飯出すってレベルじゃねぇぞ!
正午過ぎから、酒場が併設された冒険者ギルドは徐々に賑わいを見せ始める。
冒険者ギルドと言っても、所詮は田舎町の小さなギルドなので、客の大半は酒や食事を求める一般市民が占めているものだ。その中で、依頼を達成した、もしくは依頼前の景気づけに一杯引っ掛ける冒険者がちらほら見受けられる。
その中で、陽彩はバーテンダーとして酒を提供したり、料理人が作った飯を冷めない内にテーブルに運ぶのが主な仕事である。酒場は満席に近い状態が保たれているが、やはりここは異世界。現代社会の飲食店のように料理の品数が多いわけでもなく、肉料理、魚料理、野菜スープとパンの3種に分けられ、日替わりや料理人の気まぐれで使う材料や品目も変化する。置いてある酒もエールとワインのみなので、オーダーを覚えることも難しくない。
(品数もバリエーションも少ないけど、シェフも給仕も注文覚えやすくて良いな)
改めて過去のアルバイトを思い返すと、現代の豊かさとのギャップを感じえない。やたらとメニューは多いし期間限定なんかはその都度覚える必要があるし、顧客の満足度や話題性を優先するあまり、労働者の苦労を鑑みていないと思う場面も少なからずあった気がする。これで賃金は変わらないというのだから一層タチが悪い。やはり、異世界のスタイルは簡素ながら無駄が少ないという結論になるだろう。だが、どんなに苦労してもお客様が喜んでくれれば素直に嬉しいのだから、不思議なもので働くという事が楽しいとも思えるのだ。
「ヒイロよ、3番卓に持ってってくれ」
「うっす」
冒険者らしき4人組のパーティーから注文を取り終え、厨房に伝票を渡すのと同時に、カウンターに出来立ての料理が並べられた。熱が冷めない内に指示通りの3番卓に料理を運ぶ。
「本日の肉メニューの牛ステーキと、魚メニューの川魚のソテーでーす」
木製のテーブルの上に料理を提供し終えると、今度はバーカウンターの客に呼ばれた。速やかにカウンターに移動し、2人組の客から注文を取る。
「エール」「俺も」
カウンターに差し出された銀貨2枚を受け取ると、食器棚からジョッキを取り出し樽のサーバーに取り付けられた蛇口を開き、注文のエールを注ぎ始める。
「たっぷり注いでくれよ」
「はいはい、飲みすぎないようにしてくださいよ?」
客からの絡みを受け流し、要望通りなみなみに注いだジョッキを2人の前に出した。2人組はジョッキを受け取り、高らかに乾杯を交わすと、ぐいっとエールを口に流し込んだ。ごくごくと音を立てて飲み進め、早速ジョッキ1杯を飲み干してしまう。
「ぷはーっ!依頼成功させて飲む酒は格別だな!兄ちゃんもそう思うだろ?」
「ええ、まぁ・・・」
軽い愛想笑いを浮かべ、再び差し出された銀貨を受け取るとおかわりのエールを注ぎ始める。
「兄ちゃん、アンタこの前ゴルカ相手に大立ち回りしてたやつだろ?俺あの場にいてな、一部始終見てたんだぜぇ?」
「ははは・・・お恥ずかしい限りで・・・」
「なんだって酒場で働いてんだよ?冒険者になりたかったんじゃないのか?」
「別に、仕事を探しに来てただけですよ~」
酔っ払いと化した冒険者2人からの質問攻めを淡白な返答で捌いていると、彼らは陽彩の反応をつまらなく感じたのか席を立ち併設された冒険者ギルドの受付に移動していった。酔っ払った勢いに任せて可愛らしい受付嬢へウザ絡みしないか横目で監視しながらサーバーの残量を確認していると、すっかり聞き馴染んだ声に呼びかけられた。
「よっ。しっかり働いてるか~?」
「見ての通り。とびきり笑顔で接客していますわよ、お嬢サマ」
そう軽口を交わして陽彩の正面の席に座ったのは、陽彩にとっては数少ない知り合いでもある女性冒険者のリリィだった。リリィは銀貨を支払いワインを注文すると、鉄のカップに注がれた中身を一口煽り、カウンターに頬杖をつく。陽彩もいつの間にか落ち着き始めた店内を一瞥すると、使用された食器を水を張った桶に沈め洗い物片手に世間話を始めた。
「依頼帰りか?」
「んー?そうだよ。近くの村まで配達依頼があってね。さっき街に帰ってきたばかり」
「それはそれはお疲れ様。なんか食べてくか?」
「大丈夫、ありがと」
2人は最近の調子はどうとか、依頼内容の話を続けていた。食器棚に水を切ったジョッキやカップを収めるためにホールから背を向けたとき、ふと気配を感じ取る。
