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私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね  作者: 江崎美彩


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10/10

【番外編】刺繍

 ミンディの父であるハーミング伯爵と話があり、王都にあるハーミング家の屋敷に訪れた。

 ふらりとミンディの部屋の前を通る。

 風通しのために少し開けている扉を覗くと、窓辺のテーブルで眉を寄せ何か真剣な顔をしているミンディを見つけた。

 俺は足音を立てないように部屋に忍び込む。


「なにしわくちゃの顔してんだよ」


 ぶつぶつ呟きながら必死に針を動かしていたミンディに声をかけた。


「きゃっ! えっ⁈ ブッ……ブライアン⁈ なんでいるの?」


 目を丸くしたミンディは口をパクパクと動かした。


 ミンディはなんでもそつなくこなす。

 王立学園(アカデミー)の成績も良く、運動神経だって悪くない。

 夜会で俺以外の誰とも踊らせたくないから「ダンスが下手くそだ」なんて言ってまわっていたけれど。実際はそんなことない。

 周りの奴らから「ブライアンが牽制しまくるから誘わなかっただけだ」なんて言われたくらいだから、ミンディがダンスが踊れないことを信じてるやつなんていなかった。

 馬に乗るのだって初めてだなんて言いながら、少し教えたくらいで一緒に散策が出来るようになってしまった。もっと手取り足取り教えたかったっていうのに。


 そんな器用なミンディが、実は刺繍が苦手なことは周りの奴らは知らない。


「なにやってるんだよ」

「見ればわかるでしょ。刺繍よ刺繍! はい! 教えたわ。もう、わかったでしょう? だから出て行って! 勝手に来て勝手に覗かないでよ!」

「勝手? ハーミング伯爵に招待されて来たんだが?」

「──! お父様ったら私に内緒で!」


 ミンディの矛先が俺からミンディの父親に移ったところで刺繍枠を取り上げる。

 ハンカチと思しき布には茶色い塊が刺繍されていた。


「返して!」

「なんだこりゃ?」

「なんだって、見ればわかるでしょ。馬よ、馬!」

「馬ぁ? そんな難しいもの。下手くそなミンディには無理だろ。ベリンダだってたいして上手くないけどミモザとかもう少し簡単なやつを刺繍してるぞ」


 ミンディの意志が強そうな瞳が俺を捉える。


「私だってもう少し簡単で可愛い花とか刺繍したいわよ。でも、ブライアンが、私のことじゃじゃ馬なんて言うから仕方ないじゃない!」

「は?」 


 俺から刺繍枠を取り返してミンディはそっぽを向く。


「ミンディがじゃじゃ馬なことと刺繍が下手なのは何の関係もないだろ」

「関係ないけど関係あるのよ!」


 ミンディの顔を覗き込むと目を潤ませていた。


「泣くなよ」

「泣いてないわ」

「下手くそだなんて言って悪かったよ。ごめん」

「謝ってほしいのはそこじゃないわ」

「じゃぁ、部屋に黙って入ってきたことか? 何やっているか勝手にのぞいたことか? 刺繍枠を取り上げたことか? それともお前んちに来るのを黙っていたことか?」

「ふっ。ふふ。ブライアンったら思い当たることが多すぎるわ」


 笑った顔をみてほっとする。ミンディをそっと抱きしめる。


「ごめん」

「もう。理由もわからないのに謝らないのよ」

「泣き止んで欲しいのに、泣き止ませる方法が分からないんだよ」

「だから泣いてないわ……ただ、こないだのお礼に驚かせたかったの」

「お礼?」

「乗馬用の皮手袋(グローブ)のお礼よ。私のことを考えてくれた贈り物だったし、お返しをするなら私もブライアンのことを考えて贈らないとって思って。刺繍って思いを込めてするでしょう? どうせなら私からだってわかりやすい図案がいいかなって思ったのに、ブライアンはいつも私のこと花じゃなくってじゃじゃ馬に例えるから……」


 腕の中で文句を言いながらミンディは俺を見上げる。子どもみたいに拗ねたふりして唇を尖らせていた。


「って、ねぇ。ブライアン。聞いてるの?」

「あっ。もちろん。聞いてるよ」

「そんなこといっても聞いてないのはわかるんだからね。ブライアンが私のことじゃじゃ馬扱いするから馬の刺繍してたのに、わかってくれないんだもの。でも確かに馬の刺繍は私には難しすぎたのよ。分からなくて当然よね。諦めてブライアンの言う通り簡単な花の刺繍でもするわ。別に気持ちを込めることが大切なんであって図案は関係ないものね」

「なぁミンディ。このまま馬の刺繍してくれよ」

「えっ? いやよ」

「俺だけが馬だってわかればいいんだからさ」


 そう俺だけが知っていればいい。


 子供みたいな独占欲だななんて思いながら、子どもみたいに尖らせた唇に口付けを落とした。

お読みいただきありがとうございます。

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