それから後のシンデレラ 2
「ほぎゃあ、ほぎゃあ!」
「わーい、わーい!」
「あ、こら! それに触らないで!」
「ちょっと、焦げ臭いわよ!」
「暴れないで~!」
今日も今日とて阿鼻叫喚。
ここは、シンデレラの家。
父親がそこそこ商売で成功していたので、まあまあの広さの土地に、なかなかの屋敷が建っています。
オネェ魔女のおかげで、義母と義姉を合法的に追い払えたシンデレラ。
伸び伸び一人暮らしを楽しんでいる、かと思いきやそうでもありません。
シンデレラは幼子をおんぶしたまま台所に立ち、オネェ魔女は赤ちゃんのオムツを替えています。
他にも数人の女性がいて、子供たちの世話をしていました。
とにかく子供たちは元気で、家の中は四六時中騒がしいのです。
「なんか、ごめんねぇ」
「賑やかでいいですよ。それに、子供たちも皆も、ここに初めて来た時より元気になったし」
あれからオネェ魔女は、ちょいちょい、この家に来ていました。
「あんたのパイは絶品よ! 商売にすれば売れるわ。
長年、パイを食べ比べてきたアタシが言うんだから間違いない!」
なんて言いながら、おもてなしのパイを美味しそうに食べるのです。
見た目、若いイケメンのオネェ魔女は、実は本当に若いのです。
中身は残念なことに、まるでお節介なオバサンなのですが。
魔女の当番の日はもとより、そうでない日も、ついついお節介をかまします。
情に脆く、放っておけないたちなのです。
中でも、身寄りのない子供や、行くところのない女性を見ると我慢できないらしく、魔法や他の魔女への相談でも解決できない時にはシンデレラを頼って来るのでした。
「いっそ、ここで孤児院でもやりましょうか?」
「え? 孤児院?」
「ええ。建物は無駄に広いし、土地も広いから、子供たちが遊びまわっても大丈夫だし、帰るところがない女性たちは子供の面倒を見るのを嫌がってないようですし」
「……お金かかるわよ」
「そこなんですよね。
あの、前に私の作るパイが売り物になるだろうって言ってくれたでしょ?」
「言ったわ。魔女の誇りにかけてもいいわよ」
「ありがとうございます。
それで、パイを作って売ってみようかと」
「いいわね。うんうん、いい考えだわ。
少し大きくなった子も、出来ることを手伝ってもらえばいいし、うまくいけば女性たちの自立の手助けにもなる」
「魔女さんも手伝ってくれます?」
「もちろんよ! 魔女仲間に宣伝もしとくから」
早速、シンデレラは孤児院を始めるためにはどうしたらいいのか、役所へ訊きに行きました。
「後見人、ですか?」
「ええ、助成金を申請するのでなければ、特に開設には問題ありません。
定期的に、運営状況の報告と抜き打ちの視察があるだけです。
ですが、代表となる貴女が未成年ですので後見人が必要です」
「そうですか。ありがとうございました」
「ああ、未成年でも婚姻されていれば大丈夫ですよ。
成年と同じに扱われますから」
「婚姻……」
シンデレラは半ば呆然と役所を後にしました。
婚姻なんて考えてみたこともありません。
父亡き後、お荷物の継母と義姉たちを抱え、面倒を見てきたのです。
オネェ魔女のおかげで彼女たちが片付き、今はオネェ魔女のおかげ(?)で孤児の面倒を見ようとしているところ。
婚姻とか恋愛とか、妙齢の娘らしいこととは縁遠いのでした。
「おかえりぃ~」
留守を預かってくれたイケメンオネェ魔女が迎えてくれます。
そう、彼はイケメンです。オネェですけど。
身体に沿った黒い装束もカッコいいし、細マッチョなスタイルも抜群です。
なんだかちょっとドキッとしちゃったシンデレラです。
「んんん? どうしたの? 役所で何か問題でも?」
「……いいえ」
まともに顔が見られません。
「早くお入りなさいな、ってアンタの家だけどね」
役所で聞いて来た話をすると、オネェ魔女はふんふんと頷きました。
「なるほど、後見人ね。
アタシが出来ればいいけど、魔女って非合法職種というか……」
「非合法?」
「ああ、別にいけない職種って言うのじゃなくて、法に縛られてないの。
魔女だって、好き勝手にやってるようで法に触れるようなことはしないわよ。
