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「くそ、まともなところは――無事なところはないのか!」

 目指したのはラッカの家だ。記憶の通りに走ったが、どこもかしこも崩れている。

「どうして、ここまで……っ」

 どこを見ても、瓦礫とけが人ばかりだ!

 街の最上部は平らな面ばかりだが、そこにも亀裂は生じていた。大きな亀裂だ。下手をすれば、白の街は半分以上も地上都市へ落下したのではないか。その可能性にエドの身がすくむ。

 通りがかった星間ステーションは、案の定破壊されていた。ぐしゃりと凹んだ扉や、分解された線路、屋根の落とされたホーム……。陽の降る駅内部は、見るも無残な姿をさらしていた。駅員が常駐していなかったのは、せめてもの救いである。

 トリビトたちの憎しみが、そこかしこに現われていた。これが、人族や女王に対する憎悪なのか。

 何かに引かれるように、エドは中に入っていた。ラッカの家に行かなければ。シエラを探さなければ。そう思うのに足が、こちらへ踏み出していく。しつらえてあったベンチや乗車券売り場は、ぺしゃんこだった。スポットのように、歪んだ屋根から光の筋が、粉々の足元を照らしている。戦慄していると、見覚えのある姿が横たわっていた。

「シエラ!」

 シエラだったのだ。こんなところにいた! だが赤い血が、真っ白な少女を汚している。息をのんで抱え起こした。ぬらりとした感触に、ゾッとなる。白い肌がとろどころ裂けていて、頭からもシエラは血を流しているのだ。

(これは、僕がやった)

 腕が赤に染まるのも構わず、エドはその頭を抱き寄せた。青白い少女の身体から、熱が消えていくのではないかと怖かった。ラッカと同じ目にあわせたのか。僕がそうなるよう仕向けたのか。息ができなくなる。カチカチと歯がなって、震えていることに気づいた。崩れたホームの天井からは光が二人を照らしていたのに、暗がりに落ちたような錯覚さえした。

 シエラの、弱々しい声が聞こえるまでは。

「あなた、エド……?」

 エドが目を見開いてうなずくと、彼女は少しだけ、微笑んだ。

「あたし、ちゃんとできたかな。ちゃんと、やれた……?」

 そう言って、エドを見るのだ。助けてとも恨みごとも言わなかった。これでよかったんだよね、とエドを見るのだ。答えを求める眼差しに、なにも返してやれなかった。どう返せばいいのか、わからなかった。

 ふっと彼女が意識を失うと、たまらず彼女をおぶってエドは支柱に急いだ。小さな身体は、簡単に持ち上げられた。こんなにもシエラは儚くて、守るべき存在だったのだ。

(僕は、正しかったのだろうか)

 もっと他に方法はなかったのだろうか。だれかに罪を押し付けたのではないだろうか!できることを探した。今できるベストだと思う手段を。だが、誤ってなかったか、自信がもてない。

 シエラはこんこんと丸一日眠り続けた。眠る兄の隣に並べると、一組の人形のようだった。包帯が巻かれ、服を着替えたシエラから赤は取り除かれたが、痛々しさは変わらない。二人がこうなったのは自分のせいだと青ざめるエドの肩を、ヴォルフが力強くつかんだ。

「シエラは、持っている力をすべて、強制的に放出したんだ。眠ることで回復しているから、大丈夫だよ。腕の骨折と足を捻挫しているようだが、命に別状もない。安心していい」

 管理者がそっと様子を診て言う。よかった、と何度もエドは繰り返した。ラッカに続いてシエラまで目覚めない事態に陥るのは、耐えられない。

「あの祈りの歌を聴いたかな。あれは、一種の奇跡だった。この子の踏ん張りがあったからこそ、この街は失われずに済んだんだ。シエラを説得してくれて、ありがとう」

「そんなお礼、言われる資格なんて……!」

 簡易チェアに座って、拳を握りしめるエドに、管理者はわずかに微笑を向けただけだ。ネコ族の少年が慰めを必要としてないことを、承知していた。その役目は、ヴォルフではないのだ。

