表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たぬきの嫁入り  作者: 藍色 紺
第3章 近づいて離れて
20/44

20話 ぽこの不満

 まだ日のある内に家に帰ると、いつも通りぽこが出迎えてくれた。

 追い返す予定だったジョアンは、まだ家にいる。


 しつこいヤツだ。


「畑ができたな。お疲れさん」


 よしよしとぽこの頭を撫でて、土産のアイスラビットの肉を渡す。

 無邪気に喜ぶぽこを見れば、今日の疲れも飛ぶというものだ。


「何の種を蒔いた?」


「蕪とほうれん草です」


 粉屋の女将さんと親しくなったらしく、あれこれ教えてもらっているらしい。


 出された湯で身体を拭っていると、ジョアンがぽこの尻を触ろうとして、お玉で手を叩かれた。


 この分なら、問題はなかったかな。


 安堵と共に、一日中こうしてじゃれ合っていたのかと想像すれば、胸糞悪い。


「旦那様はお疲れなんですから、早く出て行ってください!」


 ぽこがジョアンを戸口へ追い立て、ジョアンは、両手を挙げて降参ポーズを取る。


「さっきの話、よく考えておいてくれよ」


 ジョアンは、ウィンクをして、やけにあっさり出ていった。


 さっきの話?

 何のことだか聞きたいが、聞いて楽しい話ではないだろう。

 それより、いつものようにぽこと楽しい時間を過ごしたい。


「あいつは、どうするって? 山に帰りそうには見えなかったが」


「さぁ、その辺りで寝るんじゃないですか?」


 つっけんどんな言い方に、話題を誤ったと分かる。


「アイスラビットの仕事は今日で終わりだ。次の新人も来てないし、明日は一緒に仕事ができるといいな」


 精一杯寄り添ったつもりだったのに、ぽこは返事をしなかった。


 無言のままパンで作った団子のスープと豚と根菜の煮物が出された。

 いつもなら会話が弾む食事だが、こういう状況では気軽に話しかけることもできない。元々俺は口数が多い方じゃない。


 これはジョアンと何かあったな。

 さっきの話ってのが、心に引っかかって仕方ない。


 ジョアンと一緒に出ていくのだろうか。


 ひたひたと冷水が腹の底に溜まるのを感じる。


 口角が下がり、奥歯を噛みしめて耐える。


 仕方ない。

 ぽこを、思いの外大事に思っていたらしい。

 しかし、別れとは突然来るものだ。

 四の五の言わずに、ぽこの決断を受け入れるべきだ。それが大人というもんだろう。


 暖炉の温かさを感じながら、食事を囲むのが辛く、手早く夕食の残りをかき込み、席を立つ。

 自分の分の皿を適当に洗って、顔も見ないで階段ばしこに手をかけようとして、腰壁に香水の瓶が置いてあることに気が付いた。


 こんなところにあったか?


