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たぬきの嫁入り  作者: 藍色 紺
第2章 ふたり暮らし
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15話 ぽこと冒険者登録

 今日もぽことインマーグの街の中央広場を歩くはめになった。

 買い物せずとも、声がかかるのは、ぽこの人懐こい性格が成す技だろう。


 目的の粉屋まで来たら、女将さんが店番をしていた。


「あれ? 会長は?」


 七の鐘が鳴るまでは、本業である粉屋にいるはずだ。


「昨日、大量の持ち込みがあったとかで、今日は午後一番でクエスト屋に行ってるわ」


 やれやれ、参ったなと、顎髭を撫でてしまう。

 クエスト屋に、恥ずかしい場面を見られてしまったから、あわせる顔がなくて、わざわざ粉屋に来たというのに。


「何か言づけておこうかい?」


「冒険者登録だったので、クエスト屋に行ってみます」


 礼を言って、仕方なく粉屋を後にした。



  ❄



 今朝、ぽこは仕事がしたいと熱く語った。


「冬支度のお金を旦那様に返さなくてはいけません。迷宮に行きたいのです!」


「迷宮……?」


 訝しんだ俺の眉間に皺が寄るのがわかる。

 ぽこのお目当ては、(いにしえ)の薬の製造方法のはずだ。

 そうはさせるか。


「ぽこ、お前さんの冒険者登録証は偽物だろう? それはまずい」


 あの時は、ぽこが途中で逃げ出すと思ったから見逃したのだ。


 本来、冒険者登録証を偽造するのはご法度だ。


「じゃ、本物を作ります」


「嘘がバレるな」


 我が意を得たりと、ほくそ笑んでしまう。


「金なら、薬草探しをやりゃあいいさ」


 ぽこは、小さく唸って、すぐにいつもつけている巾着から、偽冒険者登録証を出してきた。


 手で包んで、上下にふると、手の中で小爆発が起こり、煙が立った。

 偽冒険者登録証を見れば、端がボロボロに朽ち、文字の判読不明なほど滲んでいる。


「なんてことでしょう! スライムの穴に落としてしまったのですよ! あぁ、再発行が必要だなー」


 くっ! なぜ再発行ができると知っている? だが、待てよ。


「再発行には、銀貨十枚かかるぞ」


 ぽこの得意顔が固まった。


 借金を嫌っているのは、もう知っている。この勝負は、俺の勝ちだ。


 ぽこは、頭を抱えてしゃがみ込んだが、やがて立ち上がった。

 巾着の底から、何か取り出して、じっと見る。胸に抱きしめてから、俺に差し出した。


 小さな手に、銀色の櫛が載せられていた。古いもんらしいが、よく磨かれている。手に取った重さで、銀製だろうと想像できた。

 蔦模様がされており、値打ちもんだとわかる。


「これは?」


「ぽこの母方に伝わる櫛です。私も娘に引き継ぐつもりでした」


 蔦には、『永遠の愛』や『結婚』の意味がある。これは結婚する娘に代々受け継がれる宝ということになる。

 それを、未婚のぽこが持っている理由となれば、一つしかないだろう。

 ぽこの母親は、娘の結婚を見ないまま逝ってしまっている。


「これを質に」


「仕舞っておけ。登録費用くらい貸してやるよ」


 そろそろ俺は、ぽこのペースに巻き込まれるのを、諦めた方がいいのかもしれない。



  ❄



 クエスト屋に入ると、粉屋の主人もとい、商工会議所所長が、カンテラに囲まれてお茶を啜っていた。


「所長さんこんにちは」


「おー、ベテランさん、よく来たね。見てくれよ。この山」


「これだけの量を一パーティーで?」


「おうよ。何でも、雪ケ岳連峰の近くだってよ」


 雪ケ岳連峰でカンテラを持った群れだと?


 嫌な予感は、ぽこの声でかき消された。


「冒険者登録証を再発行してください!」


「おー、ぽこちゃんは荷運び人だったか!」


 冒険者は、職業によって登録できる場所が違うが、荷運び人は商工会議所と決まっている。インマーグの街のような田舎だと、商工会議所は、その名の通り、商店組合だ。

 所長は、目利きのできる人が務めることになっており、クエスト屋に買い取り品が持ち込まれたら、出張してくる。

 今回は、カンテラの買取金額を査定していたらしい。



「やー、おじさん疲れちゃったからさ、おーい、エミリア。代わってくれんか?」


 クエスト屋に入って以来、互いに気まずく、顔を合わせていなかったのに、商工会議所所長が、クエスト屋の受付を呼んだ。


 クエスト屋のテーブルに、商工会議所所長とクエスト屋の受付、ぽこと俺がつく。


 クエスト屋の受付は、よそよそしい態度で、やけに丁寧に挨拶した。

 こんなあからさまにされると、冗談で交わすこともままならない。


「立ち会うから、エミリアが進めてくれ」


 商工会議所所長が、手ぬぐいを出して額を拭き、茶をすする。

 代行を頼まれるのは初めてではないらしく、クエスト屋受付は手慣れた様子で、書類を揃えた。


「では、質問に答えてください。お住まいは?」

「旦那様の家です」


 クエスト屋受付の動きが一瞬止まった後、オズワルドの家と記された。


「身元保証人は?」

「旦那様です」


 今度は、すぐに書いてもらえたが、インクが滲んだ。


「確か、ベテランさんとのご関係は――」

「妻です!」


 聞きなれた返事に頭が痛い。

 商工会議所所長は笑顔だが、クエスト屋受付は射るような目で俺を見る。


「ベテランさんは、インマーグでもう十年間定住されていて、納税の実績もおありですから、身元保証人としては問題ありません。しかし、結婚なさったのなら、ベテランさんにも手続きが必要ですよ」


 最後ににっこり微笑まれて、婚姻証明書が出された。


「あ、いや正式に結婚したわけでは……」


 もう、弁明すればするほど苦しい。

 だが、しかし、相手はたぬき。それを誰かに言うわけにもいかない。


 クエスト屋受付は、咳払い一つして、書類を商工会議所所長に押し付け、こっちへ身を乗り出した。


 来たか……。


「一緒に住み、妻と名乗るには、それなりのご関係にあるのでしょう。お二人とも大人なのですから、それぞれのお考えがあるのも分かります。ですが、敢えて言わせて頂きたいのです」


 クエスト屋受付の凍てつく視線が俺に標的を合わせる。


「ベテランさんのような経験豊富な大人が、若い娘さんと内縁の関係にあるというのは、経験の浅い方を甘い言葉で都合のいいようにしているとしか見えません。それは、ベテランさんの沽券にもかかわるのではありませんか?」


「ごもっともなご意見、痛み居ります」


 頭を下げる俺に、ため息をついた後、標的はぽこに移った。


「ぽこさんも、煮え切らぬ男は見限ったほうがいいですよ」


「私が押しかけるのは旦那さんの沽券に関わることなの?」


 ぽこが神妙に眉根を寄せて考え、クエスト屋受付がどう説明すればぽこに話が通じるのか、黙った。


「じゃあ、私、これからは、押しかけ女房だってはっきり言いますね!」


 商工会議所所長と、奥で話しを聞いていたクエスト屋所長が大声で笑い出した。


「まぁまぁ、いいじゃないの。ベテランさんのような朴念仁には、ぽこちゃんみたいに積極的なのがあってるのかもな!」


 無事に冒険者登録証は発行されたが、もう否定すまい。


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