19話 ぽこの事情②
朝一番から、予想外の来客に時間を取られ、折角の朝食を味わうことなく、流し込む羽目になった。
「おっさんが食えない分は、俺が頂くから」
ちゃっかり食卓についているジョアンを無視して、ぽこが自分の分だけ食べ始める。
つい先刻、今日の俺の仕事が、昨日の冒険者たちとの続きだと知り、参加できないぽこは頬を膨らませたところだ。
「ぽこぉ。俺の分の飯は?」
「働かざる者食うべからず。招かれざる客お断り」
ぴしゃりと言い放たれ、ジョアンは情けない声を挙げた。
「そんなぁ。この後、畑作りを手伝うからさ。いいだろ?」
なかなかいい手をついて来る。
一から畑を作るのは、骨の折れる大仕事だ。
冬はそこまで来ており、時間をかけるわけにもいかないのなら、人手があるのは助かる。
畑仕事を手伝う提案を断られないと分かっているのだろう。お願いする呈は取っているが、ジョアンの表情には余裕が見られる。
ぽこも同意見だったらしい。僅かな沈黙の後に俺を見た。
「旦那様はどう思いますか?」
「構わないが、用が済んだら出て行けよ」
今日使う解体用ナイフを腰にぶら下げながら返事する。
ようやくジョアンにも食事が出された。
「夕方には帰る。今日は汚れ仕事だ」
正直、ジョアンみたいな軽薄なヤツとぽこを二人にしておくのは、心配だが、仕方ない。
ぽこだって大人なのだし、大丈夫だろう。
大丈夫って、何が?
内なる声が看過できずに、絞り出すように言葉を続ける。
「あ~、ぽこ。今日仕事休もうか?」
いっそ己らしくない台詞に、顔が熱い。
ぽこは、にっこり笑ってガッツポーズをした。
「大丈夫ですよ。ジョアンなら追い返しておきますね」
元気なのはいいが、その細腕で追い返せるとは思えない。
家を出る寸前で、ジョアンに指を突き付ける。
「いいか? ここは俺の縄張りだ。ぽこに妙なことするなよ」
「たぬきがフェアに勝負すると思う?」
にやけ顔のジョアンを見て、苛立ちを抑えるのに苦労する。
「何でもありのルールで、俺と勝負したいか?」
低く抑えた声を聞いて、ジョアンの顔からにやけ顔が消えた。
❄
本日の仕事は、大量のアイスラビットの皮はぎと解体だ。
主力は昨日の冒険者四人だが、やり方を教えて手伝うことになってしまった。
自信をなくしたあいつらに、クエストの単価を上げる方法として、俺が教えた方法だから、仕方がないのだが、間が悪い。
ぽこと一緒にできる仕事ならよかったのだが。
どうも、今日は気分が晴れない。
もやる気持ちを打ち消すために、アイスラビットの後ろ足の関節を音を立てて外す。
「休憩のお茶ですよー」
クエスト屋の受付が、裏に出てきて声をかけてくる。
クエスト屋の裏手には、作業場があることが多い。
解体もやるし、汚れた戦利品を洗うこともある。
どちらも、少しでも利益を上げたい初心者か、クエスト屋の仕事だが、インマーグの作業場は、俺のもう一つの職場と言っていいほど、よく使っている。
解体の仕事中に、こんな接待を受けるのは珍しいが、そうとは知らぬ新人たちは大喜びで血だらけの手を洗いに行った。
「俺はいらん」
クエスト屋の受付へ視線を向けるのももどかしく、次の一匹に取り掛かる。
「ベテランさんの分はもう終わりそうですね。いつもより早くないですか?」
言われて見てみれば、五等分したアイスラビットの数は、残すところ七羽だった。
「本当だ。凄ぇ」
「終わったら、手伝ってください」
口々にねだってくるが、甘やかすのと新人引率は別だ。
「断る。今日は早く帰りたいんでね」
もう十分教えたし、どのみち、後は数を捌いて慣れるしかない。
新人たちの抗議の声を聞きながら、手早く解体していく。
俺の仕事ぶりを知っているクエスト屋には、何か聞かれるかと思ったが、何も言われなかった。