14話 ぽこと保存食作り
家に着き、買ってきたもんを納屋と食糧庫に分ける。
「ぽこ、お前さんが使いやすいように片付ければいいさ」
「了解です」
納屋に荷物を入れた後、部屋に入ると、ぽこが踏み台を持って右に左にと動いていた。
どうやら、棚が高すぎるらしい。
納屋から工具を取って来て、食糧庫の下段に一枚棚を増やす。
俺だと低すぎて使い便利が悪い位置だ。
一番上の棚のもんを降ろしてやると、ぽこは、脇からそれを下の棚へ移していく。
「便利になります。ありがとうございます」
「他に手が届かないとこはあるか?」
「そうですね。調理器具をかけているフックが高いです」
フライパンや鍋、木べらなど、調理器具は全て壁にかけて収納している。洗うだけで吊るしておけば渇いて楽なのだが、こんな些細なところも高いらしい。
「ぽこはチビだからなぁ」
ぽこの頭のてっぺんは俺の鎖骨より低い。背丈だけでなく身体の作り全てが小さい。
出会ったときに、子供だと思ったのは、この小ささが理由だ。
壁掛け収納の位置をぽこと相談して、下方へずらすと、古い壁掛け収納を外した跡だけ、壁が変色していなかった。
「十年の歴史を感じるな」
「十年ですか?」
新しい壁掛け収納に、端から調理器具をかけながらぽこが相槌を打つ。
使いやすくなるとはしゃぐ姿を見たら、今なら打ち明けられる気がした。
「この家は、当時の仲間と作ってね。あいつらは皆、でかくてな。井戸を掘ったのも、あいつらだ」
今まで誰かにこの話をしたことはなかった。
あいつらの作った棚を、住人に合わせて動かす。些細な変化でさえ今までは受け入れ難かった。
「その方たちは、今はどちらに?」
「皆死んだよ。俺が無茶したせいでな」
想像よりもあっさり言えた。
だから、俺は危険な仕事をしない。新しい仲間を作らない。
仲間が救ってくれた命に、何の意味があるのか考えながら、天寿を全うすべく、ただ生きているだけだ。
「すみません。余計なことを聞いちゃって」
恐縮するぽこの頭を撫でて、温かさにほっとする。
ぽこが来てたった三日だが、新しく一歩を踏み出しているような気分だ。
おそらく、ぽこのひたむきな元気さが、俺に力をくれているのだろう。
「納屋や食糧庫に食べもんが満ちるのも、久しぶりだ。さぁて、ぼやっとしてられないぞ! 午後は保存食作りといこうや」
「保存食? 楽しそうです!」
気分を察したのか、ぽこはいつもより元気に返事した。
❄
作業台を綺麗に拭いて、買ってきた肉を取り出す。
「今日は肉からやっつけよう」
「どう作ればいいですか?」
料理上手なぽこだが、保存食は知らないらしい。
「塩漬け、燻製、乾燥、瓶詰、酢漬けが保存食の主な方法だ。まず塩漬けにしよう」
豚肉の塊に、塩とハーブを擦り込み、四角い網でできた箱に入れて、風通しのいいところへ吊るす。
ハーブは、昨日薬草採りで摘んだものだ。
「これでよし。次は、燻製の下処理だ」
先刻使った塩とハーブ、砂糖で漬け液を作ると、ぽこが漬け液をなめた。
途端に、咳き込み、たぬきの耳としっぽが生えた。
「すっごくしょっぱいですよ⁉」
「保存食だからこれでいいんだ」
「本当ですか? 凄く美味しいイメージがあるのになぁ」
涙目のぽこを笑いながら、各種肉をフォークで突き刺した後、液体に入れる。まんべんなく漬け液に浸かるように、布を落としておく。
「四日後に、塩抜きして、干して乾燥させたら、ようやく燻製だ」
「ほへ~、手間がかかりますね」
感心したようだが、期待外れらしく、尻尾は垂れたままだ。
「次が、瓶詰。これは、作ってすぐに味見できるから、気に入るだろう」
「それじゃ、まるで私が食いしん坊みたいじゃないですか?」
期待通りの反応に低く喉が鳴る。
ぽこと手分けして、玉ねぎを切り、にんにくは潰す。大きな鉄鍋に、一口大に切った豚バラ肉、たまねぎとニンニクを入れて炒める。色が変わったら塩とハーブ、水を入れて沸騰させる。灰汁を気長に取りながら、一鐘分煮込む。
煮込んでいる間に、きのこの保存食作りもやってしまう。
きのこ類の汚れを取り、石づきを除いて、ザルに広げた。
このまま数日、日に当てれば乾燥きのこができる。
「鍋からいい匂いがしますよ!」
「どれ」
鍋から肉を出して、指で押さえたら、ほろほろ崩れた。
「よし、じゃ、すりつぶすか」
潰した一部を味見と称して食べさせると、ぽこは尻尾を軽く上げた。
期待していた美味しい保存食の正体はこれだったらしい。
「すりつぶし終わったら、また鍋にかけて煮込むぞ」
火にかけると、スープがだんだん透明になってくる。隣の鍋で、綺麗に洗った瓶と木杓子を煮沸消毒し、まずスープの具だけを瓶に詰める。
後から、煮えたぎった透明の液体で蓋をする。
「この透明の液体は、何ですか?」
「豚肉の脂だ」
さらに蓋をしてから、また沸騰した湯で瓶ごと煮ていると、ぽこが尻尾を上げたまま、朝一番に買ったパンを一口大に千切り、さっきの具を上に載せた。
かぶりついて、目を細める。頬が珊瑚色に染まり、耳が寝た。
「ふわわわ。幸せの味♪」
また一口分作り、今度は俺に差し出してくる。
生憎、作業台を拭いていたので、受け取れない。
「旦那様、あーん♪」
仕方なく口を開いて、身体を屈めると、口の中に入れてくれた。
照れくさくていかん。
戸口で何か落ちる音がして、ぽこが俺の背中に隠れる。
そこには、クエスト屋の受付がいた。
「珍しく何日もいらっしゃらないので、心配になって来たのですが……。お邪魔しましたぁ‼」
顔を真っ赤にして、疾風の如き速さで帰っていってしまった。
追いかける気力も奪われて、座り込んでしまう。
朝から、朝市の店員たちと、嫁の有無について押し問答してきたというのに、もう決定的になったのではないだろうか。