 だが、今は一階にいたくない。


「寝る」


 それだけ言って、二階へ上がる。


 支度をしながらも、階下の物音が気になる。


 こんな素っ気なくしていれば、ぽこは今すぐに出て行ってしまうかもしれない、と考えて、情けない気持ちを打ち消すように、干し草のベッドへ横になる。


 両手で顔を覆い、ゆっくり顎髭まで撫でおろす。


 ぽこの幸せが一番だ。


 目を瞑り、深呼吸を繰り返す。



床が軋む音で、うたた寝から覚醒した。


 目を開けると、人間型のぽこがいて、こちらの様子を伺っている。


 まだいてくれることに胸のつかえが軽くなる。


 上掛け布団をめくってやれば、いつもなら飛び込んでくるのに、今日は立ったままだ。


「どうした?」


 ぽこの目の端が光った。

 今朝と同じだ。今朝も、ジョアンが来る前に、ぽこは泣いた。


 どうも今朝からぽこの様子がおかしいのに、ジョアンのせいで、何も話を聞いてやれないままだった。

 問題を解決せぬまま、別れるわけにはいかない。


「言ってくれんとわからんが」


 身体を起こして、後頭部を掻く。


「ぽこは、誰かの代わりですか?」


「あん? 何のことだ?」


 突然、訳の分からぬ話をされて泣かれるのは困惑しかないが、ここは根気強く話を聞かねばなるまい。


「ぽこと寝てると、誰かを思い出しますか?」


「俺ぁ、犬とでさえ一緒に寝たことはないがね」


「ぽこは、人間になりたいです!」


 ぽこは、噛みしめた歯の間から、嗚咽を漏らし始めた。


「どうして、お前さんが人間にこだわるのかわからんがね。そんなに実家が嫌か?」


 ぽこは首を振って否定した。涙が遅れて散る。


「ぽこが、人間になりたいのは、旦那様の妻になりたいからです」


 大きなため息が出てしまい、ぽこがびくついた。


「どうして俺なんかを? そればっかり考えちまうよ」


「旦那様は、俺なんか(・・・)じゃありません。ぽこは旦那様じゃなきゃ嫌なんです」


「わかった」


 理由はちっともわからないが、兎に角そういうことらしい。

 これもまた、理解はできないが甘受すればよいことなのだろう。


「ぽこは、旦那様の一番の人間になりたい」


 しゃくり上げながら話すもんだから、ぽこの声が引きつった。


 何とかしてやりたい衝動に駆られるが、今の俺にできることは殆どない。

 髪をかき上げて、ありのままを伝える。


「一番も何も、他に誰もおらんだろう?」


 自分で言うのも情けないが、こう言わねば、ぽこにはわからないらしい。

 誰かの一番でいたいという気持ちは、俺だって理解できる。


「旦那様の心の中にもいないですか?」


 返事に窮する。


「それを理解するには、もっと時が必要だと思うが」


 ぼそぼそと呟くようになった声に、ぽこは呆れたのか微かに笑った。


「時間が必要ってのは納得ですが、返事してもらえないのは不満ですよ」


 突き出した唇を愛おしいと思った。


「なぁ、ぽこ。俺はこんな年まで独り身だ。若くない。若さってのは、心に燃えるもんを持ってて、それでとんでもないことをしちまうもんさ」


「ぽこが、旦那様の妻になりたいのは、とんでもないこと?」


 ぽこを手で制する。


「まぁ、待て。急くな」


 ぽこは、素直に頷いた。

 ベッドから腰を上げて、近くのぽこの手首を掴んで引き寄せる。

 難無く、ぽこは再び腰かけた俺の膝の上に座った。


「でも、それを間違ってるとは思ってなくてな。熾火みたいなもんで、一度冷えちまった薪を焚きつけるには、時間が必要なのさ」


 ぽこの鎖骨に額をつける。

 大男が背を屈め、こんな小さな女に甘えるのは、恰好が悪いと、己の中の何者かが嘲笑した。


 俺の後頭部を、小さな掌が撫でる。

 まるで幼き頃に、爺さんがしてくれたような仕草に、胸の奥にこびりついた何かが融けたように感じた。


 許して欲しい。


 そうか。俺は許して欲しいのか。

 かつての仲間を思い出した。

 ジェームズ、グレッグ、ノエル――。


 顔を上げると、ぽこの大きな瞳が見えた。


「一緒に寝たくないのなら」


 言いかけた途端、爆風が上がる。


 きゅうぅ~っ ぽん‼


 煙と出てきたたぬきのぽこが、俺の膝の上からベッドの中へ移動する。後れて俺もベッドに入った。

 ぽこが納得した理由はわからないが、時間が必要だと分かってくれたのだろう。



 いつものようにふかふかの毛を撫で、今日初めての至福の時間だと気が付いた。


「ぽこは気持ちがいいでしょう?」


「あぁ」


「史上最高?」


 真剣な声に笑ってしまう。


「あぁ、空前絶後だ」


 満足したような大きな鼻息が腹にかかり、ぽこは大きく伸びをして、いつものように、俺の脇に鼻を差し入れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読みいただきありがとうございます

おいしい食べ物を通して、人と人の反応が生まれる瞬間――
そんな場面を書くのが好きです。
あなたの楽しみになるよう、更新していきます!


jq7qlwr6lv5uhtie2rbp8uho30kr_zjl_2bc_1jk_5lz4.jpg
『たぬきの嫁入り2』へ



〇 更新情報はX(旧Twitter)にて

▶https://x.com/aiiro_kon_



〇 ご感想・一言メッセージをどうぞ

→ マシュマロ(匿名)
https://marshmallow-qa.com/ck8tstp673ef0e6



〇 新しい話の更新をお届け

こちら ↓ で、『お気に入りユーザ登録』お願いします。
(非公開設定でも大丈夫です)
▶▷▶ 藍色 紺のマイページ ◀◁◀




いいねや反応を伝えてもらえると、
新しい物語の活力になります☺️


本日もお読みいただき、ありがとうございました。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