「どんな願いでも叶えてあげましょう」という女神が現れたので、オチを先読みすることにした
ある日、道を歩いていたら小さな箱を拾った。
黒く平べったく、弁当箱ぐらいの大きさだ。「浦島太郎」に出てくる玉手箱みたいな箱、といえば一番分かりやすいかもしれない。
僕は自宅アパートに持ち帰り、それを開けてみることにした。
蓋を開けると中から白い煙が出てきた。
僕はおじいさんになってしまうのかなと思ったが、そうではなかった。
一人の女性が現れたのだ。
腰にかかるほどの長い金髪で、白い肌に白い衣をまとい、絵画や彫刻を思わせるほど整った顔立ちの美女だった。
僕が呆然としていると、女性が話しかけてくる。
「私は女神。どんな願いでも一つだけ叶えてあげましょう」
どうやら女性は女神だったようだ。
「どんな願いでも?」
「ええ、私の力で叶えてあげるわ」
自信満々に答える。
本当にどんな願いでも叶えてくれるのなら、これほど嬉しいことはない。叶えて欲しい願いなんていくらでもある。
だが、上手い話には落とし穴があるのが常。こんな怪しい話にホイホイ飛びつくほどバカじゃない。
僕は女神をじっと睨みつけた。
僕が怯えていると思ったのか、女神がにこやかに笑う。
「どうしたの? 本当にどんな願いでも叶えてあげるわ。例えば、大金を出してあげることだってできる」
大金ねえ。お金はいくらでも欲しいが、これはきっと罠に違いない。
願いを言ったが最後、とんでもない落とし穴が待ち受けているに違いない。そうに決まってる。
だから僕は、オチを読んでやることにした。
「大金を願ったとして……どうせ偽札が出てくるってオチなんでしょ?」
女神が笑って答える。
「あら、そんなことないわ。ちゃんと本物のお金が出てくるわよ」
そうなのか。だけど、“本物”ならいいというわけでもない。
「じゃあ石器時代のお金ってことで、巨大な石が出てくるわけだ」
「そんなの出さないわよ」
「なら平安時代とか江戸時代あたりの古銭とか。歴史的価値はあるかもしれないけど、そんなの出されても困る」
「出さないって」
「わけの分からない物質が出てきて、『バッキャラス星の貨幣よ』みたいなオチとか」
「なによそれ!? ちゃんと現代の、地球のお金を出すに決まってるでしょ!」
だが、不安材料はまだある。
「地球といっても外国の金、しかもマネーロンダリングとかしないとヤバイ金が出てきて、FBIやマフィアに追われるはめになるとか……」
「この国、つまり日本のお金を出すわよ!」
「だったら、全部1円玉で出してくるとか、札束に押し潰されるとか、ここで出したお金の分だけ死後苦しむはめになるとか……」
「そんなことしないってば!!!」
女神が怒ってきた。
とはいえ、大金を願うのはやめた方がよさそうだ。無難な願いだけあって落とし穴を無数に思いつく。あまりにも危険すぎる。
すると、女神がこんな提案をしてきた。
「お金が嫌なら地位や名誉はどう? 今すぐにでも偉い人になれるわよ」
うだつの上がらない僕が、王様や大統領にでもなれるってことか。
しかし、やはり僕は気が乗らない。
「例えば、政情が不安定な国の元首にさせられて、偉くなったその日には革命が起きちゃうオチなんでしょ?」
「そんなことにはならないわよ! じゃあ、ノーベル賞を取るってのはどう?」
「ノーベル賞……。うーん……取ったはいいけど、実力が伴ってないから、世間からボロクソに叩かれるってオチになりそう」
「ちゃんと実力も身につけさせるわよ!」
「だったらバッキャラス星の王になるけど、バッキャラス星は酸素がないから、地球人である僕はすぐ死んじゃうとか……」
「だからなんなのよ、バッキャラス星って!?」
女神が怒鳴りつけてきた。
落とし穴はないと主張してくる。しかし、その主張が嘘でない保証はどこにもない。
それに正直僕は地位も名誉もあまり興味がないので、仮に叶うとしても、「別に……」という感じではあった。
「そうだわ。美女と結婚できる、なんてのはどう?」
そりゃ美女と結婚できれば最高だけど、僕には嫌なオチなんていくらでも思いついてしまう。
「ものすごい美女だけど、ものすごい悪女だとか……」
「ちゃんと性格いいのを用意するわよ!」
「江戸時代の美人だとか言ってまんま浮世絵な美女が出てくるとか」
「現代基準の美女を出すわよ!」
「どう見ても怪物にしか見えないバッキャラス星の美女が出てくるとか」
「だからバッキャラス星ってなんなの!?」
