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 予定していた刻限、『白と黒の王国』の青空にひとつの影がよぎった。

 きた。

 エドはそれを目にしたとたん、駈け出していた。あれはエドが呼んだ迎えの船に違いない。連絡通りにやってきた船は、シャトルを街におろした。星間ステーションや街の残骸を目の当たりにして、本艇で着陸するのを取りやめたようだった。

 シャトルが着地する場所を探してさ迷うのを追いかけたのは、エドとリンの少年たちだ。その二人に遅れて、街の管理者であるヴォルフもゆっくり歩く。三人は頭まですっぽりフードをかぶり、トリビトたちの活動が鈍る夜を選んでここまで来たのだ。

 二人がこの街に降り立ってから三日が過ぎた。街が半壊してから三日が。

 その間にヴォルフの手伝いをしたり、旅の支度を彼らは整えた。リンのメガネもヴォルフが修理してくれた。残念ながらぼろぼろの服までは元通りにならなかったが、今身に着けている少年たちの服はヴォルフが用意してくれたものである。

 三日間は目まぐるしく過ぎて、本当はもっとこの街にエドは留まりたかった。けれど、それはいけないと管理者が首を振った。だからエドとリンは荷物を持ってここにいる。すっきりしない心境のまま、このステーションで一晩を明かしたのだ。

 少し開けた場所に着地したシャトルは、朝日のなかで輝いていた。小さく見えたが、間近で見るととても大きい。夢中で追いかけた二人が見守る中、その扉がひょいと持ち上がる。中から吐き出された人影は、同時にできた段差に足を引っ掛けて奇妙な悲鳴をあげた。

「…………」

 どう反応していいかわからない三人の視線が注ぐ中、両膝をついた影はぴょこん、と身を起こした。見覚えのある耳をピンと立たせ、ぱたぱたと服を叩いて整え――必死に手を振るのだ。逆光から徐々に読み取れたその姿に、少年二人はぽかんとする。

「え? フーリーさん?」

 びっくり眼でつぶやいたのはリンだった。ウサギ族の警察官は真剣な顔をして瓦礫を踏み越えていた。

「エドくん、リンくん!」

 その顔をエドがちゃんと確認する前に、がばりと二人を抱きしめられる。え、と少年たちが驚きを口にする前に、回された腕は強い力がこめられた。

「二人とも元気そうだね。無事でよかった。本当によかった。ニュースを聞いてびっくりしていたんだよ」

 フーリーにぎりぎりと二人は締め付けられてあえぐ。肩口でもがくエドは、ぺしぺしと彼を叩いた。

「フーリーさ……は、はなし……」

「苦しいってば!」

 エドが突き飛ばすようにして逃げると、ようやく「ごめん、つい」と潤んだ瞳でウサギ族の警察官は二人を解放する。鼻をすすっている彼は、再会に感極まっているようだった。

「トリビトの街で、観光客が巻き込まれる騒動があったって聞いたんだよ。すぐに君たちを思い出した。安否を列車に問い合わせたりもしたんだ。この話が舞い込むまでは、どうしたらいいかもわからなくて」

 よかった。よかった、と繰り返すフーリーはぽたぽたと子どものように涙を落とした。そんな大人を前に、リンとエドは顔を合わせる。ぺたんと座った彼に、エドはハンカチを差し出して「泣かないでよ」とぶっきらぼうに言い、リンは無言で隣に腰を落として大きな手に触れた。するとますます盛大にいい大人が泣くのだから堪らない。

 フーリーが泣いている間に、シャトルからは続々とヒトが降りてきていた。どうやら半壊したオーウェインの調査をするようだ。彼らと話をしているのはヴォルフで、子どもたちの口を挟む隙なんてなさそうだった。続々と下ろされているのは食べ物や資材などさまざまである。

(でも、この街には触れちゃいけない暗部がある)

 エドはふと笑みを消した。

(どこまで干渉を許すかで、今後、街のあり方も変わるんだろうな)

 もうトリビトだけの楽園でい続けるのは難しいのかもしれない。それとも、ヴォルフはこれを望んでいたのか――

「ところで、どうしてあなたがここに? もっと適任のヒトはいたでしょ」

 エドはやっと涙が収まり始めた警察に尋ねる。エド、と諌めるように言ったのはリンだったが、気にしない。エドが応援を頼んだのはこのヒトではなかったのだ。フーリーは鼻をすすりつつ、

「私は坊やたちと面識があるからね。その方がいいだろうという話だったよ。ああ、私を推薦してくれたのがアベルさんだったんだ。彼は、その、いろいろ問題があってこれないけれど」

