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門限6時で恋をした

作者: Suica

門限があっても、友達と遊んでたら、時間を忘れてついつい破っちゃいますよね。それが、なおさら好きな人なら、、と思って書いてみました。

今、私はすごく気になっている人と一緒に帰っている。お互い帰宅部で、変える方向も途中まで同じだ。学校が終わると、同じクラスの彼と一緒に帰りたくて、わざと途中から追いかけて、後ろから声をかける。学校で話すのは友達の目もあるから、少し恥ずかしくてあまり話せていない。でも、この帰る時間だけは彼と一緒にいることができた。そして、今日、私は思いきって帰り際にカフェに行こうと誘って、テーブルに向かい合って座っていた。


「ねえ、水嶋君って家に帰ったら何してるの?」


「うーん、、特に何もしてないかな」


少し迷った感じで水嶋君が答える。


「そうなんだ。私ドラマとか見るの好きなんだけど、テレビとか普段見る?」


「いや、見ないかな、、ごめんね」


「月9のドラマとか結構オススメだよ」


「うん、、機会があったら見てみるよ」


いつもと違って会話が弾まない。帰り道ではすごくお互い気が合う気がしていたのに。それに、水嶋君は何かそわそわしているように見えた。もしかして、こういうところあんまり好きじゃないのかなと、今日誘ったことを少し後悔し始めていると、水嶋君が急に席を立った。


「ごめん、もう家に帰らないと行けなくて。家、門限があるんだ」


「門限?何時なの?」


「、、6時、あと20分しかない。今日はごめん!お会計は払うから、また時間の余裕のあるときに誘って、うん、、今日は楽しかった、ありがとう、谷口さん」


「え、、あ、、うん」


そう言ってお金をテーブルに置くと、すぐに店の外に出て行ってしまった。乾いたベルの音が店内に響く。私はあっけにとられていた。そのまま、ぼんやり考え事をしながら、水嶋君が頼んでほとんど口を付けていない紅茶をながめていた。


水嶋君の家って門限が6時なんだ、知らなかった。そんなに厳しいんだ。もう高校生なのに。私はしょうがないとは思いながらも、水嶋君の楽しかったという言葉を頭の中で繰り返していた。本当に楽しかったのかな?あんまり、話せなかったけど、どうだったんだろう。勇気を振り絞って放課後、カフェに行ったのに、なんだか空回りした気分だった。そして、一番ショックだったのは、私を置いてすぐに店を出て行ってしまったことだ。途中まででも一緒に誘ってくれてもよかったのに。水嶋君と帰る、それが何より私、谷口瑞季の本当の楽しみだった。




「門限6時で恋をした」



翌日、教室に入って席に着くと、水嶋君がすぐに私の所に駆け寄ってきた。


「昨日は本当にごめん。あんまり楽しくなかったよね?門限のことで頭がいっぱいでさ、ちょっと上の空だったって言うか」


「いや、いいよ。私も知らなくてごめん」


「時間があるとき、また行こう。あと、今日さ、一緒に帰らない?話したいことがあってさ」


「うん、、いいよ」


「じゃあ、また放課後に」


「うん、おっけー」


水嶋君の方から誘ってくれるなんて。私は嬉しくて笑みを浮かべていた。もしかして、水嶋君の前でもこんなににやけてなかっただろうかと少し心配になった。


「ああ、きもい、きもい」


心の中ではそう叫びながらも、口元は緩んだままだった。あくまで、水嶋君とは放課後の仲だったので、教室でしゃべることもあまりなかったが、今日は向こうから話しかけてくれた。他のクラスの人は私たちの関係を知らないだろう。その内密な感じを私はかなり気に入っていた。でも、私はふと、水嶋君の方は他の人に言ってるのかなと思った。向こうの雰囲気的にそういう感じはしなかったが、できれば二人だけの秘密だったら嬉しいなとちょっぴり思った。


そして、放課後になった。水嶋君の方を見ると、友達と楽しそうにしゃべっていた。みんなが教室を出てからなのかな?と思っていると、麗乃ちゃんが話しかけてきた。


「あれ、瑞季ちゃん、帰らないの?」


「うん、、まだかな。麗乃ちゃんは今日も図書室?」


「そうそう、じゃあまたねー」


「うん、また明日ー」


しばらくすると、教室の中は私を含めて数人になった。ほとんどの人が、部活か家に帰るので教室を出てしまった。でも、まだ水嶋君は楽しそうに友達としゃっべている感じだった。もしかして、忘れてる?そう思いながら、水嶋君の方を見ると、一瞬目が合った。


「じゃあ、そろそろ帰ろうかな」


「ああ、じゃあ、また」


「うん」


そんな声が聞こえてきて、その場で待っていると私の方にやってきた。


「ごめん、待たせた?会話が盛り上がっちゃって」


「いや、大丈夫」


「じゃあ、帰ろうか」


「うん」


帰り道は最寄りの駅まで一緒だった。だいたい徒歩で20分ぐらいだ。いつもは、駅まで歩きながら話して、駅で別れるという流れだった。


「今日はさ、谷口さんに昨日のことちゃんと説明しないといけないなと思って。あと、改めてだけど、昨日はごめん」


「いいよ、別に。門限があるんじゃしょうがないよ」


「うん、その門限のことについて話そうと思って」


「6時なんでしょ?厳しい家なの?」


「そう、結構厳しいんだよね。もし、門限を過ぎたらもう外出禁止になるから」


「え?外出禁止?」


「そう、だから昨日はちょっと焦ってたっていうところはあった」


そんなに家が厳しいんだと思いながら、私は水嶋君の話に耳を傾けていた。


「あと、谷口さんには教えるんだけど、実は双子の弟がいる」


「え?双子だったの?」


「そう、望っていうんだけど、門限っていうのは望との約束なんだよね」


「何でそんな約束したの?」


「うーん、一言では言えないんだけど、お互いのために絶対必要な約束なんだよね」


「門限が?」


私はなんで弟、ましてや双子の弟とそんな約束をしたのか皆目見当も付かなかった。親が厳格で、そういうルールが決められているとばかり思っていた。


「そう、門限が。あとさ、望を見かけても話しかけない方がいいよ。けっこう冷たいから」


「そうなんだ、顔は似てるの?」


「似てるどころじゃないかな。でも、雰囲気とかですぐ分かると思う」


「へー、弟君はどこの高校に通ってるの?うちの高校にいないよね?」


「あー、弟は学校に行ってないんだよね。あと、もう何年も会ってないって感じ」


「え?どういうこと。じゃあ、同じ家に住んでないの?」


「うーん、同じではあるんだけど。お互い顔を合わせない約束っていうか。それも門限の一部なんだよね」


私は何が何だかよく分からなくなっていた。まず、水嶋君の双子の弟が高校に行っておらず、しかも同じ家に住んでいるのに、何年も顔を合わせていない。私はてっきり、双子同士は仲がいいとばかり思っていた節があったので、すごく驚いた。お互いの考えていることが分かるという話を聞くことがあったからだ。そして一番に、門限の話とお互い会わないという話の意味がよく分からなかった。


「え?どういうこと?門限って、具体的にどんな約束なの?」


「そう、それを今日は話したくて一緒に帰ろうって誘ったんだよね」


「普通の門限じゃないって事?」


「うん、、まぁね、早い話さ、二人で生活する時間帯を分けてるんだよ、だから一応同じ家には住んでる」


「仲がそんなに良くないって事?」


「仲は悪くないよ。そういうわけじゃないんだけど、お互いのために必要な約束というか決まり事というか。むしろ、お互いを尊敬し合ってるって感じで」


「そう、、なんだ、、」


言葉では同意しながらも何のためにそんなことをしているのか理解が出来なかった。とりあえずその場では、私は特殊な家庭事情なのだろうという風に思うことにした。


「ごめん、何か困惑させちゃってるよね?そんなつもりはなかったんだけど、上手い言葉がこう、出てこなくて」


「うん、、」


しばらくの間、沈黙が続いた。帰り道を二人で歩きながら、そして水嶋君は時折悩む仕草を見せながら次に言うべき言葉を探しているように見えた。私も何を言えばいいかよく分からず、並んで歩くことしか出来なかった。そろそろ、駅に着こうかというタイミングで、水嶋君は私の方を向いて話し始めた。


