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たぬきの嫁入り  作者: 藍色 紺
第3章 近づいて離れて
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17話 ぽこの婚約者

 吸い付くような肌触りが心地いい。

 ひりつくような欲望のまま、手を這わせれば、官能的な曲線に続いて腰骨の確かな固さに当たった。


 求めて止まず、決して与えられることのない温かさに、込み上げてくる衝動。


 激しく抱き寄せ、違和感があった。

 やけに薄く、小さい。


 それでも、腹にかかる息が嬉しかった。


 生きていたのか。


「ノエル――」



  ❄



 目が醒めたら一人だった。

 やっと掴んだ幸せを手放しちまった後悔にも似た気分で、心身共に重い。


 一階へ降りると、朝食の準備ができていた。

 嬉しくて、顔が綻んでしまう。

 自炊は億劫で、それでも食わねば腹が減る。空腹は苛立ちを増長させ、適当に食っても満たされない。ぽこが来るまでは、食事はこの繰り返しだった。

 ぽこの働きぶりに、心の中で感謝して、姿を探す。

――が、いない。その代わり、戸口に四角い籠が二つ置かれていた。

 買った覚えのない籠を手に取って見ていると、外で何か音がした。


 外に出れば、ぽこがクワで土を耕していた。


「ぽこ、何してるんだ?」


「旦那様、おはようございます!」


 ぽこは、一瞬こっちを向いて挨拶したら、またすぐに土を起こし始める。


「畑を作ってるんですよ」


 見れば、空いた小さ目の木箱に土が入り、色が変わっているから、種を蒔いて水をやったのだろう。


 家の前に、俺の腕で縦横一つ半程度の広さの畑を作るつもりらしい。


「どら、代わろう」


 腕まくりして、クワを取ろうとすると、ぽこは嫌がった。

 鼻からため息をついて、ぽこの顔を見る。

 いつも朗らかで鼻歌を歌っているが、今日は何やら機嫌が悪いらしい。


「家を磨き上げて、薬草を採って、今度は籠を作って売るつもりだろ? その上、畑作りだ。食事も湯も用意してくれている。ぽこ、お前さんはちと働きすぎだ」


 一瞬動きを停めたが、それでもクワを振り上げる。よろめいたのを支え、半ば強引にクワを奪い取った。


「言っただろう? 続けるつもりがあるなら、力の配分をしろってな」


 ぽこを下がらせて、クワを振るってから、振り返る。

 俯き気味で、降ろした両手は握られ、震えている。

 今にも泣き出されそうで、心底参る。

 こんなとき、どうすればいいのか。錆づいた記憶を探るが、見当がつかない。


「ぽこがいてくれて、助かってるさ。どうしたって言うんだ。えぇ?」


 泣くほどのことがあっただろうか。

 ぽこは首を振って何かを否定した。


「ぽこは! 押しかけですから!」


 押しかけ⁉ それがどうかしたかと言いかけて、留まる。


 俯いたぽこから、涙が零れた。


 どうしたというのか。なぜ泣くのか。

 不明なまま、それでも慰めたくて手を伸ばす。


 伸ばした手が弾かれ、一陣の風が俺とぽこの間を遮る。

 間髪ない何者かの攻撃をクワの柄で弾き返し、隙をついて突く。

 クワを挟んで、若い男と向き合った。


 目の周りが窪み、鋭い眼光が油断なく俺を睨む。

 クワの先を脇に挟まれ、勢いよく引いても離されない。

 実戦経験がそこそこあるらしい。


 こいつは誰だ⁉


「ぽこを泣かすんじゃねぇよ。おっさん」


 はっと、鼻で笑って間を繋ぐ。女受けしそうな物憂げな雰囲気だ。


「ジョアン⁉」


 ジョアンと呼ばれた男は、拘束していたクワの柄を解放して、ぽこへ向き合った。

 ぽこの腰に腕を巻き付けて、引き寄せ、目じりに溜まった涙を逆の手ですくう。


「ぽこぉ~、心配したんだぞ!」


 ぽこは、男の胸を腕で遠ざけるが、嫌がられているのも燃えるタイプらしく、さらに二人の距離が縮まった。

 鼻を近づけて、ぽこの耳の辺りをくんくん嗅ぐ。


 どうやら、ぽこの仲間のたぬきらしいが、それにしても距離が。


「やだ! 近いってば!」


 ぽこに握りこぶしで叩かれ、笑いながら俺を振り向いた。


「ってことで、おっさん。ぽこが世話になったな」


 男が、開いたシャツの胸元に腕を差し入れると、不自然な煙が見えた。


「これは、世話賃だ。取っといてくれ」


 手渡されたのは、大金貨三枚だった。


 鼻から息を吐く。


「まず、ぽこを離せ」


 俺の言葉と同時に、ぽこが狸になって、男の腕から逃れ、俺の後ろへ回る。

 腕が伸びてきたのを、俺が打ち払い、さらにぽこが、唸り声で威嚇した。


「こいつを貰う理由はないな」


 手を開いて大金貨を見せ、ぐっと握った。

 金貨がこすれ合う高音がして、手の平に硬さが伝わってくる。


 惑わされるな。これは木の葉、これは木の葉だ!


 目を閉じて、木の葉をイメージし、力任せに金貨を捻じ曲げる。

 軽い物が潰れた音がした後は楽だった。


 再び手の平を開いて見せると、木枯らしが葉っぱの屑をさらっていった。


「はぁん。ちっとはやるじゃないの。おっさん」


 男が首を左右に伸ばすと、骨が鳴る音がした。


「俺はジョアン。ぽこの婚約者だ。ぽこを返してもらおう」


 今度は、俺がぽこを見る番だった。


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