 こちら側の世界で人族にこれ以上介入されては堪らない、という意思を感じ、エドはうっすらと唇を曲げた。同時に、アベルがフーリーを指定した理由が気にかかる。

(僕らのこと、あのヒトがそこまで気にかけてくれてるなんて知らなかったけど。むしろ、エルザに何かあったと睨むべき? いや、それならアベルさん自身が出張ってきてもよさそうだし)

 エド自身、先日の逮捕劇には納得のいかない箇所が多かったのだ。なんせ彼女は二十年を逃げ続けてきた。あんな呆気ない幕切れは、彼女らしくない。

(もしかしたら――脱獄とか)

 これは調べてみないと、とエドが好奇心を疼かせている傍らで、フーリーは少し心配そうにリンを覗いていた。

「どうしたんだい、元気がないね。どこか怪我でもしたのかい」

「え、あ……えと……、そんなことないです」

 まごつきながら否定したリンを、じいっとウサギ族は泣きはらした目で見つめている。瞼を伏せたリンの態度は、明らかに逃げ腰だ。リンへさらに話しかけようとするフーリーを、「こっちきて」とエドが慌てて引っ張った。ぐいぐい服をつかんで、問答無用で立ち上がらせる。少し離れた場所で、キッと睨みつけた。尻尾がピンと持ち上がる。

「あのね、ちょっとは気遣ってもらえませんか。あいつ、トリビトのことで傷だらけなんだってわかるでしょ。心も、身体も」

「そういえば、エド君。君も足を――」

「僕のことはどうでもいいんです。あいつは人族で、この街はトリビトの街なんだってこと忘れてませんか。あなたや僕は大丈夫でも、ここではそうじゃなかったってこと。だから苦しんでいるんだってこと。本当にわからないんですか?」

 まくし立てたエドの剣幕に押されて、フーリーは口をつぐんだ。面食らった彼は、やがて難しい顔になる。それをじっと仰いだエドは、次にそっとリンを窺った。人族の少年は、浮かない表情のまま瓦礫に座っていた。ぽつねん、と路上に視線を投げている。やっぱり、この街に降りたのは間違いだったのだ……。

 フーリーはそんな子どもたちを見やって、首をひねった。

「だからって、放っておくのは逆効果じゃないかなぁ。落ち込んでいるなら、なおのこと傍にいてあげたほうが嬉しいと思うよ。ああやって一人ぼっちでいるのは、寂しいからね」

 近くにいてあげなくていいのかい?

 そんなことを言われ、エドがまじまじとフーリーを見上げた。

「坊やたちは、友だちなんだろう?」

 なにかおかしなことを言ったかなぁ。

 にこ、と子どものような笑顔でフーリーは肩をすくめた。勢いついて反論しようとしたが、エドはどう返せばいいかわからない。直球で指摘されれば、抱えた懸念などちっぽけに思えたせいだ。

(でも横でぐちゃぐちゃ言われたら苛立たない? 放っておいて欲しいって思わない?)

 こんなときは構って欲しいものなのか。距離をおくのは間違っているのだろうか。そんな考えで埋め尽くされたエドを、やおらフーリーが抱き上げた。高い高い、と小さな子どもにするように、だ。短い悲鳴を上げたエドは一瞬絶句した。「何するんですかいきなり!」と猛烈に抗議する。しかしフーリーは片手で少年を抱えると、どこ吹く風で時計を確認している。

「出発までもうちょっと時間があるからね。それまで好きにしていよう」

「下ろしてください! 仕事があるんでしょ! こんなことしている余裕なんか――」

「私の仕事は、坊やたちの傍にいることだからねぇ。難しいことを考えるのは大人の役目だよ。――おーいリンくーん!」

 言葉にならない悲鳴を発して、エドはますます暴れた。リンに見られた、というショックがまずでかい。フーリーはそんなエドをがっちり抱え、にやりと目を弓なりに細くした。それは、いたずら小僧が何かを企んだ笑みだ。エドの顔が引きつった刹那、大きく彼はジャンプする。うわああああ! と今度は声に出して悲鳴を上げたエドを、びっくりしたリンが仰いだのはその直後。周辺にいた大人たちも目を丸くした。子どもの遊びだとわかると、笑みをこぼして作業に戻っていく。

 呼気荒くフーリーを散々引っかいたエドが、ぼさぼさ頭で降り立ったのは、数回のジャンプを繰り返してからだった。面白かったのと、面白いと思ったことへの屈辱と、叫んでしまった気恥ずかしさで「……くそ」と漏らしている。

「よし! じゃあ次はリンくんだ!」

「えっ? あの、ぼくはいいです……」

 顔中に引っかき傷を作っているのに、フーリーはめげない。すぐさま身構え、「十、九、八……」と大声でカウントダウンしていく。リンがあわてて四方へ目を飛ばした。逃げられる場所を探したのだ。エドがそのリンの肩を叩く。