「門限の話さ、本当ははっきりとした文言があったんだけど、やっぱりそれをはっきり言った方がいいかなって思った」


「え?でも、、無理しなくてもいいよ?別に、、」


「いや、谷口さんには話すって決めてたから、話そうと思う」


そして、水嶋君はまっすぐ私の目を見て話し始めた。それに、私も応えながら、最後までその話を聞いた。


「そういう約束なんだ、でもどうしてそんな話を?」


「昨日は悪いことしたし、谷口さんには言ってもいいかなって」


「私はもう気にしてないから大丈夫だけど、うん、、なんか」


「なんか、一方的だったよね、ごめん。また、一緒に帰ろうよ。学校でも、話そうよ、同じクラスなんだし。そういえば、学校では全然話してないね。なんでだろう」


「確かに、なんでだろうね」


私たちの間には自然と笑みがこぼれた。そして、気づくともう駅に着いていた。


「もう、駅か。なんか今日はいつもより早かった気がするな」


「私もそんな感じがする」


「あ、おすすめのドラマさ、ラインに送っといてよ。見てみようかなって思って」


「うん、じゃあ送っとく。面白いから見てね。」


「おっけー。じゃあ、また明日」


「じゃあね」


胸のあたりでお互い手を振りながら別れた。私はそれから改札機を通って、駅のホームの階段を上がっていった。しばらく待っていると、電車がゆっくり音を立てながら到着した。窓側の席に座って私は流れる景色を見ながら、水嶋君の言葉をゆっくりと思い出していった。


「朝の6時から夜の6時までは望は外出をしない。夜の6時から翌朝の6時までは晴也は外出をしない。約束を破った方はもう一生外出できない。」


なんでこんな約束を?と私は思った。けれども、打ち明けられたその秘密の大きさというのをひしひしと感じながら、自分なりに必死にその言葉の意味を受け止めようと、電車に揺られて私は帰路についた。


そして、私は家に帰ってからというもの、そわそわしていた。水嶋君にオススメのドラマのリンクを送ったのに、ずっと既読が付かなかったからだ。家に帰ってからすぐに送ったのに、結局私が寝る深夜1時ぐらいまで返信が無かった。ちょっと落ち込みながら、布団に入って、翌朝目が覚めると、朝の6時2分に返信が来ていた。すぐに目が覚めて、どきどきしながら画面を見ると、


「ごめん、6時過ぎたらスマホ見れないんだよね」

「これも、門限に入ってて」

「でも、ありがとう、見てみる!」


「見てみてね!」

「(スタンプ)」


そういうことだったのか。私は少し安心したけれど、スマホも使えなくなるんだと、その門限の効力に驚かされたのだった。


―翌日、学校にて―

「ねぇ、麗乃ちゃんって何か秘密とかある?」


「何、秘密?うーん、あるにはあるけど、何で?」


「それ、誰かに言ったりしたことある?」


「あるけど、、もしかして、瑞季ちゃん私の秘密を突き止めたとか?」


「いや、そういうわけじゃないんだけど。一般論として、麗乃ちゃんに聞いてみたいなーって思って」


「うーん、私の秘密ね、言うとしたら相当信頼してる人じゃないと言えないかな。だって、もちろんだけど、みんなに言ったら秘密じゃなくなるし」


「そういうもんだよね、ありがとう」


「もしかして、瑞季ちゃんも秘密持ってるとか?」


「え?そう、、見える?」


私はどちらかというと、秘密を打ち明けられた側なので、何とも言いにくいが、それは水嶋君との秘密なのかもしれない。


「ほら、私よく本読むからさ、秘密を打ち明けるみたいな話をよく見たりするんだけど。やっぱりさ、秘密って一人じゃ抱えきれないものなんだよね。大体が、人に言っちゃうとか、他の人に暴露されちゃうんだよね。まあ、現実とフィクションじゃちょっと違う気もするけど」


「なるほどね、ちなみに、なんで秘密を誰かに打ち明けるんだろう。隠しておきたいなら、そのままにしておけばいいのに」


「そりゃもちろんさ、自分の言いたくないことは秘密にするだろうけど、例えば悩み事とかはさ、誰かに言って楽になりたいとかそういう心理が働くんじゃないかな。それか、秘密をお互いに打ち明けることで、お互いの信頼関係が固くなるっていうのもあると思う。ちなみに知ってる?秘書って英語でsecretaryって言うんだけど、secretから来てるんだよね多分。あとさ、この前読んだ本でこういう話があったんだけど、、、」


麗乃ちゃんの本好きはかなり有名で、図書委員も務めている。だから、知識量もものすごくて、頭も学年でトップレベルだった。だが、麗乃ちゃんが一回本について語り出すと、止まらなくなるので、その話について行くのはよほどの本好きじゃないと難しい感じだった。その話になると、私はいつもドラマとか映画の話に切り替えて、お互いが話せるようなテーマに持っていった。


「今度さ、一緒に映画見に行こうよ、瑞季ちゃん。見たいのが今、3つぐらいあるんだよね」


「うん、いいよ、オススメのやつ教えてね」


「おっけー」


麗乃ちゃんと話して、いくつか思うところがあった。水嶋君が打ち明けた門限の話は、もしかしたら私を信頼していたからなのかもしれない、と私は思った。他にも、人は秘密を打ち明けたくなるという話がとても心に響いた。私はこの前まで、水嶋君と二人で帰っていることを他の人には知ってほしくないと思っていたのに、麗乃ちゃんと話していると、なんだか打ち明けたくなる気持ちがそわっと湧き上がってくるのを感じた。


「秘密は打ち明けられる方が実は大変なんだよね、責任も伴うしさ。それに、それが自分にとっての秘密に変わったらさ、また、それを誰かに言いたくなるって言うのが難しいところなんだよね」


それが麗乃ちゃんが最後に語ってくれた話だった。


その日はそのまま、一人で帰ることにした。もちろん、毎日帰ることができたら良いのだけれど、そうなったらそうなったで今のちょうどいい関係が崩れるのがいやだった。あくまで、たまに一緒に帰る関係、それぐらいがちょうどいいと思っていた。でも、私の水嶋君に対する感情に対して、そろそろ結論を出さなくてはならないことも分かっていた。向こうは私のことどう思っているんだろう?そう思う度、水嶋君が私をただの友達と思っていたらと考えると、勝手に一人で盛り上がっているだけなんじゃないかという気持ちになってくる。でも、私に秘密も教えてくれたし、、、そうやって結論を出すのを先延ばし、先延ばしにしたまま、今に至っていた。


それでも、確かだったのは彼と一緒に帰るのは特別で、心から楽しいと言える時間であるということだった。どんなことを話したか具体的には思い出せないけれど、一緒に帰ったという事実が積み重なって、それを思い出す度に私は幸せな気分になった。


なんとなく、水嶋君のことが好きだというのは自分でも分かっていた。でも、それを意識し出して、今までの関係が崩れてしまうことが何よりも私は嫌だった。


-翌日-

朝、私が学校に来ると、学校中がざわざわしていた。何かあったのかな?と思い、麗乃ちゃんに尋ねてみると、


「昨日、出たらしいんだよね」


「出た?何が?」


「出たっていったらあれしかないでしょ。あれしか」


「もしかして、ゆうれ、、」


「そう、幽霊が!」


「そんなわけないじゃん」


そこに口を挟んだのは物理研に所属しているリリアちゃんだった。あんまり、話したことはなかったけれど、麗乃ちゃんと付き合いが長いらしく、仲も良さそうだった。


「不審者が出たらしいよ、真夜中に」


「えー、何でそこで言っちゃうかな?リリアは?」


「え?不審者?幽霊より怖いかも、、、どこらへんにいたの?」


「何か、物理室の近くでうろついてたっていう噂だよ。なんのために、入ったんだろうね?」


私が尋ねると、麗乃ちゃんがそう答えた。


「そりゃもちろん、不審者なんだから、いかがわしいことをしに来たんでしょ」


いたずらっ子のような顔で笑いながらリリアちゃんが言った。


「でも、幽霊って言う可能性はないのかな?悪魔の証明じゃないけどさ、幽霊自体がいないことは証明できないよね」


麗乃ちゃんが興味深そうにぽつりと呟く。


「リリアちゃん的にはどうなの?物理研だよね?」


「先輩とかは幽霊は脳が生み出すただの思い込みとか言ってたけど」


「こうやって偉そうに言ってるけど、瑞季ちゃん、本当はリリアは物理研でゲームしかしてないからねー」


「え?そうなの」


「いや、この間、ぼ、、私、実験に参加したもんねー。麗乃ちゃんこそ、読書中毒になって、これから幽霊が見えるようになっちゃうんじゃないの?」


「うるさいなー、私のは健全な趣味だからいいの」


こうした会話を聞いているうちに、私は不審者のことなんかすっかり忘れていった。そして、学校が終わる頃には、そういう話をする人はもう誰もいなかった。


その日は結局、水嶋君とは一緒に帰らずに、別の友達と一緒に帰った。もちろん、一緒に帰れたらいいなとは思っていたが、彼に門限のことを教えてもらったあの日から、私は彼のことを徐々に意識し始めているのを感じていた。彼と一緒にいたい、話したいという思いよりも、気恥ずかしいという気持ちが勝ってしまう。水嶋君はすぐ近くにいるのに、なかなか声をかけられない。思えば思うほど、彼のことを目で追う時間だけが増えていった。


