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たぬきの嫁入り  作者: 藍色 紺
第2章 ふたり暮らし
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13話 ぽこと買い出し

 朝、うっすら覚醒し、気合で目を開ける。部屋を白い光が薄く照らす。

どうやら、夜が明けたばかりのようだ。


 急いで布団の中を確かめたら、身体にぴったりくっつく小さなたぬきがいた。


 二日連続で、朝飯を用意させてしまったが、今日はある計画がある。その為には、ぽこより早起きする必要があった。


 安堵して、薄明かりの中、ぽこを観察する。

 規則正しく身体が上下し、ぐっすり寝こけている様子は、たぬきというよりは犬に見える。野生動物とは思えぬほど、安心しきって身体をだらけさせている。


 小さな丸い頭を撫で、そのまま耳の裏を辿って、顎の下をかいてやると、ぐぬぬ~と妙な声を出して、伸びをした。

 起きるかと思ったが、そのまま寝入りこむ。


 環境が変わって、三日目。疲れが出る頃だ。


 起こすに忍びなく、ぽこと逆の方へ身体を捩ってベッドから降りた。

 暖炉の熾火に新しく薪を足してやり、井戸から水瓶へ水を汲む。


今日使う薪を室内に運んでいる途中で、二階から四つ足で走る音が聞こえた。

たぬき姿のぽこが二階から慌てて降りてくる最中で、俺の姿を見つける。

はしご階段の上部から俺に向かって跳んだ。


「おわっ⁉」


 きゅうう~っ! ぽん‼


 煙と共に、人間型のぽこが腕の中に納まる。


「あっぶな!」


「旦那様! おはようございます!」


 首にぎゅうっと抱きつき、満面の笑みを向けられる。


 心臓が早鐘のように鳴る。


 驚いて、声も出ない。

 ぽこは、すぐに身体を離して、俺の腕から降りた。


「すっかり寝坊してしまいました。今、朝餉の支度をしますね」


 言われて、ようやく今日の予定を思い出した。


「あ、いや、今日はもう食材の買い出しに行こう」


 いい返事をして、ぽこが、壁にかけてあった羊毛の防寒具を羽織る。

 すっかり気に入ったらしい。



  ❄



 街で一番早起きは、パン屋だ。

 この辺りでは、丸いパンに五本の放射状の模様が入ったパンをよく食べる。

 中央にある水飲み場の周りに置かれたベンチに座り、買ったばかりの丸パンをナイフで二つに割れば、若干のアルコール臭がする。

 まだ温かいそこに、持ってきたバターを塗り、燻製ハムとザワークラウトを挟む。


 ぽこに手渡すと、小さな口であむりとかぶりついた。


「美味しい!」


「だろう? 焼き立てをその場でってのがいいのさ」


 夢中でかぶりつくぽこを見て、企てが成功したことに満足した。

 新しい環境で頑張っているぽこを労うために、うまいパンを食べさせたかったのだ。


 丸パンの表面についていたポピーシードが、地面に落ち、それを狙ってロビンが飛んできた。胸の赤いロビンは、野鳥なのに人を怖がらない。ぽこの膝の上に乗って、直接ポピーシードをついばみ始めた。


