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たぬきの嫁入り  作者: 藍色 紺
第3章 近づいて離れて
24/44

24話 ぽこと岩鳴り山②

 生態調査のポイントまで山の道なき道を登っていく。

 先頭が俺、次が学者、最後にぽこだ。

 てっきりジョアンもついて来るのだろうと思っていたが、手を振って送り出された。


「もうすぐですぜ」


 (なた)で、行く手を塞ぐ草木を払いながら進む。

 背後から、息が切れた二人分の返事が聞こえた。

 背負ったリュックに付けた熊除けの鈴が、うるさいくらいだ。

 ハイインマーグ村に熊が出たというのだから、いつも以上に注意せねばなるまい。


 山に慣れたぽこまでもが、息を切らしているのは、生態調査の道具以外に、ひ弱な学者の分まで持つことになったのと、学者の世話が大変だからだ。

 岩鳴り山は、傾斜がきつい。頂上付近は夏でも雪が残る岩肌で、雪崩と落石の音が絶えないことから、岩鳴り山と呼ばれているほどだ。


「カマラ先生は、種族変更の魔術はご存じですか?」


 唐突にぽこの質問が始まった。


「なんだって、山登り中のキツイときに話すのかね」


 空気を求めて、喘ぎながら学者が返事をする。


「話し声は、有効な熊除けになるんですわ」


 俺の答えに、学者が唸り声で返事する。


「知らんね」


「そうですか。残念です」


 学者は、憤慨したように鼻を鳴らした。


「だいたい、魔術というのは不可思議なもんだよ。君ぃ」


「どうしてですか?」


「本来、異なる種族は身体の作りが違うはずじゃ。可能にする法則が分かれば、ワシこそ知りたいわい」


 人間になったり、たぬきになったりするぽこは、目を丸くして、気まずそうに話題を打ちきった。


 ぽこは、古の薬について、こうして積極的に聞き込みをしているが、今のところ有力な話はないらしい。



  ❄



 川沿いに出て、調査ポイントまで来ると、学者は生き返ったように指示を出し始めた。


 生態調査は、だいたいこんな感じで行われる。

 一定の長さのロープで四面を囲い、ロープ内の調査対象を数える。

 距離を置いて、次の区画でも同じことをするが、最初の区画と次の区画の間は、線上の限られた生物のみ調査する。

 山ごと調査するわけにいかないから、面と線の調査から平均を取るらしい。


「まず棒を立ててくれ!」


 言われるがまま、ぽこのリュックから、長い棒を取り出そうと握った瞬間、棒は木の葉に変わった。


「なんと!」


 学者が走り寄り、ぽこのリュックの口の紐を解いた。

 中にあったはずの、ロープも、生態調査の標本を作るための道具も、山で過ごすための食料も、ジョアンが揃えた物は全て消えて、木の葉になっていた。

 残っていたのは、俺がぽこに与えた食料と防水長靴くらいだ。


 全く、ジョアンのやつ。やり方が露骨だ。


「どうしたことか⁉」


 諦めきれぬ学者が、リュックの中の木の葉を全て掻き出し、木の葉の山にうずもれて顔を両手で覆った。


「折角此処まできたというのに、このままでは調査は失敗じゃあ」


 長い棒と大きな荷物を背負ってきたぽこが、手を握りしめる。


 久しぶりの仕事を邪魔されりゃ、誰だって怒るわな。

 ジョアンは、これでぽこを口説いているつもりなのだから、若さってやつだ。


「こんなときは、そうさねぇ」


 周囲を見渡して、藪に入って細長い枝を取ってくる。

 それを、地面に立てると、学者が顔を上げた。


「じゃが、縄がなければ」


 もう一度藪に入り、今度は蔦を取って来た。


「あの縄は、ただの縄ではない。決まった単位の長さになってるのだ」


 蔦の先を脚で踏んで、臍まで伸ばしてみせる。


「この長さできっかり一単位ですぜ」


「ほぉ! なら、調査内容は、ワシが自慢の記憶力を発揮しようではないか」


 元気になった学者が、川岸の調査を早速始める。

 ぽこが、俺の服の裾を引っ張った。


「旦那様って凄いですね」


「つまらんことを褒めるな。あの棒にはこれまで苦労させられてるだけだ」


 ぽこと学者が、岸部で食い荒らされた鮭の残骸の数と、食われ方なんかを調査している間に、俺は川に入って、魚を捕まえる。水に入った瞬間は、心臓まで凍り付きそうに冷たいが、暫くすれば慣れる。

 ただ、中腰になって延々と下を向くのは、身体に応える。

 身体を思いっきり動かす方が性にあっている。



「休憩にしよう」


 やっと声がかかったのは、昼をとうに過ぎた頃合いだった。


 岸に上がれば、奥歯がかみ合わないほど寒い。

 ぽこが、焚火をして待っていてくれて、手渡されたスープで暖を取る。

 スープは、予め用意しておいた塩漬け野菜を、湯で溶いただけの代物だが、これが冬山ではありがたい。

街で買ったパンにアイスラビットの肉を挟んだもんを、三人揃って夢中で頬張る。

たっぷり用意していたパンは、想像以上の速さで消えた。


腹が満ち、ようやく口を利く余裕ができた。


「やはり鮭の被害が酷いのぉ」


 調べるまでもなく、何者かが熊の分まで鮭を獲ったことが、熊が麓まで降りてきている原因だとわかるほど、鮭の残骸は多かった。

 熊が食べた痕なら、他の小さな生き物や鳥たちが残骸を処理してしてくれる。処理しきれぬほどの量の鮭が乱獲されている。


「この分だと、来年、再来年に遡上する鮭の数も減るじゃろうな」


 心に来年は熊対策の準備をしようと書きとめる。


「学者さんよ。調査をまだ続けるのなら、山で夜を超す準備に取り掛かりたいんだが」


「もう?」


「ここは岩鳴り山の東側だ。日が隠れるのが早いのさ」


「なら、早くしてくれたまへ」


 「はいよ」と返事して、立ち上がり、キャンプ場所に決めておいたところにテントを張る。テントは学者のためだ。

 テント入り口に下げるつもりだった、小型のカンテラがない。


「ここに置いといたカンテラ知らないか?」


 声をかけた瞬間、後頭部に研ぎ澄まされた視線を感じて、振り向く。

 岩鳴り山の向かいの峠、突き出たベロ岩の上で、熊よりもっとでかい二足歩行の魔獣が俺を見ていた。

 これほどの距離があっても、互いの視線があっているとわかる。

 心臓を鷲掴みにされたようだった。

 視線が外せない。


「旦那様? どうかしましたか?」


 ぽこが俺の隣に立って、同じ方向を見ようとした。

 俺の集中が途切れ、瞬きの後には、ベロ岩の上には何もいなかった。


 まさか、そんな?

 喉の奥が粘つく。思考が止まる。


「誰かぁ!」


 川下から、女の悲鳴が聞こえた。


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