月が出ていれば、まだ明るいが、今日の月はか細い。


「ちぇっ! 冗談なのによぅ」


 ジョアンの声には、反省の色が全くない。


「お前の計画は杜撰すぎる」


 見抜けたのは、ノエルに似ていたからだ。

街で俺のことを聞き込めば、前の恋人の見た目を聞き出せるだろう。俺を騙すために努力したってわけだが、まだ若造のジョアンには、無くした恋人に似た女に引っかかるわけないとは思いつかないのだろう。


「落ち着いたか?」


 ぽこの胴体を誘導するように優しく押してやると、大人しく離れた。

 照れたように、俺を見て、視線を泳がせる。


 もう大丈夫だろう。


「こんな時間になっちまったよ。ジョアン、お前、このまま残って邪魔した分働け」


 しかし、ジョアンの返事はない。

 人数を確認する。

 ぽこ、学者は、焚火に照らされてすぐに見つかった。


 周りの気配を探る。

 音を吸い込むような暗闇に、木々が風で揺れる音がする。


 雪が降り始めた森の中に、何か揺れるものが見えた。


 ぼんやりした灯りが一つ。


「ありゃ、何だ? ジョアンか?」


 灯りが徐々に大きくなり、こちらへ近づいているとわかる。


 その灯りが一度に一つから三つに増えて、カンテラの灯りだと気づいた。


 ぽん!

 三つだったカンテラの灯りが六つに増える。


 ぽぽん!

 今度は十二個になった。


 ぽぽぽぽぽん!

 今度はまた倍になったときには、背後に川、正面にはカンテラを抱えたノームに挟まれていた。



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