 些細な企みだが、まぁ、こういうのが幸せだと俺は思っている。

 水飲み場の水を飲み、一息ついたのを見計らって、朝市へと戻る。



  ❄



 朝市は、中央広場を挟んで左右で開かれている。

 手押し車を押し歩く俺を追いかけて、ぽこが小走りになっているのに気が付いて速度を緩める。


 まず、肉屋に着いた。


「よぅ、おやっさん。冬支度をお願いするよ」

「お! ぽこちゃん! 今日は旦那さんと一緒でいいねぇ!」


 話しかけた俺ではなく、肉屋の親父はぽこに話しかけた。

 見たこともないような笑顔をぽこに向けている。


「はい!」


「冬支度、おじさんに任せておきな」


 肉屋の親父が、鋭い包丁を、肉に突き立て、ようやく俺を見た。


「銀貨三十」


 俺には挨拶も愛想も無しで、金だけ請求するのか。

 懐から金を出して払い、油紙に包まれていく各種肉を手押し車に積んでいく。

 ぽこは、大量の肉を喜ぶかと思ったが、眉尻を下げた。



 肉屋から出発したところで、ぽこは、俺の袖を遠慮がちに引っ張った。


「どうした?」


「こんなに買っても、昨日の稼ぎじゃ足りません。私、人間のお金の蓄えはないんです」


 言い難くそうに打ち明けた言葉に笑ってしまった。


「大丈夫だ。今から稼げばいいさ。それまでは、貸しておいてやるよ」


 小さく唸られる。


 不満があるのは、貸し借りが嫌なのか、何なのか。


まぁいい。

もし、ぽこが途中で愛想を尽かせて出て行ったとしても、腐るもんでもない。

冬は長いのだし、その内不満の理由もわかるだろう。


「真冬には外に出られない日が続くこともあるからな。元はと言えば、蓄えをサボっていた俺に問題があるから、気にするな」


 まだ不安そうなぽこと、今度は八百屋に着いた。


「ベテランさんやるねぇ! こんな若い娘っこを嫁にもらうなんて。心配は無用だったね」


 若い丁稚を捕まえようと思っていたが、わざわざ主人が出てくる。


「じゃがいもに、玉ねぎ、人参も一箱ずつ」


 冬支度用に一抱え程度の大きさの木箱で売られているのを、注文に従って若いのが手押し車に運んでくれる。


「いやぁ、新婚っていいよね! これサービスしとくよ。ご祝儀だ!」


 吊るされていたにんにくの束を木箱に入れてくれる。


「新婚?」


「精をつけないとね」


「何言ってやがる」


「照れない照れない。ぽこちゃん、昨日のリーキどうだった?」


 ここの主人も、俺の話を聞かずにぽこに話かける。


「教えて頂いた通り煮込むと甘くって美味しかったです! 他にお勧めはありますか?」


「そうだね。これなんかどう?」


 根菜類の調理や保存方法なんかを話しながら、普段なら買わないような野菜が木箱に追加されていく。


 この後、干し果物屋や、塩屋にも寄ったが、どの店でも同じように、ぽこは人気だったし、俺の新妻と言われた。

 昨日、ぽこを一人で朝市に出したのが悔やまれる。



  ❄



 すっかり重くなった手押し車を押しながら、街外れの我が家を目指す道すがら、ぽこは鼻歌を歌っている。

 このたぬき娘は、どうやら機嫌がいいと歌うらしい。

 俺の機嫌を損ねていることには気づいているのか、いないのか。

 気づいているのに、知らないふりをしているのなら、とんだたぬきだ。


「一体何を言いふらした?」


「何のことです?」


 返事をした後の唇が尖り、大きな目が俺と反対方向を向く。

こんのたぬき娘め。


「恍けるな。あっちでもこっちでも新婚って言われちまっただろ」


「昨日、お買い物してたら、見かけない顔だねって言われて」


「言われて?」


「ぽこは、オズワルドさんの妻だって、ちゃんと言いましたヨ?」


「誰が妻だ!」


 思わず吠えてしまい、近くの木から鳥が飛び立つ。


 甚だしく嘘の情報が独り歩きしていることに、危機感を覚える。


「どうして怒るんですか?」


「あのなぁ。ご祝儀だなんだって、相手から温かい気持ちを頂いて、嘘だなんて申し訳ないだろう?」


 あれだ。服と同じで、人間の常識ってやつをぽこは分かっていないに違いない。


「なら、本当にしちゃえばいいのですよ!」


 こちらを見上げて、ウィンクを飛ばしてくるぽこに、してやられたと思った。


外堀を埋められているんじゃないか?

そういえば、昨夜までぽこの企みを知らなかった。

ぽこは、最初から種族変更の薬で人間になるつもりだった。


ここまで考えて、ふと不思議に思った。


何がぽこを駆り立てるのだろう。

一目惚れされるような見た目でないことは、自分がよく知っている。


 真正面から質問して、ぽこは正直に答えるだろうか。

 真面目に働くし、根性もある。だが、聞かれなければ答えなくてもいいと思っているフシがある。


 まぁいいか。


 俺の機嫌の悪さが収まったのがわかったのか、ぽこが呑気に蒲の穂の上を飛ぶ赤蜻蛉に向かって人差し指をさすと、うまい具合にそこに止まった。


「気をつけろよ。ここらじゃ、蜻蛉は嘘をつくヤツの口を縫うんだぞ」


 一瞬意味が分からず、呆けたような顔をした後、ぽこが大笑いし始めた。


 失うものはないのだから、たぬき娘に化かされてやるくらい造作もない。


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