-翌日-

「ねぇ、瑞季ちゃん。明日か明後日、映画見に行こうよ」


「あ、うん、いいね!」


そういえば、この前そんな話をしていたことを思い出した。


「何がいい?」


「え?うーん、確かおすすめのやつがあるんだよね?」


「そうそう!恋愛系か、ホラー系か、コメディ系があるんだけどどれがいい?」


「うーん、恋愛系じゃないやつがいいかな」


私は今、水島君との関係をどうしようか悩んでいる最中だったので、なんだか心に刺さりそうで、そういう映画を見る気分にはなれなかった。


「うん、私も最近そういう系の小説見てたから、別のジャンルでもいいなーって思ってたんだよね。そういえば、その小説の中でさ、○○のことは嫌いじゃない、っていう風にさ、主人公が言うんだけど、瑞季ちゃんはどう思う?あ、ポジティブな意味でね」


「嫌いじゃない、ね、、、どんな場面なの?」


「うーん、自分の思うように言っていいよ」


「相手のことを気遣った表現なのかな?普通に君のことを何とも思ってないっていうよりはさ、嫌いじゃないって言った方が優しい言い方じゃない?」


もし、私が水嶋君に告白でもして振られたなら、そんな言葉が返ってくるだろうなと思いながら、麗乃ちゃんにそう言った。

 

「なるほどねー、そういう考え方もあるよねー、瑞季ちゃんセンスいいね」


「そうかな?」


「ちなみに、小説の中では、お前あいつのことどう思ってるの?って聞かれたときに、嫌いじゃないけど、って言うんだよね。これって、イコール好き、しかも純粋な好意がさ、嫌いじゃないっていう言葉にはあると思うんだよね」


「どうして?ただ、嫌いじゃないってだけなのに?」


「まぁ、字面だけだったらそうなるけど、ポジティブな意味でね。例えば、好きと嫌いに1対1の論理関係があるとして、あーこれじゃ分かりにくいから、好きの反対は嫌いって言うことにするね」


「うん」


「そうすると、嫌いじゃないってことは、好きな気持ちの裏返しのことじゃない?ちょっとこれじゃ、浅はかすぎるなー。つまりね、私が言いたいのは、ただ好きっていうのはさ、相手のちょっと嫌な部分も知ってるけど、それを差し引いても好きってこと。でも、嫌いじゃないっていうのは、相手の好きな要素もある上で、嫌いな部分はもう私、気にしませんってこと。」


「うん、、、なんとなく分かったけど、簡潔に言うとどんな感じ?」


「嫌いじゃないっていうのは、嫌いなところは事実上なくて、つまりもう次に生まれてくるとしたら好意しかないっていう状況のことかな」


「なるほどね、なんとなく分かった気がする。でも、なんか引っかかるって言うか、、」


「もちろん、嫌いじゃないし、好きでもない人もいるよ。それが大半の人だしね。しかも、ちょっと遠回りで、私と瑞季ちゃんみたいに人によって受け取り方も変わると思う。でも、恋愛の場面においてはさ、相手のことを好きって思い続けるのはさちょっと精神的に疲れるけど、この人のこと嫌いじゃないって思えばさ、その人のいいところとか、魅力にどんどん気づけてい君じゃないかなー、、、っていう私の持論。長くなっちゃった。あ、映画結局いつにする?駅前のところでいいよね?集合時間は、、、」


-週末-

「映画、面白かったね~」


「うん、けっこうどきどきした」


そして、週末の休みに麗乃ちゃんと映画を見に行った。前評判通り、内容はそこそこ面白く、いい気分転換になった。映画を見終わった後も、ショッピングをしたり、おいしいものを食べたりして、休日を満喫した。結局、あれからまだ水嶋君とは話せていなかったが、休み明けには必ず話そうと心に決めていた。そして、あまり意識過ぎないように。この前みたいに、反動がこないように。


-翌日-

結局、今日も一緒に帰ることができずに一人でとぼとぼ帰っていた。足取りがとても重い。週末に映画を見に行ったという話題もあったのに、、、話すって決意した自分が情けない。心の中では決めても、同じ空間にいると、なぜか声をかけるのがおっくうになってしまう。いつものように、後ろから追いかけるというのも考えたが、そんなことを続けていると自分がストーカーをやっているみたいで、気が進まなかった。それに、水嶋君の方は友達と楽しそうに話していて、帰る気配があまりないように感じた。彼の方に変わった様子はあまりない。いつものように、私は普通のクラスメイトという感じだった。私にはもう興味がないのかな、、、それとも、ただの友達としか思われてない?どちらにしろ、私の気を落ち込ませることばかりが思い浮かんできた。


「いないよね、、、」


淡い期待を込めて後ろを振り返ったものの、彼の姿は見えなかった。もう水嶋君とは何もなかったって考えた方がいいのかな。そんなことを考えてため息をつきながら、横断歩道を渡ろうとしたときだった。


「え、、、」


私が最後に覚えていたのは、黒い車体と喧噪なブレーキ音だった。




「ここって、、、」


体のあちこちが痛い。目を覚ますとそこが病院だと分かった。


「あーーー!やっと、目を覚ました。瑞季、大丈夫?自分が誰か分かる?お医者さん呼んでくるね」


「うん、分かるけど、、、ちょっと待って、私ってもしかして、、事故ったの?」


「そうよ!もう、よそ見なんかして!赤信号で飛び出したのよ」


そう言って、母は病室から出ていった。私、やっぱり車に轢かれたんだ。体の至る所に包帯やガーゼが巻かれている。手や足を動かすことはできた

が、動かす度に痛みがやってくる。


「私、何やってるんだろう、、、」


病院の外は真っ暗だった。あれから、どれくらい経ったのか分からなかったが、心は自分でも驚くぐらい冷静だった。


-翌日-

検査の結果、脳や骨に異常は無かったと聞いて、私も母もひと安心した。そして、昼頃には私を轢いた車の運転手の人も頭を下げて謝りに来てくれたが、原因は私といっても間違いなかったので、なんだか気まずい感じだった。その後に警察の人も来て話を聞かれたが、事故前後の記憶があまり無かったので、ほとんど話すことも無かった。そして、夕方頃には担任の先生がお見舞いに来てくれた。少し会話をした後、母と話すために病室を出て行った。それから、私は長い間ベッドで仰向けになって、目を閉じて考え事をしていた。


本当に何をやってるんだろう、、、私が不注意なばっかりに。目にはうっすら涙が浮かんだ。いろいろな人に迷惑をかけてしまっていることが何だか恥ずかしかったし、悔しかった。それから、先生が病室にやって来て、明後日にも退院することが決まった。


「じゃあ、そろそろ私、家に帰るね」


「うん」


「何か欲しいものある?」


「いや、大丈夫」


「そういえば、水嶋君っていう子とは仲いいの?」


「、、、え?」


そのとき、どうして母から水嶋君という言葉が出てきたのか、その状況をすぐに理解できなかった。私は水嶋君と一緒に帰っていたことを誰にも言って来なかった。もちろん家族にも。だから、そのときなんで母が彼の名前を知っていたのか理解が追いつかなかった。


「なんで水嶋君のこと知ってるの?」


「なんでって、私が病室に来たとき、彼がそう名乗ったからよ。同じクラスなんでしょ?水嶋君が瑞季が轢かれたときに、一緒に病院まで付き添ってくれたらしいよ」


「え、、、うそ、、、」


「それで、私が来たら、谷口さんをお願いしますって帰っちゃって」


「ねえ、それ何時?何時だったの?」


私は母の言葉が半ば信じられなくて、語気を強めた。


「えーっと確か、、、7時半過ぎぐらいだったかな」


「そう、なんだ、、、水嶋君、ここにいたんだ」


「あとでちゃんとお礼言いなさいよ、ずっと付き添ってくれてたみたいだから」


「うん、言うけど、、、大丈夫だったのかな」


「何が?」


「いや、何でも無い。今日はありがとう、もう帰ってもいいよ」


「はいはい、帰りますよー。じゃあ、安静にしてるのよ」


「うん、、」


母が出て行った後、私の胸には複雑な思いが去来した。そして、ベッドのシーツをぎゅっと握りしめて、事の顛末を想像した。


水嶋君がここにいたの?門限を破ったってこと?何にもなかったらいいんだけど、、。私と付き添ってくれたってことは、帰ってる途中に通りかかったのかな?それで、私のために、門限を超えて私のそばにいてくれた、、?


私は自分のこんな姿を見られたのもたまらなく恥ずかしかったし、私が心配をかけたばっかりに大切な門限を守らなかったことに対して罪悪感を感じずにはいられなかった。しばらく、呆然として、私はおもむろにスマホを取り出した。水嶋君からの連絡は無い。私が車と事故ってから翌日、クラスメイトや友達が私に心配の連絡を入れてくれていたが、その中に水嶋君の名前は無かった。他の人から連絡が来たとき、水嶋君からの連絡に淡い期待を持っていたが、母からの話を聞いて、そんなことを思うことがおこがましく感じられた。


やっぱり、怒ってるのかな、、?