もしも、非道なことをしたら国に裁かれるより先に、魔女仲間からえらい目に合わされるしね。
ともかく、こういう時には役に立てないわね」
「頼れる知り合いもいないですし、婚姻の当てもないし」
「アンタねぇ、恋もしないで婚姻なんてありえないわよぉ。
まあ、後見人なら、心当たりがなくもないわ。
あんた、どうして孤児院をやりたいかとか説明できる?」
「拙くとも情熱を込めます」
「ふふ、その意気よ。あとは、少しオシャレしましょ。
アタシに任せなさい」
オネェ魔女と約束した日。
シンデレラは鏡の前に座り、メイクとヘアセットをしてもらっていました。
「なんか、いいわね、こういうの。妹が出来たみたいで。
魔女仲間は皆、年上だから新鮮」
「オネェ魔女さんは、どうして魔女になったんですか?」
「あら、切り込んでくるわねぇ」
「あ、済みません。訊いちゃいけなかった?」
「いいわよ。それだけ仲良くなれたってことだもん。
……そうね。それまでいた場所は、アタシには窮屈だったの。
だから逃げ出しちゃった。それだけのことよ」
「大変だったんですね」
「全然よぉ。
アタシ、一人息子だったのよね。
でも、親はさっさと切り替えて親戚から養子をもらったわ」
「本当は、親御さんも寂しかったんじゃ?」
「どうかしら? その目で確かめたら?」
「え?」
「今から行くの、アタシの実家」
「ええー!?」
「おかえりなさいませ坊ちゃま。いらっしゃいませ、お嬢様」
「未だに坊ちゃまなのね。ただいま!」
「お、お邪魔いたします」
連れて行かれた屋敷に、シンデレラは唖然としました。
広大な敷地に格式ある構え。立派な玄関前には、使用人がずらりと並び頭を下げています。
高位貴族の屋敷に間違いなく、おそらく、金勘定も得意そうな家です。
応接室に案内されると、オネェ魔女によく似た顔立ちのゴージャスな美女が待ち構えていました。
「あら、久しぶりね、ドラ息子」
「母上、相変わらず極上に綺麗ね。ただ今戻りました」
逃げ出した実家と折り合いが悪いのかと思いきや、母と息子はひしと抱き合ったのです。
「で、こちらの可愛らしいお嬢さんが、ドラ息子をもらってくださる奇特な方?」
「違うでしょう! 若い身空で困っている人たちの面倒を見ようっていう、よく出来た娘さんよ」
「済まんね。彼らは、いつもあんな風だ。しばらく放っておこう」
再会に水を差さぬよう、大人しく控えているシンデレラにオネェ魔女の父親が話しかけました。
お茶にお菓子を勧められ、素直に頂きます。
さすが、高位貴族家で出るお菓子だけあって、ものすごく美味しいのです。
「なんだ! 今更帰って来たって、跡継ぎの座は返さんぞ!」
ドアをバーンと開けて、オネェ魔女とは違うタイプのイケメンが現れました。
ややゴツイ系で下まつ毛がやたらくっきりしています。
きっと、親戚からもらったという養子でしょう。
「くれると言われても、いらないわよ!」
喧嘩腰の台詞に反し、これまた二人はひしと抱き合います。
やたらスキンシップの激しい家柄のようです。
「じゃあなんだ? 僕にお嫁さんを紹介してくれるのか?」
養子の視線がシンデレラに向くと、オネェ魔女は庇うように彼女を背にしました。
「堅苦しい貴族家に、大事な妹分はやれないわ!」
「ふん。残念。タイプだったのに。
だが、食い下がって、お前に殴られたら割に合わん」
意外にも、オネェ魔女は拳もイケるようです。
「挨拶の儀はその辺にしておこう。さて、本題に入ろうかね?」
「父上、本日は時間を取ってくださってありがとうございます」
急に真面目な雰囲気になり、シンデレラもつられて頭を下げました。
「事業計画書を読ませてもらった。
なかなかしっかりしているな。これなら、うちが後援してもいいくらいだ。
うむ、後見になることはもちろん了承するが、後援もしよう。そうしよう。
ところで、お嬢さん、後見人で後援者ともなれば、いつでも遊びに……いや、視察に伺ってもいいのかな?」
「もちろんです。お待ちしております」
少し厳つい雰囲気だったオネェ魔女の父親は、ぐっと柔らかい感じになりました。
「後見人となった私は、君の父も同じ!