「逃げるよ! ほら」

 その顔に、先ほどまでの不安は見えなかった。走り出した二人は、わたわたとヴォルフたちのいる集まりに向かう。

「ゼロ!」

 まぁてぇ! とフーリーが追いかけた頃には、リンの笑顔が灯っていた。




 宇宙船に乗り込んだ二人には、小さな部屋があてがわれた。列車に慣れていたエドは、その窮屈さに「狭!」と文句をこぼす。ベッドを二つ並べただけでいっぱいいっぱいの部屋だった。そのベッドだって列車のような広さはないし、ふかふかしたものでもない。ぶうぶう文句を言っているエドがトランクをしまったころ、フーリーが姿を見せた。そろそろ出発するとのこと。

 ヴォルフに別れを済ませていた二人は、改めて景色の見える場所へ案内してもらった。ヴォルフの手を振る姿が見えた。それが小さくなるにつれ、明らかになっていく街の全貌に、子どもたちは言葉をなくす。

 フーリーがあれだけ泣き喚いた理由も、わかった気がした。それだけ、ひどい有様だったのだ。くもの巣のようなネットには、巨大な街の破片がいくつも突き刺さり、黒の街は影に埋もれながら残骸をまいていた。そして白の街は――今にも崩れそうなアンバランスさをさらしている。ちょっとした振動ひとつで、今にも崩壊が始まりそうで、二人の目釘付けになる。

 絶望的な視界をよぎったのは白い翼だった。たった一人だけ、彼らを見送るように空を旋回している。シエラかもしれなかった。

 ふとエドの手に、何かが触れた。それは、小さく震えているリンの手だ。手のひらを返してエドがぎゅっと握れば、リンの肩から少し力が抜けたようにも思えた。

 だんだん、白と黒の街から、遠ざかっていく。目を凝らしても細部がわからなくなって、やがて世界は雲に包まれた。それさえ小さくなったころ、少年二人を促すためにトンっと背を押される。フーリーだった。




 狭いシャワーを借りてエドが出たら、リンは備え付けのテーブルに向かっていた。

「あ。手紙、書いてるの?」

 エドが尋ねると、リンがうん、とうなずく。だけどペンはすらすらと動いておらず、「大好きなアニエスとみんなへ」で止まっている。しばらく待ってみても、そこから先には進む気配がない。リンはやっぱりどこか沈んだ面持ちで、何か考えているようだった。

「ラッカ……、目覚めなかったね。ヴォルフさんは大丈夫そうだって言ってくれたけど。はやく目覚めてくれるといいよね」

 うん、とリンは言う。

「最後に見えたトリビト、きっとシエラだよね。ステーションには着てくれなかったけど、ちゃんとさよならできたね」

 うん、とリンはもう一度言う。

「シャワーあけたから、入っていいんだよ。それともお茶にする? そういえば少しおなかすいたよね」

 リンは三度、うん、とうなずく。エドの台詞など右から左へ抜けているようだ。

 オーウェインへ来る前もこんな調子だったが、あの時はホームシックが原因だった。だけど今度のは……

(傍にいてあげるほうが嬉しい。僕らは友だちなんだから?)

 フーリーの言葉を繰り返してみても、まだエドは納得していなかった。だって、一緒にいてもどう声をかけていいかわからないし、一緒にいても何もしてあげることができないからだ。今もこうして、エドはこっそりため息をついている。本当にそれだけのことが力になっているかどうか、確信が持てない。

(僕ならそっとしておいて欲しいって思うもんな)

 だけど久々に見た屈託のないリンの笑顔にホッとしたのは事実だ。しかし、自分ではそうしてあげられなかった。話しかけてみても、この通りだ。フーリーのようになかなかできない。

 机に向かっているリンを残し、エドは船内を歩き回る。食べられるものがないか探していたのだ。小さな客人のことは誰もが承知しているらしく、すれ違うたびに声をかけられる。ご飯について尋ねると、食事は部屋へ運んでもらえることがわかった。そして、今は食事の時間ではないことも。やんわり部屋に戻るよう勧められたが、猫の少年は気にしない。

(お腹すいたんだよね。そういえば、あの街じゃろくなもの食べれなかったし)

 列車にいたころは、食堂車へ向かいさえすれば、いつでもご飯にありつけたのに。まったく不便だ。

 そうして奥へ奥へ進んだころ、不穏な言葉が耳に飛び込んできた。

「それで、行方不明の列車とは、まだ連絡がつかないのですか?」

 フーリーの声である。息を呑んだエドは、思わず足を止めて耳をすませた。

 ――難しいことを考えるのは、大人の役目だとフーリーは言った。子どもには知らされていない理由があって、彼らはここにいる。

(そういうことだと思ったよ!)

 どうやら問題は、これからも二人にのしかかってくるようだった。

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