彼から連絡をくれたことは今までなかったので、彼がどういう風に思っているか分からなかったが、門限を破った原因は私に違いなかったので、あまりいい気分になっていないことぐらいは想像ができた。どうしよう、、そう思いながら、一言礼を言わないとと思い、ラインを送った。


「昨日は付き添ってくれてありがとう」

「いろいろと迷惑かけてごめんなさい、検査では異常がなくて、明後日には退院できるって言われた」

「私のせいで門限守れなかったよね?本当にごめん」

「気が向いたら連絡ください」


明日の朝、連絡を返してくれるかな?と不安になりながら、スマホの画面を閉じて、ベッドに横になった。


うーん、、、眠れない。私はあまり寝付くことができなかった。それで、気を紛らわせようと、病院の中を歩いて回っていた。私の足音が廊下にひたひたと響く。もう消灯時間を過ぎていたので、あたりは薄暗かったが足が勝手に進んでいく。そして、非常階段の扉を開けて階段を上っていくと、屋上に続く扉に差し掛かった。ドアノブに手をかけて回すと、不思議とドアが開いていた。そのまま、階段を上ると屋上に着いた。夜風が心地よくあたりを吹き抜ける。今だけは私が世界の中心にいる、そんな感じがしていた。でも、私は何でそのとき気づかなかったのだろうか。屋上への扉が開いていることを。普通は閉まっているはずなのに。つまり、それは私より先に誰か他の人が屋上にいるということを示していた。


「なんで?」


屋上には私以外にもう一人いた。それは、紛れもなく水嶋君だった。


「なんでここにいるの?」


「谷口さんもここに来たんだ。もしかしたら来るんじゃ無いかってここで待ってたんだよね」


「待ってた?どういうこと?」


「今日はお別れを言いに来た、門限の話覚えてるよね?あれ破ったから、もう外出はできない。だから、こうやって最後に話したいと思って」


「え?お別れって、、よく分かんないよ。門限のことは私も弟さんに一緒に謝るから、そんなこと言わないでよ」


「いや、約束は約束だから。あと、これだけは言いたいんだけど、別に谷口さんのせいじゃないよ。自分で決めたことだから。自分の意志で門限を破った。だから、気にしないでいいよ、もう門限のことは」


「いや、全部私が悪いのに、気にしないなんて無理だよ。私、もうすぐ退院もするし、また一緒に帰ろうよ」


「ごめん、もう一緒に帰ることも出来ないんだ。さよなら、谷口さん、一緒に過ごせて楽しかった。あと、最後にこれだけは言っておくけど、谷口さんのこと」


「え?」


私はそのとき涙を流していた。そして、どうしようもないぐらい心臓の鼓動が大きくなっていった。


「好きだった」



「はぁ、はぁ、はぁ」


私が目を覚ますと、ベッドの上にいた。あれは、夢だったのか。夢と思われないぐらいリアルな夢で、屋上で感じた風の感触も肌に残っているように思われた。そして、胸はずっと鳴りっぱなしだった。


私ったら何て夢を見てるんだろう。水嶋君に勝手にお別れの言葉と、好きという言葉まで言わせてしまった。好きって言われたのに、、嬉しさよりも、あんな状況では戸惑いの方が先に来た。


「あ、そういえば」


私はそばに置いておいたスマホにそっと手を伸ばした。時刻は7時20分。もしかしたら返信が来ているかもしれない。そう思って、恐る恐る画面を開いた。だが、水嶋君からの連絡は返ってきていなかった。既読はついていない。だが、他の人からメッセージが送られてきていた。


「今日、リリアとお見舞いに行ってもいい?あと聞きたいこともあったりする」


お見舞い、、来てくれることは嬉しかったし、断る理由もあまりなかった。友達に自分の怪我した姿を見せるのは少し気恥ずかしい気もしたが、二人なら大丈夫だろうと思った。


「いいよ、何時ぐらいにくる?」


5分もしないうちにすぐに返信が返ってきた。


「学校終わったらすぐ向かうね~」


「うん、わかった、ありがとうー」


「楽しみにしててね」


「おっけー」


病院で1日を過ごすのは正直とても退屈だった。昨日は母や先生の出入りがあったので、時間を潰すことが出来たが、今日は二人が来るまで、何をしたらいいのか分からなかった。窓の外を眺めても、特筆すべきものは何もない。通りの車の音が聞こえてくるばかりだ。外出することも出来なかったので、スマホやテレビを見たりして、ただ時間が過ぎるのを待っていた。でも、返信が来ていないかだけはチラチラ確認をしながら、その度に憂鬱な気分になっていた。


そして、退屈な時間をなんとか乗り切ってようやく夕方過ぎになった。少し眠気を感じながらうとうとしていると、そのまま寝てしまっていたらしい。私は麗乃ちゃんの呼びかけで目を覚ました。


「瑞季ちゃん、瑞季ちゃんー。起きてー」


「え、あ、、来てくれたんだね。ありがとう、麗乃ちゃんもリリアちゃんも」


「幸せな時間を奪っちゃってごめんね。それより、大丈夫なの?その怪我?何か痛々しいけど」


「うん、大分痛みは引いたかな。実は明日、退院することになってて」


「あー、なら良かった~。私、瑞季ちゃんが事故ったって聞いたときさ、心臓が止まりかけたもん」


「あ、瑞季ちゃん、これお見舞いの品、どうぞ」


「ありがとう、リリアちゃん」


中身を見るとコンビニで買ったらしいプリンが入っていた。差し入れまでもってきてくれて、私はとても嬉しかった。


「本当はさ、お花も買ってこようと思ったんだけどさ、リリアがイベントがあるとかいってゲームし始めてさ、買う暇が無かったんだよね」


「いいよ、お花なんて。これで、十分だよ、ありがとう」


「いやでもね、瑞季ちゃん。麗乃ちゃんもその場で、本読んでたんだから、実はその片棒を担いでたんだよ」


「二人は本当に仲がいいんだね」


いつもの会話が聞けて思わず私は笑ってしまった。しばらく、談笑した後、リリアちゃんがトイレで席を外した。すると、麗乃ちゃんは神妙な面持ちになって、私に話を切り出した。


「今日、ラインで言ってたこと、覚えてる?」


「あ、聞きたいことがあるって言ってたやつ?」


そういえばそうだったなと朝のラインを思い出した。


「そう。実は聞きたいことがあるっていうのは、水嶋君の事なんだけど。瑞季ちゃんって水嶋君と話したことある?」


え?またもや、水嶋君という言葉が出てきて、私はその言葉を聞いた瞬間、心拍数が跳ね上がるのを感じた。


「うん、、たまに話すぐらいかな」


「実はね、瑞季ちゃんが事故に遭った日の次の日から、学校に来てないの」


「え?学校に来てないって、、どういうこと?」


「うん、、最初はね、私もただ欠席してるだけなんじゃないかなって思ってたんだけど、今日分かったんだけど、、水嶋君、退学するって」


「え?退学?なんで、、?」


麗乃ちゃんの言葉が信じられないほど、内容が衝撃的だった。退学、その二文字を頭では理解していても、その前後関係が何にも分からなくて、私は当惑した。そして、すぐに私に原因があるのではないかと、母から昨日聞いた話から、そう思った。


「理由は分からないんだけどさ、、家の事情が何たらって話。まだ、決定ではないみたいなんだけど。でも、ちょっと急すぎるよね。水嶋君と仲良くしてた男子にも聞いてみたけど、連絡が通じないらしくて。何があったんだろう。それで、もしかしたら瑞季ちゃん何か知ってるんじゃないか思って。瑞季ちゃんと水嶋君が最後一緒にいたって言う人がいたから、今日気になって聞いてみたんだけど、、その感じだと何も知らない感じだよね?」


「お母さんが病室に来るまで、水嶋君がいてくれたって言うのは、お母さんから聞いてたけど、、何でかは私には分からない、、」


私は半ばうつむき加減でそう言った。私が聞いていた門限の話は、事態を混乱させるだけで、言わない方がいいなとそのとき思った。でも、なんで退学なんか、、、外出禁止、その意味がありありと感じられてきて、私の罪悪感はピークに達しようとしていた。そのとき、トイレで席を外していたリリアちゃんが戻ってきた。