是非、お父様と呼んでくれたまえ」
「え、えっと……」
「父上、乗り過ぎよ」
「いや、すまん。久しぶりに息子の顔を見られたのと、可愛いお嬢さんと知り合えたのが嬉しくて……」
「仕方ないわね。本当に可愛いお嬢さんですもの」
「うむ、本当に残念だ……」
家族の視線が集まり、シンデレラは困りました。
すると、オネエ魔女が助けるように間に入ってくれます。
「もう、みんな、いい加減にしてちょうだい!
アタシの大事な子なんだから、ちょっかい厳禁!」
「大事な子?」
妹分じゃなくて、大事な子?
シンデレラはオネェ魔女を見上げました。
オネェ魔女もシンデレラを見ます。
視線がぴたりと合うと、二人は、よく熟れたリンゴみたいに赤くなりました。
「そうよっ! 大事な子よ。
アンタ、恋をするなら、アタシを振ってからになさい」
「ふ、振ったりしません!」
「え?」
「こんな頼れてカッコいい人、振ったりしたら、わたし、大馬鹿だもの」
「アタシ、オネェよ。いいの?」
「全然かまいません」
「魔女って地位も保障もないのよ?」
「そこは自分で頑張るから大丈夫です」
「もう、こんな男前の女の子見たことないわ。
一生見続けたいわよ」
「はい、一生側に居てください」
「もう離さないんだから」
「はい」
「やはりな」
オネェ魔女の父親は、したり顔で頷きます。
「やはりって、どういうことかしら?」
シンデレラを抱き締めたまま、オネェ魔女は訊ねました。
「いくら独立した息子とはいえ、心配だったのだ。
それで、お前の行動はずっと見張っていた」
「なんですって!」
「お父さまを許してあげて。
わたくしだって独自に、魔女協会で聞き込みをしたわ」
「はい?」
「僕だってそうだ。
義理とはいえ、大事な兄上のこと。
変な女性や男性に騙されてないか、気に掛けるのは当然のこと」
「ちょっとお!」
「その結果、なんとも感心なお嬢さんと一緒に、孤児や困った女性の面倒を見ていると言うじゃないか。
さすが我が息子と自慢に思っていたところだ」
「本当にそうよ。
こうして、実家を頼ってくれたのも嬉しいわ」
「また、家族が繋がったのだからな」
「もう、本当にお節介な家族ね!」
「血筋だから仕方なかろう」
魔女はお節介好きと聞いていたシンデレラですが、さらに血筋が上乗せとなれば、まさしく筋金入り。
「お節介って素敵です」
「もう、何言ってんのよ、アンタ」
オネェ魔女に優しく見つめられ、シンデレラは幸せでした。
「さて、恋の成就となれば、今夜は宴会だ!」
オネェ魔女の父親が高らかに宣言しました。
「ダメよ! 帰らないと、子供たちが待ってるんだから」
「じゃあ、シンデレラちゃんの家でパーティーにしましょう。
ご馳走積んで、馬車で行くから」
母親が提案してくれます。
「それなら仕方ないわね。待っててあげるわ」
「可愛い娘が出来ただけでなく、既に孫までいるようなもの!
わしは幸せだ」
「義父上! すぐに僕も可愛いお嫁さんをもらって、孫を抱かせてあげますよ」
養子も負けてはいられません。
「おお、楽しみだ。待っておるぞ」
「なんか、賑やかでごめんね」
「いいえ、素敵なご家族です」
「ふふ、ありがと」
オネェ魔女はシンデレラの額に小さなキスを落とし、シンデレラは再びリンゴのように真っ赤になりました。