 静かに彼が扉を抜けたところで、今度はひざを抱えるリンがいた。鞄を抱きしめながら、エドがトリビトの兄妹を看ている間、ずっとそうしていたのをヴォルフは知っている。

「入っていいんだよ、リンくん」

 照明を落とした廊下で、リンは無言で首を左右に振る。

「じゃあ、向こうで休まないかい。一緒にお茶をしよう。僕もそろそろ休憩したいから」

 リンは両手に顔を埋めて、首を振るばかりだ。管理者が上着を脱いで、リンにかぶせた。

「日が落ちるとそこは冷えてくる。これを羽織っていて。あとでもう一度来る。ご飯は、食べられるね?」

 返事がないリンの頭を、そっと大人の手が撫でていく。

 だれもが、傷だらけだった。




 トリビトたちは最初のショックから抜け出して、寄り添うように復興作業を始めた。その表情は決して晴れやかなものではないが、とヴォルフが教えてくれたのだ。最初の一晩は、ため息と痛みに対する呻き声と、すすり泣く声が響いていた。たった一日で激変するほど、この街はずっと歪みを抱えていたのだ。

(その引き金を、僕らは引いてしまった)

 管理者は二人のせいではないと繰り返してくれたが――

「騙しだましやってきたからね。そろそろ限界だったんだ」

 そのヴォルフこそ、トリビトが心配で一睡もしていないようだった。疲れた素振りは見せなかったけれど。

 昨晩、二人へ早々に眠るよう告げた彼は、管理者としての能力をずっと駆使していたのだろう。白の街へ意識を傾ける傍ら、暗い夜のうちに黒の街の視察へ出ていた。彼は動ける黒種たちを率いて情報を集め、次々に対策を立てていたのだ。

 たった一人で。

 この街を預かるものとして。守るものとして。睡眠時間を削って。

 管理者としての能力を超えて、だれよりも街の復興に努めている。

「黒の街は大丈夫そうだよ。もともと、白の街のサポートをこなす場所だったからね」

 彼が気遣ってくれているのだと、すぐにエドはわかった。黒種たちの被害は、白種たちよりも大きいのだ。リンくんが彼らを連れて避難してくれたおかげだよ、とヴォルフは言うけれど、それは全体の何パーセントだ? それだけで何とかできるような被害だったか?

(本当なら、僕らの相手している余裕なんか、ないのに)

 子ども扱いできないねと言った彼が、だれよりも二人を子どもとして見ていた。

 だから、エドは天井都市への仲介者を名乗り出たのだ。少しでも、役に立ちたい。自分でも何かできるはずだと思いたかった。

「エド、ぼくも行く」

「ダメだよ」

 後に続こうとするリンが、どうして、と訴えてもエドはにべなく却下した。

「ダメだ。白種たちはまだ怯えているから、キミが向かったら逆効果だよ」

「でも……」

 本音はリンの安全を優先したのだった。何より、リンの変化が気にかかる。表面上は何事もない風を装っていたが、黒の街へ落されてからのリンは沈みっぱなしだ。よく笑う性格だったのに、口数もぐっと減ってしまった。予想していたとはいえ、リンの元気のなさが一番堪えた。迂闊に天井都市へ上がってしまったら、さらにリンは傷ついてしまう。それだけは、避けたい。

「キミはここで休んでいて。ね?」

 リンは両手をだらりと下げて、言葉なくうつむいた。そんな旅の連れから逃げ出すように、エドは天井都市へあがったのだった。

 街をざっと見て回れば、トリビトたちはいくつかのグループに別れていた。そのリーダー数人を探し、通信機を渡すことが仕事だ。移動するトリビトを探すのは結構な手間だ。使い方を教えて回るだけで一日が費やされた。だが、通信機のお陰で、支柱サイドも逐一問題を把握できる。現地にとって必要な物資や器具を送れるというわけだ。

「あの、ケガ人については、軽傷者でもちょっと見逃せないかも。指や手をダメにしているヒトが……案外多くて。手当をしないといけないのに、おざなりになってしまってるんです。それから……食事と衣類となんといっても手が足りてません。あともしかしたら建物ごと黒の街に落とされたヒトや、倒壊に巻き込まれたヒトとかの――」

 報告していくエドの耳に、ヴォルフの了解が聞こえる。助かるよ、と言われると少し後ろめたい。

 とりあえず支柱の上部を臨時で開放することが決まった。こうなった以上、天井都市との関わりを避けるだなんて言ってられないからだ。現実的な生活必需品は、列車によって運ばれてきたり支柱からトリビトへ支給されていた。ただし、白の街へはそうとわからないよう無人の店なんかに卸していたので、白種たちは仰天だ。彼らはなんの疑問もなく、それらシステムの恩恵を授かっていたのだ。