「ただいまー。何話してたの?」


「ほら、水嶋君のこと。瑞季ちゃんがもしかしたら何か知らないかなーって思ったんだけど、詳しくは知らないって」


「心配だよねー。でも、私あんまり話したこと無かったからさ、どんな人か実はよく分かってないんだよね。瑞季ちゃんどんな人か知ってる?」


「うーん、、優しい人、、なのかな」


「そうなんだ」


「あ、私もちょっとトイレ行ってくるから」


「はーい」


次は麗乃ちゃんが席を外した。すると、突然リリアちゃんが私の目を向いて話し始めた。


「ねーぶっちゃけさ、水嶋君とはどんな関係なの?」


リリアちゃんの顔はいたずらっ子の面持ち顔持ちで、何かを見透かしたような感じで私に質問を投げかけてきた。


「え?どんな関係って、、友達、、なのかな?」


「そうなんだ。いや、もしかしたら二人って付き合ってたりしてるのかなーって思ってね」


リリアちゃんはどこからどこまでを知っているんだろう。それは様子からは分からなかったが、的を射るような質問が飛んできて、心底ビックリしていた。


「それはないけど、、水嶋君のこと何か知ってるの?」


「いやいや、そんなことはないんだけど。ただ、何となくね聞いてみたくなっただけっていうか。ごめんね」


「いや、別に、うん、、大丈夫だけど」


「でも、、瑞季ちゃんって水嶋君と仲良かったっけ?あんまり二人で話してるところ見たことがない気がしてさ」


「うーん、、たまに話したりはしてたかな」


「そうなんだ。水嶋君さ、瑞季ちゃんのこと好きだったりしないのかな」


「え?そんなこと、、あるかな?なんでそう思うの?」


「いや、うーん、、まぁ、勘もあるんだけど。ほら、瑞季ちゃん普通にかわいいし」


「そんなことあるのかな、、私は、よく分かんないかも」


「瑞季ちゃんはさ、水嶋君のことどう思ってるの?」


「私?私は、、」


それは、私がずっと答えを出そうとしなかったものだった。避けて、避けて、避けて、、。沈黙が少しの間、私たちの間に流れたが、なんとか言葉を振り絞った。


「嫌いじゃ無いけど、、って感じかな」


「そうなんだ、、水嶋君、何もないといいんだけどね」


「うん、そうだね、、」


そして、間もないうちにトイレから麗乃ちゃんが帰ってきた。


「何話してたの?」


「水嶋君の話。心配だねーって」


「まぁ、水嶋君のことはさ、男子に任せようよ。水嶋君と仲が良かった女子ってクラスにはそんなにいなかったような気もするし」


そのとき、リリアちゃんが私の方に視線をやったが、私が軽く首を横に振ると、すぐに前をむき直した。さっき話したことは二人の秘密であるということが暗黙の内に確認されたような気がした。そして、思わせぶりな仕草もそれ以降リリアちゃんはしなくなった。


「お大事にね、瑞季ちゃん。また、明後日?学校に来られそう?」


「分かんないけど、多分、行けると思う」


「じゃあねー、お大事に。瑞季ちゃん」


リリアちゃんが言う。


「ばいばい、瑞季ちゃん」


麗乃ちゃんが言う。


「ばいばい、今日はありがとう」


私もそう言ってお互いに手を振りながら、病院の出口まで見送って二人と別れた。それから、二人の姿が見えなくなるまで見送った後、まだ痛む足をゆっくり前に進ませながら、私は病室に帰って、ベッドの上に座り、深く息をついた。


まさか、二人と水嶋君の話をするなんて。お見舞いに来てくれるまでは思ってもみなかった。それに、退学だなんて、、最初は信じられなかったが、二人の様子を見る限り、紛れもなく本当のことなんだと思い知らされた。そして、リリアちゃんは何か知っているような感じだったけど、本当にただの勘だったのか、結局分からずじまいだったが、私と水嶋君のことは誰にも言わないでくれるだろうと何となくそう思った。


日ももうすぐ沈みかけていた頃、私は母に電話をかけた。ちょうど仕事が終わったタイミングらしく、3コール目で電話に出た。


「もしもし、お母さん?」


「瑞季?どうしたの?何かあったの?」


「いや、体の方は大丈夫なんだけど。ちょっと聞きたいことがあって」


「うん、どうしたの?」


「お母さんが来るまでさ、、水嶋君がいたって言ってたじゃん」


「うん、瑞季のそばに座ってたよ。優しい人みたいだね」


「うん、、まぁ、そうなんだけど。何か変わった様子とか無かった?」


「変わった様子?うーん、初対面だったし、どこが変わってるとかいうのはよく分かんなかったな。水嶋君がどうかしたの?」


「いや、ただ、お礼は言ったんだけど。その時の様子が知りたくなって」


「そうねー。強いて言うなら、眠そうだった、、のかな」


「眠そう?」


「私が着いたときにね、椅子に座ってたんだけど、目をつぶってうつむいてたんだよね」


「そうなんだ」


「声をかけたら、しばらく反応が無かったんだけど、はっと体を起こして、、後は瑞季にいった通りかな」


「分かった、ありがとう」


「じゃあ、明日、退院の日、仕事が終わったらお父さんと迎えに行くから、いつでも行けるようにちゃんと準備しててね」


「うん、分かった、やっとく」


「じゃあね」


「うん、じゃあね」


そう言って、母との電話を終えた。眠そうにしていたとうだけで、特に変わった様子というのは母の言葉からは掴めなかった。そして、明日の朝、もし彼から返信が無かったら、私は思いきって電話をしてみようと決心した。私のせいで、退学なんかしてたら、、とにかく電話越しでもいいから、彼には直接自分の口でごめんなさい、そしてありがとうという言葉を言いたかった。そこで、もし電話に出なかったとしても、いやそんなことを考えるよりもとにかく伝えないといけないと私は心の中で強く思った。


夜になって、病院食を食べた後は二人が買ってきてくれたプリンを味わった。最近は味が薄いものばかり口にしていたので、優しくて甘い味が体に浸みて、幸せな気持ちになった。そして、寝るまでやることがなかったので、明日帰れるように、身の回りの片付けと、荷物の整理を終わらせた。その後、私は喉が渇いたので病室に出て飲み物を買いに出かけた。自動販売機の前に立って、どれにしようか迷っていると、ちょうど今日見た夢の光景が思い出されてきた。


そういえば、私、夢では廊下を歩き回って、屋上に行ったよね、、私はふと思い立って、屋上に続く非常階段がないか探し始めた。しばらく、散策していると非常階段が見つかって、そこのドアは開いていた。そして、一歩ずつその階段を上って、ついに一番上の階段までたどり着いた。屋上へ続く扉がそこにはあった。ドアのレバーに手をかける。もし、この扉が開いたら私はそのまま屋上に行くのだろうか。すこしためらいもあったが、レバーに手をかける。ふーっと一息ついてから、私はその手に力を込めた。けれど、そのドアは鍵がかかっているらしく、開くことは無かった。私はその握っていた手を離して、階段を降り、元のいた階に急いで戻った。


夢と現実がリンクすることなんて、ないはずなのに、、少しドキドキしながら非常階段の扉から顔をのぞかせると、すっと廊下に戻って、そしらぬ顔で自動販売機の前に帰った。私は緑茶を選んで、パキッと蓋を開け、一口飲んでから自分の病室に戻った。


もうあとは寝るだけ。そんな感じで、ベッドに寝そべっていた。明日は6時になったらすぐ出かけようと思っていたので、今日はいつもより早めに眠るつもりだった。寝る前にいつもの癖で通知が来ていないか確かめると、ラインのメッセージが数件届いていた。誰からだろうと見てみると、私は目を疑った。それは水嶋君だった。夜だから連絡なんてないはず、そう思っていた。だが、紛れもなくそれは水嶋君だった。私は一旦スマホの画面を落として、胸に引き寄せた。


水嶋君から返信が来た。でも、何て書いてあるんだろう、、それに、門限の話はどうなったんだろう。夜の間はスマホを使えないって言ってたのに。


私は部屋の電気を消した。そして、スマホの画面を再び開いた。何が書いてあっても、私はそれを受け止めようと決心してメッセージを開いた。


「弟の望だけど、晴也のことは気にしないでいいから」

「周りの人にもそう言っといて」


弟から、、?メッセージは彼からのものではなかった。そして、気にしないでいい、そんな言葉が書いてあった。でも、私はそのまま会話を終わらせては絶対駄目だと思っていた。水嶋君は、門限は弟との約束と言っていたから、何か知っているはずと私は確信していた。


「あの、私のせいなんです、晴也君が門限破ったの」

「ごめんなさい」

「晴也君は今どういう状況なんですか?」


用意していたわけでもないのに、言葉がするすると出てきた。とにかく今は、この会話をつながなきゃ、という思いが頭の中にあった。


連絡はすぐには返って来なかった。でも、私は返信が来るまで待ち続けようと思っていた。すると、私がメッセージを送ってから30分後だった。私のスマホが鳴った。着信元はやはり彼からだった。


「もしもし?谷口さんであってる?」


「はい、合ってます。あの、、望君ですよね?晴也君の弟の」


「そうだけど」


声は水嶋君とそっくりで、ほとんど違いが無いように感じた。でも、口調がいつもと話している感じとは違うということははっきりと分かった。


「谷口さん、門限の話は晴也から聞いてるんだよね?」


「はい」


「あ、別にタメいいよ。同じ年だし」


「う、、うん」


「それなら話が早いんだけど、あいつは門限を破った。だから、もう外出禁止になった。そういうことだから。今日、君に電話したのも、君が代表してもう晴也は外出禁止ってことを周りに伝えてほしいから。晴也のこと君が一番知ってるみたいだし」


