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たぬきの嫁入り  作者: 藍色 紺
第3章 近づいて離れて
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18話 ぽこの事情①

 たぬき姿のぽこの全身の毛が、逆立った。

 身体を二倍ほどに膨らました金色の毛玉が、獣の唸り声をあげて男の首元を狙って飛びかかる。

 大きな煙が立って、たぬき二匹が家の前を走り回る。


 毛の色で、追いかけているのがぽこなのは明白だ。


 全速力で走るたぬきを見るのは初めてだが、大きな尻尾を舵のように使って走っている。


 だが、どう見てもぽこは男に体のいいように遊ばれている。


 わざと追いつかれては、のしかかられて喜ぶ姿を見るのは反吐が出そうだ。


婚約者(ジョアン)ねぇ」


 思わず出た声に、ぽこはこっちを見て、全力で走ってきた。

 途中で、小爆発の音がして人間型になる。


「旦那様! 婚約者というのはジョアンの嘘です!」

「いーや! 嘘じゃないね」


「嘘だよ!」

「ドン・ドラドが、若手で一番になった雄がぽこの夫だって言ってただろ」


「酒の席の話でしょ!」

「男に二言はないだろ」


「パパがジョアンを認めたわけじゃないわ!」

「それは時間の問題だろうな」


 二人の話を聞いているのが馬鹿らしくなり、井戸で水を汲んで水瓶を満たす日課をこなし、最後に顔を洗って家に入った。

 いつも曖昧に空いている扉は締めた。

 すぐにぽことジョアンが続いて入ってくる。


 喧噪から逃げたかったのに、うまくいかないものだ。

 誰かを受け入れるというのは、こういうことなのだろう。


 今度は戸口で掛け合いが始まる。


「ぽこがいなくなって、里は大騒ぎだ」


 ぽこが言い返せずに黙ってしまった。


「ドン・ドラドに連れて帰るって約束したし、山にいるならまだしも、人間の男と暮らしているなんてな? 皆が知ったら何て言うだろうな?」


 ぽこは家出たぬきだったということか。

 俺の嫁になりたいなんて、どおりでおかしいと思ったさ。


 どうしたわけか、ジョアンにムカついて仕方ない。

 捻りつぶしてやりたい衝動を押さえる。


 大きくため息をつけば、二人揃ってこっちを向いた。


「子供じゃあるまいし、ぎゃーぎゃー騒ぎ立てるな。ここは俺の家だ」


 腕を組んで、威圧するように見下ろすと、ぽこがますます小さくなった。


「大人なら、話し合いをしろ」


 「たぬきには無理かもしれんが」は、心の中に閉まっておく。

 俺はいい大人で人間なのだから、理性ってもんで分別をつけにゃならない。


「ジョアン、許嫁と言うのなら、ぽこを納得させるだけの証拠を持ってこい。ぽこを襲うのはそれからだ」


「やっりぃ! ぽこのこと襲っていいってよ」


 はしゃぐジョアンの顔を、掌全体でつかんで、指に力を込めて締めあげてやる。


「あだだだだっ」


 大暴れして抵抗するが、それで離すような軟な鍛え方はしていない。

 十分痛めつけてから、離してやると、床にうずくまって大人しくなった。


 今度は、青ざめたぽこに向き合う。


「ぽこ、家出はいかんだろう。やましいことがないのなら、里に帰って説明すりゃあいいさ」


 事を聞き分けられるように、優しい口調を心掛けた。


「嫌です! 里に帰れば、二度と出して貰えません!」


「どういうことだ?」


 ぽこは、言葉を濁して、指を胸の前でくねらせる。


「ぽこの家は、男ばっかで過保護なのさ」


 ダメージから立ち直ったジョアンが、額を撫でながら、ぽこが言えない事情を話し始めた。


「いつだって奥座敷にいて、外に出るときには兄さんたちが付いて回る。そうでもなきゃ、俺はもっと早くにぽこを迎えにいけたんだ」


 眉を上げてぽこを見れば、困ったように口をパクパクさせた。


 仕事について来ることを嫌がらないのか聞いたのは、そのせいか。

 たぬきのお嬢様が自由を求めて家出したってわけだ。

 俺はうるさいこと言わないから、ここは居心地が良かったのかもしれぬ。


 ぽこが俺と居たい理由を知りたいと思っていたが、いざ知ってみれば、なんだか寂しい気がした。


 寂しい?


 飯、だろうな。


「それにしても、よくここがわかったな」


 俺の言葉に、ジョアンは得意顔になった。


「ぽこの匂いは間違えねぇよ! 山で狼に襲われたときの匂いが強烈でさ」


 ぽこが、真っ赤な顔でジョアンの名前を叫び、話を遮る。


「旦那様は、ぽこの命の恩人なの! 『受けた恩は必ず返す』これは、里の掟だよ。酒の席での戯言と、掟なら、掟の方を優先して当然よね」


 肩で息をするぽこに、ジョアンが腕組みをして片目だけで見つめる。


「掟だから、仕方なく従うってことか?」


「違う。ぽこは旦那様のことが!」


 赤面し、わざとらしく「鍋が!」と暖炉に向かうぽこを見て、なぜだか留飲が下がった気がした。


「はぁ~ん。おたくら、まだ(つが)ってないわけだ? なら、俺にも割り込むチャンスはある。暫く厄介になるぜ」


 両手を後頭部に当てて、挑戦的な視線で俺をやや下から見上げる。


「俺は、ぽこのこと本気だぜ。おっさん」


「自然界では、雌が相手を決めるんだろ」


 何がおかしいのか、ジョアンは小さく笑った。


「いいじゃないの。生半可な気持ちなら、ぺしゃんこにしてやんぜ」


 ジョアンは、鍋を混ぜるぽこの背後から抱きついて、飯を催促した。


 あんな情熱は、もう俺にはない。


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