「まさか、支柱や列車のものだったとは……」

 そんなつぶやきが聞こえて、エドはこの街の特異さを意識した。白種たちは手厚く保護されていたのだ。食べるものも、住む場所も、身につける服も何もかもを与えられ続けていたのだ。しかし、そんなシステムさえ彼らは自らの手で破壊した。これからは自分たちが、自分たちを支えなければならない。少なくとも、街が復興するまでは。

 だけど、とエドはため息をついた。生活ができるように解放されたフロアは、がらんとしていた。トリビトたちはここへ入ろうとしない。

(トリビトの性質上、支柱という場所が生活しにくいのかもしれないけど)

 空を飛び交う彼らは、街を下へ下へ延ばすことで居住区を完成させていた。支柱の中では、圧迫感があるのかもしれない。

(でもやっぱ、人族の助けを不気味に思っているんだ。これが大きい)

 今まで、助けられていたことさえ気付かずにいたのだ。トリビトたちの戸惑いを感じる。

「エド」

 ぎくんとしたのは、こんな場所で自分を呼ばれるとは思わなかったからだ。血相をかえて振り返った先に、トリビトの少女がいた。

「シエラ……」

 彼女も頭や手足に包帯を巻いている。白種のなかではシエラだけ、この支柱に足を踏み入れていた。だが、それさえ「兄がいる」という理由付きだ。彼女だってラッカがこんな状態でなければ――。  ふるふると首を振って、エドはシエラへ笑いかけた。

「具合はどう?」

「うん、お兄ちゃんはまだ目を覚まさないよ……」

 シエラの体調を尋ねたのに、彼女の頭はラッカのことでいっぱいだった。ラッカはこの上部フロアでずっと眠っている。先日とは逆に、妹がぎゅっと兄の手を握っていた。目覚めからてずっと、祈るように彼女はそばを離れない。快調とは言い難い体で、無理に起き上がってラッカへ寄り添っている。

 その絆の深さに、エドは目を背けたくなった。ラッカが姉に見せた執着を再び見ているようで、辛い。

(僕も、あんな風だったんだ、きっと)

 封じていた過去が胸の内にあふれて口をつぐんだエドとは反対に、シエラは躊躇いがちにエドを見た。

「あの、あの子、どこにいるの」

「あの子?」

「あたしが……突き落した子」

 謝りたいの、とシエラは言った。ここにいるかと思ったのに、探したけど見つからないの、と。エドの目が見開かれる。

「あたし、酷いことをしたから。あたし、お兄ちゃんの言うことをちゃんと聞けばよかった。そうしたら、みんな平静でいられたし、お兄ちゃんもああならなかった。……あの子のせいだって思ってたけど、違ったの。あたしが、バカだったと思ってる」

 あの子のせいじゃなかった、ときれいな顔をゆがませるシエラは、ぎゅっとスカートのすそを握っていた。逃げ出さないように必死に足をとどめている。

「ここに、連れてきてもいい……」

 それは問いかけと言うより、エド自身の考えがぽとりと落ちた台詞だ。リンを激しく拒絶したシエラが、ぎゅっと目をつむる。そして結んだ唇のまま、うん、とあごを引く。そのまま前髪の下に顔を隠した彼女を、エドは複雑な色で見つめた。

「この部屋に、あいつを連れて来てもいいの?」

 今度のはハッキリとした問いかけである。もう一度、シエラがうなずく。耳まで真っ赤にして、彼女は真剣に申し出てくれたのだ。

 全身に電流が走った気がした。目の前に落ちてくる光は支柱のライトなのに、何かが開けたような気持ちになった。

「待ってて、すぐに連れてくるから。あいつを引っ張ってくるから!」

 人族だというだけで傷ついた友だちを、ちゃんと知ってくれる切っ掛けをやっとつかんだ。その事実に胸が詰まった。会いたいと願ったトリビトに、やっとリンは会える。

(そうだよ、世界は動いている。変わっているんだから――トリビトだって)

 諦めていたはずだった。

 分かり合えることもなく、二人はここを発つはずだった。

 勢いづいて踵を返したエドを、再びシエラが止めた。エド、と呼んで。振り向いた猫の瞳が映したのは、いろんなものを含んだ笑顔の小さなトリビト。どういう顔をしていいかわからず、結局くずれた笑顔になったというような。

 彼女は耳を澄まさなければ聞こえないほどのか細い声で、一言だけ「ありがとう……」とつぶやいた。



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