「ちょっと待って、、あの、、門限を破った原因を作ったのは私で、、だからごめんなさい。退学するってつい今日知ったばかりで、私のせいなんです、、その、退学って聞いて私本当に驚きというか、申し訳ない気持ちでいっぱいで、、」


「いや、別に君が謝らなくていい。これは、あいつと俺の問題でさ、それであいつが勝手に破った。だから、君には関係ない」


「いや、その私がぼーっとしてたばっかりに、晴也君を巻き込んじゃって、、とにかく、私のせいなんです。だから、私にも関係が、、」


「だから、君が謝ってすむ問題じゃないって言ってるじゃん。もう、この話はやめようよ。全てはあいつが悪いんだから。門限を破らなかった、それでその罰をうけた。ただそれだけじゃん。確かに、君がそのきっかけを作ったのかもしれないけどさ、決めたのはあいつ自身だから」


「でも、いくらなんでも厳しすぎるんじゃ、、退学なんて、二人は双子なんですよね?」


「お互いが生きていくために、この門限は絶対に守られるべきものなんだ。たとえ、双子だとしてもね」


「親は何とも言わないの?」


「親は門限のことは知らないし、そもそも俺たちのことに興味がない。ずっと、仕事で家にいないから」


「そんな、、」


「じゃあさ、さっき言った通りだから。よろしく。もう連絡も控えて欲しいって他の人にも言っておいてくれない?」


「あの、、晴也君って元気にしてるの?退学したって聞いてから心配してて、、」


向こうからの音が途切れた。慌ててスマホの画面を確認したが、電話はつながったままだった。


「さあね、知らない。あれから話してないから。何度でも言うけど、自業自得だから」


「それだけでも、教えてください。みんな心配してて、、」


「心配ね、、、もう、そんなのどうでもよくない?どうせ会えないんだし」


「そんなの、、いくらなんでも酷すぎませんか、、」


これが本当に晴也君の弟なの?声はほとんど変わらないのに、聞こえてくるのが冷たい言葉ばかりで、私は心がずきずきと痛んだ。


「なんか、俺が悪いみたいじゃん。だから、あいつのせい、、」


私にはもうその言葉に耐えらなかった。それに、もう彼に会えないという悲しさもあったのかもしれない。思わず私は、涙ぐんでしまった。


「ちょっと、女子ってどうしてすぐに泣くかな?泣けば、何でも許してもらえると思ってるの?」


「どうして、、そんな酷いことばっかり、、ただ私は晴也君に、、謝りたくて、、」


もしかしたら、晴也君のことを聞けるかもしれないと思った私がばかだったのかもしれない。暗い病室の中、私は一人、すすり泣いていた。


「ごめんなさい、、私のせいなんです、、だから、、」


しばらく間があった後、彼が再び話し始めた。


「いいよ、、分かった。君にすべてを教えてあげる。晴也も呼ぶ。でも、これで本当に最後だから。じゃあさ、今日の夜、君が通ってる高校で会える?11時でいい?」


「え、、?今から?」


「そう、今から。できる?」


「、、行きます。11時にどこですか?」


「高校の前で」


「、、分かりました」


「あとさ、最後に聞きたいんだけど、君は晴也とどういう関係?」


「どういう関係?」


今、私が一番返答に困る質問が電話越しに投げかけられた。晴也君とはどういう関係なんだろう。でも、双子の弟には嘘だけは必ず見破られると思った。今、私が言える精一杯の表現で、、そして、嘘のない言葉。


「友達、、ですけど、私にとってはとても大切な人だと思います」


「そうなんだ。じゃあ、また後で」


「はい」


電話が切れた。私は涙を拭って、深呼吸をした。落ち着かないといけない。私は消していた電気を再び付けて、急いで準備に取りかかった。病院から学校までは大体1時間ぐらいはかかる距離にあった。バスと電車を乗り継いで行けば、間に合いそうだった。あまり目立たない服に着替えて、鏡で自分の顔を見ると、少し目が赤くなっていた。うん、、かわいい、かわいい。私はそう思うことにした。それから、私はスマホと財布を持って、すぐに病室を飛び出した。走ることはまだできないので、なるべく急いで歩いた。


病院から5分ぐらいしたところにバス停はあった。時刻表を見ると、30分おきにバスは来るようで、すぐにバスが来た。これを逃したら、間に合わなかったかもしれないとほっとして、バスに乗り込んだ。私の他に乗っている人は仕事帰りらしい二人しかいなかった。まだ、私の顔には絆創膏やらガーゼがあったので人目につくと嫌だなと思っていたが、ちょうど夜の時間帯だったので、人がいなくてよかったと思った。


駅前に着くまでの間、バスに揺られて、私は久しぶりに見た外の景色と流れゆく街灯をぼんやりと眺めていた。私の心は思ったよりも穏やかで、今から水嶋君兄弟に会いに行くとは自分でも思えないほどだった。間もなくして、バスが目的地の駅前に着いた。あとはそこから電車を一本乗り継げば、いつも使っている駅に着く。バスから降りると、私は急いでホームに向かった。


電車もバスと同じで乗っている人が少なかった。そして、二駅したところで降りて、別の電車に乗り換えた。電車に乗っている間、私は帰りの電車があるかどうか分からないことに気づいた。水嶋君と会った後、私、どうするんだろう。少し不安になった。いつもはあれこれ考えてから行動する気性だったので、後先考えずに行動していた自分に驚いた。私って、水嶋君の事になるとこんなことまでしちゃうんだ。しばらく電車に乗っていると、見慣れた光景が見えてきた。少し久しぶりな感じもする。そして、ごとごとと立てる音が小さくなってゆき、ホームに電車が到着した。


改札機を通り抜けて駅前の広場に出ると、いつもは見慣れたはずの景色がまるで違って見えた。駅前の店もバス停も駐輪場も夜の闇に包まれていて、私が彼を誘ったカフェもすでに閉まっていた。時間を確認すると、約束の時間まであまり余裕はない。私は急いで学校に向かった。


水嶋君と歩いた思い出を思い返しながら、私はいつもの通学路を歩いた。望君が彼を呼ぶと言っていたけど、何だか会うのは久しぶりのような気がした。学校ではいつも見かけていたはずなのに。そして、望君はこれが最後の機会だと言っていた。本当にそうなるんだろうか。私には想像もできなかった。でも、もし最後なら私は彼に言うべき言葉を、病院からここまでの道のりでもう心に決めていた。これが本当に最後なら。


学校までの道は夜だったので人通りはほとんど無く、数台の車が行き交う程度だった。そして、しばらく歩いていると私が轢かれた交差点に着いた。今まであまり考えなかったが、私ってここで轢かれたんだと改めて思い知った。黒い車とクラクションの音、それは私の目と耳に鮮明にまだ刻まれていた。そして、私が水嶋君を事故に巻き込んだばっかりに、大切な門限が守れなかった。信号が青になって、横断歩道を渡りながら、倒れた私と彼の姿を想像した。私のこと心配してくれたんだよね、、本当にごめんなさい。


怪我のこともあって、歩くのはいつもより遅かったが、約束の5分前に学校の前に着いた。周囲を見渡したが、二人ともまだ来ていないようだった。もちろん、どの教室もそして職員室でさえも電気は付いていない。深夜の学校に来るのは初めてだったので、少し怖い気もした。私はポケットに入れていたスマホを取り出した。


「学校の前に着きました」

「もう着いてますか?」


もうすぐ水嶋君兄弟と会う。私はどきどきして待っていた。どんな顔をして会えばいいんだろう。そわそわしながら待っていると返信が返ってきた。


「俺ももういる」

「裏の方にいるからこっちに来てくれない?」


裏の方、、私はてっきり校門の前で会うと思っていた。水嶋君ともいつもそこで出入りしていたから。でも、もうすぐそこにいると分かってだんだんと緊張が高まってきた。


「はい、今から行きます」


私は学校の周りを歩いて、校門とは逆の方向にある出入り口を目指した。もうすぐ、もうすぐだ。学校の周りを半周ぐらいしたところで、暗いながら人影が見えてきた。向こうも私に気づいたようだ。こっちに向かってくる。でも、すぐにその人影が一つであることに私は気づいた。そして、それが誰であるか話し始めるまで私には分からなかった。


「どうも、初めまして。谷口さんで合ってるよね?」


晴也君じゃなかった。双子とは聞いていたが、見た目の違いは私には分からなかった。まるで、晴也君が話しているように感じた。


「うん、そうだけど、、あの、望君ですか?」


「そうだけど。その怪我、大丈夫なの?」


「まあ、はい、自分のせいなので。あの、、晴也君は?」


「あぁ、、あいつはじきに来るよ。それよりさ、ここ、君の高校だろ?どうなの?楽しい?」


「うん、、まあ、はい、楽しいです」


「そうなんだ。まあどうでもいいけど。ねえ、中に入らない?」


「え?中に?話はここでするんじゃないんですか?」


「あいつとも中で待ち合わせてる」


「え?そうなんですか、、?でも、学校にばれたりしたら、、」


「夜だから誰も分からないって」


「え、でも、、」


「いいから来て」


私は言われるがまま、塀の低くなっているところを乗り越えて、敷地内に入った。何だか悪いことをしているように思ったが、彼の機嫌をあまり損ねない方がいいような気がした。