いずれにせよ、今ここで美女を出してもらっても、しがない会社員の僕じゃ持て余すだけだろう。
美女を願うのもやめておいた方がよさそうだ。
その後も女神は次々に願いを提案してくるが――
「健康な体になるってのはどう?」
「健康になるけど、副作用として不老不死になって、永久に生きる苦しみを味わいそう」
「美味しい物を食べるとか」
「あんな美味しいものを食べたらもう普通の物は食べられないってオチになって餓死しそう」
「人生をやり直してみるとか……」
「人生をやり直して大成功する僕だけど、『やり直した人生なんてやっぱり僕の人生じゃない!』って猛烈に後悔するオチになりそう」
僕はそのことごとくを否定してみせた。
メジャーどころの願いごとはだいたい却下したところで、僕は女神に言ってやった。
「……というわけ。願いを叶えたってどうせ悪いことが起こるに決まってる。だから願いなんて叶えなくていいよ」
てっきりまた怒鳴られるかと思いきや、女神の反応は思いもよらぬものだった。
「……しないのに」
「ん?」
「そんなことしないのに……! ちゃんと願いを叶えてあげたいのに……!」
女神が涙ぐんでいる。
「ひどい、ひどすぎるわ……うぇぇぇぇぇん!」
本格的に泣き出してしまった。まさか、泣き出すとは思わなかった。
どうしていいのか分からなくて、僕もおろおろしてしまう。
同時に、僕の中で“ある感情”が芽生えていた。
「泣かないでくれよ……!」
「だって……だって、いちいち疑って、私を悪魔みたいに扱って……!」
どうでもいいけど、今の『泣かないでくれ』は願いにカウントされないのかな。
泣きやんでないから、されてないんだろうな。
いわゆる「ちょっと待った」「待ったぞ」みたいな下らない願いで消費されないあたり、妙に良心的で困る。
「分かった! 願いを言うよ!」
僕がこう言うと、女神は潤んだ瞳で僕を見つめてきた。
「……ホント?」
「ああ、ホントだとも」
女神は鼻をすすりながら、子供みたいな笑顔になった。
「じゃあ、願いを言って! 絶対叶えるから!」
僕は息を呑んでから、願いを言った。
「僕と結婚して下さい!」
女神はぎょっとした顔になった。
僕も内心、叶うとは思っていなかった。
しかし、言いたくなってしまったのだから仕方ない。
芸術品レベルの神秘的な美女が、怒ったり、泣いたりするところを見て、そのギャップというやつで、僕はすっかり女神に惚れてしまったのだ。
しかし、言った直後に後悔する。
相手は今日会ったばかり。しかも女神。少なくとも人間ではない存在だし、そんな人にいきなり求婚するなんてあまりにも非常識すぎた。
「あ、いや、ごめんなさい! あなたに惚れちゃったので、つい……。無礼だと思ったなら、天罰でもなんでも与えて下さい! 本当にすみません!」
散々落とし穴を警戒していたはずの僕が、自ら墓穴を掘るようなことをしてしまった。
無礼な男め、と地獄に落とされることも覚悟したが、女神からの返事は――
「今の願いでいいのなら、叶えるわ」
「え、ってことは……?」
「私はあなたの妻になりましょう。よろしくお願いしますね」
女神の微笑みは慈愛に満ちており、『ああ、この人は本当に女神なんだな』と確信できるものだった。
こうして僕は女神と結婚することになった。
***
朝、僕はスーツ姿で仕事に出かける。
「行ってきまーす」
エプロン姿の女神が答える。
「行ってらっしゃい、あなた」
僕と女神は本当に夫婦になってしまった。
ついこの間まで独身だった僕が所帯持ちになってしまったこととか、女神にそもそも戸籍はあるのかとか、色々問題はあるはずなのに、今のところなんの問題も発生していない。これが女神パワーというやつなのだろうか。
なにしろどんな願いでも叶えると豪語してたぐらいだから、色んな都合の悪い部分をないものにして、人間界に溶け込むぐらいは朝飯前なのだろう。
女神と結婚してから、仕事も順調だ。これも女神のご加護というやつなのだろうか。
すると、妻である女神が――
「ねえ、キスして」
「え!? いや、ちょっと……これから仕事だし」
「私は願いを叶えたんだから、私の願いを聞いてくれてもいいじゃない」
こう言われると、僕には返す言葉がない。
「分かったよ……じゃあ」
僕は夫として女神の願いを叶えた後、会社に向けて元気に出発した。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。