「お姉ちゃん可愛らしいなぁ。こっちでお酌してくれよ」
「ごめんなさい。お気持ちは嬉しいんですけど、まだお給仕の仕事があるので・・・」
「いいじゃねぇか、ちょっとくらいさぁ~」
どうやら酔っ払いの客が給仕の娘を口説きにかかっているらしい。リリィも陽彩の視線の先に気付き、2人の注目は彼らに向けられた。
「やだやだ、めんどくさそうな奴じゃないか。さっさと追っ払っちまおうか?」
「やめとけよ。あの子も酔っ払いの相手くらい出来るさ。一応先輩でもあるし」
タチの悪い酔っ払いに辟易したリリィの提案を制し、陽彩はいつでも間に割って入れる様に注意を払いつつ、事の成り行きを見守っていた。
「いいのかい?厄介なことになりそうだけど」
リリィの予想はすぐに的中した。
「ちょっとだけじゃねぇか、いいから付き合えって!」
「いやっ!やめて!」
初めは上手く受け流していたが、あまりのしつこさに娘の表情には苛立ちが浮かび始める。2人のやり取りは徐々にヒートアップし、給仕の娘は酔っ払いに掴まれた腕を振り払った。この行為を侮辱と受け取り、頭に血が上った酔っ払いの怒声が酒場に響き渡る。
彼らを止めなければ。陽彩はカウンターから飛び出し、2人の間に割り込んだ。
「まぁまぁまぁ、2人とも落ち着いて、ね?お客さんも一回落ち着こうや」
「ヒイロさん!この人が・・・」「なんだよお前!誰だよ!邪魔すんじゃねぇ!」
それぞれに、特に酔っ払いに静止を促すが、彼は完全に酒が回って気が大きくなったのか一層激しい権幕でまくし立てる。陽彩が身の危険と判断して給仕に距離を取らせようと目を背けた時、後頭部に強い衝撃を受けた。酔っ払いは近くのテーブルから木皿を掴み、陽彩の後頭部目掛けて叩きつけたのだ。突然の出来事に給仕が小さく悲鳴を上げる。陽彩は右足で前のめりに倒れそうになるのを堪え、反射的に振り向きざまの裏拳を放っていた。拳骨が相手の顎を捉え、脳震盪を引き起こす。酔っ払いは、力なく折れた膝から静かに崩れ落ちた。
「痛って~な、クソ・・・」
ぼそりと悪態をつき、後頭部をさすりながら酔っ払いの襟首を掴んで店外へ引きずりだす。ギルドの向かいに面する大通りの脇に優しく寝かせ、陽彩はその場を後にした。
「ヒイロさん!助けてくれてありがとうございます。怪我はないですか?」
酒場に戻るや否や給仕から頭を下げられ、頭部の怪我を心配されたが、陽彩は心配無用と笑って返す。何事も無かったようにカウンターに戻り、片付けを再開した。
「この酒場の騒がしさも相変わらずだね」
「ほぼ毎日、毎昼夜あんな感じだからな。流石に慣れた」
リリィの皮肉にぶっきらぼうな返答を返す。リリィは退屈そうにカップを回して中身をぐるぐるかき混ぜながら、脳裏で先程の光景を反芻した。
「不意打ち喰らって振り向きざまに顎先に裏拳一発。あれ狙ったの?」
「たまたまだよ。腕振ったら当たっただけだ」
「へぇ~、にしては間髪入れずに反撃したじゃん」
「しつこいな、何なんだよ」
リリィのからかいに対し、陽彩は怪訝な表情を浮かべた。陽彩の反応を楽しんでいるような、または探りを入れられているような感覚が、陽彩は気に入らなかった。
「ごめんごめん。からかって悪かったよ。やっぱりアンタは冒険者に向いてると思っただけだよ」
「それはどうも。登録費用足りないから向き不向き以前の話だけどな」
自虐気味な返しにリリィが小さく吹き出す。
「ぷっ・・・ハハッ!何ならアタシが工面してあげようか?」
「いや良いよ。そこまでして貰う義理も無いだろ」
陽彩の返答に一瞬固まった様に見えた。リリィはカップに残ったワインを飲み干すと席を立つ。
「そっか、もし冒険者になった暁には声かけてくれよ。色々教えてあげるからさ」
「ありがとう。多分まだしばらくはかかるだろうけどな」
冒険者になろうにも、登録する費用も稼げていない現状に加え、当面は生活費を何とかしなければならない。いつかは最初に出会った狩人のチャールズに金を返したいとも思っている。
(何をするにもまずは金だ。地道に稼ぐぞ!)
目標があれば、異世界でも生きる気力が湧いてくる。陽彩は一層身を粉に働くと心に決めた。
前回より1年近く開いてしまいました。全体もまだふんわりとしていますが、1%も進んでないと思います。死ぬまでに完結出来るように地道に頑張ります。5年以上更新しなかったら死んだと思ってください(?)