「あの、どこで待ち合わせてるんですか?」


「今、向かってる」


私は彼の背中を追いかけていた。どこで、待ち合わせているんだろう。それにしても不思議なのは、私に何も聞かずにその場所に向かっていることだった。しかも、ほとんど明かりが無くて暗かったので、何がどこにあるか外観だけで判断するのは難しいはずだった。もしかして、この学校に来るの初めてじゃない?そんな考えがよぎった頃、彼の足が止まった。


「ここですか?」


そこは理科室棟の前だった。各教科の理科室が1階から3階まで並んでいて、みんなにそう呼ばれていた。すると、突然、望君が化学室の窓をゆすり始めた。


「何してるんですか?」


「ここの窓、ぼろいからさ。こうしたら、開君だよね」


「でも、開けてどうするの?」


私は少し怖くなった。待ち合わせの場所に行くと言っていたのに、突然よく分からないことをし始めて、その場を離れたい気持ちになった。


「校舎の中に入るんだよ。待ち合わせ場所、3階の物理室だから」


望君が窓を揺する音ががたがたと静かな学校中に響いた。もう、はたから見たら泥棒にしか見えない。そして、あまりにも敷地内に詳しいこと、校舎の構造まで知っていることから、絶対にこうして今まで中に入っていたんだと私は思った。そして、ほどなくして、化学室の窓が開いた。


「こっちに来て」


私はもうその中に入ったらもう後戻りは出来ないような気がしていた。何事においても。でも、晴也君に会うためなら。私は望君に続いて、化学室の窓を跨いで、校舎内に踏み入った。私が入ると、彼は慣れた手つきでドアの鍵を解錠していた。


「あ、そこの窓、閉めといて」


私はその窓をゆっくりと閉じた。でも、施錠はしないでおいた。何かあったときのために。


廊下はとても暗くて、先があまり見えなかった。そして、私たちの歩く音が廊下に響いた。その自分の足音にぞっとしながら、3階の物理室を目指して歩く。時折、麗乃ちゃんとこの前見たホラー映画を思い出した。死者の霊が飛び出してきてもおかしくないような雰囲気だったが、彼があまりにも淡々と先に進むので、逆に彼の方が怖いように感じた。


そして、とうとう物理室の前に着いた。


「ここ、、?」


「そう」


「でもなんで物理室?」


「何となくかな。物理が好きなんだよね、科目の中で一番。勉強したことはないけどね」


そういえば、弟は学校には行ってないって言っていたことを思い出した。


「そうなんですね、、あの、晴也君はいつ頃、来るんですか?」


「さぁ、いつだろうね」


「え、、どういう約束なんですか?」


「もう来ているかもしれないし、来ないかもしれない」


「え?」


飄々とした様子で訳の分からないことを話し始めたかと思えば、スマホをポケットから取り出した。


「あ、そのスマホ、、」


「そう、これ、晴也のスマホ。よく覚えてるね。これで、君と連絡を取ってた」


「じゃあ、どうやって晴也君と連絡を?」


「まあ、そうなるよね。でも、今に分かるよ。その前にさ、ちょっと話をしていいかな?」


「どうぞ、、」


「俺はさ、今までちゃんと門限を守って、夜の間しか生活してなかった。12年間もの間。だから、学校にも行ってない。だから、友達もいない。昼間に生活するあいつの方がよっぽど幸せそうだった。でも、あいつが約束を破ったから、俺は一日中外出ができるようになった。あのときの報い?いや、恩返しかもしれない。とにかく、俺は今自由ってこんな感じなんだって思ってる。だから、この自由はもう誰にも奪われたくない。だからね、これで本当に最後だから。ねえ、谷口さん、目を閉じて」


「え?」


「君が目を閉じてから3分後、晴也が来る。そういう約束をした」


私は本当に言うとおりにしていいのか分からなかった。この暗くて誰もいない状況で、何をされてもおかしくないと思った。でも、もうここまで来たのだから。私はそっと目を閉じた。そして、望君がその場をそっと離れる足音が聞こえた。


静まった校舎内に私は耳を澄ませた。聞こえるのは、私の心臓の音だった。そして、その鼓動が時間の経過を感じさせた。3分後にきっと来る。今まで狂言めいた言葉も、彼の様子から話は本当だと思った。それから、静かに私は待っていた。暗闇に同調するかのように。そして、目を閉じたまま、私が空で数えていた3分が過ぎた。いつになったら、晴也君は現れるのだろう。周りに人の気配は感じなかった。そして、時間が経てば経つほど、怖さと緊張が高まっていった。


「ここは、、学校?」


え?晴也君の声が突然、静寂の中から現れた。でも、誰かが来たという気配は無かった。私はそっと目を開いた。暗くて周りがよく見えない。


「水嶋君、そこにいるの?」


「もしかして、谷口さん?」


「うん、、」


私は耳を研ぎ澄ませた。確かに声は聞こえてくる。すぐ近くにいると私は思った。そして、声が聞こえてくる方に一歩ずつ足を進めていくと、


「うわっ!!」

「いたっ!!」


何かとぶつかった。私は思わず尻もちをついた。


「谷口さん?」


「うん、、」


私は手をついて起き上がると、そこには水嶋君がいた。本当に会えた。でも、暗くて顔までははっきりと見えない。手を先に伸ばすと、彼の体に触れた。そして、その手を彼がとった。


「あの、、水嶋君、、私、ずっと謝りたくて、私のせいで、門限破ることになっちゃって、本当にごめんなさい」


「いや、別にいいんだよ。自分で決めたことだから。それより、怪我は大丈夫だったの?目を覚まさなかったから心配で」


「うん、お医者さんには何にもないって言われた。ねぇ、、本当に退学するの?」


「ごめん、門限は絶対だから」


「やっぱり、私のせいだよね」


「いや、これは望と決めた事だから、谷口さんが気にすることじゃないんだよ。あ、そういえば、オススメしてたドラマ見たよ。面白かった」


「見てくれてたんだ、、でも今はそういう話がしたいんじゃなくて、、ねえ、外出禁止って、もう本当に会えなくなるってこと?」


「うん、、でもさ、いろいろ楽しかったよ。谷口さんと帰れる日とか一番楽しかったかも。実はさ、谷口さんが事故ったとき、一緒に帰れないかなって思って後ろから追いつこうと思ったんだけど、そのときちょうど事故ってて。もしさ、一緒に帰ってたらこんな事にはなってなかったかもしれないってちょっと責任感じてたんだよね、、それに、意識が無いって言ってたから凄く心配してたけど、、とにかく良かった」


「そんなの、、全部私のせいだから、水嶋君が責任感じること無いんだよ。あと、私も、水嶋君と帰るのが一番楽しかったよ」


「そうだったんだ、でも、こんな形でお別れになってごめん」


「本当にこれで、最後なの?」


「うん、望との約束だから」


「そういえば、望君は?」


「望?うん、、多分、どこかで待ってると思う」


「そうなんだ、、ねぇ、、私、これが最後なら言いたいことがあって、、」


「言いたいこと?」


私はもう決心していた。これが最後なら、私は伝えたい思いがある。後で、私は絶対後悔すると思った。


「うん、、私、水嶋君のことがずっと気になってたんだけど、、やっぱり私、、好きです。ずっと水嶋君のことが好きでした」


言った。遂に言った。言い終わった瞬間、私は体が心臓の鼓動に揺さぶられるほどドキドキしていた。もう、後悔はしない。そう思えた。


「そうなんだ、、嬉しい、、谷口さんにそんなこと言われて、すごく嬉しい。自分もさ、谷口さんのこと可愛いなって思ってたんだけどなかなか自分に自信が無くて、、」


「私も水嶋君に可愛いって言われて、すごく嬉しい、、ねぇ、本当にこんな別れ方なの、、すごく辛い」


「辛いかもしれないけど、、もう、自分にはどうすることもできない、ごめん」


私がわがままなのは自分でも分かっていた。けれど、お互いの気持ちを確かめ合った後に、こんな形で別れてしまうのが嫌になった。これが最後って決めていたはずなのに、まだ一緒にいたいと思ってしまった。他に言うべき言葉が見つからず、私は下を向いたまま立ち尽くしてしまった。それは、彼も同じようだった。


「あのー、君たちってこの学校の人?」


「えっ?今、聞こえたよね、、?」


突然、物理室の方から声が聞こえてきた。思わず、私は声を上げて、彼に身を寄せた。もしかして、幽霊?こんな深夜の学校で私たちの他に誰かいるとは思えなかった。軽いパニックになって、怖いという感情しか出てこなかった。いつでも逃げられる準備をしていると、再び声が聞こえてきた。


