おいでませ異世界生活
異世界へやってきて6度目の朝がやってきた。場所はとある街外れに住む農家の納屋の中。外で放し飼いされている鶏の鳴き声で目が覚めると、上体を起こして大きく伸びをした。藁山にシーツを敷いただけの簡素な寝床から起き上がり、枕にしていた上着を掴み上げる。ひときわ大きなあくびをすると、重たい瞼をゴシゴシ擦りながら体や髪にくっついた藁を払い落した。ブーツを履き、長袖とチュニックに袖を通す。敷いていたシーツはグルグル巻きにして回収し、脇に抱える。
「あァ~・・・体痛ェ・・・」
ガチガチにコリ固まった首や肩を揉みほぐし、肩を回せば血の巡りが促進されて、やがて意識もバッチリ覚醒した。
真野陽彩、享年23歳。輪廻転生の理から外れ異世界に転移されてから早いもので、まもなく1週間を目前にしていた。
転移初日で心優しい猟師から衣服を貰い、2日目にして訪れた街で冒険者を営むリリィという協力者に出会った。街の有名人でもある彼女の協力もあり、陽彩は仕事を見つけることが出来た。当初は仕事探しも難航したが、街で真っ先に訪れた冒険者ギルドに併設された酒場で働き始めている。ゴルカという冒険者とのいざこざで迷惑をかけてしまった負い目もあり敬遠していたが、従業員がケガで人手不足だったこと、街でも指折りの冒険者を叩きのめしたことで喧嘩の手腕を買われ、酒場の主人からは是非働いて欲しいと頭を下げられた。
現在は酒場の一員として働き、給仕と料理係と用心棒を兼任している。
「おはよう。ヒイロくん」
「おはようございます、ヴィンさん」
納屋の扉を開け朝の挨拶を交わしたのは、陽彩に寝床を提供している農家の男、ヴィン。酒場での喧嘩を観戦していた客の一人であった彼は、常連先で働きだした陽彩が前に喧嘩騒ぎを起こしたよそ者であると気付くや否や、真っ先に話しかけ、やがて意気投合した。
「本当にこんなとこで良かったのかい?余ったベッドを使ってくれていいんだよ?」
「いいっす。タダで寝泊まりさせて貰ってんのに恐れ多いですよ。そうだ、牛さん達の餌、まだでしたよね?手伝いますよ」
「助かるよ!じゃあ、まずは体を洗っておいで」
「はい!ありがとうございます」
陽彩は別れると、家の近くに流れる川に向かった。衣服を脱ぎ、冷たい川に飛び込む。初夏の暖かい気温の中、素っ裸での川遊びは開放感抜群だ。
「くぅ~~!気持ちえぇ~~~!」
潜水したり、仰向けにぷかぷか浮いて数メートル流されたと思えば、川を昇る鮭のように川上目指して泳いだり。水中では指の隙間をすり抜けていく小魚に癒された。
ひとしきり冷たい川を満喫すると、シーツで体の水分を拭き取った。ついでに洗濯も済ませ、ギュッと絞って水気を取る。
「よし、戻ろう」
服を着終わると帰路につく。濡れたシーツは納屋の扉に掛けて乾かしておき、約束した農家の手伝いをこなし始める。
ヴィンが飼っている家畜の世話は餌やりに始まり、牛の乳しぼりや納屋、厩舎の掃除、草刈りを終えた頃には、太陽はてっぺんに差し掛かっていた。
「ヴィンさ~ん!俺、街向かいますね~!」
少し遠いヴィンの背中に声を掛ける。作業中だったヴィンは手を止めると、いってらっしゃーいと手を振った。陽彩も手を振り返すと街へ向かって歩き出した。