「ねぇ、君たちこの学校の1年生だよね?何でこんな時間に学校にいるの?」


「この声さ、多分、誰か他の人がいるんじゃない?」


水嶋君がささやくような声で私に言ってきた。


「え?先生ってこと?それなら、今すぐ逃げた方がいいんじゃ、、」


「分からないけど、このままだったら警察を呼ばれるかもしれないし、、正直に言った方がいいかも、、」


そう言うと、彼は声が聞こえてきた方に答えた。


「そうです」


すると、再び物理室の方から声が聞こえてきた。


「もしかしてさ、君たちが例の不審者なの?」


不審者?確か、、先週あたりに、誰かが夜に学校に侵入したという話が学校で持ち上げられていたことを思い出した。


「いや、、多分、、自分たちとは違うと思います」


水嶋君がそう答えた。そして、声のする方に水嶋君が問いかけた。


「あの、、誰なんですか?」


しかし、ただ彼の声が暗闇の中に吸い込まれるばかりで返答は無かった。


「どうする?多分、、先生では無いと思う。こんな時間にいるわけ無いから」


「え?どうするって、、逃げるしかもう、、」


すると、ドアが開く音が聞こえた。私は足がす君だ。そして、突然、廊下に電気が付いた。


「うわっ!」


急に明るくなって目が眩んだが、前にはうちの制服を着た男子が一人、物理準備室の前に立っていた。そして、私は信じられない物を目にした。


「何で?どういうこと?」


私の隣にいた彼は望君と同じ服を着ていた。今まで、話してたのは望君だったってこと?私はパニックになって、その場で叫んだ。


「え?何で、今までのは望君だったってこと、、?」


「ごめん、違うんだよ、本当は言いたくなかったんだけど、、」


その場で彼はうつむいたまま、黙り込んでしまった。すると、物理準備室の前にいた男子がこっちに近づいてきて、こう言った。


「多分、彼、、解離性同一障害なんだよ」


「何ですか?それ、、?」


「いわゆる、二重人格。そうなんでしょ、水嶋晴也くん?」


「はい、、そうです、、」


二重人格。信じられない言葉が聞こえてきた。つまり、、双子じゃなくて、二人は同一人物だったてこと?そのことが分かった瞬間、全身に寒気を感じた。


「ごめん、本当は言いたくなかった。谷口さんに引かれると思ったし、もう、これで会うのは最後だと思ったから」


「じゃあ、会えなくなるって言うのは、、」


「望に人格が統合されるっていうこと、、門限っていうのも、お互いが決まった時間に人格が表れるように決めたルールで、外出禁止って言うのが、人格が一方に統合されるっていうことなんだよね、、」


「主人格はどっちなの?」


「主人格は自分ですけど、4歳のときからいるので、、もう最近はどっちでも無いっていう感じでした、、」


水嶋君はその男子に聞かれた質問にそう答えた。


「そうなんだ」


「あの、、誰なんですか?」


私は思い切って、物理準備室から現れたその男子に尋ねてみた。


「ああ、気になるよね。この学校の3年の藤野。悪気は無かったんだけどさ、1週間前に不審者出たじゃん。また来ないかなーってカメラとか置いて張ってたんだけど、君たちが学校に入って来て、しかも物理室まで来るじゃん。それで様子を伺ってたら、何もかも全部見ちゃったっていう感じなんだよね。あ、、このことお互い内緒にしない?こっちも先生にばれたらいろいろと面倒だからさ」


「はい、、もちろん、、」


私はそう言った。そういうことだったのか、、私たちの他にまさか人がいたなんて思いもしなかった。藤野先輩、見かけたことは無かったが、話し方や容貌から頭が良さそうに見えた。


「それより、谷口さん?大丈夫なの?今すぐにでも病院に帰った方がいいよ。その怪我、あまり無理しない方がいいと思うよ」


「私、明日、退院する予定なので、大丈夫です。それより、今は水嶋君のことの方が大事で、、」


「いや、すぐにでも帰った方がいい。はっきりいって入院していた病院を抜け出すとか、滅茶苦茶なことしてるよ。彼のことはさ、提案なんだけど俺に任せてくれない?」


「え?」


私が病院を抜け出したことを知ってるの?私は疑問に思ったが、もしかしたらどこかで話していたのかもしれない。


「水嶋君、どんな約束なのか知らないけどさ、人格統合っていうのは、ちゃんと病院に行かないとできないんだよ。その証拠に、まだ晴也の人格が普通に現れてる。まぁ、望君に統合するにしてもさ、勝手にそんなことをしたら親とかそれに彼女もさ、いろんな人が悲しむんだよ。その様子だと、親にはまだ言ってないんだよね。とにかく、これは君だけの問題じゃないってこと」


水嶋君は藤野先輩の話に深く聞き入っている様子だった。


「自分、今まで誰にも言ったこと無くて、、」


そう言うと、水嶋君はぐっと唇を噛みしめて、ただ床を見つめていた。そして、顔を起こすと私に視線を向けた。


「谷口さん、、藤野先輩に相談してみようと思う」


「うん、、水嶋君がそう決めたなら、、」


「でも、言っておくけど、晴也君と話すのはこれが最後になるかもしれない。悪いけど、これからどうなるかは保障できない。こればっかりは、水嶋君の心の問題だから」


「そうなんですね、、」


私はそう呟いた。


「だから、一応、何か言い残したことがあれば、その、何か言った方がいいかも」


「私は、、もう、伝えました」


あれ以上の言葉は私にはもうなかった。これからどうなるかは分からなかったけれど、もう私に出来ることはない気がしていた。


「自分は、、また、一緒に帰れたら帰りたい」


藤野先輩はその場を離れて、廊下の電気をパチリと消した。再び、辺りが真っ暗になった。


「今日はもう帰ろう。こんな時間だけど、二人は大丈夫なの?もう12時になりそうだけど」


あ、、私は重大なことを忘れていた。どうやって帰るのだろう。勢いでここまで来てしまっていて、そのことをすっかり忘れてしまっていた。


「自分は、、まぁ、歩けば何とかなります。でも、谷口さんは?」


「私は、、家に帰ります。多分、終電に乗れば何とか。親には叱られるかもしれないけど、、」


「ならよかった。窓から入ってきてたよね。びっくりしたけど、本当はそんなことしなくても、抜け道があるんだよね」


「そうなんですね、、」


私たちは階段を降りて、1階の化学室の窓を閉めた後、藤野先輩に連れられるままに、非常階段の扉から外に出た。藤野先輩は水嶋君と連絡先の交換を終えた後、自転車を持ってきて、私たちを駐車場の奥手にある細い抜け道まで案内してくれた。


「じゃあ、気をつけて。あ、今日あったことはみんなの秘密ね」


「はい」


私と水嶋君はそう言った。すると、水嶋君が何かを思い出したように言った。


「あ、物理準備室の扉は閉めてないけど良かったんですか?」


そう言えば、開け放しになっていたのを思い出した。


「あぁ、それは、、朝に来て閉めとくよ。じゃあ、また。水嶋君、帰ったら親に言うんだよ。一回寝たらもう戻ってこれなくなる可能性もあるから」


「はい、、そうします」


その場で藤野先輩と別れた。とても知的で優しい先輩だなと私は思った。先輩に任せておけば、このまま全てが上手くいくような気がしていた。


「じゃあ、、帰ろうか。ちょっと急ぎ目で」


「うん」


駅までの道のりを私たちは急いで帰った。終電まであまり余裕も無かった。駅に着くまでの間、この前見た映画の話、私が倒れていてビックリした話をした。車の通りはもうほとんど無く、二人で並んで帰った。そして、終電まであと5分というタイミングで駅に着いた。


「じゃあね、水嶋君、、」


「うん、谷口さんも、またね。あ、最後に言っておくけど、実は駅まで行くと遠回りなんだよね、でも一緒に帰りたくて、、」


「そうなの!?」


私たちの間に自然と笑みがこぼれた。


「もう、行かないと、谷口さん」


「うん、、ばいばい」


「またね、、」


そう言って、私たちは別れた。私は急いでホームに駆け込んで、終電に乗った。電車に揺られること15分、家の最寄り駅に着いた。そして、歩いて家にたどり着いた私はそっと家のインターホンを押した。


-1週間後-

今日も谷口瑞季と水嶋晴也の二人は一緒に帰っている。それを物理準備室から遠目で眺めている少女が一人。


「あの二人、本当に良かったね」


あのとき物理準備室にいたリリアは、楽しそうに話す二人を見てそう呟いた。

実は瑞季の母が水嶋君が病室で寝ていたと言っていたのは、あれは晴也が門限を破ってしまったので、望と門限のことについて話してたんですよね。そして、リリアはあのとき物理研の人に誘われてあの時、物理準備室にいました。瑞季と晴也とは同じクラスだったので、その時、部長でもある藤野先輩にいろんなことを教えてたので、あんなに藤野先輩は二人のことをズバズバ言ってたんですねー。なにより、幸せになってよかったです。


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